第222話 禍根
「終わった……のか?」
「――武蔵っ!?」
一頻り子供たちの無事を喜び、任の活躍を労い、遥人をエイブル・ギアを運び出したところで、森の奥から武蔵が顔を出した。
「武蔵……ニューシティ・ビレッジにいたんじゃないの?
――というか、真姫さんっ!? どうしたの!?」
栄介が近付いていくと、武蔵に背負われた真姫の姿が目に入った。
ぐったりとした様子で明らかに意識がない。
「遥人を助けるのに、かなり無茶をしたみたいだな」
いきなりどこかへ走り出したかと思えば――遥人をここまで連れて来たのは、どうやら真姫の功績のようだ。
「……大丈夫なの?」
「見てみろよ。こいつ、すごい満足そうな顔でぶっ倒れたんだぞ。
おばさんが亡くなったときのことを思い返せば、こんな表情で倒れられるくらいなら可愛いもんだよ」
「……あはは……」
確かに、真姫の表情はどこか晴れ晴れとしていた。
一年間、真姫の面倒を見続けきていた武蔵に言われれば、心配するだけ野暮なのかもしれない。
「ご主人様」
こちらも武蔵に気付いて、サティが近付いて来た。
「ご主人様……どうしてこちらに?」
「崖崩れの件はこっちでも把握できたからな……走って駆け付けたんだよ。
まあ、来た意味はなかったけど」
「そうでしたか」
「……………」
ニューシティ・ビレッジからロボク村までどれほどの距離があると思っているのか。
何度もないことのように言う話す二人に、栄介は驚愕を隠し切れない。
「それよりも……サティ、お前、また無茶したのか?」
武蔵の言う通り、近付いてくるサティの動きはあまり機敏でない様子だった。
歩き始めたばかりの子供のようにヨタヨタとした動きで、明らかにどこかおかしい。
「今回は四肢の一本も失わなかったので、それほどでもありません。
……ですが――そうですね、度重なる故障で、ボディに多数の不具合を見つかっています。
ご主人様には、帰ったらオーバーホールをお願いします」
「嫌だよ。あれ、心臓に悪いんだよ。ヘレナにやってもらえよ。
あ、それとも倉知なら、きっと喜んでやってくれるよ」
「……結構です……ご主人様は、もう少しバディへの労りを見せるべきです……」
「……?」
いつもの冗談交じりではありながら、どこか珍しく甘える様子の声音に、栄介でさえも違和感を覚えた。
思わず、武蔵と顔を見合わせる。
「……冗談です。
私よりも、生き埋めになっていた三人の容体が心配です」
「無事に救出できたように見えるけど……」
「私はヘレナほどの医学知識は持ち合わせていませんが――長時間身動きが取れなかった人間の血液内には血栓ができる場合があるという知識はあります」
「……そうか、エコノミークラス症候群か」
武蔵はあまり耳馴染みがなさそうな様子だったが、栄介は以前の災害のときにそんな名称を耳にしたことがあった。
避難所に入れず、車中泊をしていた人が突然死してしまったのだ。
「その名称は存じ上げませんが、いずれにしても三人を早めにニューシティ・ビレッジへ運び、ヘレナに診察してもらうことをお勧め致します」
「確かに……ニューシティ・ビレッジに運ぶかどうかはさて置くにしても、せめてロボク村で休ませてた方がいいよね」
未だにものりから熱烈な抱擁を受けている任はともかくとして、ハヌタとビスタの二人は意識を失ったままだ。
不安そうなシータたちを安心させる意味でも、一刻も早く安静にできる場所に運んだ方が良さそうである。
「そうだな。できれば真姫も、ちゃんとした場所で休ませてあげたいし……」
穏やかな真姫の表情を見るに、武蔵の背中以上に最適な場所はないようにも思えたが、あえて黙っておく。
それよりも、そんなことを言いながらキョロキョロと辺りを見渡す、落ち着きのない様子の武蔵が気になった。
「どうしたの? 誰か探してる?」
「あっ……いや……その……」
指摘をすると、武蔵は少しばつの悪そうに、歯切れの悪い反応を示しながら、
「……パールは……どこにいる?」
半年ぶりに、その名前を口にした。
「――えっ?」
先に驚きの声を上げたのは、サティだった。
声を上げなかっただけで、その気持ちは栄介としても全く同じだった。
この半年間、武蔵はパールに対して、まるで居ない存在のような振る舞いをし続けて来た。
二股をしていることがバレた気まずさからなのか、それとも別の理由があるのかもわからない。
ただ、それにしても武蔵の態度は、以前の彼からすれば考えられないものであり、栄介としても苛立ちを覚えながらも――それでもその態度があまりにも徹底されていたため、指摘さえできずにいた。
――それを今になって、どうして突然?
