第210話 おめでとう
ロボク村の東、ムングイ王国へ続く街道入口の警備中だった。
ロボク村とニューシティ・ビレッジが同盟を結んだこともあり、反バリアン派からの監視が厳しい場所だった。
かと言って、村は特に防壁を設けるでもなく、無防備を曝している。
街道の奥に目を凝らせば、騎士団の面々が野営している姿が見える。
今日はその騎士の面々も代わる代わる村に近付いては、村の中央で光を放つ電灯を物珍しそうに眺めては引っ込んでいく。
そんな一見、危険地帯に見える警備を、シュルタは率先して引き受けていた。
元騎士団員として、彼がそこの警備に立つことが一番軋轢を生まないと判断したからだ。
現に近付いてきた騎士でシュルタを見知った幾人かは、あえて彼に話しかけてくるくらいだった。
「そっちの生活はどうよ? え、本当に? そんなことまで? 俺もロボク村に移住しようかなぁ……」
シュルタの耳を傾けながら、そんなことを言う人物もちらほら。
実際に、この半年で村の人口は倍以上に膨れ上がった。
親バリアン派はもちろんのこと、反バリアン派だった騎士たちも先のロボク村での騒乱時に機械人形と共闘したことをきっかけに、少しずつニューシティ・ビレッジに対する見方を緩和させてきていた。
最初こそ、ロボク村への移住を見逃していたムングイ王国だったが、さすがにその人数が増えすぎたのだろう。
ロボク村を監視するための野営地は、いつの間にかロボク村への移入を遮る関所のような役割をし始めた。
「そこのお前!! なにをしている!!」
「は、はっ! すみません、すぐに戻ります!!」
「……………」
シュルタに話しかけてた騎士が、隊長級の騎士に連れ戻されていく。
こんな光景が少しずつ増えてきた。
村が少しずつ発展し、評価されてきている。
それはとてもいいことだが、同時に何か危ないことが起きるのではないか――そんな予感を感じずにいられなかった。
「おめでとう」
「……………」
突然、思い掛けない人物に声を掛けられて、シュルタは思わず押し黙ってしまった。
パティからはこの村で何度か見掛けたとは聞いていた。
その都度、蹴飛ばして追い返していたらしいが、いくら親友をたぶらかした憎き色狂いとは言え、身重の身体で止めて欲しいとシュルタは思うのだが――。
「なんだよ、俺がお祝いするの、なんか変か?」
「……愛人連れて帰ってきたヤツに祝われても、そりゃ複雑だろ」
パティがいつも口にしているであろうことを、シュルタも遠慮な言う。
ムサシは複雑な表情を浮かべながら、
「……それでも、お前たちのことは、祝ってやりたいって思うよ」
「……それはお返し的な意味合いか?
やめろよな。オレはオマエみたいにはならねぇ」
「ああ……その方がいいさ」
さも自分も苦しんでますと言わんばかりの苦笑を浮かべる。
なるほど、こういうところが蹴り飛ばしたい気分になるのだろうと、妻の心境をくみ取りながら、シュルタはそれでも追い返せそうとはしなかった。
今はどうであれ、この人に憧れのようなものを抱いた時期があった。その気持ちは、今も少しは残っている。
だから、追い返したりせずに、率直に聞いた。
「なあ……オマエにとって、パールってなんなんだ?」
それはシュルタも抱えていた悩みだ。
パールをレヤックだと知って怖かった。
だけど、レヤックであったとしてもパールはやっぱりパールだとわかって――まだちょっと怖いと思う気持ちはあるけれど――それでも友達なんだと気付けた。
もしかしたらムサシも同じような悩みを抱えているのではないかと思った。
「……………」
ムサシはさらに困った顔を浮かべながら、その視線は夜空に向けた。
シュルタもその視線を追う。別にそこに答えがあるわけじゃない。だけど――街灯のせいだろうか、星の光はいつもよりぼやけて見えた。
「……シュルタとパティはさ、いわゆる幼馴染だろ?」
「え? あ、ああ――まあ、そう、だな」
慌てて視線をムサシに戻す。
そのとき彼はもう夜空は見上げていなかった。ただ、村の中心――街灯を囲んで集まる人たちの姿を見ていた。
いや、正確にはそこにいる一人の少女に目を向けていた。
「長く一緒にいたから、好きになったんだろ?」
「あ? あー……ま、まあ、そう、だな」
例え夫婦になったとしても、他人に向かって面と向かってパティが好きだと言うのは照れが出る。
その辺りが、まだまだシュルタが若い証左でもある。
「守りたいって思ったから、夫婦になったんだろ?」
「それは……そうじゃねぇな」
「……?」
その答えが意外だったのか、ムサシはようやくシュルタに向き直った。
それでシュルタはますます恥ずかしくなる。あまり人に話したくない話だったからだ。
「や……最初は確かに、守ってやんなきゃって思ったさ……。
