第212話 彼は有責に行為することができるか
ニューシティ・ビレッジからロボク村までの道の整備。
新しい水路の拡張工事。
トレーラーでは運べない大型資材の運搬など――修復が終わってからのエイブル・ギアはまさに引っ張りダコだった。
しかし、それはエイブル・ギアの操縦を担っている遥人に、大きく依存していることを意味していた。
そこで急務になったのが、遥人以外のパイロットだ。
「おれは大丈夫だっての……」
『駄目。生体ユニットに拒否権はない。大人しく従う』
「だれが生体ユニットだっ!」
場所はエイブル・ギアの格納庫代わりにしている洞窟だった。
エイブル・ギア内で待機している遥人は、今回、文字通り乗っているだけでいいと言われた。
操縦は遠隔操作によって、今、ニューシティ・ビレッジに残ったスラと有多子によって行われるそうだ。
なんでもエイブル・ギアは元々、遠隔操作することを基本にして作られたロボットなんだそうだ。
コックピットは緊急時の補助的な役割でしかない。
遥人からすれば、まあ、そうなんだろうなぁという気持ちと、そんなのもったいないという気持ちが半々だ。
前者の理由は、エイブル・ギアは乗り物として単純に安全性に欠ける。試しに、任に操縦方法をレクチャーして乗せたところ、エイブル・ギア共々スッ転んでコックピット内で気絶した。レクチャーした遥人がものりにくびり殺されかけたのは言うまでもない。もともとは戦闘機のような代物である。それを訓練もなく乗りこなせているのは、ひとえに遥人の”ギフト”のお陰でしかないのだ。
しかし、やっぱり戦闘機のような代物であるなら、乗りたくなるのが男心というものである。それが後者の理由だ。
どういう理由からか丸っと消失してしまった遠隔操作施設を、有多子がどうにか復元して、現在テストまで漕ぎ着けたのだが、遥人としてはこのまま搭乗型のロボットのままでいて欲しいと思う。
愛着もある。一時は見たくもないと思っていた機械だったが、今となっては身体の一部のような感覚さえある。
『スラ、準備はいい?』
『りょうかぁいぃっ』
スラの威勢のいい返事が聞こえて、ようやく遠隔操作のテストが始まるのだとわかる。
――と同時に、外部モニターに人影が見えた。
『遥人君っ、い、今、ちょっとだけ、いいかな?』
任がエイブル・ギアに近付いて来た。
「――おい、倉知。ちょっと待て。今、タモさんがこっちに――」
『いっきまぁすぅっ』
「って、おいっ、こっちの準備がまだ――タモさん逃げろ!」
『――?』
問答無用でスラが操作する音がガチャガチャと響いた。
しかし、それだけである。
エイブル・ギアが動き出す様子もない。
『スラ、ストップ!』
『えぇ……またですかぁ……僕はぁ優秀なアンドロイドなのですよぉ……待たせてばぁっかりはぁ人類の大きぃ損失なのですぅ……』
ダメ押しに何を引っ張る音がスピーカー越しに届き、しかしそれでもエイブル・ギアはなんの反応も示さなかった。
モニターの向こうでは、身構えた任が怪訝そうに首を傾げた。
『ね、ねえ、遥人君っ! ど、どうしたのっ? に、逃げた方がいいのっ?』
「い、いや――大丈夫そう、だ? んだよ、倉知のやつ、失敗して――……うわっ!?」
何事も起きずに安心した矢先、突然、エイブル・ギアが滅茶苦茶に動き出した。
広い洞窟とは言え、それはエイブル・ギアを隠しておくのに適しているだけのこと。
動き回るには無理のある空間である。
最近めっきり荒れてきてしまった花畑はさらに踏み荒らされ、身体のあちこちが岩肌にぶつかり、そして――
『う、うわぁぁっ――』
「――タモさんっ!」
任が吹き飛ぶ姿をモニター越しに確認できた。
脳裏に駆け巡るのは、半年前の光景。
吹き飛ぶガトリング砲と、その下敷きになる男の姿。
任の身体はそのまま岩壁まで吹き飛び、その下を流れる河川に、崩落した岩石共々沈んで行った。
