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第21話 行き当たりばったりな脱出計画

 山に積まれた本に囲まれた部屋の隅でメイド服に着飾った幼女が体育座りで蹲っている光景は、なんとも哀愁が漂って見えた。

 リノリウムの床は冷たいだろうが、ここには座布団や椅子どころか、家具の類は一切ない。

 あるのは本当にただ本だけだった。


 思わずパールの頭に手が伸びるが、案の定いつも通りにそれはあっさり叩かれてしまう。

 さらには近くに腰を下ろそうものなら、慌てて部屋の対面に移動されてしまう始末。


 随分と嫌われたものであるが、それも仕方がないとも武蔵は思う。


 こうなったのも全て武蔵の責任だ。


 サティを呼ぶパールの悲痛な叫びを思い出す。


「パール、ごめんなさい。なにが、わからなくて、全て、俺が……ごめんなさい」


 謝りたい、事情説明したい、そして事情説明してもらいたい。


 そんな気持ちを武蔵はうまく口にすることができない。言葉がわからない。


 もっと必死になって言葉を勉強するべきだったと後悔する。


 多少は話ができるようになっても、肝心なときに大事な言葉がわからない。

 数週間ぶりに感じたもどかしさに、武蔵もまた顔を俯かせる。


「……謝らなくていいよ」


 そんなパールの声に慌てて顔を上げる。


「どうせいつかこうなっていた」


 そう言ってパールが冷めた目で見つめる先には、恐らく何もなかった。

 声にその年齢に似つかわしくないくらい、暗い音色。

 そんな何もかも諦めてしまったような目と声だった。


 武蔵の知っているパールはそんな顔をしなかった。


 頭を撫でようとすれば恥ずかしそうに顔を赤くして、絵本を買ってもらえば嬉しさを隠しきれずニコニコ笑い、そんな少し引っ込み思案だけど素直な少女。


 そんな少女にこんな顔をさせてしまった自分を武蔵は恨めしくて仕方なかった。


「パール、ここから逃げよう」


 パールに手を差し出す。

 何としても彼女をあの寺院に連れ戻さないとと思った。

 ゾンビに怯えて失態を見せた自分になにができるかわからないが、それでもパールだけはあそこに帰してやりたいと思った。


 ウェーブは自分がパールの母親で、サティが偽物の母親だと言った。

 例えそれが本当だったとしても、それでもパールをこんな顔させる母親なら、偽物の母親のほうがずっといいに決まっている。


「パール……帰ろう」


「近付かないで!!」


 しかしパールはそんな武蔵の申し出を拒否する。

 確かに、なにをこんなことになった元凶がと思われても仕方がないと考えていると、


「……今、近付かれると、殺してしまうかもしれないから……」


「……殺してしまう?」


 パールはそんな物騒なことを口にするのだった。


 そこまで嫌われたかと思う前に、どうにもパールの言葉が故意にというよりも不可抗力でというような意味合いに聞こえて、武蔵にはそれがあまりにも腑に落ちなかった。


「どういうこと?」


「それは……だって……わたしが……」


 そのあとのパールの説明を武蔵には理解できなかった。


「パール、ごめんね、よくわからない」


「えっ?」


「言葉が、わからなくて、わかんない」


「あっ……」


 その言葉に少しだけ安堵した表情を浮かべるパールを見て、武蔵はわからなくていい話だったことだけは理解した。


 予想できることは一つだけあった。


 サティの腕、ウェーブの異常な身体能力、カルナの言っていたこと。


 ――もしかしたら、パールも……。


 ただ、それは一先ず横に置いておくことにした。


 考えてしょうがないことであるし、そもそも仮にパールがなんであれ、ここからが一番大事だと武蔵には思う。


「パール、お母さん、好き?」


「……大っ嫌い」


「サティは好き?」


「大好き」


「サラスのことは?」


「好き」


「カルナやヨーダは?」


「嫌いじゃない」


「俺のことは?」


「……わからない」


「あ、そうですか」


 まあ、今はそれだけでいいと思う。


「パールは、ここにいたい? それとも帰りたい」


「……帰りたい」


「そしたら、帰ろう、みんなのところに」


 再び手を伸ばす。


 パールは、逡巡しながらも、おずおずと武蔵の手を掴んだ。


「……大丈夫?」


「なにが?」


「ううん……なんでもない」


 ほんの少しだけどパールが笑ったように見えた。


 今は本当にそれだけでよかったと思えた。




 ――とまあ、大見得切ったところで、大したことができるわけじゃないんだけど。


 帰ろうとは言ったものの、武蔵に具体的な脱走計画があるはずがない。

