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第220話 ヒーローにはなれないⅡ

『……脚部損傷……右腕もエラー……たぶんどこか拉げてる……左腕は問題なしってなってるけど、動いてる様子がない……』

「……………」


『……スラ、サキからの返事は? ……なし? ……いったい、なにして――あ、ちょっと! スラ、待って!』

「……………」


『……大丈夫……エイブル・ギアのボディは丈夫にできてる。一日、二日くらいなら、そのままでも平気……』

「……………」


『岸……? 怪我ない? 急いでエイブル・ギア動かしたけど、どこか潰されてない?』

「……………」


『――宮本がそっちに向かってる。もう少し……頑張れ……』

「……………」


『……なんで、静かなの? 大丈夫なら、なんか言って……』

「……………」


『……岸は、いつも、そう……私たちのこと、仲間って、言うのに……自分のことは、すぐ黙る……』

「……………」


『……仲間のためって言うくせに……いつも、一人で突っ走る……私たちには、岸のために、何もさせない……』

「――――――」


『――返事しろ……ばか……』

「……………」




 有多子のすすり泣く声が聞こえる。

 こいつでも泣くことあるんだなと、少しだけ意地の悪い考えが頭に過った。

 だけど、返事をする気になれない。


 ――もう、何もかもどうでもいい。


 遥人は薄ぼんやり光る計器類のモニターに視線を走らせる。

 英文ばっかりでほとんどが意味はわからなかったが、有多子の言う通りなら、それはエイブル・ギアの断末魔だろう。

 そのうち、その光さえも消えた。有多子の泣き声も、聞こえなくなった。

 エイブル・ギアが完全に沈黙した。


 ――ざまあみろ。


 半年以上を共に過ごした相棒に対して、遥人は冷笑を浮かべた。


 元はと言えば、こいつが悪いのだ。

 こんな機械があるから、遥人は人を殺す破目になったのだ。


 責任転換だという自覚はある。

 機械は所詮、機械。悪いのは全て自分だ。

 だから最期の最期まで――遥人は心中してやろうという気持ちでいた。


 時折、エイブル・ギアはギシギシと言った悲鳴を上げた。

 有多子は一日、二日は持つと言ったが、そんな気がしない。

 次の瞬間には、エイブル・ギアの上に積もった大量の土砂でペチャンコになる予感しかしない。


 ――早く、そうなっちまえよ。


 自暴自棄になって、遥人は心の中で毒づいた。


 そもそも生き残ってしまったことが痛恨の極みだった。

 有多子がエイブル・ギアを遠隔操作して助けたことだけは理解したが、それすらも遥人には余計にことと思ってしまった。


 早く死なせて欲しかった――。

 とっとと死んでいれば――こんなところで、醜い自分に気付くこともなかったのに――。


 ――そう、遥人は気付いてしまった。


 遥人はただ、許されたかった。

 人を殺してしまった罪を、許してもらいたかった。


 そのためにエイブル・ギアを使ってロボク村開発に尽力した。

 そのためにシータやその家族に親切にした。


 そのために――シータに謝った。


 ――身勝手だ。そんなんで許せるわけがない。


 ものりと任を人質に取られ、クリシュナに激怒していたのは誰だ?

 二人を助けて欲しいと、泣き叫んでいたのは誰だ?


 もしあのとき二人に何かあれば――遥人は許せたはずがない。


 それなのに、自分だけはその罪を許してもらえると思ったのか?

 身の程知らずだ。

 自分が出来もしないことを、どうしてシータに求めたのか?


 勘のいい任は、そんなところも全部きっちり気付いていた。

 それなのに「オレのなにがわかるって言うんだ」なんて逆切れした。

 穴があったら入りたいくらいで――だから、何もかもちょうどいい。

 罪も、罰も、恥も、自分自身も――全て、洞窟の下に埋もれて潰れてしまえばいい。


 ――もう、何もかもどうでもいい。どうでも、いい。


 ――……本当に、そう思ってる?


