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第233話 裏切者たちの破局

 ロボク村からムングイ王国まで、荷馬車が走る。

 年間通じて温暖な島ではあるが、それでも季節の変わり目である。帆もない馬車で夜の森を抜けるにはいささか肌寒い。

 汗で蒸れるのを嫌い、最低限急所だけを守れるアーマーを身に着けているカルナだが、今日ばかりはなぜか身震いした。


「これを使いなさい」

「……いらないわ」


 そんな様子を見かねたシュリタリヤが麻布を差し出してきたが、カルナは無碍にする。

 連行している相手から施しを受けるのは気が引けた。


「そのままでは身体に障ります。隊を率いる長が、そんなことでは勤まりません。

 まして貴女が今倒れられたら、瞬く間にこの国は傾きます――もっとも、私としてはその方が好都合ですが」


 そう言われてしまうと、カルナも麻布を受け取らざるを得ない。


「……はぁ……あんたはあたしの母親かっての……」


 悪態のついでに拗ねたようなことを言うと、シュリタリヤは面白そうに笑った。


「そうですね。確かに、そんな未来もあったかもしれませんね」

「……?」

「年頃の騎士はそれほど多くありません。イシャナと貴女が夫婦になる可能性もあった」

「やめてよねっ、あたしには――っ」


 ――あたしには、何だと言うのだろう? 続く言葉が見つからず、カルナは口ごもる。


「……ええ、その通りですね。だって、私の息子はもういないのですから」

「……………」


 笑みがどこか寂しそうなものに変わって、カルナはそれ以上なにも言えなくなる。


「しかし……私の息子とクリツの娘が夫婦か……ああ、全く……笑えない冗談ですね。

 貴女の母親とは、これでも昔は好敵手だったのですよ?

 どちらがこの国一番の騎士を射止められるか――互いの剣術に賭けて争ったものです。

 ――どちらも私はクリツに勝てませんでしたが……」

「……当然よ……お母さんは、誰よりも強かった……」


 ヨーダにだって負けなかった。

 きっと生きていれば、今のムサシにだって引けを取らないのだと、カルナは信じている。


「そうですね……彼女は、誰よりも強さに貪欲でした。

 だから私は、クリツが貴女を連れて魔王軍に(・・・・)寝返ったとき(・・・・・・)も、あまり不思議には思いませんでした」

「――――――――――は?」


 イマ、このオンナはナンてイった?

 ハハが、マオウグンに、ネガエった?


「嘘っ!! お母さんがっ、ムングイ王国を裏切るなんて嘘よ!!」

「……カルナ様は、憶えていないのですか? スルヤが手引きしてヨーダ様とクリツを魔王軍に引き込んだことを?」

「……なにそれ? ……スルヤって誰よ!? ……知らない……あたしは……知らないっ!」

「カルナ様……自分の父親を……」

「違うっ!! あたしの父親はヨーダよっ!! ヨーダだけが、あたしの、お父さんなんだからっ」


 困惑した顔を浮かべるシュリタリヤだったが、それ以上にカルナの方が混乱していた。

 この女の言っていることは全て戯言だ。

 お父さんが失踪して、その責任を取ってお母さんがムングイ王国を追放された。お母さんと彷徨っていたところを両腕が機械の大男にお母さんは殺されて、カルナは”天国に一番近いところ”に連れて行かれてしまった。でも、ヨーダが助けてくれた。失踪したお父さんが――ヨーダ――……え?


