第205話 報いは誰のために
ロボク村に向かうため、遥人はハンドルを握る。
片道四時間半の旅。
必要な物資を積み込み、基本的にはこのキャンピングカーで一泊、場合によっては二泊してから帰る予定で、一路、再びロボク村へ目指していた。
遥人がニューシティ・ビレッジに置いてかれることはなくなった。
それはロボク村の人が遥人のことを覚えていないことが分かったというのもあるが、単純にみんなのスラに運転を任せたくないという気持ちが強かった。
しかし――必要な物資というのが、ロボク村開発援助のための食糧や機材ならわかる。
そのほとんどがエイブル・ギアの修理用のパーツというのが、遥人には納得がいかなった。
「……何度も言うけど、オレはもうエイブル・ギアには乗らないからなっ」
「うんうん、わかってるわかってる」
そう言いながら、有多子はせっせとパーツ同士を組み合わせている。
もともとニューシティ・ビレッジにおいても、台所事情に余裕があったわけではない。
サラスとパール、二人分の蓄えしかなかった。
そこに遥人たち八人が合流したので、エンゲル係数は急上昇。結果、かつかつの食糧事情の出来上がりである。
かと言って、生産能力がなかったわけではない。機械の人手は十分にあった。
単純に指揮する人間がいなかっただけで、現在は武蔵の指示の元で急ピッチに自給率向上に努めている。
「そう考えると、武蔵のやつ、なんか王様みたいだよな」
「宮本、別に偉そうにしてない」
「そうじゃなくて、なんかリーダーみてぇじゃねぇか」
「私たちのリーダーは最初から宮本」
「ちげーよ、オレだよ! オレがカミ様見つけ隊を結成したの!」
「その呼称、未だに使ってるの、岸だけ」
「なんでだよっ?」
「守が恥ずかしがるから」
「やめて……ものり、神様じゃないっ、神様じゃないから……」
何か嫌なことでも思い出したのか、ものりは耳を塞ぎガタガタ震えている。
「守さんっ? ちょっと、だいじょうぶっ? 守さんっ?」
「神って呼ばないで! ものりって呼んで!」
「え……えぇっ……」
「津久井、ほっといていい。すぐに治るから」
ものりの奇行はいつものことなので、慣れた様子で有多子は無視を決め込み、淡々とパーツを組み上げていく。
動く車で器用に作業をこなす有多子に感心しつつも、やっぱり乗せる気満々じゃねぇかと、思わずため息を吐く。
「なあ、栄介からもなんか言ってくれよ……あんなんあったって、ロクなことになんねぇって……栄介?」
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃん、呼ばれてますよ」
「……ちょっと、ほっといて欲しい」
「はあ……ごめんなさい、岸先輩。
お兄ちゃん、ちょっと横になってて……」
運転席からは見えない位置から、リオが困った雰囲気で謝罪の言葉を返す。
栄介は、キャンピングカーに乗り込むや否やベッドに横になっていたので、もしかしたら今もそのままの体勢なのかもしれない。
「もしかして、車酔いか? このちんちくりんなアンドロイドの運転よりマシだと思うんだけど」
「なぁにをおっしゃいますぅ。僕の方がぁ、ここまで二十三秒速く辿り着きますぅ」
あれだけ危険な運転をしておいて二十三秒しか縮まらない事実に驚愕する。
それをさも自慢げに助手席でふんぞり返るスラにものりと同じ、触れてはいけないオーラを感じて、こちらも無視を決め込む。
「お兄ちゃん、最近、ずっとこんな様子で……」
「あ? もしかして、体調でも悪いのかよ? なら、一旦引き返して、ヘレナさんに診てもらった方がいいんじゃねぇか?」
少しずつ慣れて来ているが、それでもここは異世界である。
謎の病気に掛からないとも限らないし、仮にただの風邪だとしても日本とは勝手が違うのだ。それだけで大事に至る可能性もある。
「あ、いや、そういうことではないんですが……」
「ふ、ふ、ふ、ものりは知ってますよ、えーちゃんを蝕む病気の謎を!」
「あ、本当にすぐに治った……」
さすがの任も呆れた声を上げていた。
そうやって少しずつ、ものりの扱いに慣れてくれればいいと思う。
「んで、なんだよ、栄介の病気って?」
「教えてあげないよ、じゃん」
「……………」
どうせそんな返事だろうとは予想していたが、それでも腹が立った。
「教えて欲しければ、週末の屋上で君を待つ!