心臓が警告のように脈打ち、それでようやく遥人は、エイブル・ギアを止めなくてはと思い立った。
有多子から教わったわけでもないのに――そもそも操作さえもせずに、遠隔操作を遮断。
『岸、なにかすごい音したけど、大丈夫?』
「うるせぇっ! 今それどころじゃねぇんだよ!!」
幸いなことに洞窟内を流れる河川はそれほど深くはない。
しかし任の身体は浮かんでこない。きっと一緒に落ちた岩の下敷きになったのだ。
いくら”ギフト”によって頑丈になった任でも、窒息死は避けられない。
任の落ちた付近の川底をエイブル・ギアで掘り起こす。
もしかしたらそれで任を押し潰してしまうなんて考えはまるでなかったが、結果的にはそれが功を奏した。
『――ぷはぁっ! びっくりしたっ! 死ぬかと思った!』
「タモさんっ!」
ある程度川底をひっくり返したところで、任がひょっこりと川面から顔を出した。
安堵する。
また、自分のせいで誰かを――任を殺してしまっていたら、遥人は今度こそ正気ではいられない。
『岸、何があった? 岸?』
「――うっせぇっ! もう二度と遠隔操作なんてさせねぇからな!!」
有多子の声に怒鳴り声で返すと、遥人はコックピットから飛び出す。
「タモさんっ!! 大丈夫かっ!?」
「う、うん……機械の反乱ってこんな感じなのかなって思った……」
「ああっ、よかったぁ……ほんとに、よかったぁ……」
川の中から這い出てくる任の姿に、腰砕けになるほどホッとする。
「お、大袈裟だよ……ちょっと、吹っ飛んで川に落ちただけだし……ま、まあ、最近、僕、不死身なんじゃないかって思い上がってたから、ちょ、ちょっと、川から出れなくて、怖かったけど……」
「あーっ、もうっ、ほんとにっ、動いてるエイブル・ギアには近付くなって、あれほど――あれほど、言ったのにっ!」
「う、うん、だ、だから、やっぱり、思い上がってたのかも……本当にごめんね」
「あぁ、もうっ、くそっ――ほんとに、怪我はないのかっ? どこも痛くないのかっ?」
「……な、なんか、遥人君……守さんみたくなってない? ちょっと、それ、こ、怖いんだよね……守さん、最近、僕にだけ、怒りっぽくて……お、怒ってる?」
「怒ってねぇよ……怒ってねぇけど……本当に大丈夫なんだな?」
念入りにしつこいぐらい聞く遥人に、任は全身を動かしながら、
「う、うん……か、感覚が鈍くて、自分でも、最近、よく、わからないんだけど……たぶん……ん?」
足首を捻ったところで、怪訝な声を出すので、遥人も視線を足元に向けた。
任の足首にはロープが引っかかっていた。
木の枝や藻のようなものではなく、明らかに人工的なロープである。
足を持ち上げて振りほどこうとするが上手くいかない。
どうやらロープの端に何かが括りつけられてるようで、任が足を動かすたびにバシャバシャと水面で音を立てた。
「な、なんだろう、これ? ……桶?」
引き上げてみると、それは確かに何の変哲もない桶だった。
自然と流れてロープに絡み付けたわけではない。明らかに誰かかロープに括りつけて流したものだ。
「反対側にも、なにか、くっ付いてる?」
任はさらに手繰り寄せて、括りつけられた桶とは反対側を引っ張る。
ロープは水面から浮かび上がる。
よく見ればそれは、先ほど崩れた岩肌の裏へと伸びていた。
桶が括りつけられた方とは反対側にも、同じ桶のようなものが括りつけられていた。
――いや、どちらかと言えばタルだろうか。
ちょうど人ひとりが抱えて運べるくらいの大きさのタルが、岩と岩の間に隠れるように置かれていた。
「なんだこれ? 酒タルかなんかか?」
「さ、さあ……前からこんなのあったっけ?」
ロープが伸びているのでよくわかるが、そうでなくても、それは先ほどの衝撃のお陰で岩肌が崩れてよく見えるようになっていた。
逆を言えば、岩肌が崩れなければ、人の目を隠すように置かれていたということだ。
「さ、魚を捕まえる、罠、みたいなのかな?」