「なるほど……そう思われていたのですか……道理で……その方が、ヨーダ様も本望なのでしょう」

「―――――」


 シュリタリヤが何を言いたいのか――カルナは無視するように、大袈裟に彼女から視線を反らした。

 これ以上は会話をするつもりはない。

 そう態度で示しながら、彼女から受け取った麻布で体を覆う。

 ――本当は、わかっているのだ。全部、わかっていながら、わからない振りをしないと耐えられない。

 これも、きっと弱さなのだと気付いて――悔しさに下唇を噛んだ。


「……――止めてっ!!」


 叫ぶように、御者をしてくれた若い少女騎士に指示を飛ばす。


「……どうされました?」


 カルナの急な態度に異変に気付いたシュリタリヤが困惑気味に聞いてくるが、カルナはそれを無視して荷馬車から飛び降りる。

 いつでも剣を抜けるよう心構えをしながら、走り出した。


 目指したのは、視線を反らした先――森の奥で閃いた紺色のローブのような衣装。

 カルナはあの特徴的な衣服を身に着けている人物を一人しか知らない。


「――魔王の嫁っ――サキっ!!」

「――……あら、カルナさん。お久しぶりですね」


 後ろ姿に呼び掛けると、一拍遅れて、ゆったりとした動作で振り返るサキ。

 悠長な態度は相変わらず。言葉通り、それこそ本当に窮地の仲とたまたま出くわしたような様子で、カルナに微笑み返した。


「――っ」


 背筋が凍る。

 態度こそ変わらなかったが、目の前にいるサキは別人だった。

 髪はボロボロにほつれ、印象的だった着物は薄汚れている。

 以前は自分が機械人形であることを取り繕っている印象だったが、ところどころ露出した肌は傷付き、そのまま金属の骨格を剥き出しにしていた。

 その姿は、まるで絵本の中に登場するレヤックそのもので、本物のレヤックを知っているカルナでさえ、これこそが本物だと慄くほどだった。


「――あんた、こんなところで、なにを……?」

「ええ。今日はとても素晴らしい夜ですもの。こんな日はお散歩に出ないだなんて、もったいないですものね」

「……お散歩? ……じゃあ、あんた、ずっとこの辺りに隠れ住んでたわけ?」

「隠れ住む? おかしなことをおっしゃるのね。わたくしたちの住む場所なんて、今も昔も、ずっと変わらず海の向こうなのですよ」

「……あんた、まだ異世界転移実験なんて続けてるわけじゃないでしょうね?」

「マイナーアクチノイド相転移実験は失敗に終わりました。現在、新たな計画をアヴァターラ転生実験として遂行しております」

「……………」


 ――壊れてる。


 サキの言動は正当性があるように見えて一貫性がない。

 取り繕っているように見えて破綻している。

 真面に取り合っていては話が先に進まない。

 わざわざ呼び止めたのは、彼女に用があったからではない。


「……まあ、いいわ……。それよりも、あんた、死体はどこへやったの?」

「――死体?」

「そう、死体よ。あんたがどこかへ持って行った魔王の死体よ」

「―――――」


 それがないから――サラスはいつまでも裏切者のままなのだ。


 サティたちは、魔王は自殺したと言った。

 カルナを始め彼女をよく知る人は、それを疑っていない。


 魔王は死んだのだ。 

 サラスは裏切者なんかではない。

 裏切ったように見せかけて、魔王に接近し、追い込んだのだ。自らの精神を犠牲にして――


 そう明言できれば、バリアンを巡って国が争わずに済むのだ。

 サラスを魔女と呼んで迫害する必要もなくなる。


 だけど、駄目だった。

 サラスは父親の側近をしていた人物を次々と追放した。国内に敵を作り過ぎた。

 彼らは魔王の死が確認できないことを良い事に、魔王が死んだというのが嘘であり、それがサラスの罠なのだと公言した。

 しかし――


「あいつの死体があれば、魔王は死んだんだって大々的に宣言できるっ」


 そうなれば今度こそ、サラスは英雄としてムングイに戻って来れる。


「サラスは裏切者なんかじゃなかったって……そう言えるっ」


 今まで、サラスこそが裏切者の魔女なんだと、誰よりも扇動してきたカルナだったが、

 ――あたしは、サラスを裏切ってなんかいないんだって、証明できる!


「だからっ――魔王の、死体をっ――……え?」


 気付いたときには、サキはいなくなっていた。


「……えっ……あ……えっ……?」


 そして世界が傾いていく。

 地面に倒れ伏せ、地面に血液が広がっていくのを目の前して、カルナはようやく背中から斬られたのだと気付いた。


「あの人は――死んでませんっ!! あの人は――先に帰ってしまっただけ!! あの人は――あの人は――ア――ア――アル、アル、ア、ア、ア―――アルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」