アイツ、父親も戦争で亡くして……そのあと母さんもだろ? だから、オレが守ってやんなきゃって思ったんだ」
「……………」
ムサシが耳を傾けているのがわかる。
シュルタにとっては情けない話なだけに、真剣に聞かれれば聞かれるほど話しづらい。
だけど、若さで誤魔化すには、そこだけは嘘を吐きたくなかった。
シュルタにとっては、とてもとても大切なきっかけだったからだ。
「……だ、だけどさ、アイツ、オレのことぶん殴ってきやがったっ」
「……は?」
「信じられるか? アイツ、自分のこと守りなさいって言いながら、オレのこと殴り倒しやがったんだ」
「……いや、ちょっとよくわかんない……パティらしいと言えば、パティらしいけどな」
「ああ、そうか……オマエもそう思うんだな。オレはそんとき初めて気付いたけどな。コイツってこういうヤツだって。
大人しく守られてくれる女じゃねぇ。どうしよう、とんでもないのと幼馴染だぞってな」
「それは……確かに災難だな」
「ああ。でも、それで少しだけ肩の荷が下りた。
コイツはきっとオレなんかが守ってやんなくても、勝手に生きてくんだなって……」
「……………」
ヨーダやムサシのように強くはなれない。
そんなんでパティが守れるのか――それがシュルタには重圧だった。
弱さだけは十二分に自覚していて、失ってしまったらどうしようと震えて、いろいろな言い訳を見つけて遠ざけてしまった。
だけど、パティはそれら全てを一まとめにして殴り飛ばしてしまった。
きっとパティにシュルタは必要ない。
それがわかって安心してしまった。
「けどな、オレはそれが惜しいと思った。淋しいとも思った。
オレなんかに守れるとは思わねぇけど……でも、その分、なんつーか……」
幸いにパティは殴り付けてきた拳を、そのままシュルタの頭に乗せた。
パティの人生にシュルタは必要ないけど、パティはそれでも一緒にいたいと言ってくれたのだ。
何もかも苛烈で、守るために前に出るのはとても苦しかったけど、でも隣を歩くのは子供のときと変わらず楽しそうだと感じた。
「……やっぱり、コイツと一緒に、生きたいって思ったんだ」
「―――――」
「えっ、えぇ……なに、泣いてんだよ……」
自分でも恥ずかしいことを言っている――そう思っていたのに、ムサシが静かに泣き出したので、却ってシュルタの方がしらけてしまった。
「……いや……なんでだろう……立派になったんだなって、驚いただけ、なんだけどさ……」
「は? なんだよ、それ? 当然だろ。もうじき親になるんだからさ」
「ああ……だから、やっぱり……おめでとう」
「はいはい、あんがとな」
これ以上、話をしていても、恥ずかしい想いばかりさせられる気がして、おざなりに返事をする。
ただ意趣返しの意味も込めて――またパールの友人として、そして一人の夫として、これだけは言ってやろう思った。
「オマエも、いい加減パールとのことはっきりさせろよ。
……でないと、いつかパティがピストル持ってオマエんとこに押し掛けそうで怖ぇんだよ」
「ああ……ちゃんと話をするさ」
どうにも曖昧な態度で、ムサシはそのまま村の方へ踵を返して行った。
「……ホントにわかってんのか?」
このことを妻に話すと、また八つ当たりされそうだなと考えながら、シュルタもまた村の外に視線を戻す。
本当に今日は偵察の多い日だ。
シュルタとムサシが無駄話をしている間に木々の隙間を縫ってやってきたのであろう、森の奥に人影が見えた。
――いや、もしかしたら電灯のお陰で見えるようになっただけかもしれない。
そのまま引き返すならよし、村に入り込もうとするのなら――シュルタは腰に携えたピストルに意識を向けた。
騎士団脱退時に返さなくてはいけないものだが、返す切っ掛けを失ってそのまま携帯している。
弾数も残り少ない上に、シュルタの腕前では当たるはずもないのだが、それでも威嚇程度にはなるだろう。
頼むから引き返してくれ――そんな思いが通じたのか、人影は村から離れて行った。
「……あ? あれは、シータ姉……?」
その人影が見知った村の一人にも見えたので、シュルタは後を追おうとして――止めた。
村は夜に灯る光で沸いている。おめでたい夜なのだ。
そんな夜に子供もいるシータが、一人村から離れるなんて思えない。
それに人違いで騎士団を追いかけ回したとあっては、それこそ事である。
シュルタは別にムングイ王国と争いが起こると考えて守衛を引き受けたわけではないのだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「まずは、パティに言わなきゃいけないことがあると思うのだけれども?」
「……えっと……パティ、太った?」
「またいつかみたいに、ぐーで殴ってもいいのだけれども?」
「わわっ、ごめんっ、ごめんねっ? わかってる、わかってるよ?
