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第221話 チートⅦ 操舵の加護

 辺りには諦めの雰囲気が漂っていた。

 実はここにはいないのではないかと、半分以上の人が別の場所へ移動してしまった。


 もう土砂崩れが発生してから四時間近くが経つ。

 あと数時間もすれば日が暮れてしまう。

 そうすれば絶望的だ。周りの人たちも「日暮れまで」という時間制限を設け始めているのが、肌で感じる。


「まだっ! まだっ、諦めるのは早いよ! 災害は発生から三日が勝負っ言われてるんだよ! まだわからない! まだわからないんだから!!」

「うんっ! うんっ!! わかってるっ! タモさんは、ぜったいに生きてる!! 生きてるったら、生きてるんだからっ!! だから見つけ出して、今度はこんなことにならないように、身動き取れないように縛り付けて生き埋めにするんだから!!」

「お兄ちゃんものり姉も、口じゃなくて手を動かしてくださいっ!! ペース落ちてますよ!! サティさんも!! この岩、早く砕いて下さい!!」

「承知しました。皆さん、一旦、離れて下さい。辺りに固まった土砂を岩諸共まとめて砕きます」


 その中でニューシティ・ビレッジからやって来た少年少女たちは、村の人たちと比べても必死だ。

 友達が巻き込まれたとは言え、すでに腕がまともに上がらなくなっているのが見ていてもわかる。

 それに比べて、村の人たちはまだ余力を残しているように見えた。


 ――それを責めるつもりは、シータは毛頭ない。だって、シータももう絶望し切っていた。


 それだけ村の人たちも絶望に慣れ切ってしまっていた。


 何度、こんな気持ちを味わったことか――。


 一番筋肉質で頼もしかったウッタが、何の抵抗もできずにアンドロイドに惨殺されたと聞いたとき、泣いたと思う。

 一緒に戦争に向かったハヌタが、なんの前触れもなく骨と灰になって戻ってきたときも、海に帰してあげながらたぶん泣いた。

 ビスタが魔法の杖の爆発で飛んできた大木でグチャグチャになったときは、驚きが先で泣きもしなかった。

 クンタが魔法の杖の毒に侵された死んだときは、他にも大勢が一緒に亡くなったため悲しいとさえ思えなくなった。


 そしてウルユが死んだとき――原型さえ留めていない肉片を見たとき――記憶にない。

 だけど、人の死というものを理解できていないどころか事情さえまだよくわかっていないビスタが「これは今日の晩ごはんなの?」と聞いてきて、初めて彼女に手を上げたのだけは覚えている。


