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第219話 助けてと彼女は叫んだ

「……真姫さん。

 真姫さんも頑張ってるのはよくわかってるよ。

 だけど……それでも、もう一度確認させて……本当にここなの?」

「……間違いないわ」

「だけど……ここだとしたら……もう……」

「弱気なこと言わないで!! 生きてるわ!! まだ、三人とも生きてる!!

 だけど、あと十メートルも下なの!!

 だから、栄介もものりやリオちゃんを見習って、もっと手を動かす!!」

「……ごめん……わかった」


 栄介にしては珍しい弱音に、真姫は隠すことなく苛立ちをぶつける。

 実際に一番焦っているのは真姫だった。

 任たちの場所を察知してからすでに一時間以上が経過――事故発生からはもうすぐ三時間になる。

 土石流に流されて地面の下に埋まってしまっている三人の体力も限界に近い。それが真姫にはまるで時間制限のごとく認識できた。

 ――あと一時間。

 任はもう少しもつが、子供たちの体力がそこで限界を迎える。


 なのに、村人に栄介やものり、リオにサティ――全員掛かりで作業して、まだ二メートルも掘り進めていない。

 作業するための装備が脆弱過ぎた。掘り起こすための道具が農具しかない。

 大木や岩石の類はサティが一抱えで運ぶことができても、ぬかるんだ土砂を運ぶ手段がスコップくらいしかないのだ。それも掻き出せば掻き出すほど、周りからさらに土砂が流れ落ちるため、想像以上に広範囲の除去が求められる。

 ブルドーザーか、それに類する重機でもなければ、間に合いそうにない。

 ――はっきり言って絶望的だった。


 任たちを見つけたとき、それで助けられると思っていた。

 甘かった。まさかこれほど深くに埋まっているなんて考えもしなかった。

 リオと一緒に測量までしていたはずなのに、地形のことなど全く考慮していなかった。


 きっと本当であれば土石流に巻き込まれた時点で死んでてもおかしくない。

 それを任が必死に守ったのだと、容易に想像できる。


 事実、任は助けが来ることを信じて、今も必死に子供たちを抱きかかえている。


 ――遥人が、きっと助けに来てくれると、信じている。


「―――――」


 ここに来て真姫は、パールを見逃したことが最大の過ちだったことに気付く。


 パールがいれば先ほどと同じ手段で、他の人たちの助けを呼べたかもしれない。

 しかし今となっては、せっかくパールが落ち着かせた村人たちも、状況の理解に応じて再び心をどよめかせていた。


 ここで真姫一人がレヤックの能力を使ったところで、心を壊してしまうのがオチである。


「……………」


 ――いいえ、それでも……。


 三人の命がかかっている。

 自分の心がなんだと言うのだ。


 だって、自分の心なんて――お母さんが死んだときに、とっくに壊れているのだから。


「―――――」


 大きく息を吸う。

 先ほどより、さらに広い範囲を捜索するべく、覚悟を決めて――

 そして息を止めように、


 後悔。恐怖。悲哀。臆病。不安。嫉妬。偽善。下劣。傲然。惨憺。不純。無様。悲惨。混乱。軟弱。卑屈。喪失。惆悵。悲憤。逃避。慷慨。自棄。陰鬱。荒寥。哀感。悲嘆。姑息。愁嘆。慨嘆。不憫。憐憫。嫌悪。惻隠。憂苦。苦痛。悲壮。失意。哀惜。痛嘆。同情。悲泣。嗟嘆。号哭。絶望。絶望。絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望―――――無理。




「――真姫さん!?」


 気付いたら、栄介に抱きかかえられていた。どうやら倒れてしまったらしい。

 鼻血も出ているみたいだった。鼻に違和感を覚えて啜ったところ血の味がした。


「――わたしのことはいいから。作業に戻って」

「でも、さっきからずっと、真姫さんの様子が……」

「わたしは死なないわ。でも、このままじゃ任君たちは死ぬの。何が優先か、栄介ならわかるでしょ?」

「……無理は、しないでね」


 土砂を掻き出す作業に戻る栄介を見ながら――あれだけ強く拒絶しても、何かあれば真っ先に駆け付けてくれる栄介に、心の底から謝罪しながら――真姫は、無理をしないでという栄介の言葉を無視した。


 パールのように、対象人物を絞る器用なやり方は真姫にはできそうにない。この力はそれほど融通が利くような能力ではない。オンオフはできても、力加減がとても難しい。

 だけど、せめて今度はもう少し範囲を縮めるように――一瞬のうちに倒れて、みんなに心配掛けないようにしながら、助けを呼ぶ。


 ロボク村に残っている村の人たちへ、遥人へ――

 どうか助けに来て欲しいと、心の声で叫ぶ。


 届いているかどうかわからない。

 まるで荒れ狂う嵐の中にいるみたい。

 吹きすさぶ感情は、真姫の心を切り付ける。


「――っ」


 自分の心は壊れていなかった。とっくに壊れているなんて嘘だ。

 だって、その心は武蔵が必死に守ってくれたのだから。


 ――一年掛けて直してくれたのだから。


 その心を壊して、必死に叫ぶ。


 助けて。助けて。助けて。助けて。


 ――何を? ――誰を?