でも、ちょっと間が空き過ぎたって言うかね? 本当はわたしが一番にお祝いしたいって思ってたけど、サラスの看病もあったからニューシティ・ビレッジからはなかなか出られないし、どうしようどうしようって思ってるうちに、どんどん時間が経っていくし、あ、手紙出せばいいんだって気付いたときには時すでに遅しって感じで――」
口にすればするほど言い訳がましくなっていて、パールはさらに焦る。
「ぷっ――」
ともすれば泣きそうになり始めたところで、とうとうパティは耐え切れないとばかりに噴き出した。
「あははははっ!
パールってば、本当に人の気持ちがわからないのねっ」
レヤックであるパールに対して、そんなことを言うのはパティだけである。
侮蔑の意味合いではなく、友人として信用しているからこその言葉だとわかり、パールは微笑む。
「――結婚、おめでとう、パティ。
祝福が遅くなってごめんね」
「いいわよ、別に。
パールだって、大変だったんでしょ?
わかるわよ。何度かムサシもお祝いに来たもの――愛人同伴でね。
さすがに無神経過ぎないかしら? その度に蹴り返してやったわ」
「あ、ははは……」
その話にはどう反応していいかわからない。
とりあえず愛想笑い。
「……パールって、まだムサシのこと許しちゃってるのね。
いい加減、ムサシとは不縁にするか……せめて怒るくらいするべきだと思うのだけど?」
「なんで? だって、悪いのは、あの女の方だし」
「……その一途さは可愛らしくてパティは好きだけど、さすがに度が過ぎるから心配なのだわ」
それが誇張でもなんでもなく本心であることがパールには納得できない。
だって悪いのはムサシでなく、イツキマヒメなのだから。
「わ、わたしのことより――今日はパティのお祝いなんだからっ」
そんなことを言えばさらに呆れられることは目に見えていたので、本題に移る。
「お祝いが遅くなったお詫びも含めて、せめてパティには一番の贈り物をしたい!」
「ふふっ――まあ、そうね、パールのときだって、あれで結構頑張ったんだから、それ相当に期待しているわ」
さて、なにを頂戴できるかのと――半ば面白半分で煽っているのもわかるが、それはそれでパールには重荷だった。
パティには絶対に喜んでもらいたい。
ロボク村訪問が決まった日から一睡もできずに、悩みに悩んだとっておきをついに披露する。
「じゃあ――サティっ!」
「……はい、お嬢様」
「……?」
呼ばれたサティが、地面を踏みならして入室してくる。
その足取りは重々しく、どこか怒りに耐えている様子でもあった。
不貞腐れた表情は崩さずに、サティはそれでも深々と頭を下げる。
「……大変に不本意でありますが、本日より、パティ様の所有物となりました。大変に遺憾でありますが、今の私は奴隷のサティです。以後お見知りおきを」
「――いえ、いらないわ」
「そうですか、では失礼致します」
「待って! なんで、どうして!?」
パールはいそいそと引っ込もうとするサティに縋るように食い止め。
一生懸命考えに考えて、考え抜いた答えだけに、この対応は納得がいかない。
「一番の贈り物だよ? 一番大切な贈り物なんだよ? なにがいけないの?」
「……まず、その考えが重すぎるわ。
パティは今、初めてムサシに同情しちゃうくらいには引いたわ。
どんな育て方されれば、花指輪のお返しに乳母を差し出す娘が育つのかしら?