 せいぜいできることと言えば強行突破くらいだ。


 その場合、脅威になるのはゾンビとメイドだ。


 冷静になれば――


 ――冷静でいられれば、ゾンビは大したことない。


 先ほど追われたことを思い返す。

 奴らは走って追いかけてはこなかった。

 捕まりさえしなければ駆け足程度でも難なく逃げ切れるだろう。


 ――パールもいる。今度こそ怖気づいてたら本当に情けないぞ、俺。


 握りっぱなしになっている手を今一度強く握る。


 問題はメイド達だ。


 ウェーブと出会ったときのことを思い出す。

 馬と脚力で競り合う彼女に見つかった場合、どう考えても逃げ切れるわけがなかった。


 他のメイドが同じ走力とは限らないが、それでもゾンビと違って全力で追ってくるだろう。

 つまりメイドに見つかったらその時点で終了だ。


「パール、この建物、わかる?」


「うん」


「描ける?」


 サティからもらったメモ帳と鉛筆を手渡す。


 パールはそれを受け取ると、特に迷った雰囲気もなく、サラサラと描き始める。


 簡単な図だけでよかったのだが、パールが描き始めたそれはまるで不動産屋で見かける見取り図のようだった。

 メモ帳一枚につき一フロアで描かれたそれは全部で七枚に渡った。

 正直に言えば、この地下二階から一階までの間取りだけわかればよかったのだが、あんまりにもパールが夢中で描くもんだから、ついつい止めるのを躊躇ってしまった。


「できた」


「ありがとう。パール、絵、上手」


「……うん」


 照れた様子で俯くパールに、ようやく寺院で見たような表情が垣間見えて少し安心する。


 建物の構造はかなりシンプルだった。


 地上四階から地下三階までの全七階層の建物で、地下三階以外はちょうど漢字の「円」のような形をしていた。

 階段は一か所しかなく、ちょうど「円」のど真ん中やや左よりの位置だ。

 つまり武蔵が地下三階から上がってきた階段をそのまま上がる以外に上階に向かう手段がないということだ。


 ゾンビ達に定位置というものがあるかわからないが、先ほどの踊り場ゾンビが元の場所に戻っていたら間違いなく鉢合わせになる。

 もっともここのドアを開けたら二匹とも待機してましたってことも考えられる。


 ――そしてこの階段にメイドが一人でも見張りとして立っていたら、やっぱりアウトだ。


 昨日外から見えたメイドやゾンビの位置を覚えている限り印をつけてみるが、何かの規則性をもって配置されているように思えなかった。


「パール、外に出る、他、ある?」


 パールは言葉の意味を理解するためか、それともその手段を考えてか、しばし沈黙した後に首を振る。


 ――だとすれば、行き当たりばったりで行く他ない。


 作戦としてはあまりにも雑だったが、それでも他に方法がない以上あとは決断するしかない。


 パールが武蔵を見上げてくる。


 ――決断はとっくに出来ている。


「ゆっくり、付いて来て」


 再び手を握り、武蔵はドアノブに手を伸ばす。


 そのドアノブが武蔵が触れる前に動き出す。


「えっ?」


 扉が開く。


「おや?」


「……こんにちわ」


「脱走者、発見」


 その先にメイド服の女性がいた。


 ――このパターンは全く考えてなかったな。


 ただそれは目の前のメイドも同じだったようで、首を傾げてどうしたものか考えあぐねていた。


「パール、走る!」


 パールの手を引っ張って入り口の前に立つメイドに体当たり。

 それでどうにか退路と時間を稼ごうとする。


「きゃっ」


 しかしそれはあえなく失敗する。

 メイドは武蔵のタックルに全く動じず、逆に武蔵がパールと一緒に倒れ込んでしまう。


「敵対行動を確認。反撃を開始します」


 ――あ、マズイ。


 不穏な空気にまた失敗を重ねてしまったことがわかる。


「わっ!?」


 せめてパールだけは守らないとと、彼女を抱き寄せて背に回す。


 メイドはお決まりの刀をスカートから取り出そうと手を伸ばして、


 刹那、メイドの胸から刀が飛び出してきた。


「おや?」


 それこそ武蔵を発見したときと同じ軽さで漏れた疑問の声は、そのままメイドの最後の声となった。

 

 突き出た刀は横一文字を描き、メイドの上半身を歪な形に変形させた。


 最期に刀の所有者は綺麗な回し蹴りで、その武蔵達との間にあった遮蔽物を取り除いて、その姿を彼らの前に晒した。


「サティ!!」


 その姿を武蔵の脇下から覗き見たパールは喜びの声を上げ、サティはその姿に微笑みを返した。

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