 それすらもよくわからなくなる。

 それでも叫ぶ。


 助けて。助けて。助けて。


 ――誰が? ――誰に?


 思い出すのは、お母さんが死んで塞ぎ込んでいた自分。

 世界の怖さに家から一歩も出られなくなってしまった自分。


 あのときもずっと壊れかけの心を拾い集めて、懸命に叫んでいた。

 孤独に震える身体を抑えて、懸命に叫んでいた。


 助けて。助けて。


 だから――きっと届くと信じられた。

 いつも肝心なときはいないけど――それでも、いて欲しいときに、変わらずそばにいてくれたのだから――


 ――助けて、武蔵。


「――あっ」


 それに気付いたときには、真姫は走り出していた。

 栄介やリオがそれに気付いた様子だったが、彼らに声を掛けることもなく、真姫は全力で走った。


 土砂で足が縺れて、何度も転びそうになっても、

 枝に皮膚を引っ掛かれ、擦り傷を負っても、


 真姫は彼のところに向かって走った。


 ――武蔵が、ここに来ている。

 ――武蔵が、そばに来ている。


 真姫にはそれがわかった。

 武蔵のことなら、なんだってわかるのだ。


「ふっ……あははっ」


 ニューシティ・ビレッジにいながら遥人が土砂崩れに巻き込まれたと知って、走って駆け付けたのだ。

 ここまで車でも四、五時間かかるのに、武蔵は三時間で駆け付けたのだ。

 信じられない。本当に信じられない!

 いつも肝心なときはいなくて――

 勝って欲しいときに負けるくせに――

 ――それでも大切なときには外さないのが、宮本武蔵なのだ。


 そこに武蔵がいる。

 それがわかるだけで真姫は、彼を信じて――林を抜けて、崖から飛び降りた。


「――武蔵っ!!」

「――えっ、真姫!?」


 武蔵の方は、直前まで真姫の存在に気付かなかった。

 それでも崖から落ちてくる真姫を、どうにか抱き留めた。


「――はっ? えっ、なにやってんの、真姫っ? 危ないだろうっ!

 というか、一回離れてっ! こんなことしてる場合じゃないんだよ!」


 真姫の気も知らないで、振りほどこうとする武蔵だったが、負けじとしがみ付く。

 なんだか久しぶりに、武蔵の温もりを感じた気がする。

 不安や、恐怖や――いろいろな感情をどうにか抑え込んでいたつもりだったが、真姫はもう限界だった。

 ポロポロと止めどなく涙が溢れてくる。


「あー……そう。そっか。ごめん。

 津波も、土砂崩れも、似たようなもんだから……真姫も怖かったんだよな。

 ……ほっといたりして、ごめん」


 真姫の涙を、武蔵はそう解釈して、優しく抱き締め直した。


 ――……ばーか。


 そういうのとも、またちょっと違うのだが、武蔵の勘違いを正すこともせずに、真姫は今しばらく武蔵の温もりを堪能する。

 しかしそれもほんの僅かな時間。

 とても惜しいけれども、武蔵の言う通り、今はこんなことをしてる場合ではない。


 心が落ち着いたところで、一旦、武蔵から離れる。

 しっかりと彼の目を見て、


「――聞いて、武蔵。

 シータさんのせいで、遥人が土砂崩れに巻き込まれたのは、わたしも知ってるわ。

 でも、その土砂崩れに、任君とシータさんの子供も巻き込まれたこと、武蔵は知らないでしょ?」

「えっ……」

「わたしに全部任せて。わたしが必ず、なんとかしてみせるから。

 だから――武蔵は、わたしに元気を分けてちょうだい」


 そして両手を広げて、抱っこのおかわりをする。


「……えっ?」


 それは、何言ってんだこいつと言わんばかりの「え」だった。こういうときは、有無を言わさずに抱き締めて欲しい。

 こんなところはいつまでも鈍感なんだからと、真姫は少しだけ不貞腐れた。

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