あなたもムサシも、ちょっとパールのこと甘やかし過ぎではなくて?」
「はい。控えめに言っても、育成失敗したと反省してます」
「サティっ――!?」
なぜそこまで言われなくてはいけないのか、理解できない。
相談していたモノリだって、そこまで否定的ではなかった。
『日本でも結婚と嫁姑は付き物だからね、言わば表裏一体、必要不可欠と言える問題だよ!』
相変わらず言葉は理解できるのに言っていることは半分もわからなかったけど、結婚するにはなくてはならないものということだけは理解した。
「お嬢様、私はすでにご主人様の所有物にございます。お嬢様のご命令とあれば、パティ様に従属することも致し方なしと判断いたしますが、その際には私はご主人様とパティ様の共同所有物となります。これはつまり、ある種、ご主人様とパティ様が夫婦になったとも言える状況なわけでして――」
「サティはわたしの姑。おーけー?」
「OKです」
「……贈り物はこの寸劇のことでいいのかしら?」
しまった――またサティの奸計に乗せられたと、パールは大きく首を振る。
「でも、どうしよう……サティ以外だと、スラか、ラディアか、デヴォンか……うーん、やっぱりちょっと違う気がする」
「パティもその旧時代の奴隷制度的な贈り物は違う気がするわ」
「お嬢様、せっかく作られたアレはお渡しにならないのですか?」
「あら、やっぱりちゃんとしたものを用意してくれてたんじゃない」
「あ、あれは……材料はサティが用意してくれたものだから、わたしの贈り物とは言い切れないし……ちょっと失敗して不格好だし……」
「パティの贈った花指輪だって、大したものじゃなかったかしら」
「そんなことないっ。すごく素敵だったっ。あんなに素敵なもの、わたしは他に貰ったことない!」
「……そ、そうだった、かしら?」
「そうだよっ。パティみたいな友達を持てて、わたしは世界で一番幸せなだってすごくすごく思った!」
「―――――」
「お嬢様、それ以上、持ち上げますとパティ様が恥ずか死にます。
お嬢様もますます渡し辛くなりますよ」
「うん……もう、かなり渡すのしんどい」
「……パールって、度々おかしな暴走するわよね」
そう言ってパティはため息を吐く。
心当たりはあまりにも多いので、言い返せないのが辛いところだった。
「……そんなに悩んでくれたんだもの、どんなものでもパティは嬉しいに決まってるじゃない。
パティだって、パールみたいな友達を持てて……せ、世界一幸せだなって思うもの」
どんなに恥ずかしそうにしてても、そういうことをしっかり口にしてくれるところが、パールには何より嬉しかった。
一番の友達だと、改めて感じた。
「受け取ってくれる?」
「どんなものでも、家宝にしてやるんだから」
「本当に、そんな大したものじゃないんだけど……じゃあ、これ……」
恭しく差し出されたパティの手のひらに、パールはそっと贈り物を乗せる。
それは神秘的な透明感を持つ石だ。満点の星空を内包したような、見る角度によってキラキラと輝いている。
途端、パティは息を呑んだ。
「ちょっ――ほ――」
「あ、やっぱり、あんまりよくなかった……?
本当は指輪にしたかったんだけど、パティの指の大きさがわからなかったから咄嗟に装身具にしてみたんだけど、やっぱり指輪がよかったかなって――」
「違う違う違う違う! そうじゃないわ! これっ――これっ! 宝石じゃない! 本当に家宝ものじゃない!
やだ、こんな高価なもの受け取れないわっ」
「え、でも、サティも簡単に用意できる素材って言ってたから、本当にそんな高価なものじゃないよ?」
「こ、これは……もしかして、サティはもらっといた方がよかったんじゃないのかしら……?」
贈った装身具を食い入るように見つめるパティ。
唾を飲み込む音まではっきり聞こえた。
「邪な考えを抱かれている中、大変恐縮なのですが、お嬢様がおっしゃる通り本物の宝石ではありません。
それは熱硬化性樹脂で作った偽物です」
「熱……樹脂? 松やにのこと? でも、こんなに綺麗な松やになんて見たことないわ……」
「……やっぱり、指輪にした方がよかった?」
「そんなことないわっ」
そう言ってパティは装身具を胸元に着けて見せる。
そしてやや照れながらも、それを見せつけるように胸を反らす。
「ど、どうかしら? サラス様だってこんな立派に着飾っているの見たことないわ」
「……そ、そうだね」
ニューシティ・ビレッジで留守番をしているサラスの姿を思い浮かべて、パールは苦笑いを浮かべる。
というのも、パティに贈る装身具を作るあたり、実に十三個もの試作品を作っていた。
それら全て、サラスが身に着けている。
今のサラスは絵本で見るようなゴテゴテのお姫様姿であることは、パールは黙っておいた。
「ありがとう、パール! 大切にするわ!」
「……うん」
それでも、こんなにも喜んでもらえることが純粋に嬉しかった。
思い返せば、あまり贈り物を贈った経験がなかった。
プロポーズの指輪をムサシに贈って以来ではないだろうか?
