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第223話 不覚悟

 ロボク村で魔法の杖が使われた。

 カルナの耳にその情報が伝わったのは、爆発が起きてから三時間後のことだった。




 発展が目覚しいロボク村とは違い、ムングイ王国はここ数か月、緊迫した雰囲気が続いていた。

 それはロボク村へ移住したいと願う住民たちと、魔王亡き後でもなおニューシティ・ビレッジに対して強い憎しみを抱く者との対立によるものだ。


 意見の違いは、親バリアン派と反バリアン派という形で別れ、もともとあった確執はより大きなものへと変化していた。


 特に反バリアン派による圧制は目に余るものがあった。

 ロボク村へ亡命しようとする国民を武力で制圧した。

 ロボク村に続く道に関所のようなものを立て検問まで始めていた。


 しかし親バリアン派も黙ってはいなかった。

 反バリアン派の旗頭であるヨーダが国民の亡命に対して無頓着であることをいいことに、城下の大通りで大々的に現政権の無策を訴え、サラス復権を唱えている。

 ただ、サラスの支持を謳うだけならいい。しかしそれは偏向的で、彼女の絶対性を唱えるものが多い。

 サラスを少しでも侮蔑するようなものがあれば、それは粛清という名の暴力によって強制される。


 このような事態はもちろん過去にもあった。


 しかしこの三百年において言えば、そのほとんどが魔王との争いに終始していた。

 それも敵である魔王からは、ほとんど相手にされていない状況だった。

 そのため今のような繊細な舵取りを要求される場面において、その経験はあまりにも皆無だった。


 そんな中でも、騎士団長であるカルナはよくやっていた。

 彼女の能力が決して秀でているわけではない。むしろ決断力や意思の強さという部分で、劣っている部分の方が目立つ。

 しかしヨーダが無関心を貫いている中で、持ち前の人間性でどうにか渡り歩いてきた。

 本人が反バリアン派の筆頭ではあるが、サラスの元側近であった影響も大きい。

 親バリアン派との橋渡しとなって、決定的になる局面を避けて来た。


 だからこそ、何か大きな事件が起これば、そのときムングイ王国が終わりを迎えるときだと予感していた。


 ――それが、三時間前に起きたのだ。


 魔法の杖が使われたという情報はたちまち城内を駆け回る。

 反バリアン派はサラスがムングイ王国に攻撃を仕掛けたと吹聴する。

 親バリアン派は審判のときが来た、今すぐにニューシティ・ビレッジに逃げ込めと喧伝する。


 今はまだ小さい燻りであるが、いずれ大火になることは明らかな事態だった。


 そんな状況の中で――いつか魔法の杖が使われるのを予想していたかのように――的確に、カルナはそれをおかしいと判断した。


 爆発にカルナが気付くまでに、三時間も要した。三時間も(・・・・)、である。

 魔法の杖の威力はよく知っている。なにせその爆発を真下で経験したこともあるくらいだ。

 本当にロボク村で魔法の杖が使われたのであるならば――それは、その瞬間に気付いていいはずである。

 魔法の杖が使われた際に発生するお化け雲も観測できない。


 それはつまり、爆発は起きていないか――あるいは、爆発が起きたとしても、別の何かが爆発したということだ。

 そしてカルナには、その心当たりがあった。


「――クリシュナっ! あんた、また勝手なことをしたわね!?」


 クリシュナの研究室を開け放ち、怒鳴る。


 最近、クリシュナの居場所は二択に絞られていた。

 一つは自室を兼務する実験室。もう一つはヨーダのいる正堂。


 最近、クリシュナはヨーダに対する好意を隠さなくなった。

 友人が自分の父親に好意を寄せているという事実は、実におぞましいものがあった。

 もっともヨーダ自身がまるで相手にしていないので、カルナとしては今のところ安心ではあったが――。


「……またウチ何かやっちゃいました?」


 相変わらずふざけた態度を取るクリシュナ。

 しかしカルナも今回ばかりは余裕がない。

 机で何か書き物をしていたクリシュナの襟首を強引に掴むと、そのまま締め上げる。


「ロボク村で土砂崩れが起きたのよ! 現場では直前に大きな爆発があったなんて報告もあって、それが魔法の杖だって城中大騒ぎよ!」

「……魔法の杖?」


 クリシュナも冷静に、窓の外に目を向ける。そして、カルナと同じような結論に達したのだろう、


「それにしては、空が穏やかっすねぇ……」

「そう――だからあたしは魔法の杖じゃなくて、違う爆弾が使われたって思ってる。

 ちょうど、魔法の杖を作ろうとしてる人もいるしね」

「まさか、それでウチが疑われてるっすか? 冗談じゃないっすよ。ウチがそんな問題児に見えるんすか?」

「あんた、少しは自分の行いを振り返りなさい! 今までだって、わけのわかんない理由で散々振り回してきたじゃない!

