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第206話 きみにできるあらゆること

 ここ一か月ほどのクリシュナはとても大人しかった。

 理由はわかっている。ロボク村での一件をヨーダが治めたからだ。

 これで少しはヨーダの顔を立てようと大人ししてくれればいいのだが、クリシュナがそんな人間でないことをカルナは十分理解している。もしそんな殊勝な心掛けがクリシュナにあるのなら、それこそゴーレムでムングイ王国を襲撃した際に改心している。

 つまり、それだけのことをやらかしても懲りないのがクリシュナであり、ロボク村での出来事で大人しくなったのだとしたら、それはそれで何か良からぬことを考えているとしか思えないのだった。


「またロクでもないことをしてるわね」


 城中どこへ行ってもクリシュナを見掛けないことに不安感が拭えず、聞き込みに次ぐ聞き込みで、気付けば街の外れまで来ていた。


 ――だけど、なんだって、こんな辺鄙な場所に?


 ピストルの開発なら、城内の施設でもできる。

 それも暴発の危険性も考慮してヨーダの胸三寸で作らせた煉瓦造りの防護壁を備えた実験室である。

 本当に危なかった。あの実験室がなければカルナはここにいなかった。

 幾度とない実験の結果、今でこそ事故は少なくなったが、その幾度とない実験を付き合ってきたカルナとしてはどうしてもピストルを使う気になれない。本当に、どうして他の騎士たちは、あんなに危険なものをポンポン使う気になれるのか――。


「はぁ……絶対にロクでもないことしてるわね」


 過去の経験を思い出して、再び独り言ちる。

 斯くして、カルナの直感は当たる。


「あ、いたいたっ。クリシュナっ! あんた、こんなところでなにやってんのよっ?」

「――うえっ!? カルナっ!? こっち来ちゃダメっす!!」

「あんた……やっぱり、また、変なことしてるのね」

「ストップ!! やっ――ダッシュっ!!」

「すと……だっしゅ?」

「走るっす!!」

「……――っ」


 あまり見たことのないクリシュナの焦り様に、遅らせながらヤバイことに片足突っ込んだことがわかる。

 言われた通り、クリシュナに向かって走り始めたと同時に――


「――っ!?」


 声も上げられない――上げたのかどうかさえわからないぐらいの爆音と衝撃。

 気付けばカルナは宙を浮いていた。

 背中から強い力で押し上げられ、強制的に胸を張らされながら、カルナは空中を走るように飛んでいた。


「――っと――ちょっ、わっ、わっ、わっ!」

「――お、おおっ!?」


 しかし宙に浮いたのも一瞬で、すぐさま襲い来る落下感。

 持ち前の平衡感覚で体勢を崩さずに、横滑りしながらもどうにかそのまま両足で着地する。


「……!? ……!?」


 何が起きたのかわからず、何も言葉にならず、ただただ遅れて来たように心臓だけが、警笛のように今更バクバク動いていた。


「うわぁ、すごいっすね! ウチ、めっちゃ感動したっす!! 人間って、どうにかすれば、空だって飛べるんすね!!」

「――あ、あ、あ……」

「ありがとう? いや、いいっす、いいっす。ウチもまさかこんな歴史の目撃者になれるとは思ってなかったすからねっ。

 いいや、ホントにいいもん見れたっす」

「――あほか、あんたは!! あたしを殺す気!?」

「いやっ、カルナが悪いっすよっ。ウチはわざわざみんなに迷惑かからないよう、こんなところまで来てるのに、カルナがのこのこやってくるからっす」


 振り返る。

 カルナが歩いて来た通路上に、ちょっとした穴が開いていた。

 辺りは焦げ臭い香りが漂い、そこで爆発が起きたことは明白である。


「――なにしてたのっ?」

「ウチ、思うんすよ、いま、正しいことも、数年後には間違っていることもあって、逆にいま間違っていることも、数年後には正しいこともあるって」

「――な、に、し、て、た、のっ?」

「ふぁい、ふぉふぁふぇふぅっす、ふぉふぁふぇふぅっす」


 両頬を全力で引っ張ることで、クリシュナはようやく減らず口を閉じ――


「あんま暴力的だと、ただでさえ望み薄な嫁の貰い手がますます遠ざかっていくっすよ」

「……………」

「……………」


 大剣の柄に手を掛けることで、今度こそ本当に口を閉じた。


「それで、本当に何してたのよ?