 死んだ人は、海の向こうの”壁”に辿り着き、いずれ帰って来ると言う。

 だけど、そんなことを信じているのは子供たちくらいで、大人たちはみんなよく理解していた。


 死とは、そこで終わり。やり直しなんてない。

 そして遅かれ早かれ、誰にでも訪れる。それは瞬きをした後かもしれないし、明日かもしれないし、十年後かもしれない。


 ――死とは、どうしようもないのだ。


 祈っても、願っても、泣き叫んでも、どうにもできない。

 それなのに――


「任くんの”ギフト”なら、この程度なんともないのくらいわかってるんだからね! いい加減、出てきてよ!」

「タモさんっ! 出てきてタモさん救出の手伝いをしてよ!」

「津久井先輩はなんのために、鍛えてたんですか!? 津久井先輩が無事なの、みんなわかってますからねっ!」


 この子達は決して諦めようとしない。

 土砂を浚う腕は振るえていて、爪だって剥がれ掛けて、喉だってもう潰れる寸前だった。

 それでも互いに鼓舞するように声を上げて、必死に手足を動かしていた。


 止めて欲しい。

 そんな姿を見てしまうと、シータも諦められなくなる。


 もう諦めさせて欲しい。何もかも放棄させて欲しい。

 自分が悪かったです。ごめんなさい。だから、もう何もかも終わらせて下さい。

 ――ウルユや、みんなところに行かせて下さい。

 それなのに――


「母ちゃん――」

「――っ!?」


 長男のウッタが手を握り締めてきた。


「大丈夫っ! ……ぜったいに、ハヌタとビスタは……助かるからっ!!」


 ウッタに背負われた幼いクンタでさえ、半べそのままそれでも強い眼差しでシータを見つめていた。


 二人の息子たちは土砂崩れに巻き込まれる兄妹たちを目の前で見ているのだ。

 不安じゃないはずがない。

 それなのに泣き崩れる母を勇気付けようとしている。

 二人のことさえ置いて、何もかも終わらせようとした、こんな母親を――。


「――っ」


 咄嗟に二人を強く抱き締める。

 奥歯を噛み締めて、ふとすればまた嗚咽が漏れそうな口を塞ぐ。


 ハヌタもビスタも、自分が殺してしまったのだ。

 今更、許してもらえるはずがない。


 それでも――もしこの世界にまだ希望があるのなら。

 もし、許されることなら――


「ええっ……ええっ! そうねっ、きっと二人は助かる! 助かるわ!」


 ――この希望だけは、どうか叶えて下さい。


『――ああ、タモさんも、ハヌタもビスタも! ぜったいに助かる! 助けてやるからな!』

「――っ!?」


 突如として、響き渡る声は、再び地割れでも起こったのかと錯覚するほどの大音響だった。

 事実、大地は揺れていた。


 村人から動揺の声が上がる。

 子供たちも、驚きに声を失っていた。


 ただニューシティ・ビレッジの子供たちだけは、それを心底待ち侘びていたとでも言うような、安堵の泣き笑いを浮かべていた。


 ――そんなはずはない。そんなはずはないっ!

 だってあの少年もまた、シータが殺してしまったのだから――。


 だけど、半ば期待するように、シータは振り返った。


「――……あぁっ」


 その声はただただ驚きだったのか、それともエイスケたちのような安堵から出たものか、シータ自身もわからなかった。


 そこには、見上げるほど大きな人型の姿があった。

 夫をすり潰し、自分が押し潰した、憎きかたきの姿があった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




『それ、今、どうやって動いてる?』

「……さあな?」

『こっちのモニター、足ないって出てる。メインカメラもないなった。完全にラストシューティング状態。岸、ニュータイプに目覚めた?』

「……知らねぇよっ」


 普段だったらすぐ調子に乗ってしまいそうな有多子の報告を、遥人は一蹴する。

 それほど今の遥人には余裕がなかった。

 崩落に巻き込まれた際に頭でも打ったか、エイブル・ギアを”ギフト”で無理やり動かしてる影響か、とにかく頭痛がひどかった。

 呼吸は苦しかったし、目はチカチカしているし、最悪のコンディションである。


 それでも――泣き腫らしたであろうシータの顔を見て、洞窟の中で引き篭もってなくてよかったとつくづく思った。


 有多子の言う通りメインカメラは壊れてしまったので、外の映像は一切なかった。

 それでも遥人はなぜか自分の目で見ているかのように外の様子がわかった。


 栄介もものりもリオも、ひどい様子だった。

 どれほど必死になって任たちを助けようとしていたのか、よくわかる。


 そしてそのお陰でどこに任たちが埋まっているのかも一目瞭然だった。


「みんな、退いてろ!! エイブル・ギアで掘り起こす!!」


 言いながら、エイブル・ギアの右腕を振り上げる。

 ものりが「嘘でしょ?」と言わんばかりの顔で、睨んできた。

 確かに、勢いよく掘り返せば中に埋まってる任たちも押し潰してしまう。ものりの気持ちもわかる。

 しかし任は身を挺してものりを銃弾から守り、子供たちの身代わりになって崖から落ち――それでもなお無事だった。

 遥人は任の”ギフト”を信じた――そして何よりこの半年間必死に身体を鍛えていた任を信じた。


「タモさんっ!! 優しく掘り起こしてやれるほど余裕がねぇ!! 派手にやるからなっ! 子供たちのこと頼む!!

 と、友達だからな――信じてるからなっ!!」


 栄介がものりとリオを引っ張って安全圏に避難していた。

 それを見届けてから遥人は、一部抉り取られた地面に向けてエイブル・ギアの右手を振り下ろした。


 たかが操縦者である遥人に、大地の硬さが、指先を掻く土のザラザラさが、分かるはずがない。

 それでも遥人には大地が抉る感触が確かにあった。


「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 大地を抉る。抉る。抉る。


 もしそこに誰かがいるのなら、握り潰してしまっていてもおかしくない。

 ウルユのように――エイブル・ギアの前では、人間なんて簡単に押し潰してしまう。


 だけど、そんなことはお構いなく、遥人は全力で大地を掻き出した。


 任なら、きっと大丈夫――。


 その一心で、土砂を掘り起こした。


 そして――


「――っ!」


 何か土砂の硬さとか違う――押せば返って来る弾力を感じた。


 遥人は、それを片手で掬い上げた。

 土の中から微かに感じる温かさに、遥人は恐る恐る声を掛ける。


「……タモさん?」


 返事はなかった。

 一瞬、機械の肉体を曝け出していたサティの姿が頭を過った。

 自分が、あのとき何をしてしまったのか思い出して、遥人の表情は青ざめる。


「……タモさん? ――タモさんっ! なあっ、頼むっ……返事しろよ!」


 嫌な予感が、冷汗となって背筋を伝う。

 いよいよ、頬を涙が伝いそうになった、そのとき――


『――ぷはあっ!!