 次は何が目的か、今のうちに白状しなさい!」

「――そんなこと言われても、それでウチになんの得もないっすからね……」


 興奮状態にあるカルナに対して、クリシュナは冷静だった。

 冷静にカルナの手を振りほどいて、逆にカルナの肩に手を置く。


「カルナ、少し落ち着くっすよ。

 あの程度の爆弾なんて、火薬さえあれば騎士団の連中だって作れるっす。

 ニューシティ・ビレッジにだって、魔法の杖以外の爆薬くらいあるっすよ」

「……ほんとにあんたじゃないの? ……じゃあ、誰が?」

「――まあ、心当たりがないこともないっすけど……」

「……………」


 クリシュナの言う心当たりに、カルナも見当はあった。

 正直に言えば、クリシュナが犯人であった方が話は簡単だった。

 ひどい話ではあるが、クリシュナが犯人であって欲しいという期待さえあって、この部屋に来たのだ。


「――陛下はなんて?」

「……相変わらずだんまりよ。

 ほんとっ、こんなときまで何考えてんだかっ――」

「……まっ、陛下の目的を考えたら、そりゃそうっすよね……」

「なんですって?」

「なんでもないっす。

 それよりも、今は先にやることがあるんじゃないっすか?」


 クリシュナの言う通りである。

 そもそもカルナたちはこんな事態を想定して準備していた。


 カルナはただちに騎士団をまとめ上げて待機させておく。いつでもニューシティ・ビレッジに攻め込めるようにだ。

 本当に魔法の杖を使われたのだったら、それがどんな理由であれムングイ王国は見逃すことはできない。

 もし見逃せば反バリアン派からの反発で、ムングイ王国自体が瓦解しかねない。

 報復でも反撃でもなく――ただただ国を維持するために、その行為が必要になる。これはカルナとクリシュナが議論して立てた戦略だった。


 そもそも使われた爆弾が魔法の杖であってもなくても――その行動事態は何も変わらない。


「というわけで、ウチは偵察に行ってくるっすよ。

 カルナはちゃんと、騎士団のお守を頼むっすよ」


 これもまた予定通りだった。

 有事の際にはクリシュナが前線に出て、カルナがムングイ王国で指揮を執る。

 その手筈だった。しかし、


「……いいえ、あたしが行くわ」

「はっ?」


 散々議論して決めたことを、ここでカルナはひっくり返した。


「なんでですか? カルナがこの国でどれだけ必要な人物か、また顔真っ赤にしながら聞きたいっすか?」

「――それはもう止めて。

 そうじゃなくて。ロボク村の近くで野営してた面子が、もうロボク村に入り込んでるのよ。小競り合いが起きてる。あんた、一人で止められる?」

「あー、無理っすね。うち、信望ないっすから」

「だったら、やっぱり、あたしが――」

「でも、カルナにもしものことがあれば、この国は滅ぶっすよ。いいんすか、それで?」


 もしカルナが前線に出て万が一のことがあれば、やはり反バリアン派を抑え込める人間がいなくなってしまう。

 ムングイ王国は今、カルナで保っている。彼女を失えば、やはりムングイ王国は崩壊する――これはクリシュナの主張だった。


「……帰ってくるわよ、ちゃんと」

「……本当に?」

「――ええっ」

「……カルナ、本当に、わかってるっすか?

 もし、今回の爆発の犯人が――」

「わかってるわっ!」

「……………」


 クリシュナ言葉を最後まで言わせず、強い視線でもって答える。


「……わかってるわよ。

 ……でも、まだ、そうと決まったわけじゃない」


 でも、それが本音だった。

 クリシュナに最後まで言わせなかったのは、まだ断定できないからだ。

 クリシュナの研究室に向かいながら彼女が犯人であって欲しいと願うように、ロボク村に向かうのは彼女が犯人であって欲しくないと願いたいからだ。


「……はぁ、わかったっすよ。カルナに任せるっす」

「――ありがとう。すぐに準備するわ。

 クリシュナも、この国のこと頼んだわよ」

「……………」


 何か言いたげなクリシュナの置いて、カルナは部屋から飛び出た。


 わかっている。

 クリシュナからの報告も受けている。

 イツキマヒメが魔法の杖を求めていると――。


 その中で起きた爆発事件。

 黒幕がイツキマヒメである可能性が高い。


 彼女を弾劾して、処刑することは簡単だ。

 だけど、きっとそれをムサシは望まない。


 もしそんなことになれば、ムサシと全面争いになるだろう。

 

 クリシュナから執拗に問われていたのは、カルナの覚悟だった。

 イツキマヒメを殺して、ムサシに恨まれる覚悟があるのか――。


 そんなもの、あるはずがない。あるはずがないのだ。

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