 耳障りな音を発しながら、サキは取り乱したように刀を振り回していた。

 その刃先に濡れたカルナの血が辺りに飛び散る。

 あまりにも狂気染みた姿に、哀れとさえ思う。


 ――……ああ、ほんとに、あんた、ぶっ壊れちゃったのね……。


「人は――死にません。みんな――みんな――帰してあげますからね」


 冷たい目で、カルナを見据え、サキは改めて刀を構えた。


 ああ、ここで死ぬのだと、カルナは確信した。

 不思議と恐怖はなかった。

 ただ――斬られた位置が、昔、ムサシを斬り付けた位置と全く同じで――それがなぜだか嬉しかった。


 ――……ああ……そう……あたしも……とっくにぶっ壊れてたのね……。


 とても哀れだ。いい気味だ。


「わたくしは――そのために、転生を――転生を――カルナさんも、帰してあげますからね」


 ――本当に、あのムングイ王国に帰れるのなら――

 サラスがいて、ムサシがいて、ヨーダがいて、ついでにパールやサティもいて――

 あの頃のムングイ王国に帰れるのなら――


「――カルナ様!!」


 今まさに刀がカルナを切り裂こうとしたそのとき、シュリタリヤがカルナを庇うように飛び出た。


「――……あぁっ」


 血で霞む視界でも、はっきり見えた。

 シュリタリヤが、カルナの身代わりとなって、袈裟斬りにされた。

 どうにか頭を上げると、瞬く間に血の池に沈むシュリタリヤの姿が見えた。

 どう見ても助かるような傷ではなかった。


「……なん、で……どう、してっ……!」

「……貴女に、倒れられては……この、国が……傾きます……」

「……なにを、言ってるのっ……その方が、好都合だって……」


 それがシュリタリヤの目的だったはずである。

 見捨てられる理由こそあれ、彼女に庇われる理由なんてどこにもない。


「……あの子は……イシャナは……誰も、殺さなかった……」

「――でもっ」

「それに……貴女の母親に、なれるのなら……それほど、嫌では、ありません……」

「―――――」

「ですが……ふふっ……やはりイシャナでは、不釣り合いですね……貴女には……きっと……良き、夫が……」


 続く言葉はもうなかった。

 それでシュリタリヤが事切れたのだとわかった。


「……ああ……あぁ……」


 そんなことを言われても、もう何も返せない。

 もう何もできない。

 それがただ悲しくて、淋しくて――


「この人が、カルナさんの母親だったのですか? それはとても残念なことをしてしまいました」

「――っ!」


 機械人形に勝てないことなんてわかっている。

 だけど、この忌々しい人モドキに一太刀浴びせないと気が済まない。

 立て、立て、立てっ、立てっ!!

 腰に携えた剣を杖にして、どうにか立ち上がろうとする。


「そうですか。お母さん。いいですね――羨ましい。

 そうです、カルナさん、わたくしの娘になりませんか?

 たった今、お母さんを亡くしたばかりですから――ちょうどいいじゃないですか」

「――っ、――サキィィィィィィっ!!」


 傷口から血が吹き出るのも構わずに、剣を振り抜く。

 必死の、全力の一撃は――しかし届かない。

 さっきまでそこにサキはいたはずなのに――気付けば、また距離を置かれていた。


「お断りですか。そうですか。わたくしもお母さんなんてご勘弁願います」

「――はぁ――はぁ――はぁ――」


 一貫性に著しく欠けた発言をするサキをカルナは睨む。

 獣のように荒い息に呼応するように、さらに血液が失われていく。

 もう一撃――もう一撃――そう振る立たせようとするが、もう体が動かない。


「――団長っ!!」


 今にも消えそうな意識の中で、辛うじて若い女の子の声が聞こえた。

 きっと御者をしてくれた若い騎士だ。

 彼女はカルナを支えながら、「この機械人形めっ!」と震える剣を構えた。


「ああ、お母さん。お母さん。お母さん。お母さん。

 わたくしも、いつかあの人と――」


 しかしそんなカルナや少女騎士の様子など、もう一切気にしていないという様子で、サキは歌うように「お母さん」と繰り返しながら、再び森の奥へと消えていく。


「――っ」


 呼び止めようとする声は寸前で押し留めた。

 パールと同い年くらいの勇敢な少女を、これ以上巻き込むわけにはいかない。

 何よりもカルナの意識が限界だった。


「――団長っ!? 団長!?」


 少女の呼び声が遠退いていく。

 カルナはそのまま彼女に支えられながら、意識を失った。

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