 まさか、魔王アルクじゃあるまいし、魔法の杖でも作ってたなんて言わないでしょうね?」

「……えっ」

「……えっ?」

「……………」


 大人しいクリシュナは不気味で堪らない。

 ただ、そんな要らぬ期待にはきっちり応えてしまうのもまたクリシュナである。


「あんた――」

「カルナは不思議に思わないっすかっ?」


 場合によってはこの場で斬り殺すことも辞さないと、再び大剣に手を掛けようとするが、それを制するようにクリシュナは早口でまくし立てる。


「さっき、あそこに用意した火薬をありったけ埋めて爆発させてみたいすよ? その結果が、カルナが浮き上がる程度!」

「浮き上がる程度って――死に掛けたんだけど!?」

「でもっ、死ななかった!

 魔法の杖だったら、目に見える範囲を全て消し飛ばすのに!

 その差って、なんなんすか?」

「なんなんって……それこそ――」


 魔法なんだろうと、カルナは一笑に付そうとする。

 だけど、珍しく真剣なクリシュナの様子に、カルナは簡単に口にできなかった。


「――機械人形が何で動いてるか、カルナは知ってるっすか?」

「……エレクトリカルパワー?」


 ほとんど残っていなかったその単語を、辛うじて記憶の片隅から引っ張り出した。

 どうにか引っ張り出せたのは、いつかニューシティ・ビレッジで見たものがあまりに印象的だったからだ。 

 勝手に水を吐き出す鉄筒、独りでに火をおこすかまど。

 魔法としか思えないそれらの装置は、全てエレクトリカルパワーで動いてるのだと、ヨーダは言っていた。


「そのエレクトリカルパワーは、魔法の杖で作られてるっす。

 機械人形の中には、絶えず魔法の杖が動き続けてるっす」

「……冗談でしょ?」


 じゃあ、例えばサティの中では、耐えずあの大爆発が起き続けているというのだろうか。

 それはとても馬鹿げた想像だった。


「これは陛下も知ってることっすよ。

 だから今でも残ってるじゃないっすか、ウチが運んできた魔法の杖が」

「……………」


 ちょっとお父さん、このでっかいの、邪魔だから早く捨ててよ。

 そんな家庭的な一場面を想像するにはあまりに物騒はそれは、三年経った今でも城の地下に鎮座していた。

 ゴーレムと違い、捨てられずにそれを残したのは、ヨーダが欲したからだ。


 エレクトリカルパワーが欲しい。それがヨーダの望みだ。


「……だから、あんたは魔法の杖を作ろうとしてるの?」

「魔王を出し抜くのが、ウチの目標っすから」


 照れ笑いのような表情で頷くクリシュナに、カルナは呆れ果てた。


「……はぁ。好きにすれば」

「えぇっ!? 止めないんすか!?」


 クリシュナは大袈裟に驚いて見せる。その反応だと止めて欲しかったように見えるが。


 カルナとしても、本当に魔法の杖を作ろうとしてるのなら、そう簡単に認められなかっただろう。

 しかし魔法の杖はその言葉通り、カルナたちからすれば魔法そのものだ。

 ”ギフト”の一種だと考えても差し支えない。

 バリアンやレヤックと同じで、努力や根性で作れるものではない――はずである。


 ――ただ、もしクリシュナが仮に本当に魔法の杖を作れるのであれば、それはそれで、


「……戦力差は、少しでも、埋めた方がいいわ」

「……戦力差?」


 カルナが何を言いたいのかわからないと、クリシュナはカルナの言葉を繰り返した。

 いつまでも雑談に興じているわけにもいかない。カルナはちょうどいいとばかりに、クリシュナを探していた理由を話す。


「ニューシティ・ビレッジの連中が、ロボク村にちょっかいを出し始めたわ。

 ちょっと様子を見に行くから、あんたも付いて来なさい」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 先日、一人こっそり泣いていた兄は、そんなことは微塵も感じさせない態度で、ロボク村との折衝に向かった。


 責任感が強くて、頑固で、本心は簡単に見せないようにして――辛いとか、苦しいとか、そういうものはどこかへ押しやって、平気そうな顔で一人で勝手にどこかへ進んでしまう。