はる君は資格条件ばっちりだから、いつでもウェルカムさー。
あっ、タモさんは、ダメ! 絶対にダメだからね!!」
「え、ええ? な、なんで、僕は駄目なの?」
「あんま気にしなくていいぜ、タモさん。これは巻き込まれない方がいいやつだ。
行けば屋上から落下する未来が待ってるぞ」
「そんな危ないことしないもん!」
脱線に次ぐ脱線で、結局、栄介に覇気がない理由も聞けなければ、有多子のエイブル・ギア修復を食い止めることもできないまま、ロボク村に着いてしまう。
――そのお陰で、道すがらは胸の奥にあるしこりのような感覚を無視することはできたわけだけど――
◇
「あっ……こ、こんにちわ……」
「――……―――――……」
シータの家の前でずっとウロウロしていたのだから、出くわすのは当然だったが、それでも目と目とが合うと、首をロープで縛られたような息苦しさに襲われる。
辛うじて声に出せた挨拶はどうにか通じたようで、シータは怪訝そうな反応ながらも会釈を返して、そのまま立ち去ってしまった。
「あっ――あー……」
その後を追おうともしたが、どうにも一歩踏み出せない。
それは一緒に着いて来た任には敏感に感じ取れたのだろう。
「遥人君……や、やっぱり、今はあんまり会わない方がいいと思うよ……」
「け、けどよ……このまま、なにもしないってのも……って、うお!?」
驚いたのは、振り返ると任が子供になっていたからだ。
シータの子供の一人だ。
次男坊で、名前は確か――ハヌタだったか。
よく見れば、ハヌタの背後にはその妹のビスタの姿もあった。
先日の再現が行われたのは、容易に想像できた。
ハヌタに蹴り飛ばされて四つん這いにされた任が、そのまま踏み台にされたのだ。
二人して任の上でピョンピョンと跳ねていた。
「おま、おまえら……それはダメだろっ」
「あ、い、いいよ、別に……子供は元気なのが一番だから」
「元気ってレベルを超えてんだろっ。いいから降りろっ」
遥人がビスタを引き剥がそうとするが、彼女は逆に遊んでくれると思ったのか、遥人の腕にまとわりついてキャッキャッと笑う。それを見てハヌタもまたターゲットを遥人に絞ったか、空いてる方の腕に飛び付いた。
「あ、こらっ、やめろっ、また振り回すぞ!」
「たぶん、それが遊びだと思われてるっぽいけど」
二人ともやたらと運動神経がいい。
遥人が引き剥がそうとするも、それをするりとうまく躱して反対側に回り込み、降りてくれたと思えば再び飛び付き、自由自在に遥人の身体を這い回る。
「おいっ、こらっ、遊んでるわけじゃないんだってっ、いい加減に――」
「――ハヌタっ! ビスタっ!」
声も荒げようと思った直後、別方向から二人を叱る声が届く。
ハヌタとビスタは弾かれたように遥人から離れると、声の人物に走り寄って行った。
そこにいたのは長男のウッタだった。
末弟のクンタをおんぶ紐で背負い、その両腕には桶が握られていた。
「――っ! ――――――――――――――っ!」
「うわっ……」
その桶の底で弟たちを小突いた。
あまりに小気味いい音に思わず声が出たのは遥人の方だった。
「おいおい……いくらなんでも、それは可哀想だろ」
「ん? そうかな? 優しく叩いてたようだけど」
「……任って、意外と子供に容赦ないの?」
「そういう遥人君は子供に優しすぎると思うんだけど」
一人っ子の遥人としては、あまり小さい子供に接したことがないので、その辺りの感覚がよくわからなかった。
ただ、ハヌタとビスタの二人もそれは日常茶飯事の出来事のようで、しばらくは頭を摩っていたが、やがて小突かれた桶を兄から受け取る。
さらに去り際、遥人にピストルで撃つようなジェスチャー。
意味はわからなかったが、そのあとまたウッタに怒られている様子から、人を馬鹿にするとか怒りを向けるとか、そういう類のポーズだったのだろう。
「――いや、オレ、悪くないし。
おい、タモさん、あの子たちを追いかけよう」
「え、え? な、なんで?」
「ものりに、なるべく、この町の人たちがどんな生活してるか見て来てって言われただろ」
本日の目的はそれがメインだ。
本当は有多子に付き添ってエイブル・ギアの修理を頼まれていたのだが、それは色々な理由から断固拒否した。
結果、有多子にはスラが付くことになり、遥人と任の二人は栄介たちが村長と話をしている間に、村人の生活を見て回ることになったのだ。
「あれ、確実に水汲みに行かされてんだろ。どこまで行くのか、付いてってみようぜ」
ものりの指示というのは、半ばこじつけだった。
本音を言えば、あの子たちのために何かしてあげたい。その気持ちが遥人には強かったのだ。
◇
「――それで付いてったら、タモさんが崖から落ちて死に掛けたわけ」
「……はい」
「――ものりに付いてけば、屋上から落下する未来が待ってるって言ったよね?」
「いやぁ、まさかオレに付いてっても落下する未来が待ってたなんてな、あはははは――」