「あんなとこに酒タル置く理由がねぇだろ、岩にでも括りつけてやりゃいい……つか、この世界に来てから、魚って見たことねぇな……」
「そ、そもそも、これ、誰が置いたんだろ?」
「さあな? どうせ倉知辺りがなんかの実験で置いたんだろ。怒られる前に戻しておこうぜ」
「う、うん……」
どこか納得いかない様子だが、任も桶を抱えたままではしょうがないと思ったのか、元通りに川へ流そうとしたとき、
『――待って! それ、私も、見る! 津久井は動かない!』
エイブル・ギアから耳をつんざくなるほどの大声が響く。
犯人にされている有多子から半ば抗議のような声だった。
「な、なんだよ……おまえが設置したんじゃねぇのかよ」
『違う。だから見る。見ればいつからあったかわかる。エイブル・ギアの遠隔操作を再認証して』
「やだよ! またさっきみたいに暴れられたらたまんねぇよ!!」
『せっかちなスラは追い出した! はやく!』
任と二人で顔を見合わせる。
有多子が声を張り上げるなんて、単純に珍しかった。
あまり気乗りはしなかったが、仕方がなく遥人は再度エイブル・ギアに乗り込むと、ほとんど勘で遠隔操作の許可をした。
「うおっと――!? おいっ、動かすなら、動かすって言えよ!」
『……やっぱり』
遥人の声も無視して、有多子は一人納得したような声を上げる。
一体なんなのか――恐らく有多子も見ているであろうモニターには、呆然と桶を抱えた任の姿と、その奥に置かれたタルが映し出されているだけだった。
『……それ、最後に私がそこに行った日は、なかった』
「最後って……二週間前の点灯式の日か?
なんでそう言い切れんだよ? 見落としてるかもしれねぇだろ」
『ううん。それはない。私の記憶力は、絶対。
二人、ナイフは持ってる? その桶、切り離して』
コックピットから顔を出し、任と再び顔を見合わせる。
任の顔は「持ってない」と言っていた。生憎、遥人も同じだ。
「悪いけど、オレもタモさんも持ってねぇよ」
『なら、岸は、宮本を呼んで。
津久井はそのまま動かない。そのタル、爆弾の可能性がある。桶、引っ張ったら、きっと爆発する』
「……は? 爆弾?」
「ひぃっ――」
任の引き攣った悲鳴と共に、小気味良い乾いた音が響いた。
驚きに心臓が止まるかと思った。
見れば、驚いた任が桶を取り落としたところだった。
任は慌てて拾い直していたが、それで爆発していれば、とっくに手遅れだろう。
――ほんとに爆弾? 誰が? なんのために置いた?
有多子の言っていることは、なんとも突拍子もない。
それでも珍しく有多子が声を荒げているのは事実であった。
「……タモさん、そこを動くなよっ」
「う、うう、うん……!」
「はい」なのか「いいえ」なのか微妙な返事に不安を覚えながら、遥人はロボク村へ向かって走り出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
気付けば洞窟内に全員大集合していた。
全員と言うのは、栄介、武蔵、真姫、遥人、ものり、有多子、リオ、任の八人である。
もっとも有多子はエイブル・ギアとしているので、厳密には全員いるとも言えないのだが――。
――まずいんじゃないかな……。
爆弾があるかもしれないなんて言われて、慌ててみんなで駆け付けたが、何も危険物があるところに全員集合する必要はなかったんじゃないかと、栄介は思う。
もっとも、栄介も一緒になって付いて来てしまった時点で人のことは言えない。
何よりそれが魔法の杖であれば、今更、逃げ出しても手遅れかもしれないのだが――。
「……ねえ、武蔵、それって……そうなの?」
桶のロープを切り離して、今はしげしげと眺める武蔵に訊く。
みんながいる手前、あえてぼかした聞き方になってしまったが、それでも武蔵には通じたようで、
「違う気がする。作りがちゃっちいし……それにタルだろ?