 いつも通りの兄だった。


 せめてパールがここに居てくれれば――兄が泣いていた夜と同じように、詮無いことを考えていた。

 パールは、今日もニューシティ・ビレッジでお留守番だった。


「――ねえ、リオちゃん? ……リオちゃん?」

「――あっ、は、はいっ。な、なんですか?」

「大丈夫? ちょっと、疲れちゃったかしら?」

「そ、そんなことないですっ、ごめんなさいっ」


 気遣う様に顔を覗き込む真姫に驚いて飛び上がりつつも、リオは頭を下げた。


「そう? 大丈夫なら、ここを見て欲しいのだけど。

 今、リオちゃんに言われた通りに引いた川だけど、このまま行くと最初に引いた川と合流してしまうのだけど、本当にそれで合ってるのかしら?」

「えっ? ごめんなさいっ、ちょっと見せて下さいっ」


 真姫の隣に並んで、彼女の持つ図面を覗き込む。

 丁寧に引かれた線は、しっかりと地図の体を為していて、素人が製図しているとは思えない出来だった。

 ただし、それが本当に正しい測量の下に作られていればの話だが。


「……ごめんなさい……一番最初の川の流れが間違ってます……。わたしがさっき見たときは、この中腹辺りからもっと右に反れてました」

「なるほどね。つまり、最初から間違ってたわけね」

「ご、ごめんなさいっ」

「いいのよ、別に。こんなもの一発で完璧に作れる方がどうかしてるわ。

 やっぱり、一度休憩しましょう。きっと何度も木登りさせられたから、疲れてるのよ」

「いえ……体力には自信がある方ですから」

「でも、どの道、この地図を書き直す時間も必要よ」

「なら、それはわたしがやりますので、樹先輩は休んでて下さいっ」

「あら、わたしの仕事を横取りする気? いいからあなたは休んでいなさい」

「うぅ……そこまで言うなら……はい……」


 それでも居た堪れなくて立ち尽くしていると、真姫は先に腰を下ろして新しい紙に図面を引き直し始めた。

 しょうがなくリオも一度腰を降ろすが、迷惑を掛けてしまったという事実に、どうにも落ち着かなかった。


 リオと真姫がやっているのは、ロボク村周辺の正確な地図作りだった。

 ロボク村に水を引くためには、何においてもまず地図が必要だ。

 しかしこの世界には正確な地図というものは存在しない。もしかしたらムングイ王国にならあったかもしれないが、少なくともニューシティ・ビレッジにはそれらしいものはなかった。

 ないものは作るしかない。

 その役割をリオと真姫の二人が仰せつかったのである。


「ふふ、あなたたちって、やっぱり兄妹よね」

「えっ」


 項垂れているリオの様子を盗み見て、真姫はそんなことを言う。


「な、なんでですか?」


 リオとしては変な気分であった。

 やっぱりと言われながら、栄介とは実のところ兄妹ではない。

 そのことは誰にも話したことはないので、真姫がそう言うのは仕方がないことだったが、それにしても唐突な話に、リオはやや食い付くような聞き方をしてしまう。


「あら? お兄ちゃんと似てるって言われるのは嫌だったかしら?」

「……そ、そんなことはないですけど。似てますか?」

「似てるわよ。

 責任感の強いところとか、頑固なところとか、あとあまり本心を見せたがらないところとか」

「うっ――」


 指摘された内容が、そのまま兄に対して歯がゆく感じる部分と一緒だった。

 不思議な気分である。どうせならもっと尊敬できる部分で似て欲しいと思いながら、それでもどこか嬉しい気持ちもあった。


「いいわよね、兄妹って。

 わたしも武蔵も兄弟がいないから、羨ましいわ」

「そう、でしょうか?

 親にいろいろと一緒くたにされるし、かと思えば比較されるし、きっと煩わしいことも多いと思いますけど……」


 どちらかと言えば、兄が強くそう感じているのではないかとリオは思う。

 もう少し幼かったリオは、いつだって兄にベッタリだったし、それを良いことに両親に面倒を押し付けられていた。こうして今でも年の違う兄の友人の輪に入り込んでいるのは、その名残だ。きっと鬱陶しかったのではなかったのかなと、リオは今更ながらに思う。


「でも、兄妹って関係は絶対でしょ?

 例え離れ離れになっても、死に別れることがあっても、兄妹であったことに変わりはないのだもの。

 それは不変的な価値よ」

「……………」


 兄妹って関係は絶対――それはリオと栄介にも言えるのだろうか?

 血の繋がりという意味においては、リオと栄介は半分ずつしか繋がっていない。

 義理の兄妹だったとしても、それはやっぱり絶対的なものなのだろうか?


