第213話 真珠姫の鎖
人の身体とは不思議にできている。
日増しに大きくなるパティのお腹を見ていると、パールはそう思わずにいられない。
聞けばもっと大きくなると言うので、思わず聞いてしまった。
「それ、痛かったり、苦しかったりしないの?」
「時々気持ち悪くなったりもするわよ。突然動き出すから、びっくりすることもあるわ。
でも、全然不快じゃないかしら。今はそれより動いてくれる方が安心するわ。
ほら、触ってみなさい。ぐるんって動くのわからないかしら?」
「……よく、わからない。
人のお腹なんて触ったことないし……」
試しに自分のお腹を撫でてみる。
パティの言う動いている感覚はやっぱりわからなかったが、それでも何かが居るという感覚だけはあった。
怖いような、愛おしいような、不思議な気持ちがパールのなかを駆け巡っていた。
不快じゃないとパティは言うけれど、それでもパティは時々、起き上がるのもしんどそうにする日があった。
「だ、大丈夫なの……? 赤ちゃん、具合悪かったりするの?」
「大丈夫ですよ。妊娠中はよくあることですから。
アナタ、お父さんより、お父さんみたいですね」
シータと言う、この村唯一の薬師にはそんなことを言われてからかわれた。
彼女自身、四人も子供を産んでおり、この村で産まれてる赤子は全員、彼女が取り上げるのだと言う。
識者が大したことないと言うのだから、きっと大丈夫なのだろうけど、パールとしては気が気ではない。
「でも、つわりが長く続いてることは事実ですね。もう落ち着いてもいい頃なんですが」
「な、なにか、問題があるのっ!?」
「いえ、個人差があることですから。
気持ち悪さを軽減する薬草もありますが……生憎、今は切らしてしまっていて……」
なんという藪医者かと、パールは憤慨しかけた。
ニューシティ・ビレッジに連れ帰って、ヘレナに診てもらいたいくらいだった。
ものりに相談したら「せかんどおぴにおんも大事だよね」と賛同してくれた。
ただし、妊娠中の長距離移動の方が身体に障るとサティに止められてしまったのだが――。
そんなことがあり、パールはサティを引き連れて薬草探しに出掛けていた。
シータも散策に行く時間が取れなかったので助かると快く送り出してくれたが、なんだか指定の薬草が妙に多かった。
体よく使われている気がしなくもなかったが、パティの出産時に必要な薬草と言われると、無碍にできない。
もっとも、必要な薬草の知識はサティが覚えてくれたので、この場合、パールもサティを体よく使っていると言えなくもなかったが。
そのお陰か、採収は極めて順調だった。
本当に、パールが美味しそうだから持ち帰ろうと言い出したキノコが毒キノコだったくらいの問題しかなく、実に平和的だったのだ。
だから問題があったのは、帰り道。ロボク村にもう間もなく着くかどうかというところ。
パールが突然の不快感に襲われて、吐き出してしまったのだ。
「――お嬢様っ!? どうしましたか!?
まさか、さっきほどの毒キノコを食べてしまったのですか!?
申し訳ありませんっ、いくら美味しそうだったからとは言え、毒だと教えた食べ物を口にするほど意地汚く育ててしまった私の至らなさが原因でっ」
「ち、ちがうっ! ってか、そんな意地汚くなんてないしっ!