栄介はこれがそうだって言われて信じられるか?」
そう言われると、確かに、一見してただのタルである。
これが核爆弾ですと言われても、信憑性に欠ける。作った人物がまず被ばくしそうな脆さもある。
「でも、完全に否定する材料もないんだよな……そもそも倉知はなんでこれ見て爆弾って思ったんだ?」
『なんとなく。見た目が大タル爆弾っぽい。危機一髪しそう』
「あー……」
確かに剣を刺せば黒ひげを生やした海賊が飛び出しそうなタルをしている。
しかし有多子のことである、それだけで大騒ぎするはずがない。
『あと構造が爆弾そのもの。クラッカーと同じ仕組み。
ロープを引くことで、摩擦が生じて火薬が爆発する。
恐らく桶が時限装置。雨で水流が強くなると、川底に固定された桶が動いて、そのままボンっ』
案の定、有多子は自分なりの考察で爆弾だと考えたということだった。
それにしても、その構造は危険すぎる気がする。暴発の心配はないのだろうか?
「……そう言われると、今日、ちょっと川の流れ早くない?」
『崩落がきっかけで水量が増えたんだと思う。
津久井が川底に沈んでなければ、今頃きっと爆発してた。津久井、ナイスプレー』
「ちょっと待って! タモさんに、また危ないことさせたの!? ねえ、またなの!?
イジメなの!? はる君、タモさん、イジメてるの!? 学級裁判で死刑判決ものだよ!?」
「い、いま現在、オレが、いじめられてる、気がすんだが……」
遥人の胸倉を掴んでブンブン振り回すものりを、任とリオの二人が止めに入る。
そんな一時的に騒がしくなった中で――
「――武蔵、ちょっといいかしら?」
「ん? なんだよ?」
「いいから――ちょっと、こっち来て」
真姫がみんなの輪から離れて武蔵だけを呼び付けていた。
内緒話をしたいにしても、あまり隠れながらな様子はないので、みんな気になって視線だけ追ってはいたが、呼び止めるほど無粋なことはしない。
ある意味で公認のカップルなので、以前からそういう場面は何度もあった。
それに二人のことを気に掛けてはいられない。まだまだ考えなくはいけないことがある。
これが爆弾だとしても、爆弾じゃなかったとしても、一番に議論すべきことは――
「誰がここに置いたんだろう……?」
犯人が誰かということだ。
「岸先輩、なにか覚えてないですか?」
ものりから解放されて、ぜーぜー息をする遥人にリオが問いかける。
有多子の話では二週間前は間違いなくタルはなかったということだった。
それから今日までこの場所を出入りしてたのは、エイブル・ギアを操縦する遥人だけだった。
「し、知らねぇよ。
倉知みたいに記憶力に自信なんかねぇんだ。いつから置かれてたかだってわかんねぇよ」
自信がないことを自信満々に答える遥人だったが、確かに他の誰かなら気付けたかと言えば、きっと有多子以外に無理だっただろう。
そうなると記憶を辿ったところで、誰からも答えなんて出るはずがない。あとは心当たりを探るだけである。
もっとも、その心当たりも一つしか浮かばないのだけど――。
「……やっぱり、ムングイ王国の人たち……?」
リオが呟いたそれが、一番可能性としては妥当だった。
ムングイ王国の監視の目は、日に日に高まっている。反バリアン派の人物たちも増えている。
村を囲う柵を作った方がいいのではないかという話も出ているくらいだ。
ロボク村の開発に一役買っている栄介たちを敵視していたとしても不思議ではない。
ましてや栄介たちは、サラス陣営の筆頭と呼んでも過言ではないのだから――。
「誰が置いたにしたって、ここにエイブル・ギアがあんのがわかってて置いたんだろ。
だったら、エイブル・ギアを壊そうって連中の仕業だろ?」
「う、うん……まあ、それ以外、考えられないよね」
誰が犯人だったとしても、遥人や任の言う通り、目的はそれ以外考えられない。
偶然この場所を見つけたのか、それとも後を付けられたかはわからない。
だけど、この場所に爆弾を置く以上は、エイブル・ギア以外の目的が見つからないのは事実だった。
「だったら、最近、村の周りをウロウロしてる連中が一番怪しいだろっ。
あいつら締め上げて、白状させればいい話じゃねぇのか?」
遥人の気持ちもわかるが、栄介としてはその乱暴な意見を鵜呑みにすることはできなかった。
「それは……止めといたほうがいいんじゃないかな?」
「なんでだよっ? あいつら、最近、ちょっとやばそうな雰囲気だったし、ここらで一発牽制するのも手だろ?」
「だから、それが問題なんだって。
ただでさえ、ムングイ王国とギクシャクしてるのに、ますます揉め事を起こすのはよくないよ。
ボクたちの目的、忘れたの?」
「あ? ロボク村の復興だろ?」
「違う。ムングイ王国と和平を結んで、みんなで元の世界に帰ることでしょ?」
「あ……」
「う、うん……」
「……おう……そういえば、そうだったな……」
遥人は、完全に忘れていたという反応だった。
特に遥人はロボク村に対して愛着が強いように感じていたので、もしかしたらと思っていたが――それにしてもリオや任まで同じ反応を示したのは予想外だった。
「ボクたちは、本当なら、ムングイ王国ともっと歩み寄らなきゃいけないんだ。
確証もないのに疑えば、さらに軋轢が生まれるだけだよ」
「そ――そうだよっ! 証拠もないのに、疑うのはよくないよっ!
