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第209話 待ってしまう人

 ロボク村に落ちた宵闇を明かりが散らす。

 松明やオイルランプの不安定な明かりではない。

 正真正銘、白熱電球による照明である。


 固唾を呑んで見守っていた村人たちからも、一斉に感嘆の声が漏れた。

 その存在自体はニューシティ・ビレッジで直接見たものもいれば、自動車のもので認識している者も多いだろう。

 しかし、それが自分たちの村に設置されたことが単純に感慨深いのだろう。


 かく言う遥人たちも、そんな村人たちの様子に呆れるわけでもなく、同様に感動していた。


 如何に自分たちが日ごろから、誰かが作った構造も理解できていない文明の利器に頼って来たか思い知った。

 たかが明かり一つではあったが、それだけの苦労があった。


「つーか、明るすぎやしねーか。最初の電灯だからって村長ん家のまえに着けちまったけど、あれじゃあ村長眩しすぎて眠れなくね?」

「……もっと電圧を下げないと……このままだと……変圧器の再調整は……」


 遥人が言うまでもなく、有多子は次の調整に向けてガリガリと地面に計算式を書き殴っていた。

 下手に声を掛けない方がいいと判断して、遥人は他のメンバーに向き直った。


「しっかし、道だってまだ半分もできてないのに、なんだって、電気の方が先なんだよ? 納得がいかねぇ」

「ま、まあまあ……道が必要なのは事実だし……そ、それにっ、肝心の水路の方は、やっぱり遥人君待ちなんだからさっ」

「……ふん。作業が遅くて悪かったな」

「そ、そんなつもりで言ったんじゃないからねっ!」


 エイブル・ギアの修理が終わったのが三か月前。

 そこから遥人はニューシティ・ビレッジからロボク村までの舗装に励んでいた。

 物資の運び込みのための道作りと言われていただけに、先にロボク村が着実に発展してる様子が不満なのだろう。


「そ、それは、ニューシティ・ビレッジに、バッテリーがいっぱい余ってたって……倉知さんが、そう、話してなかった?」

「ケータイの電池みたいなサイズのだろ? あんなんで何日もつんだよ?」

「ど、どうなんだろう……一晩、使ったら、また充電しなきゃいけないくらいかな……?」

「計算上、バッテリーは二百年もつ。でも、先に電球のフィラメントが三日で切れる。だから、変圧器の調整で半年はもたせてみせる」


 任の適当な回答が気になったのか、有多子はガバッと頭を上げて答えると、またすぐに地面に何かを書き込む作業に戻ってしまった。


「ええっと……て、適当なこと言って、ごめんなさい……」

「……二百年って、あのちっこいのソーラーバッテリーか何かかよ……」

「―――――」


 何も知らない遥人の発言に羨ましさを感じながら、栄介は改めて自分たちが何に囲まれて生活しているのかを思い出して寒気を覚える。


 ロボク村に設置された電灯は原子力電池が使用されている。

 たかだか電灯一つに、放射性物質を撒き散らすリスクのある電池を一つ。

 有多子曰く『現実に、ペースメーカーでも使われてる。問題ない』なんて言っていたが、栄介からすれば正気の沙汰とは思えない。


『怖がるなんて、今更。ここの動力、全部、核燃料で動いてる。車も、アンドロイドも、全部、一つ一つに原子力電池が使われてる』


 有多子の解説は、そんな気休めのように、全く気休めにならないことで締めくくられた。

 ただ、有多子の言う通り、その程度で怖がっていられないのも事実であった。


 栄介たちはもっと恐ろしいものに囲まれて生きていたわけだから――。

 栄介はそれを半年前に、自分たちが根城にしているニューシティ・ビレッジに見てしまったのだから――。




      ◇




「N-PRISMニュープリズムは、この原子炉、及び再処理施設の名称。

 アメリカで極秘裏に研究が進められていた、高速増殖炉の実験炉。

 高速増殖炉は、私たちの知ってる軽水炉とは違う。

 核分裂を起こすだけじゃなく、プルトニウムを増殖させる。燃料を増殖させる原子炉」

「えーと……そもそも倉知さんが言う、私たちの知ってる軽水炉が、ボクにはよくわからないんだけど……」

「軽水炉は減速材と冷却材に水を使った原子炉。天然ウランを濃縮した燃料を使う」


 栄介の言葉に、律儀に解説してくれる有多子だが、別にそういうことを聞きたかったわけではない。


「要は、この発電所は永久機関ってわけだ」


 肩を竦めて武蔵がそう簡単にまとめるが、それが有多子には気に入らなかったようでしかめっ面で反論する。


「それは違う。増殖したプルトニウムは取り出して化学処理する必要がある。ウランの供給だって――」

「使う燃料より、増える燃料の方が多いんだろ。なら、その解釈でいいだろう、別に」

「全然違う。そもそも永久機関の解釈が駄目。宮本のアホ」

「つまりさ、ハイブリットカーの究極化みたいなものってことでしょ?