そうじゃなくて……村に近付いて来たのに、ちょっと油断してて……」
「なるほど、そういうことですか」
具体的な説明をしなくても、サティはすぐに理解してくれた。
「幸い、そこの林を抜けると小川があります。
村の人たちは魔法の杖の毒があると言って決して近付かない場所です。そちらで休憩致しましょう」
「う、うん。でも、サティは先に薬草持って帰って」
「ですが……」
「パティに早く渡してあげたいの。私のは少し休めばよくなるけど、パティはそうじゃないから」
「……そうですか、わかりました。なにかあれば大声を上げて下さい。必ず駆け付けますから。
あと小川の水で口をゆすぐのはいいですが、飲んではいけません。ガイガーカウンターの値は正常値ですが、万が一がありますから。
あ、あと、気持ち悪さが収まらないようでしたら、この薬草を齧るといいですよ。少し苦いですが、症状が和らぐはずです」
「はいはい、わかったから、サティはもう行って」
しつこく念を押すサティの背中を押すと、彼女はようやく渋々という感じで歩き出した。
時折、心配げに振り返るサティの姿を見送りながら、
「……まったく過保護だなー」
昔から色々な人からそう言われたことを、パールもようやく自覚した。
もちろん悪い気分ではなかったのだが、なんとなく恥ずかしさ感じるのだ。
「……ああ、でも……本当に人が増えたんだ……」
胸の中をざわつく声という声を意識的に遮断しながら、パールは独り言ちる。
パールの吐き気は、パールがレヤックである以上、どうしても付いて回る持病だ。
聞きたい、聞きたくないに関わらず、どうしても人の気持ちがパールの中に入って来る。
小さい頃はもう少しうまく遮断できていたように思う。
少なくともムングイ王国で暮らしていた頃は、気持ち悪くなるほど入り込まなかった。
それだけロボク村の人が増えたのか、それとも人と関わらない生活を三年間も続けたせいか、パールにはわからなかった。
どちらにしてもレヤックという存在にとって、人の多い環境はあまり好ましい場所とは言えない。
――だから、お母さんも、あんな場所で暮らしてたのかな。
亡き母は淋しい生活をしていたのか、それともアンドロイドとの暮らしに満足していたのか、今となっては確かめる術がない。
今なら同じレヤックとして、いろいろな悩みも共有できたのではないかと考えていると、あっという間に林を抜けて、サティの言っていた小川に到着して――
「――っ!?」
先客がいることに気付き、驚いて転びそうになった。
パールが人の気配に気付けないなんて、まずありえない。
いくら意識的に人の想いを遮断していたとしても、それは耳を両手で塞ぐのと同じようなもので、聞き取ることはできなくても在ると認識してしまう。
だからパールに気配を察知されずにいられる存在は三つだけ。
死体とアンドロイドともう一つ――同じレヤックだけだ。
「――イツキ、マヒメっ」
彼女は河川敷に寝転がっていた。
両手を胸の前で組んで、まるで安置された死体のようだった。
――って……本当に死んでないよね?
他の人の場合、見なくても判断できるが、マヒメだけは違う。
パールではマヒメの心は一切感じられない。
逆に覗かれているのは感じられるので、なんだかずるいと思う。
――呼吸は……してる、ね。
とりあえず生きていることを確認して一安心――してから、どうしてこの人の生き死にを心配しなくてはいけないのだと思い返す。ムサシを奪った仇敵なのだ、むしろ死んでくれた方がいいまである。だけど――
――この人、なんでこんなところで寝てるんだろ?
恨めしいことに、マヒメはムサシと一緒にいることが多い。
そのためパールは彼女が一人でいるところなぞ、見たことがなかった。
――そもそも、この人のこと、こんなにしっかり見たこともなかったけど。
人の顔の造形はよくわからない。
綺麗も、格好いいも、パールからすれば微差に思える。
人の内面が見えてしまっているせいか、あまり外見が気にならない。
だけど、今、誰よりもムサシの隣にいる少女だけは、嫌でも気になってしまう。
自分とどう違うのか。
髪の長さだろうか――首回りまでようやく伸びた髪は、腰まであるマヒメの髪の長さには到底及ばない。これでも伸びた方なのに。
身長だろうか――寝転がっていてよくわからないけど、自分の方が拳一つ分くらい低い。でも、ムサシに頭を撫でてもらうに、これ以上大きくはなりたくない。
おっぱいの大きさだろうか――これは似たり寄ったりのように思う。
よく、わからない。
何もかも違うような気もするし、何もかも似ているような気がするし。
「んっ……うぅ……」
「――っ」
マヒメが苦しそうな声を上げるので、慌てて距離を取る。
あまりにもじろじろと見ていたので、気付かれたと思った。
しかし、そうではなさそうだった。
よく見れば、そもそも顔色事態よくない。最初から体調が優れずに、休んでいたのかもしれない。
――……もしかして、マヒメも、人混みに当てられた?
この場所は村人も近付かないとサティは言っていた。
そんな場所に来て、一人で休む理由なんて、他にない。
マヒメもレヤックである。人の声が気持ち悪くなって、一人ぼっちになって休みたいと思うこともあるのかもしれない。
同じ人を好きになって、
同じような夢を見て、
同じ力に悩まされて――。
本当に――本当は――パールとマヒメは、よく似ているのかもしれない。
レヤックとしての悩みを、母と共有することはもうできない。
だけど、もしかしたら、もしかして――
――マヒメと……友達に、なれる、かな?