仲良くしようにも、こっちが喧嘩腰だったら、向こうも同じように返ってくるんだからっ。
こだまですから、はい、みんなもっ」
ものりもようやく彼女らしい意見で、栄介に賛同する。
ただ遥人はそれでも眉間に皺を寄せてた顔をしている。
当然だろう、栄介だって内心では納得していない。
「でも……じゃあ、どうすんだよ?」
「……タルの中身をちゃんと調べる、とか……。倉知さんの推察ってだけで、これがまだ爆弾とは決まってないわけだし」
『うん、私の勘違いは、ある。
でも、誰かが、タルを隠したのは間違いない』
有多子はやや抗議するような口調で答えた。
その目的まで考えた結果、爆弾だと推察したと暗に訴えているのだろう。
「で、でも、その誰か、が、わからないと、動き様がない……んだよね……?」
証拠でも探るように、あっちこっちに視線を動かしながら、任が言う。
「んだよっ……後手後手じゃねぇか」
憤りを隠さないまま、遥人は足元に転がる石ころを蹴り上げると、そのままエイブル・ギアへと向かう。
「待って、遥人っ。どうするの?」
「エイブル・ギアを動かすんだよっ。せめて他の場所に移さなきゃ、危なくて仕方ねぇだろう」
確かに遥人の言う通りである。
しかし、相手が本気であれば、それも一時しのぎ程度の意味しかないだろうが――。
「待ったっ、動かさなくていいっ。
ゴーレム――エイブル・ギアは、このままここに置いておく。
しばらくこのまま様子を見る」
「……はっ?」
そんな遥人を止めたのは、真姫と一緒に戻って来た武蔵だった。
遥人は納得いかない様子で、武蔵を睨む。
当然だろう。遥人だけじゃない。全員が武蔵の指示に対して疑問を抱いた。
「……おい、武蔵。様子を見るってなんだよ? エイブル・ギアがこのまま壊されたっていいのかよっ?」
「なんだよ、もう乗りたくないって言ってたのに、愛着でも湧いたのか?」
「――っ」
遥人は武蔵に掴みかかろうと前に出た。
しかしそれも遥人自身思うところがあったのか、寸前で踏みとどまる。
一触即発の空気に、みんな息を呑む。
「……遥人には悪いけど、ここは俺に任せて欲しい。ちょっと、考えがある」
「……考え?」
「そう、考え」
栄介としてはそれが何なのか聞こうとしたつもりだったが、武蔵はこの場で答えるつもりはない様子で、ただオウム返しするだけだった。
『何にしても、そのタルは、ニューシティ・ビレッジに持ってきて。中身は、確かめたい』
栄介が口にしたことを根に持っているのだろう、エイブル・ギア越しではあるが有多子からの視線を感じた。
武蔵もその点に関しては「わかった」と、軽く返事をする。
「……サティがいれば、この場で爆弾かどうかなんてすぐにわかったんだけどな……」
サティには赤外線センターの類でも付いてるのだろうか?