 ……あーっ……あー……し、死ぬかと思ったっ……』


 土の塊が、ひょっこりと起き上がった。


「――タモさんっ!!」

『はぁ……はぁ……お、遅いよ、遥人君……さ、さすがに、今度こそ死んだと思ったぁ……』

「――ぐっ」


「驚かせるなっ」とか「タモさんのくせに、生意気だっ」とか、そう言った類の言葉が真っ先に頭に浮かんだ。


「……ぐぅっ……うっ……うっ……」


 だけど口から漏れ出てくるのは、そんな情けない嗚咽ばかりだった。


 しばらくして、ようやく気付く。


「――そ、そうだっ!! ハヌタとビスタはっ!?」


 モニター越しに、任に抱きかかえられた二人の姿が見える。

 ぐったりとした様子で、意識がないことは明白だ。


 遥人が見る限りでは、生きているかどうかもわからない。再び頭が真っ白になりそうだった。


『……大丈夫だよ……二人とも、ちゃんと生きてる。

 ……あ――あぁっ!? で、でも、怪我してるからっ、早く、治療してあげた方がいいかもっ!!』

「あ、ああっ! わかった!! すぐに降ろしてやるから!!」


 慌てふためきながらも、三人を振り落とさないように慎重に地面まで降ろしてあげる。

 すると、真っ先にものりが走り寄ってきて、任に飛び付いていた。


『――タモさんっ!!』

『えっ、ちょ、ちょっ!? か、守さん!?』

『タモさんのばかっ!! ドジっ!! 間抜け!! おたんこなす!!

 いつもいつも――いつもいつもいつもいつも!! どうして、そんなに心配させるのっ!?

 タモさんのあほーっ!! あーほーっ!! 好きーっ!!』

『えっ、ちょ、えっ? えぇっ!? か、守さん、最後なんて言った!?』

『ばかぁぁぁぁっ!!』

『それ一番最初だよねっ!? え、えっ!? 待って、え? えっ? えええええぇぇぇぇぇぇっ!?』


 どうしようもない惚気っぷりを見せつけてくる横で、栄介とリオが気絶している子供二人を回収していた。

 子供たちの様態を確認しながら、栄介が大きく手を振っている。その顔には安堵の表情が見え、きっと命に別状はないと言いたいのだろう。


 ――よかった。本当によかった。


 遥人もようやく息が吐けたと、操縦席に深くもたれかかった。

 

 そのとき視界の隅の方で、栄介が手を振っていた相手が目に入る。

 理解が追いついていない――そんな表情をまざまざと顔面に張り付けて、それでもヨタヨタと気を失っている二人の子供たちに近付く母親の姿。

 今すぐに子供たちに駆け寄りたいという気持ちと、自分にはそんな資格がないと思い詰めている様が、遥人にはありありと見えた。


「―――――」


 ふとシータは立ち止まり、遥人を見た。

 怯えたようなシータの目は何を訴えかけようとしているのか、遥人にはわからなかった。

 恨んでいるのかもしれない。後悔しているのかもしれない。それとも別の何かかもしれない。


 いずれにしても遥人はその全てを受け入れようと思った。

 決して許してもらえないことを、自分はしたのだから――。


 その決意表明も込めて、遥人はエイブル・ギアの頭を大きく上下に動かした。


 それを見たシータは、しばらく考えるように目を瞑り――そして、彼女もまた頭を下げた。

 それがどんなやり取りだったのか、正直、当の本人である遥人にもよくわからなかった。

 だけど、ずっと心の奥でわだかまっていたモヤモヤが少しだけ晴れた気分だった。


『――ハヌタっ!! ビスタっ!!』


 それを合図に、それまでシータの後ろに怯えるように隠れていた二人の子供が、気絶している兄妹に向かって駆け付けた。


 その様子を目にして、最後に残っていた緊張の糸が切れてしまった。

 急激な眠気に襲われた遥人は、そのままエイブル・ギアのコックピット内で意識を手放そうとしていた。


「――あぁ、その前に……」


 どうしても言わなきゃいけないことがあった。


「……エイブル・ギア……ありがとな……おまえがいてくれて、よかった……」


 その言葉を最後に、遥人は意識を失った。

 そして主の眠りと共に、エイブル・ギアもまた起動を停止させたのだった。

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