「……ごちゃごちゃとうるさいわね」
「――っ!? わ、わわわっ!?」
突然、マヒメが目を開けて見つめ返してきた。
背筋も凍るような冷徹な視線に驚き身を反らすと、パールはそのまま河川敷を転げ落ちてしまった。
「ついに惨めさを通り越して哀れに思うわ。
まさか、わたしと友達になろうだなんて――」
「――っ」
むっくりと身体を起こしたマヒメは、無様にひっくり返っているパールを見下ろしてくる。
いつから心を読まれていたのだろうか――気付いたときには、顔が真っ赤になっていた。
「なれるわけないじゃない――わたしと、あんたが」
「――なっ……うっ……お、思ってまーせーんーっ! そんなこと、一瞬たりとも、考えたりしてまーせーんっ!!」
「……それ、よりにもよって、あなたが言うの? わたしに対して? 口にして空しくならないかしら?」
「ーーーーー」
指摘されるまでもない。
それでもそう言わざるを得ないくらいに、パールは冷静さを欠いていた。
自分でも思うのだ。何を血迷っているのか。しかもそれを、よりにもよってしっかり聞かれてしまった。痛恨の極みである。
「――ふ、ふんっだ。
あ、あなただって、こんなところで、ひ、一人で、なにをしてるのかな?
ム、ムサシくんと喧嘩でもしたのかな?」
体裁を整えるために、起き上がりながら、あちこちに付いた芝を払いつつ、パールは極力悪意を込めて言い放つ。
どうせすぐに憎まれ口が返ってくる。マヒメの方が、一枚上手であることは十分に理解していた。あくまでも逃げる口実を見つけるまでの、軽口でもあったのだが――
「……………」
「……?」
すぐには言葉を返ってこない。
しかし不振に思ったのも一瞬で、マヒメはすぐに小馬鹿にするよなせせら笑いを浮かべた。
「――ふ。本当に哀れよね。まさか、四六時中一緒にいることが愛情深いこととでも思ってるのかしら?
愛は離れているときこそ、育まれていくものよ」
「なに、それ……だったら、私のほうがずっとずっと離れてたもん! 私のほうが、ずっとずぅっと! ムサシくんのこと、待ってたんだから!!」
「それはただの待ち惚けよね。
もう武蔵はあなたのこと心にとめてないことくらい、わかっているでしょ? ご愁傷様」
「なっ――」
マヒメのニッポン語は、今のパールにはまだ難しい部分もあった。
それでもマヒメが理不尽なことを口にしていることくらい、パールにもわかる。
「ムサシくんの心を縛ってるくせに、勝手なこと言わないで!!」
「縛る? わたしはそんなことしてないわ。
それはあなたの偏見よ。わたしと武蔵の間にある絆を、あなたの尺度で測らないで下さい」
「――絆っ!? ――あれを、あれが、絆だなんて、呼んでいいものじゃない!!」
ムサシの心を縛り付けるようにしている鎖を、パールは確かに見た。
それはムサシの生き方や想いを縛り、歪めている。
そんなものを絆だなんて――パールは断じて認められなかった。
「……じゃあ、あなたにはあるのかしら? 武蔵との間に、絆と呼べるようなものが」
「あるっ! ぷろぽーず、してくれたものっ!」
間髪入れずに断言する。これにはマヒメもいささか眉を顰めていた。
「ムサシくんは、わたしの頭撫でてくれた! だからムサシくんは、わたしの夫です!!」
胸を張るパールに対して、なんだ下らないとばかりに、マヒメはため息を吐く。
「なにそれ、変な風習。
だったらわたしだって、何度も撫でられたわ。髪だって梳いてもらってたもの。それこそあなたより先に、何度も、何度も、撫でてもらってたわ」
「――っ。か、髪の毛越しじゃないもん! 髪の毛がなくなった私の頭にだって、直接触ってくれたんだもん!!」
さすがのマヒメもその行為には驚愕――というよりは、なにか嫌悪感のようなものを露わにして、怒鳴り返してきた。
「――っ!? む、武蔵に、あんたの変な性癖を押し付けないでよっ!!」
「せ、性癖なんかじゃないしーっ! ムサシくんだって、ちゃんと、わかってて触ってきてくれたしっ!」
「――っ」
初めてマヒメの動揺する姿を見れて、勝ち誇る気持ちがパールの中にはあった。
それもマヒメにはすぐに察せられたのだろう。心底、癪に障ると言わんばかりの顔で、パールに手を伸ばす。
「……本当にくだらない因習だわ。