 ガソリンで動くしながら発電もして、その電気でも自動車を動かしてさらに発電しちゃう、みたいな」

「やっぱり、栄介は頭がいい。宮本とは理解力がだんち」


 今度は武蔵がしかめっ面。

 意趣返しもできたところで機嫌も直ったのか、通路を進む有多子の足が少しだけ弾む。


「続ける。

 N-PRISMニュープリズムのプルトニウム増殖比は2.3を記録してる。だいたい三十年でプルトニウムの量が二倍に増える計算。これ、ちょっと驚愕」

「……そうなの?」

「この施設、三百年も稼働してる。

 最初に投入したプルトニウム量の九十倍くらいになる」

「……………」

「ここの原子炉だけでは、全部の燃料は使えない。

 本当は、二基の原子炉で交互運転する計画だった。でも一基消失してる。メンテナンス期間もあったはず。

 だから、まだ総量はわからない」


 だけど、それだけのプルトニウムがこの施設には余っているということだ。

 そして、その余ったプルトニウムを使って、作ったのが――


「着いた。

 あそこが魔法の杖の製造現場。

 あれが、魔法の杖」

「―――――」


 人ひとりがどうにか覗き込める程度のガラス窓を指して、有多子はそう説明した。

 覗き込んだところで、どうせよくわからないと思っていた。

 だけど、それは思いのほか、栄介の目には焼き付いた。


 見覚えのある円錐形フォルム。それは銃弾に酷使していた。

 当然だろう。

 どこかに向けて撃ち出すのなら、ロケットだって銃だってそう変わらない。

 空気抵抗を極力無くそうとすれば、どっちも似たような形になる。


 目に焼き付いたのは、その数である。

 正直に言って、数える気にもならない。

 立てて並べられたそれらは、巨大なペンに入れられたボールペンのようにも見えて、現実味がない。

 だけど、それら一つ一つに、ご丁寧に中央制御室で見かけたマークと同じものが印字されていて――それらが核兵器であると、はっきり主張していた。


 そうはっきり意識すると、自然と口の中が乾いていく。


「どうして――」


 こんなものを作ったのか? 擦れた喉ではそう続かなかったが、その言葉は武蔵がしっかり拾った。


「異世界転移実験」

「は?」

「あれを使って、元の世界に帰ろうとしてたんだよ、魔王は。

 もともと、この街が異世界転移したきっかけが、核実験の失敗による爆発なんだとさ。

 だから、同じような核爆発で帰れるんじゃないかって思ったんだよ」

「……そんな……馬鹿げてる……」


 元の世界へ帰る手段に関して、武蔵はいくつか可能性があるレベルの話なら知っていると言った。

 しかし、それはサラスの願いを叶えるだとか、タイムマシンを使うだとか、なんとも根拠の薄いものばかりだった。

 何かを隠しているように感じた。その答えが、これである。


「武蔵は……これを使おうとは……?」

「思わないよ。思わないから、ずっとみんなに黙ってたんだ。

 倉知だけは、勝手にどんどん調べくもんだから、しょうがなかったというか――今では誰よりも詳しいというか……」

「えっへん」


 褒められたと思ったのか薄い胸を張る有多子に、武蔵は呆れ顔だった。


「栄介だって、そのうち勝手に探って見つけてただろ。

 だから、先に話しておこうと思ったんだ」

「うん……それは、なんかごめん」

「いいさ。栄介も倉知と同じで、気になったことは放っておけないタイプだもんな」


 そう武蔵に理解されているような言い方をされると、ちょっと照れてしまう。


「……でも、じゃあ、このことはみんなには――」

「黙ってる」


 栄介の言葉に食い気味で答える武蔵。


「――こんなものが近くにあるってだけで、みんな怖がるだろ」


 それを恥じるように、武蔵はそう続けた。

 だけど、本心は別にあるようで――


「それに、こんなもの使ってまで帰ろうなんて、誰も思わないだろ――」


 睨み付けるように、武蔵はガラス窓の向こうに視線を向けた。

 きっと、先にこの世界に来ていた武蔵にとって、魔法の杖に対して忌々しい思い出があるのかもしれない


「俺は……そこまで帰りたいと思わない」

「……そう、だね」


 栄介は、ただそこに同意する他なかった。

 きっと日本人であれば特に植え付けられているだろう核の脅威という記録を思い出して、栄介は深く頷いた。


 ――だけど、武蔵のそれは、また別の意味合いも込められているように、感じなくもなかった。




      ◇




「どうしよう……ものり、とてもとても、大変なことに気付いちゃった……」

 