「ご主人様……もしかして、レヤックの――」
「――お、おいっ!! お前らっ!! よくも、俺たちを騙したな!!」
サティが武蔵に何かを聞き出そうとした、そのとき、ロボク村の方から一人の男性が走ってきた。
初老に差し掛かろうという年齢のその男性は顔面蒼白で、今にも倒れそうになりながらも、栄介たちを見つけて怒鳴り散らしてきた。
「――ま、また、村を、滅ぼそうとしやがって!! サラスさま――いや、あの魔女はどこにいやがる!?」
「え? あ、あの、お、落ち着いて下さいっ! 滅ぼそうとしたって、どういうことですかっ?」
「う、うるさい!! いいから、とっとともう一人の魔女を差し出せ!!」
栄介の問いに、まともに答えることなく、男性は一方的にまくし立てる。
栄介は村の人たちの顔をだいたい覚えている。栄介たちに詰め寄ってきているこの男性も、土木作業の際に何度か話をしたこともあった。温厚な人物で、危険な作業はまだ幼い栄介たちがやるもんじゃないと、率先して引き受けてくれた人物である。そんな人が、一体なにがあって栄介たちを怒鳴り散らしているのか――理解できない。
「落ち着いて下さい! 一体、どうしたと言うのですかっ? 何があったのか、話して下さいっ」
ナクラも異変に気付いてか、栄介たちと男性の間に割って入る。
それで男性も少しだけ落ち着いたのか、ようやくまともな話を始める。
「騎士団の連中が攻めて来たんだよ!!
魔法の杖を使うような村は、直ちに根絶やしにするってな!!」
「……は?」
ナクラのそれは、心底言っていることが理解できないというものだった。
「――まっ、待って下さい! 魔法の杖? 魔法の杖を、一体、いつこの村が使ったというのですかっ?」
「そんなの、今朝の爆発に決まってんだろ! あんな爆発を起こせるのは、魔法の杖しか考えられねぇ! こいつらが魔法の杖を使ったんだ!!」
男の発言に、思い浮かんだのはタル爆弾の件だ。
確かに、土砂崩れの直前、爆発音のようなものを聞いている。無関係とは思えなかったが、任たちの救助が優先で落ち着いて考える余裕なんてなかった。
武蔵に視線を向けると、栄介の考えが通じたのか、首を振って答える。
「あれは倉知の言う通り、火薬を詰めた爆弾だった。
魔法の杖なんかじゃない」
「火薬……」
それなら別に、ムングイ王国の人たちでも作れるはずである。なにせ拳銃を作る技術があるのだから。
「それに、あの爆弾を置いた犯人は……」
「待って下さい!」
武蔵の言葉を遮る形で、声を上げたのはシータだった。
「あの爆発は、この子たちがやったんじゃありません!
あれはっ――あれは……アタシがやったことです!」
シータの突然の告白に、辺りがざわめく。
それは栄介たちはもちろんのこと、ナクラたちロボク村の人間にも動揺が走っていた。
――直感的に、これはマズイと感じた。
「――じゃ、じゃあ、村長たちは……魔法の杖のこと、知ってたんだなっ……」
「えっ――!?」
「知ってて、こいつらと手を組んでたんだな!? 村長たちも、ぐるだったんだな!?」
「ち、違いますっ! アタシは、ただ――」
「シータっ……貴女の話は後で聞きますから、今は少し静かにして下さい」
「で、ですが、ナクラ様――」
「シータっ! ……貴女がもう何を言っても、状況は悪化します……そのくらい、貴女にもわかるでしょ?」
「……はい……すみません……」
ナクラとしては精一杯の判断だったのだろう。
確かに、公の場で下手なことを言えば言うほど、村人たちの疑いの目は強まる可能性がある。
そうなれば子供たちにも危害が向く可能性がある。
内容が内容だけに、まずは関係者だけで話をした方がいいのだろう。
「爆発の件は、後でちゃんと説明しますっ!
――それよりも、騎士団が攻めて来ているという状況を教えて下さい。サラス様を差し出すとは、どういうことですか?」
大きな声で手短に約束を取り付けることで、一旦の治まりを着ける手腕は見事である。
男も少しずつ冷静さを取り戻して来たのか、ぽつりぽつりと話をする。
「どうもこうも……連中、サラス様さえ差し出せば、この村は見逃すって言ってんだ……。
……お、俺たちだって、魔法の杖のことなんざ知らなかったんだっ! お、俺たちだって被害者だっ! ど、毒だって……また水がどうなっちまうかもわからないしよ……」
「なるほど。状況はわかりました。急いで村に戻り、私が説得に当たります。
どうするかは今後に話し合うとしても、今、サラス様はこの村にいらっしゃらない。今すぐにどうこうできないということだけでもお伝えするしかありません……大人しく一旦、引いてくれるといいのですが……」
気丈に振舞い、さすが村のトップという貫禄を見せるナクラだったが、それでも最後の最後に不安は滲んでいた。
それに対して男は、まごつく態度を見せた。まるで言いづらいことがあるよな素振りだった。
ナクラはそんな男の態度を見逃さなかった。
「……何か、ほかにあるのですか?」
「いや……はい……あの……騎士団が村に攻め入ってきたときに、真っ先にサラス様のお付きのお嬢さんが飛び出して来て……連中、彼女を人質に取って……」
「えっ――」
それが誰のことを言っているのか――栄介にはその顔がすぐに頭に浮かんだ。
「――サティっ! 真姫のこと頼む!!」
「はい、ご主人様!」
真っ先に動いたはの武蔵だった。
背負っていた真姫をサティに渡すと、人間離れした速さで走り出していた。
「あっ――くっ――」
出遅れたという想いもありながら、栄介もまた急いで武蔵の後を追った。