いいわ、じゃあ、私があなたの頭に触れてあげる。これで上書きよ」
「――っ!? な、なんてことするの、この女っ!?」
せっかく払い落した汚れが再度付くのもお構いなしに、パールは転げ回るようにその手から逃れる。
マヒメと結婚なんて、死んでもごめんだった。
パールの反応には、マヒメ自信も少し驚いた様子だったが、それでも今度は彼女自信が勝ち誇ったような表情で告げる。
「ふっ。こんな簡単なことで、絆なんて言わないで。
わたしは武蔵と一緒にお風呂に入ったこともあるわ。同じ布団で寝たことも一度や二度じゃない」
「――ひぅっ。じゃっ、じゃあっ、こ、こどもも――っ」
咄嗟に出た言葉にパール自信も、吐き気を催すほど胸が苦しくなり、胸を抑える。
目頭が熱くなって、頭の奥底で何かが焼き切れて、この世の終わりが訪れたような感覚が広がる。
「――そっ、それは……その……――、……だけど……」
声が小さくて聞き取れなかったが、なぜかはっきりとマヒメの「まだ、だけど」という心の声を聞こえた気がした。
「――でも……わたしには、武蔵との十四年間の絆があるわ。
生まれたときからずっと、当たり前のように一緒に居てくれたという絆が確かにあるのよ。
あんたに――あなたに、それを否定するだけのものが、あるのかしら?」
「……十四年」
そんなの、ずるい。
パールにとって、一番長い付き合いのサティでさえ、十年である。それも三年と言った方がいいのか曖昧なものである。
だからこそ、十四年という年月がどれ程のものか、よくわかる。
愛は離れているときこそ育まれていくなんて言いながら、決して勝てない時間を持ち出されて、言い返せるわけがない。
「……でも……ムサシくんは……ぷろぽーず、してくれた……」
それでもパールは口にした。
どうしてもこの女にだけは負けたくなかった。
人の気持ちを歪める魔女にだけは、決して負けるわけにいかなかった。
だって、人の想いの大切さを教えてくれたのが、他ならぬムサシだったから。
「一緒に、生きたいって……約束したの……」
いつの間にか握り締めていた、胸元に掛けた指輪を掲げる。
想いを積み上げてきた時間は、決して覆せない。
それでも、唯一、それだけがパールにとって、誰にも負けないムサシとの絆だった。
「……あなたの十四年には勝てないかもしれない。
でも、これっ、結婚指輪っ。ムサシくんと、私の絆――っ」
それをマヒメは、
「……なにそれ、ただのナットじゃない。
……くだらない、しょせんは子供のままごとでしょ」
冷静に、何の感慨もなく、否定した。
わかってる。
これがガラクタだってわかっている。
でもこれは、パティやシュルタと一緒に探して、サラスやカルナに祝福されながら、ムサシに手渡した、大切な指輪なのだ。
そう、なんと言われても――
「でも、これは、結婚指輪――ムサシくんも、今も、大切に持っていてくれてる、私たちの絆だからっ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――ずるい。
走り去るパールの後ろ姿を見つめながら、真姫はそんなことを思った。
ただのナット――真姫が例えそう断じようとも、それが確かに大切なものであることに変わらない。
そう――武蔵が今もそれを大切に持っていることは、真姫だって知っている。
武蔵が今も悩んでいることを、真姫は知っている。
だからなんだって思う。
確かにパールが持つ指輪のように、証のようなもの持っていない。
だけど、真姫と武蔵が積み上げてきた十四年の当たり前な日々は変わらないはずである。
それでも、武蔵が行方不明になった一か月余りの時間を思えば――何か武蔵に与えられるものがあれば、少しは違ったのかもしれないと真姫は思う。
真姫には、そんなものはなかったから――。
――ああ、でも。
後悔はある。
――あの金メダル、渡せたらよかったな。
真姫が生まれたのは、武蔵が生まれたよりも半年も遅かった。
だから、真姫の人生において、武蔵がいなかったことなど、一秒だってなかった。
武蔵は、斜め向かいの家に暮らす、同い年の男の子。
家族ぐるみの付き合いで、生まれたときから常に一緒だった。
当たり前のように、いつだって真姫の側にいる存在。