「……え」


 不意に真姫の声が聞こえた。

 完全な暗闇の中で、自分以外に誰もいないはずなのに――だけど、確かに真姫の声が聞こえた。

 走馬灯の一種なのかもしれない。

 闇の中で見る走馬灯は、声だけなんだなと乾いた笑いが漏れそうになった頃に、


 ――なら、あんた、なんでまた泣いてんのよ?


「……………」


 再び凛とした声が頭に響いた。


 自分の腕さえ見えない中で、彼女の声を確かめるように、そっと目元に触れれば、確かに湿った感触が指先に当った。


 ――というか、あんた、私が探してあげると、いつも泣いてるわね?


「――っ、な、泣いてねぇよっ」


 わざわざ確かめていたことが、なんだか物凄い恥ずかしいことのように思えた。

 そんな反応が面白かったのか、真姫はくすりと笑ったようだった。


 ――別に、泣いたっていいじゃない。そのおかげで見つかったんだから。


「……………」


 じんわりと懐かしさが混み上げる。

 古い記憶と新しい記憶がごちゃごちゃに混ざり合って、胸が痛む。


 こんなことで、一瞬でも、許された気になっている自分に心底嫌気が差す。

 本当に――早く、こんなこと終わって欲しい。


 ――……そう。本当にそう思うなら、それもいいわ。


「……………」


 ――うわっ、面倒な奴。本当は助けて欲しいなら、素直にそう言えばいいのに。男のかまってちゃんほど、みっともないものはないわよ。


「――っ、そんなんじゃねぇよっ」


 そう否定しても、まるで何もかも見透かされてる気分だった。

 死の間際に見る幻聴なのかもしれない。

 割り切ったつもりでいるのに、振られた相手の幻を見るとか、どれだけ女々しいんだろうと思う。

 でも――


「……でも……止めないんだな……」


 ――止めないわ。死にたくなる気持ち、私はわかるもの。

   あんたはそれだけの罪を犯した。あんたがそれで楽になるなら、それもありなんじゃないの?


 このサバサバとした性格は、間違いなく真姫だった。

 遥人のよく知っている、真姫そのものだった。


 少しだけ、安心した。

 真姫に肯定してもらえて、最後の覚悟が決まった――


 ――でも。もし、あんたがこれで死んだら、今度は私がシータさんを殺すわ。


「……………」


 ――あんたを殺した復讐をしてやるんだから。


「……なんで……」


 ――シータさんが、遥人に復讐したんだもの。なら、今度はシータさんが復讐されるのは当然でしょ。


 それでは自分が死ぬ意味がない。

 遥人はただ、ウルユを殺した罰を受けたかっただけだ。

 罰せられて――許されたかっただけだ。

 それでは、まるで――


 ――今度は、シータさんが罪を背負うのよ。あんたが背負えなくなって押し付けた罪を、今度はあの人が背負うのよ。


「……違う」


 そんなことを望んだわけではない。

 押し付けたなんて、そんなつもりはない。

 償って、許されたかった。遥人はただ、それだけで――


 ――許されるために、償おうとするなんて、傲慢よね。開き直られた方がまだマシよ。そしたら、シータさんも、罪の意思に苛まれることなんて、なかったはずなのに。


「……………」


 ――ねえ、シータさんが、今どう思ってるか……遥人なら、わかるわよね?


「……………」


 ――聞かせてあげるわ。


「――っ」


 やめてくれと、叫びたかった。だけど言えなかった。

 彼女がどんな想いでいるのかなんて、容易に想像ができた。

 しかし、それは遥人が思っている以上の懺悔だった。


 シータの声が聞こえた。


 ――ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!! アタシのせいでっ!! ごめんなさいっ!! お願いですっ、助けて下さいっ!! ――おねがい……許してっ。


 それは遥人が抱えていた想いだ。

 遥人が償わなくてはいけない罪だ。


 決して彼女に押し付けていいものではない。


 ――ねえ、どうするの? このまま逃げるように死ぬ?


「――オレは……どうすればいい?」


 ――さあ?


「……………」


 ――でも、いつもの遥人なら、こういうとき後先考えず突っ走るんじゃないかしら?


 だけど――その結果、ものりと任を危険な目に遭わせたのだ。ウルユを殺してしまったのだ。

 自分はヒーローになれないと、散々思い知った。

 それなのに、今更どうやって突っ走れっ言うんだ?


