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第217話 カルマⅠ

 ――こんなはずじゃなかった。


 大勢の人が叫んでいる。

 あっちを掘り起こせ。

 こっちを探せ。

 ここを手伝え。

 そこを見てみろ。


 大勢の人が泣いている。

 ごめんなさい――

 いたら返事をして――

 お願いだから出てきて――

 

 ――こんなはずじゃなかった。


 これではまるで――あの日と同じだと、樹真姫は後悔と恐怖に嘔吐した。




      ◇




 おばあちゃんの家に行く。

 それは真姫にとっては楽しいイベントの一つだった。

 おばあちゃんの家は海に近い場所にあり、それだけで真姫はいつもワクワクしていた。

 毎年行われる地元のお祭りに合わせて行くので、同年代の親戚の子たちもよく集まって遊んでいた。


 滅多に会えない従妹のお兄ちゃんお姉ちゃんに甘えるのも好きだった。

 武蔵と一緒に海水浴に行くのも好きだった。


 だから、おばあちゃんの家に遊びに行くのは、とても嬉しかった。


 だけど、その日はあまり嬉しくはなかった。

 向かう途中、ずっと不貞腐れていたと思う。


 来週には小学校を卒業するという、ある日。

 平日、一日休んでおばあちゃん家に向かった。

 卒業式に着る洋服をおばあちゃんに買ってもらったので、そのお礼と記念撮影に行ったのだ。


 真姫としては、もうじき小学校に通える日数も幾日しかない中で、わざわざ休みたくなんてなかった。

 中学に上がったら、みんなとクラスがバラバラになってしまうかもしれない。みんなと同じクラスで過ごせるのは、これで最後かもしれない。

 そう思うと、一日でも多く学校に行きたかった。

 だけどお母さんの予定がどうしてもその日しか合わず、おばあちゃんも楽しみにしてるからと、その日学校を休んでおばあちゃんの家に行ったのだ。


 もっと強く言えばよかったのだ。

 ずる休みはよくない。中学校に上がってからでもいいじゃない。

 そうすれば――少なくとも、お母さんはいなくならなくて済んだのだ。




 写真屋で記念撮影も終えて、そろそろ帰ろうかという話をしていた頃だった。

 ひどい揺れだった。

 家が持ち上げられて、そのまま振り回されたんじゃないかというぐらい。

 棚や冷蔵庫なんかも全部倒れて。

 そのときお母さんは無事だったけど、おばあちゃんがテーブルに足をぶつけてケガをした。


 揺れがようやく収まった、お母さんは外の様子を見てくると言って出て行った。

 おばあちゃんがニュースを着けてって言ったので、転がっているテレビを起こして着けようとした。

 だけど電源が外れてしまっていて、コンセントが動いた棚で塞がってしまっていた。

 棚を動かして、どうにかテレビを着けようとしていたところで、お母さんが大慌てで帰ってきて「逃げましょう」と言った。


 おばあちゃんの足のケガがひどくて、まともに歩けなかったから、お母さんが車を出した。

 最初はよかった。

 だけど、すぐに車が渋滞に引っ掛かって、前にも後ろにも動かなくなって――


 お母さんが「どうしよう」とつぶやいたのを、とてもはっきり覚えている。

「おばあちゃんをおぶって逃げよう」って言えなかった――


 だから――――――――――




 ――避難所には、どうやって辿り着いたのか覚えていない。

 だけど、とても寒くて、悲しくて、怖かったことだけは覚えてる。


 知らない人しかいない。


 何人か声を掛けてきたような気もする。

「どこの子だい?」「お母さん、お父さんは?」「一緒に来るかい?」「いいから来なさい――」


 ――よく覚えてない。


 だけど――悲痛や――嗚咽や――悲鳴や――怨嗟や――絶望が――溢れていた。


 ――これは罰なんだと、そう思った。




      ◇




 ――ここも同じだった。


 シータが泣き崩れていた。

 ナクラはそれを励ましながら、必死に村人に指示を出していた。


 ものりは爪が剥がれるのも構わずに、必死になって素手で地面を掘り返していた。

 栄介はそんな人たちに鍬やつるはしを配っていた。

 リオは木に登って高いところから周囲を捜索していた。


 みんな必死で、任と子供たちを探していた。

 

 ――真姫は立ち尽くしていた。

   全部、(・・・)自分が(・・・)悪いのに(・・・・)

   何もできずに立ち尽くしていた。


 ――違う! 違う!! 違う違う違う!!