「……それは、仲が悪かったら、サイアクですね」

「あなたちは仲良しだもの。よかったわね」


 リオは深く考えるのは止めた。

 例え本当の兄妹じゃなかったとしても、真姫にそう言ってもらえるくらい兄とは良好な関係を築けている証なのだから、今はそれでいいのではないかと思う。


「あの、ところで、樹先輩……今日は、宮本先輩と一緒にいなくて、大丈夫だったんですか?」


 会話の流れとして不自然でもないだろうと、思い切って聞いた。


 それはずっと気になっていたことだった。

 リオが地図作りを頼まれたのは必然だった。

 リオの目であれば、遠くの地形まで正確に把握できる。むしろリオがいたからこそ、地図を作ろうという話しに至ったと言ってもいい。


 ただ、一人でやらせるのは心配だという話しになった。

 それは作業の正確性云々というよりも安全性の問題からだ。

 最初に立候補したのは任だったが、これはものりとやや一悶着あり、お流れとなった。

 そこで次に立候補したのが真姫だったわけである。

 その場がどよめいたのは言うまでもない。

 そのとき武蔵もロボク村への折衝役に決まっていたのだから。てっきり真姫も同席するものと全員が考えていた。


「わたしが武蔵と一緒にいないこと、そんなに不思議かしら?」


 上目遣いでリオの様子を伺いながら、まるでからかう様に真姫は言う。

 どう返事しようかと一瞬考えたが、同じ剣道場のマネージャーだった経験則から、真姫にはストレートで返した方がいいと感じた。


「はい。樹先輩と宮本先輩はセットみたいなものですから」

「ふふ、リオちゃんは良い子ね」


 正解だったみたい。

 真姫は照れ隠しのつもりか、リオの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「……………」

「……先輩?」


 かと思えば、急に深刻な顔で黙り込んでしまったので、リオは逆に真姫の顔を覗き返した。


「……もちろん、まだ、武蔵と離れてるのは……怖いわ」

「……………」

「……だけど、武蔵と一緒にいると、わたしは役立たずになるの。

 みんな早く家に帰るため頑張ってるのに、わたしだけ何もしていないって思いたくないのよ」

「……………」

「ほら、きっとわたしがいなくなって、お父さん、不安だと思うわ。

 江野先生――リオちゃんのお父さん、お母さんも、きっと心配してると思う。

 だから、わたしは、早く家に帰りたいのよ」

「……先輩」


 真姫に言われて、今更のように愕然となった。

 リオは残してきた両親のことを、それほど気に掛けていなかった。

 全く考えなかったわけではない。

 だけど、この世界に来てしまった自分たちこそ大変であって、両親が心配しているかどうか、そんなことまで考えが回らなかった。


 武蔵がいなくなったとき、必死になって探し回る真姫の姿を見ていたにも関わらず。

 リオだって、みんなと一緒になってビラ配りをしたにも関わらず。


「……先輩は、すごいですね。

 私、そんな、親のことなんて、全然、どうしてるかなんて、考えもしなかったです」

「すごくなんてないわよ。

 ただ、わたしはちょっと人と別れるのが苦手なだけよ」


 やっぱりリオにはそれがすごいことのように思えた。

 誰にも――兄にも迷惑を掛けないように生きたいと願うリオにとっては、まだまだ足りていない部分だった。


「それに、白状してしまうと、この距離なら、まだギリギリ武蔵を感じられるの。

 もう少し離れたら、母親とはぐれた小さい子供のように、きっとわんわん泣き出してしまうわ。

 今は、あの泥棒猫も近くにいないしね」


 前半の言葉はリオにはよくわからなかった。

 だけど、後半の言葉は何を指しているのかはわかる。


 普段から大人びて見える真姫にしては、やや子供っぽい。それがリオにすれば少しおかしかった。

 確かに、武蔵に恋心を寄せるパールの存在は、真姫からすれば泥棒猫なのだろう。


 どちらも尊敬するリオとしては、どうにか仲良くできないかとも思ってしまう。


「……来た」

「えっ?」


 突然、真姫が立ち上がった。

 視線はどこか明後日の方向を向いていた。

 視線の先を追ってみる。しかし、リオの目を持ってしても、真姫が見ている何かがわからなかった。

 リオにも見えない何かを見ていると言うのだろうか?


「あの……樹先輩? なにが来たんですか?」

「……リオちゃん、わたしは本当にこれっぽっちもすごくなんてないのよ。

 わたしは、本当にただ、早く帰りたいだけなの」


 真姫はリオの質問には答えず、代わりにもう一度リオに向かって念を押す。

 ひどく思い詰めたような顔だった。 


「だからわたしは、帰るためだったら――なんだってするわ」


 なんだって――そう決意を口にする真姫の表情はとても不安げだった。

 きっと止めてあげないといけない。

 リオはそう感じて口を開いた。




「あの……樹先輩?

