第22話 潜入計画
遡ること数時間前――。
昼間ずっと歩き続けた道をひたすら戻る行為に、カルナは何度となく後悔に襲われ――その度に今はそんなことを思い返す場合ではないと被りを振り、先を走るサティに振り切られまいと馬腹を蹴る。
サティはカルナのことを振り返ることはなく、その足で砂煙を上げながら馬脚に匹敵する速度で驀進している。
――ホント、なにでできてるのかしら?
アンドロイド。
見た目は全く人間そのものだが、その実全く異なる存在。
以前サティの身体に触れさせてもらったことがあったが、その感触も人間のそれと遜色なかった。しかしそれは鉄のようなものを覆っていただけの皮でしかなかったことは、千切れた腕が物語っている。
早馬のような脚力と素手で岩も簡単に砕く膂力を持つ。
至近距離に近付けば背中に隠した刀で瞬時に切り裂かれ、逃げる者にはその手のひらから射出される鉛玉が容赦なく襲う。
大概が女性の姿で、また同じような服装をしている。
敵の主戦力にして、サラス達の最大の障害。
彼女達が十人程度で攻めて来られたら全滅させられるのは間違いない。
それが今でも無事でいられるのは、彼女達がサラス達のことを全く歯牙にもかけていないからだ。
遭遇こそすれば即座に拉致されるか殲滅されるかのどちらしかないが、それでも出遭いこそしなければ彼女達は基本何も手出しはしてこない。
たった一つの目的以外は全く眼中にない彼女達は、まるでそのためだけに存在しているようなものだった。
そしてサティ曰く、それは全くもって正しい認識だということだった。
一部のアンドロイドを除いて、彼女達は自分の主に命令されたことしかできないのだと言う。
もっとも、そのたった一つ命令されていることがサラス達からすれば厄介なことこの上ないのだが。
――そして、そんな敵の巣窟にあたし達は飛び込むわけね。
自殺行為そのものと言ってもいい。
『逃げなさい!! カルナ!!』
幼少の頃、無残にアンドロイドに惨殺された母の姿が思い出される。
カルナは昔から母親の言いつけを守らない子供だった。
最後の最後の言いつけさえ守れないことがちくりと心を痛めた。
それでも――
――それでも、負けたくない。
アンドロイド達に、ムサシに、己の後悔に、弱い自分に。
カルナは理不尽なことに抗いたいと思うのだった。
出発して一時間半。
夜更けもとうに過ぎてもまだまだ日の出には遠く、辺りは夜の静けさに満ちていた。
それでも半月が敵の拠点を照らしている。
もともとこの辺りは敵の無差別攻撃によって更地になっている場所だった。
昨日ムサシと共に敵情視察していた森から、同じようにアンドロイドや動く死体の様子は伺い知れた。
「どこか侵入できる場所はないかしら?」
ここは元々サティとパールが暮らしているところだと聞いていた。
身を屈めて遠眼鏡で覗きながら、声を潜めてサティに問いかける。
するとサティはポケットから紙束と鉛筆を取り出して、片手で器用になにかを描きだした。
「地図かしら? 上手いものね」
一階層辺り一枚で描かれた地図は全部で七枚に渡る。
そのうちの『地下二階』と描かれた地図の部屋の一つに『パール』と書き、さらに『地下三階』と書かれた地図には『牢屋』と書いていた。
「つまり地下二階と地下三階にパールとムサシがいる可能性が高いってことね」
頷くサティ。
「わかったわ。それでできる限り見つからずに入る方法はあるかしら?」
やや思案気な表情を浮かべながら、サティは一階の一か所に丸をつけた。
そして建物を指差す。ガラス張りの扉が目に付いた。
「あそこだけ?」
その問いには首を振ると、サティは新たに一階部分のちょうどカルナ達から見て裏側に当たる部分に丸を付けた。
そして『ここの窓を破壊して入ります』と書き足していた。
「……それって、やつらに見つからない?」
頷き返すサティに、カルナは「あのね……」と頭を抱えた。
戦闘になった場合、カルナが不利になる。
敵の人数が何人いるかわからないが、何人いたところ一対一の勝負ではカルナな殺される。
それくらい力量の差があることは自覚があった。
ただ今回は戦うことが勝負ではない。いかに戦わないでムサシとパールを救い出せるかの勝負なのだ。
サティの右腕があった場所に目を向ける。
仮にほかのアンドロイドよりサティが強いとしても、今のサティは圧倒的に不利なように思えた。
その不安が通じたのか、サティは新しい紙にさらに文字を綴った。
『ウェーブ
アンドロイド 4、5体
動く死体 50体以上』
絶望的に思えた。
「……このウェーブってのは、ここの親玉?」
サティは頷いてから、少し迷うような素振りを見せて、また新たに一言書き足した。
『パールの母親』
紙束に綴られた文字を見て、少なからずカルナは驚いた。
サティが母親だと思っていたわけではない。人造人間に親子なんて関係性があるなんて思えなかったのだ。
それにしては二人ともよく似ているとは思っていたし、アンドロイドでもないのに彼女達と同じ服装をさせられていることに違和感を覚えなかったわけはない。
それでもアンドロイドに誘拐された人間はかなりの数に上る、せいぜいその一人だと思っていた。
「……パールって何者?」
カルナはパールのことこそ本当に何も知らされていなかった。
『帰ったら話します』
神妙に綴る文字を見て、カルナは追求するまいと決めた。
恐らくサラスとヨーダは知っていることだろう。
であれば、少なくとも今は考えることじゃないと判断する。
それよりも今は敵との戦力差をどうするか考えることが優先だった。
サティが続ける。
『ウェーブ ← 苦戦する
アンドロイド 4、5体 ← 私なら問題ありません