 それまで珍しく真剣に考え事をしていたものりが、ふとそんなことを呟いた。

 ものりのことだからどうせ大したことないという気持ちが半分隠せないまま、形だけはものりに注文して、一同、彼女の次の発言を待つ。


「……この世界に来て、もう半年以上も経ってるんだけど……」

「……………」


 そして結果、話し半分も聞かなくてよかったことに、一同呆れる。

 今更気付いたのかと――。


 そう、ロボク村の支援活動を始めて、もう半年以上が経っていた。

 それはつまり、半年以上この世界に居るという事実であり――


「どうしよう……パパに、怒られちゃう……」

「……………」


 怒られるどころの騒ぎでないことを、ここにいる全員がよくよく理解していた。

 逆によく今まで全くそのことを考えないで来れたという驚きが、さすがものりだと改めて思わされた。


「……だ、大丈夫だよ、守さん。こ、ここは十五倍の速度で時間が進んでいるわけだから、向こうは、まだ、一応、その……に、二週間も経ってない、はず、だから……」

「あ、そっかぁ……じゃあっ、まだっ、セーフだよねっ?」


 なに基準でセーフなのか。

 武蔵が見つかったときでさえ、全国ニュースで取り上げられたくらいである。

 普通の中学生が二週間も、それもまとめて八人行方不明になれば、ちょっとしたニュースになっているだろう。


 みんな、心のどこかで家族が心配しているだろうと感じながら、それでもどうにか無視して来たのだ。

 今にして武蔵の凄さが思い知らされる――彼はたった一人でこの世界に一年半も居たのだから。


「――真姫さんは、大丈夫?」

「それは、何に対してかしら?」


 ふと隣を見ると、少し思い詰めたような表情の真姫が見えたので、思わずそんなことを聞いてしまった。

 いささか無遠慮過ぎたと、聞き返されて後悔した。


「いや……最初はもっと、帰りたそうにしてたのに……最近は、少し落ち着いたきたから、逆に心配で……」


 フォローするように口から洩れた言葉ば、余計に不躾なものになってしまった。 

 しかし真姫は気にする様子もなく、逆に微笑んで返した。


「ふふ、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。今は武蔵がそばにいるもの」


 今、武蔵はロボク村の入口近辺で、この村の少年と話をしていた。

 同い年くらいの少年で、確かパティでシュルタという名の少年だ。あまり親しそうという雰囲気でもないが、それでも面識があるようだ。


「……大丈夫。武蔵のこと、信じてるもの」

「真姫さん……」


 遠く離れた武蔵を見つめて、真姫は言い聞かせるように繰り返す。


 真姫は武蔵とパールのことをどこまで知っているのだろう? ふと、気になった。

 この世界では夫婦だったという武蔵とパール――。


 確信はないが、全て――それこそ栄介が知らないことまで――知っているように感じた。

 未だに武蔵とパールが言葉を交わしているところを見たことがない。

 それがまた栄介にとっては歯痒い状況を引き延ばしにしている。


 もっとも、だからと言って、このことを武蔵と話し合おうと言う度胸もなく――パールとは当たり障りのない話をするものの、告白してしまった事実は最近ではお互いになかったことにしてしまっている。


 我ながら、情けないこととは重々自覚しているのだが――