 ――でも、あんた、みんなのリーダーでしょ? カミツケ隊のリーダーでしょ?


「――えっ?」


 そんなこと初めて言われた。

 確かにそう振舞っていたこともある。

 だけど、みんなのリーダーは武蔵だった。いつだってグループの中心は武蔵だった。


 ――それは違うわ。武蔵はただ、みんなに手招きするのが上手なだけ。みんなを引っ張ってったのは、いつだって遥人だったじゃない。


「―――――」


 ――遥人が先導して、武蔵が巻き込んで、栄介がまとめる。そういうグループだったじゃない。

   あんたが誰よりも先に突っ張らなきゃ、次に誰が続くって言うのよ。


「――ああ」


 そうか。

 自分には何もないと思っていたけど――ちゃんと役割があったのだ。


「――真姫って、ほんと、昔からみんなのことよく見てるよな」


 グループで言えば、みんなを焚きつける役割だ。きっと有多子は参謀で、リオがマネージャー、新人の任が入って新しい風が吹いてる状態なんだ。


 ――あら、惚れ直した?


「……いいや、百年の恋も一気に冷めた」


 ――……なんでよ。


「怖すぎて無理。武蔵がちょっと可哀想だと思うくらい。さっきの煽り文句は、半分脅迫だろう」


 ――武蔵はあんたみたいに情けなくないから大丈夫よ。今だって、私に元気をくれてるもの。


 あー、はいはい。ごちそうさま。

 先ほどとは違う理由で、なんだかどうでもよくなってしまった。


 それに、今は無駄話をしている場合でもなさそうだった。


 ――状況はわかってる?


「……さっきのシータの声で、ばっちり」


 ――そう。なら、早く行ってあげなさい。任くんも、ずっと待ってるわよ。


 世話の焼ける新人である。ものりが発狂してる姿が目に浮かぶ。

 早く助けて、謝らないといけない。


 だけど、その前に――


「――真姫」


 ――……なによ? 正直、わたしもそろそろ限界なんだけど?


「さんきゅーな。やっぱり、仲間っていいもんだな」


 ――それ、もう三回目よ。さすがに次はないんだから。


 すでに仏よりも寛大だった。

 それも含めて、これで真姫に甘えるのが最後だと心に決める。


 真っ暗闇でわからないが、きっと涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 今のうちに顔を拭う。


 操舵レバーに手を掛けて――そこでようやく、まだ謝らないといけない相手が残っていることに気付いた。


「エイブル・ギア――悪かったな。

 ……まだ、オレを乗せて動いてくれるか?」


 それに答えるように、エイブル・ギアのコンソールに光が灯る。

 もうとっくに壊れててもおかしくないはずなのに――遥人は、この相棒にも「ありがとう」と呟いた。


『――岸っ!? 岸っ!? 大丈夫!? なにがあったの!?』


 途端、鼓膜をつんざくような有多子の声がコックピット内を反響した。

 冷静な有多子にしては珍しい金切り声に思わず耳を塞ぐ。

 さっきまでの真姫の声とはえらい違いである。


 ふと周りを見回す。

 人ひとり入るのがやっとのスペースには、当然、真姫の姿はない。

 さっきまでの声はなんだったのかだろうか――?

 幻聴でないことは確信を持てたが、何が起きていたのかは後で真姫に確認する他ない。


『――岸ぃ……返事しろっ、ばかっ』

「あっ、わりぃ……」

『――え、岸っ?』


 まさか本当に返事が返ってくると思ってなかったのだろう、スピーカー越しでも混乱する有多子の様子がわかる。


 有多子にも、だいぶ心配を掛けさせてしまった。


 特に停電前に言われた言葉を思い返すと、真姫の言葉も相まって、余計に申し訳なく思う。


「倉知……悪かったな。

 でも、一人で突っ走るのがオレだからっ! オレがみんなの、リーダーだからっ!」

『え……なに……意味がわからない……うざ……』


 心底呆れ返ったような返事だった。

 どうやらいつもの有多子の調子に戻ったようだった。

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