動く死体 50体以上 ← カルナでも問題ありません』
「その腕でも、あそこにいるアンドロイド達なら倒せるってこと?」
『問題ありません。一人でも倒せれば腕の修理も可能です』
「一人でも……修理……」
それが人間に例えて考えればあまりにおぞましいことのように思えて、カルナは深く考えないようにした。
「こっちの動く死体ってのは、大したことないってことよね?」
顔が爛れた人間達を思い出して、カルナは身震いをする。アンドロイド達以上に生理的に受け付けない。
カルナ自身、動く死体というものが敵の戦力にいることを、聞いたことがなかった。
初めて見たのもこの場所にヨーダと偵察に来たときと、昨日の二回だけだった。
どれだけの戦闘能力を有しているのか全くわからない。
『彼らはウェーブの実験台の犠牲者です。今のところは、音に反応して近付いてくる程度で、襲ってすらこないと思います』
「そう。今のところってのがすっごく気になるけど」
それに対してはサティはなにか返事を書くわけでもなく、ただ信じて下さいと言わんばかりにカルナを見つめ返すだけだった。
「いいわ、わかったわ。
それじゃあ問題になるのは、このウェーブってパールの母親だけってわけね」
それに対してサティは明暗があるとばかりにすぐさま文章を追記していた。
「……面白いじゃない。確かに、どうやったか知らないけど、逃げ帰った実績はあるわけだし」
そう言いながらその実全く面白くなさそうに、カルナはサティの提案にそう言い捨てた。
サティの紙束にはこう綴られていた。
『ウェーブ ← 苦戦する ムサシなら倒せる』
サティの作戦はこうだ。
まずサティが建物の裏手に回り、窓ガラスを割って潜入する。
物音に気付いてやってきたアンドロイドとウェーブを相手にして足止めをする。
その隙にカルナは正面入り口から潜入して地下二階を目指してパールの自室だったという部屋に向かう。サティは間違いなくそこにいるとのことだ。
『扉の鍵が閉まっていると思いますが、頑丈な扉というわけでもありません。蹴破れないことはないでしょう』
「あんたって、意外と考え方が野蛮よね」
ニッコリと微笑み返され、サティにとっては蹴破れる扉でも自分では破れない扉だったらどうしようなんて不安を覚えた。
パールを救出した後は地下三階に移動して牢屋に入れられているであろう武蔵を救出する。
牢屋の鍵は入り口傍の机の引き出しにしまってあったはずとのことだったが、こればっかりはウェーブが持ち歩いている可能性もあり、そもそも武蔵がそこにいない可能性も考えられ、不確定要素が多い。
その場合の救出はサティが代わるとのことだった。
サティであれば牢屋の扉を破壊することも可能だそうだ。
ただし、その場合はカルナがウェーブの足止めをすることになる。
『パールを人質に取っていれば、ウェーブも迂闊に手出しできません。その間にムサシを救出して、三人がかりで戦えば勝てます」
「悪人みたいな作戦ね」
『母親から娘を誘拐するのですから、ある意味、悪人そのものです』
「……ホント、帰ったらちゃんと事情説明してもらうんだから」
凡そ作戦としてはそんなところだった。
最大の難所はウェーブをどれだけ足止めできていられるかに掛かっている。
『この腕の状態でウェーブから時間を稼ぐとなると、十分くらいが限界でしょう』
少なくともパールだけでも十分以内に連れ出さないといけないということだ。
『本当に最悪なのは、パール救出前にカルナがアンドロイドかウェーブに遭遇してしまった場合です』
「そうなったらサティが二人の救出に向かいなさい。あたしが時間を稼ぐわ」
どれだけの時間を稼げるかわからなかったが、それでもカルナにも戦士としての維持がある。
そんな覚悟を決めた表情をするカルナに、サティは円柱体の鉄の塊を手渡してきた。
カルナは見たこともないものだった。
先端に輪っかのようなものと、取っ手がついている。
「なによ、これ?」
『爆弾』
「ひっ!」
思わず取り落としそうになって、慌てて掴み直す。
アンドロイド達が取り扱う爆弾がどれだけの威力を持っているかカルナは知っている。
それはカルナ達が取り扱う火薬を詰めただけのものとは訳が違う。それが使われれば大地が軋み、空すらも割るのではないかと思うほどの火柱が上がる。
彼女達の拠点である建物が建っている場所だって、元々は森だった場所を吹き飛ばして更地にしてしまった。それほどの威力がある。
そんなものが今、自分の手にある。生きた心地がしなかった。
できれば今すぐに投げ捨てたかったが、その拍子で爆発してしまうのではないかと思うと必要以上に握りしめてしまうが、それがまた恐怖になる。
『①取っ手を押さえる ←注意! 投げるまで離さないこと
②輪っかを取る
③投げる
④爆発する』
そんなカルナの心情も知らず、サティは爆弾の使い方を丁寧に絵付きで解説していた。
「……これ、自爆用?」
『合図用です。もし爆発音が聞こえた場合は私がパールとムサシのところへ向かいます』
「自決用じゃなくて?」
『目くらまし程度で殺傷能力はありません。投げたらすぐに目と耳を塞いでください。恐らくそれで逃げるだけの時間は稼げるかと思います』
「……わかったわ、魔除け程度のつもりで持ってるわ」
恐る恐るといったまま、カルナはそれを腰に巻き付けた道具袋にしまう。
なにかの拍子で爆発しないことだけを願う。
『十分経ったら行動を開始します。ガラスの割れる音がして、しばらくしたら突入して下さい』
それだけ書いて見せると、サティは建物の構造図を書いた紙束を破ってカルナに渡して、森の奥へ一人移動を開始した。