これからはもっといろんな人に感謝の贈り物をしたいと思った。
「さあ、パール。半年ぶりの宴会だわ」
「うん。あ、ニッポンではね、こういうの女子会って言うんだって」
モノリからそう教わった。
「へー、いいわね、女子会。
シュルタも今日は寝ずの番って言ってたから、女三人で一晩中語り明かせるわよ」
「う、うん……わたしは、たぶん、途中で寝ちゃうと思うけど……」
「大丈夫よ。なんと言っても、今日は食事を用意したのだわ!
ふふ、この村も、少しずつ豊かになっているのよ。待ってなさい、今、用意するわ」
「パティ様、お手伝い致します」
パティとサティが炊事場に向かうので、パールも慌てて着いていく。
一人で残されても手持無沙汰だった。
「あー……でも、パティ、こんな夜更けに食事なんて……。
ニッポンでは幸せ太りなんて言葉もあるみたいだけど、ちょっと気を付けた方がいいと思うよ?」
パティの膨らんだお腹周りに目を向ける。
食べ過ぎで多少お腹が出ることはあっても、パティのそれは少々心配になる程に目立っていた。
「……?
……ねえ、パール、もしかして、気付いてないのかしら?」
「ん? 気付いてないって、何に?」
「……確かに、ちょっと前までは、同じこと何回も言われたけれども、ここまで大きくなったら、さすがに……ねえ?」
パティからは恥ずかしく、なんとか察してもらいたいという気持ちが漂ってくるが、それは隠したいという想いと表裏一体の様子。
レヤックの力で覗き込んでもいいのだが、パールとしてもそれはあまりしたくない。
「……? だから、なんのこと?」
「―――――」
装身具を贈ったときよりも、パティは顔を赤らめて困っていた。
しかしパールとしては、パティが困っている理由に全く心当たりがない。
いつまで待ってもパティは答えてくれる様子がないので、サティに助け船を求める。
「つまり、パティ様は妊娠されています」
「……にんしん? ……にんしんって……赤ちゃんっ!?
えっ……えぇっ!? お腹の中に赤ちゃんがいるの!?」
「パール……もしかして、赤ちゃんはコウノトリが連れてくるものだって思ってたのかしら?」
「それはありません。
子供の作り方に関しては、私がありとあらゆる身体の部位を使って行う全てを叩き込みました。
お嬢様のシロウト処女っぷりは、それはもう一級品です」
「……そ、そう………それはそれは……あ、後で教えて下さいますか?」
「ちょっと!! サティ!! 変なこと言わないで!!
そうじゃなくて……赤ちゃんって、水槽で育つんじゃないの?」
「……それは、人間の育ち方ではないのかしら」
「え――」
「はい。お嬢様には少し偏った知識を植え付け過ぎたと反省しています。
ですから改めてお教えします」
サティがこれ見よがしに、パティのお腹に手の差し伸べながら宣言する。
「これが、夫婦の営みの結果です。愛の結晶です」
「……そ、その言い方は……ちょっと……」
「違うのですか?」
「……ち、違わない、ですけど……」
もう止めてと言わんばかりに顔を赤らめるパティだったが、それよりも、とにかくパティのお腹に興味津々だった。
パールには衝撃的事実ではあった。その膨らみは、何かいると言われても、それでも信じ難い。
「こ、これ……パティのお腹を突き破って出て来るの? お、おへそがぐわって広がるとかっ?」
「ちょっとっ、怖いこと言わないで! パ、パティだって、初めてで、不安なのだからっ」
「お嬢様。それは入ってきたところと同じです」
「入って……あ、あー……あー……」
納得が広がると同時に、とても恥ずかしいことを聞いている自覚が芽生える。
混乱している。疑問もまだまだ多いのだが、それでも納得せざるを得ない。
「パ、パティは、じゃあ……お母さんに、なったんだ……」
「え、ええ、まあ……そうなるかしら」
「そうなんだ……そうなんだ……」
不思議な気分だった。
こそばゆいような、嬉しいような、それでいて不安で――でも幸せ。
それはパティから伝わってきている気持ちだった。
そして間違いなく、パール自身の気持ちでもあった。
「パティっ。
本当に、本当に、びっくりして……他になんて言ったらいいかわからないけど……。
おめでとう! 本当に、本当に――おめでとう!!」
「――ええ、ありがとう、パール。本当に、ありがとう」
嬉しくて、嬉しくて。
他にどう表現していいかわからずに、
パールは涙ながらに祝福を伝えた。