「……人間には二つのタイプがいる。いざというときに待ってしまう人と、追いかけしまう人」

「――え?」


 真姫が突然、そんなことを言う。


「ふふ、よくある二元論でしょ? でも、一度は言ってみたかったの。だから、聞いてもらえないかしら?」


 栄介の戸惑いも理解した上で、真姫はからかう様に笑った。


「そうね……有多子は追いかけてしまう人で、ものりは待ってる人。遥人は立ち止まれずに走り始めちゃうけど、結局戻って待っててくれるタイプね。リオちゃんは……ずっと待つ人だと思ってたけど、最近はきっとこの子も追いかけちゃうタイプなんだって思い直したわ。任君もそうね、彼も待ちきれなくて走り出しちゃう人よ。

 ――どっちがいいとか悪いとかない。これは性ってだけの話」

「……真姫さん?」


 二元論だと言うのは、よくわかる。

 大抵は当たり前のことをカッコつけて口にするだけのもの。

 でもそれは、今、どうしてここで話をするのかという部分に意味のある話だ。


 だけど、栄介には真姫が言わんとしていることがわからない。


「わたしは自分の事、ずっと追いかけてしまう人だと思ってたわ。

 でもね、ある人に指摘されたわ。わたしは何もできずに立ち尽くす人だって。

 それは……正しかった。わたしは肝心なときに、いつだって動けない。

 ……がっかりした。情けないと思った。わたしは、所詮、嫌なことから逃げるだけの人間なんだって」

「……………」

「でもね、すぐにその考えは否定されたわ。

 わたしは逃げたわけじゃない。

 わたしは、待ち続けることを選んだんだって。

 それは追いかけることよりも辛くて、真摯に向き合う選択なんだって――」


 真姫はそれこそが正しいのだと、晴れ晴れと、自信を持って宣言する。


「だからわたしは誇りをもって待つことにしたわ。待ち続けることにしたわ。

 武蔵は、何をしてでも、わたしたちを元の世界に帰してくれるって――」

「それは……」


『俺は……そこまで帰りたいと思わない』


 半年前に武蔵がそう言ったことを思い出された。

 だけど、それはあくまでも「核兵器を使ってまで」という枕詞があっての台詞だったはずである。

 それを真姫に伝えるのは、あまりにも場違いだと思った。


 ――そしてまた、それとは違う不安。


『それに、こんなもの使ってまで帰ろうなんて、誰も思わないだろ――』


 真姫の全幅の信頼を目にして、本当に誰も「核兵器を使ってまで」帰ろうと思わないのだろうかという、別の疑問が鎌首をもたげた。


「……ちなみに、真姫さんが思うボクは、待ってしまう人と、追いかけてしまう人、どっちだと思う?」


 そんな不安を振り払おうと、何となく答えの予想できた質問をぶつける。


「そんなもの決まっているじゃない。

 だって、栄介はもう、答えを待っているじゃない」


 その通りだった。

 栄介はずっとパールの答えを待っている。

 なかったことにして振舞っているけど、そんなのは嘘だ。

 そしてそのことはもちろんパールにも伝わっているはずである。


「大丈夫。信じて待ちましょう。わたしたちは、やれることはやったはずだもの」

「……………」


 真姫は一体どこまで知っているのだろう?

 どこまで考えて――そして何を待っているのだろう?

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