 何もできないわけではない。

 真姫だって、これでも必死に探していた。


 真姫は、レヤックである。

 人の心を読み取る――その”ギフト”を授かった。

 人探しなんて、誰よりも得意としている。


 任や子供たちの心を読み取ればいい。

 それで居場所なんてすぐにわかる。


 だけど――ここには人が集まり過ぎた。


 ――みんなの想いが、強すぎる。


「――もう一度……うっ――」


 広域で人の心を読み取ろうとするも、途端、何十人という人たちの気持ちが真姫の中に入ってくる。


 悲しみが、後悔が、無念が、絶望が――


 その全てが真姫の心に流れ込んでくる。

 頭が割れそうになる。自分が自分でなくなる。

 とてもじゃないが、この中から任や子供たちを探すのは不可能だった。


「うっ――うげぇっ――」


 何よりも、それらすべての気持ちが、真姫のトラウマを思い出させる。

 あの日の記憶が、あの日の気持ちが、あの日の後悔があの日の絶望が――真姫の心を蝕む。


「――真姫さんっ!?」


 栄介が真姫の異変に気付いて近付いてきた。


「真姫さんっ!? どうしたの!? 大丈夫!?」


 今にも膝から崩れ落ちそうになる真姫を支えて、嗚咽を漏らす彼女の背中を摩る。


 栄介は優しいなと思いながら――だけど、あまり触らないで欲しいと思う。


 能力を解放しているのに、こんなに近付かれたら、栄介の心も入ってくる。

 普段は抑えて、なるべく見ないようにしているもの全てが入って来る。


 真姫のことが好きだったことも、父親に反骨心を抱きながら認めてもらいたいと思ってることも、それらを享受する武蔵が羨望と嫉妬を募らせていることも、人を殺してしまった後悔も、同じ悩みを遥人に共有してもらいたいと望みながら彼だけが慰めてもらえる状況に妬ましい気持ちを抱いてることも、パールのことが好きなことも、それで武蔵にますます恨みのような気持ちを抱き始めてることも――!!


「――離れ、て……」

「……真姫さん?」

「お願い……ほっといて……」

「……で、でも……」

「いいからっ、離れてよ!」

「――っ」

「あ……」


 強い口調で言ってから後悔する。

 栄介がはっきりと傷付いたのがわかる――傷付けてしまったのがわかる。


 そんなつもりはなかった――少なくとも、真姫がまだまともで居られるのは、この場所にみんながいるからだ。

 栄介とものりとリオがいるからだ。

 あの避難所のように、友達が誰もいなかったら、きっと耐えられなかった。


 だから、


「あっ、うん……ごめんね……武蔵にはなれないけど……でも、つらかったら言ってね?」


 ――ごめんなさい。


 最後まで優しく声を掛けながら離れていく栄介に、そう心の中で謝った。

 だけど、そんな優しい栄介でも、心の中でドロドロとしたものがあると知ってしまったから――真姫はきっと、栄介もそんな目で見てしまうのだ。


 この”ギフト”は――とても孤独なものだった。

 相手の何もかもを知ってしまうのは、とても孤独な気持ちになる。

 だから、栄介や――有多子だってそうだ――もう普通には付き合えない。

 このままこの能力を使い続けたら、きっと誰とも一緒にいられなくなる。

 真姫にはそんな恐怖があった。


 ――だけど。


「――うっ――」


 それでも真姫は、もう一度、辺りを探す。

 能力の範囲を広げて――必死に任たちを探す。


 こんなことになってしまったのは自分の責任なのだから。


 ――こんなはずじゃなかった。


 真姫はただ、家に帰りたかっただけだ。

 武蔵たちと一緒に、元の世界に帰りたかっただけなのだ。


 ――ああ、武蔵。


 どうして、こんなとき、いつも武蔵はいないのだろう。

 武蔵がいれば、もう少し頑張れるのに――。


 武蔵だけはどこにもいかない。そう約束してくれた。

 武蔵だけは変わらずにいてくれる。そう約束してくれた。


 武蔵だけが、孤独な気持ちを救ってくれる。

 武蔵だけが――


 ――ムサシくん。


「―――――」


 ――よりにもよって。


 同じ想いを拾ってしまった。

 同じ気持ちを感じてしまった。


 その気持ちを蔑むように――真姫は視線を向ける。

 そこには真姫と同じように、サティに支えられながら、気持ち悪さに嘔吐するパールの姿があった。


「お嬢様っ、それ以上は――!」

「で、でも……わたしが、やらないと……わたしじゃないと、探せない……だから――」

「……どうして……」


 ――どうして、彼女とわたしは同じ(・・)なんだろう?


 理不尽だと思った。

 想いも、願いも、行動も――


 何もかもが、わたしだった。


 だからこそ、納得できない。


 だから許せない。

 だから認めない。


 彼女だけは駄目なのだ。

 彼女にだけは、武蔵を取られたくない。


 だけど――

 だけど――!


『――マヒメと……友達に、なれる、かな?』


「……………」


 ゆっくりと、パールに近付いて行く。

 消耗し切ったパールは、真姫になかなか気付かなかった。わかるわ、それ、とっても疲れるもんね。


 だから先に気付いたのはサティだった。

 警戒するように、パールを抱き締める。

 それがちょっとだけ羨ましくて、真姫は声を掛けるのを躊躇った。

 だけど言う。


「パール。お願い。協力して。任君と、子供たちを、助けて」


 驚いた顔で見つめてくる。

 その顔が憎らしくも、少しだけ可愛かった。

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