 ――……あれ?」


 気付いたらロボク村の入口に立っていた。

 いつ帰って来たか記憶にない。まるで瞬間移動でもしてしまったかのようだった。


「……樹、先輩?」


 辺りを見回すが一緒にいたはずの真姫はいなかった。

 ただ、いつの間にか真姫が描いていた地図が、なぜかリオの手の中にあった。

 

 身震いがする。

 熱帯のジャングルのようなうだる暑さの中で、背筋を流れる冷たい汗に驚きながら、リオは急いで村長の家に向かって走り出す。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「……あれ?」


 気付いたらクリシュナは森の奥地で一人佇んでいた。

 カルナと一緒にロボク村の入口まで来たことは覚えている。


 なんでウチがロボク村に行かなきゃいけないんだとか、陛下がほっとけって言ってるならウチもそうするとか、そんな文句をつらつらと述べながら、それでもカルナに付き添って来た。


 カルナは、このままではロボク村がニューシティ・ビレッジと手を組むかもしれないと言った。

 その場合、今まで早馬を走り潰して一日近くかかる道のりだったムングイとニューシティ・ビレッジの距離は半日以上縮まってしまうだとか、ヨーダの求心力がなくなりつつあるムングイ王国内で亡命者が出て来てしまうだとか、カルナはいろいろと不安を囃し立てて危機感を煽っていたが、クリシュナからすればそれらは取るに足らない問題だった。


 確かにニューシティ・ビレッジとムングイ王国では早馬で一日かかる距離があり、そのお陰で回避できた争いもいっぱいある。しかしそれはムングイ王国側から見た解釈でしかない。

 ニューシティ・ビレッジには早馬よりさらに早い自動車があり、もともと彼らからすれば日の出と共に出発すれば昼時にはムングイ王国に着いてしまう距離である。

 そもそもアンドロイド集団は、その一人一人が早馬に匹敵する脚力を有している。今更、その距離が半日以上縮まろうが大した差ではないのだ。


 亡命者に関しては、クリシュナにとっては確かに不本意であるが、ヨーダには国民をニューシティ・ビレッジに移住させたいという思惑もあった。

 むしろ未だに一切の国民の流出が起きていないこと自体が、ヨーダにとっては想定外であった。

 それはヨーダが自分の能力を過小評価しているのと、クリシュナの暗躍によるところが要因としてあるのだが、いずれにしてもヨーダからすれば「ようやく」、クリシュナからすれば「ついに」起きてしまった出来事であり、やや今更という向きが強い。


 ――そして、それはカルナもわかっているはずだった。


 しかし、それでもカルナは今更、慌てふためいている。

 彼女は、ニューシティ・ビレッジが魔法の杖を再び使ってくると予想している。


 ヨーダの最終目標は、ニューシティ・ビレッジとの和平、最悪、従属国にするものだった。

 自分の国を売っ払おうとしているのである。とんだ国王もいたものだ。


 しかしヨーダはそれが、この国の幸せへの近道と考えていた。

 それほどまでにムングイ王国とニューシティ・ビレッジの技術力に差がある。

 最初から争うだけ無駄なのである。


 そもそもニューシティ・ビレッジには争う意図さえない。

 そこにはもう、魔王も、その奥さんも、いないのだから。


 魔法の杖を凶器として使おうとする者など、もうどこにもいないのだから。


 ――こんにちわ。


「――っ!?」


 全身の毛が逆立つ程、驚いた。

 誰もいないと思っていたのに、突然、耳元で囁かれたのだ。


 ピストルを抜き取り、飛び退りながら振り返る。

 得物を構えた先に、果たして、クリシュナに声を掛けた人物の姿はあった。

 だけど思っていたより遠い。クリシュナからどうにか人影が確認できる程度の距離に、その人物はいた。

 てっきり真後ろから声を掛けられたような気がしていたが――


 ――別に争うつもりはないのよ。ただ、あなたに一つだけお願いをしたかったの。


 再び耳元で囁かれた声――いや、声ですらないものに、クリシュナはようやくその存在が何者か気付いた。


「――イツキマヒメ!?」


 またの名をレヤック。人をたぶらかし操る、最悪の魔女。

 それが今、クリシュナと真正面から対峙している者の正体である。


 ――地球破壊爆弾を、わたしのところまで運んで来てはもらえないかしら?

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