特に母親同士の仲が良く、小さい頃から「大きくなったら結婚させましょう」なんて言っているのを聞いていた。
真姫自身、そのことに疑問はなかった。
――大人になったら、武蔵と結婚する。
恋や愛もまだわからないうちから、真姫のなかにはそれが事実として根付いていた。
嫌だとも、良いとも思わず、それがごくごく当たり前だと感じていた。
「――ねえ、武蔵って有名人なの?」
ある日、父にそんな疑問をぶつけた。
それはあまりにも彼が名前を名乗ったとき、大人たちが知ったような口を利くので、幼いながらに疑問に思ったのだ。
「そうだね。ある意味で有名人だよ。
真姫も読んでみるといい」
そう言って渡されたのは、宮本武蔵について書かれた漫画だ。
当時の真姫には、難しく、怖い部分も多かったが、それでも何より武蔵について書かれた漫画である。
一生懸命読んだ。そして誇らしい気分にもなった。
――私の将来の旦那さんは、すごい人なんだ。
しかし漫画の武蔵と、真姫の武蔵では、正直かなり違った。
真姫の武蔵は、どちらかと言えば大人しく、真姫の後ろを付いて回るタイプだった。
漫画の中の武蔵は違った。粗野で大胆で――どちらかと言えば、真姫はそっちの方がカッコよく感じた。
武蔵を剣道場に放り込んだのも、その頃だ。
「カッコいいところ見せてよね」
武蔵はもともとあまり運動が苦手だった。かけっこだって、真姫の方が速いくらい。
だからきっと武蔵は困っただろうけど、それでも真姫の一言で武蔵がとても頑張ってくれた。
元々、真姫のお願いだったら、武蔵はほとんど聞いてくれた。誇らしい、自慢の将来の旦那さん。
剣道も武蔵はとても頑張った。
真姫が「カッコいいところ見せて」と言ったから、とても頑張ってくれた。
それは些細な思い付きだった。
きっとテレビでそんな光景を見たのだろう。
スポーツで優勝した選手に金メダルを掛ける光景。それをしようと思った。
しょせんは子供のごっこ遊び。
アルミホイルと折り紙で作った、がらくた同然の金メダル。
真姫はそれを当然のように渡すつもりで、武蔵が初めて参加する試合を見に行った。
まさか宮本武蔵が負けるなんて思わなかった。
相手が年上で、試合相手が宮本武蔵だと気負っていたのもあった。
だけど、初戦から、あんなにもボロボロに負かされるなんて思わなかった。
とてもショックで、残念で――
――それでも真姫はメダルを渡そうと思った。
だって、武蔵はとても頑張った。
毎日、両手に血豆を作りながら、一生懸命に竹刀振る武蔵の姿を、真姫は誰よりも近くで見てきた。
それは、やっぱり誇っていいことだ。だけど、
「ごめんね……カッコいいところ見せられなくて……ごめんね」
「……………」
そう言って悔し泣きする武蔵に、真姫はどんな言葉も掛けてあげられなかった。
自分がとてもひどいことをしたのだと気付いて、何も言えなくなってしまったのだ。咄嗟にメダルを隠してしまった。
武蔵は真姫のために頑張っていた。
ただ真姫が「カッコいいところ見せて」と願ったから、無理をしていたのだ。
だから、あの金メダルは渡してあげるべきだった。
どんなに惨めに負けたとしても、誰がなんと言おうと、武蔵はカッコよかったのだから。
武蔵のことだ、きっと大切に持っていてくれただろう。
そのときは、それこそ偽物の指輪を大切そうに持っているなんてこともなかっただろうに――。
――あのメダルは、どこにしまったかしら?
帰ることができたら、探してみようと思った。
そして今度こそ武蔵に渡すのだ。
武蔵はこんなガラクタいらないと言うだろうか?
いいえ、きっと、喜んで受け取ってくれるはず。
起き上がりお尻に付いた芝を払い退ける。
気持ち悪さは幾分か柔らかいだので、そろそろ武蔵たちのところに戻ろうと思った。
また人が密集しているところに行くのは気が滅入るが、それでも武蔵がいるのだ。
そこが真姫の帰るべき場所だった。
――ふと、期待するような眼差しで、洞窟がある方角に目を向けた。
しかし、そこに何かがあるわけではない。むしろ真姫はそこで何かが起きるのを、ずっと待っていた。
「……早く、爆発しないかしら」
いつかそこから大きなキノコ雲が上がり、真姫たちを元の世界に帰す。
そのときを真姫はずっと待っていた。
今の真姫には、それくらいしかできなかった。