ただ残念なことに、パールもサティも、今日は薬草を探し行くと出掛けてしまっていた。
「栄介、悪いけど、このタル運ぶの手伝ってくれないか?」
「え……あっ、うん。いいけど」
「……………」
遥人の視線を感じつつ、武蔵と二人でタルを洞窟の外へと運び出す。
タルは見た目ほど重くはなく、これなら一人でも十分運べそうだった。
「あのさ、武蔵……なにか、話でもある?」
そんなタルをあえて二人で運ぼうとしたということは、そういうことだろうと思った。しかし、
「いや、特になにも?」
「あ、そ、そう……」
拍子抜けするほど、あっさりと武蔵はそれを否定した。
なんだか自意識過剰みたいで恥ずかしかった。
「じゃ、じゃあ、ボクから話だけど……さっき言ってた考えって、もしかしてエイブル・ギアを囮にしようとしてる?」
ただでさえ、自然の力を利用した時限装置なんて不確実な手段を採っているのだ。
爆弾がいつまでも爆発しなければ、犯人は必ず様子を見に来るだろう。
そこを取り押さえようと考えるのは、まあ、有り体に言って無難な手段だった。
「うーん……半分正解ってところだな」
「半分?」
「ああ。
実を言えば、犯人はもうわかってる」
「えっ――」
半ば呆れに近い驚きに声を漏らす。
一体どこに犯人を導き出すヒントがあったというのだろうか?
まるで名探偵に付き添う助手のような気分で武蔵に迫る。
「だ、だれが犯人なのさっ?」
「……内緒」
一瞬、武蔵は怪訝な顔をした。
その表情の意味はわからなかったが、あえて秘密にしたということは、栄介も知る人物であるということだ。
栄介の知るムングイ王国側の人間なんて、二人――触接会ってない人物を含めても三人しかいないのだが――。
「――犯人なんて、別に誰だっていいんだよ。
問題なのは、どうしてエイブル・ギアを爆破しようとしたのかってことだ」
「……犯人の目的?」
ムングイ王国側の人間であれば、エイブル・ギアの存在が目障りだったということだろう。
ロボク村に次々と人が流れている。
これ以上の人材の流出を止めるには、ロボク村の開発を邪魔するしかない――?
――なんだろう、何か、見落としてる気がする。
「俺は、その目的に乗っかろうと思う」
「――は?」
思考の中で見つけた違和感は、武蔵のその一言で吹っ飛んだ。
「あえて、エイブル・ギアを爆破させてやるんだよ」
「―――――なんでそうなるの?」
「だって、そうだろ。あれは人を殺してるんだから。責任を取る必要があるだろ」
「―――――」
――人を殺してるんだから。責任を取る必要がある。
その言葉は栄介の心に深く突き刺さる。
簡単に受け入れられる話ではなかった。
少なくとも栄介には――栄介にとっては、それは心に刺さった。
「で、でも、あれは、ロボットで、責任って……そんな……。
――だって、人を殺したのは――」
自分が何を言おうとしているのか、最後まで口にする前に気付いて慌てて口を塞ぐ。
咄嗟にタルを離してしまったが武蔵は問題なさそうにタルを抱え直しつつ、悲しみと優しさが一緒になった口調で続ける。
「――いいや、違うよ。あんなでっかいロボットが動き回るのは、それだけで危険なんだ。
だから、人を殺したのは、やっぱりあのロボットなんだ。
そう思わないと、いつまでも救われないだろ……あんなに向き合ってんだからさ」
「……………」
胸が痛い。
お前は直接人を殺しておいて、何をのうのうと生きているんだ。
そう言われたような気がした。
実際、そうなのだろう。
だって、栄介は今の今まで忘れていた。
頭から血を流す男の姿を――。
何も映さない瞳で栄介を見つめる眼差しを――。
パールに救ってもらった気でいて、忘れていた。
自分がどれだけ罪深い人間なのかということを――。
話しはないなんて言ったけど、武蔵が栄介を呼んだ理由は、それだった。
なんで己の罪に向き合おうとしないのか、と。
――だけど。
だけど、パールを裏切った、お前にだけは言われたくない。
「……そう、か。犯人って、もしかして――」
「……………」
それで合点がいった。犯人はムングイ王国の人たちであるはずがない。
遥人は、今までロボク村の開発のためにエイブル・ギアを使っていることをひた隠しにしてきた。
遥人は、ずっとエイブル・ギアに乗り続けていることを、隠してきたのだ。
それなのに、ムングイ王国の人たちがエイブル・ギアを目の敵にするはずがないのだ――。