笑って誤魔化そうとした遥人だったが、その乾いた笑いはすぐに止まる。
ものりが――あの、ものりが、遥人の襟首を掴んでいた。
ものりとはもう十年来の付き合いになる。その十年間で一度も見たことがない顔付きで、一度も聞いたことない声音で遥人の耳元に囁く。
「――ものりのタモさんになにかあったら、はる君のことどうにかしちゃうよ?」
「――はい」
いや、まだおまえのじゃねぇだろ。とは口が裂けても言えなかった。
「ま、まあまあ、二人とも、僕のせいで、けんかしないで。僕、無事だったんだから、ね、ね?」
念のためキャンピングカーのベッドに横になりリオに看病されていた任が、手をひらひらさせて言う。
とても崖から落ちた後とは思えない気軽さだった。
さすが丈夫さの”ギフト”をもらっただけのことはある。落ちた時にあちこち引っ掛けたのか、服装だけはボロボロなのだが、リオの診断結果では、どこも異常がないとのことだった。
「……しかし、その格好で、二人してベッドに腰掛けてると、なんかいかがわしいいいいたたたたたたたたたっ!?」
任とリオの様子に素直な感想を述べると、ものりが腕の関節をかけた。
たぶん不機嫌な理由の一部に、リオに御株を取られたのもあるのだろう。
「や、でも、本当に、落ちたの、僕でよかった。子供たちが落ちてたら、怪我だけじゃ済まないからね」
そこだけは遥人も同意だった。
水汲みなんて、村外れの井戸までとか、せいぜいちょっと近くの河原までとかが相場だと思っていた。
しかし子供たちは、村から一時間近く離れた、それも切り立った崖を上り下りして進んだところまで水汲みに行っていた。
もっとも子供たちは慣れたもので、見ていてもほとんど危なげなく進んでいた。
遥人も後を付いていく限りではそこまで危ないと感じなかったので、落下したのは単純に任の不注意と言えなくもないが――。
「でも、あいつら、毎日、あそこ通って水汲みしてんだろ?
もっと近くにいい水場はなかったのかよ?」
「あ、それ、わたしも気になったので、さっき村の周辺を見回してきました。
そしたら、すぐ近くに別の川が流れてましたよ」
遥人の疑問に答えたのは、リオだった。
さすが栄介の妹だけあって、頭もいいし行動力もある。
ただ、その解答にはますます疑問が募る。
「じゃあ、なんでそっち使わねぇんだ?」
「……なんででしょう? そこまでは、わかりませんけど……」
「……そういえば、ものりさん。村長さんが、気になることを言ってなかった?」
ここまでの道中では物憂げだった栄介だったが、妹がここまでとわかると、すかさずに助け船を出す。
話を振られて、全く心当たりがないと言わんばかりの態度のものりとは打って変わり、やっぱり兄妹で出来が違うことだけはよくわかる。
仕方がないとばかりに、栄介が話し出す。
「もともと、この村はもっと上流の方にあったって言ってたじゃない。
それが、毒の影響で移住せざるを得なくなったって――」
「あっ、ああ、魔法の杖の毒!」
「なんだよ、その、魔法の杖の毒って?」
そう簡単には忘れられそうにないネーミングである。
「なんでも、魔王が撒いた毒で、この村の人たちが大勢犠牲になったらしいよ。
もっとひどい被害が出そうだったのを、お姫様とみやむーが食い止めたとか、なんとか」
「――武蔵って、そんな毒の浄化なんてことまでやってたのかよ。同級生とは思えないんだが」
「パールちゃんも、その魔法の杖の毒に侵されてたんだって。
それも治しちゃったんだって。すごいよね、みやむーって」
「……………」
回復したと思った栄介が、また暗い顔をしていた。
何か気に障るようなことでもあったのだろうか?
「……でも、その毒が残ってて、それで近くの川が使えないってことじゃないのかな?
ほら、前の村も、ここの上流だったって話だし」
そう思ったのも一瞬で、栄介は再び顔を上げて、いつも通りの表情でそう続けた。
「けどよ、だからってあんなとこまで水を汲みに行く必要はねぇだろう。
だったら水場に近いとこに引っ越すとか、川を引っ張ってくるとか、他に方法があんだろ」
「どうやって?」
「あ?」
「どうやって水場に近いところに引っ越したり、川を引っ張ってくるの?」
「そりゃ……なんか、方法があんだろ?」
「遥人たちの話だと、相当、足場が悪い場所なんでしょ?
そんなところにどうやって建物を建てるの?」
「だったら、川を引いてくりゃいいだろ。治水工事だっけ?」
「それこそどうやってって話だよ。
治水工事には大量の労働力が必要だけど、この村にそんな余裕はないよ」
訂正。
とてもいつも通りの栄介とは言えず、不機嫌さが滲み出ていた。
「……栄介、おまえ、どうした? やっぱ具合でも悪いのか?」
「……別に。ボクは思ったことを口にしただけだよ」
「あーん?」
あまりにも栄介らしくない態度に気を遣ってみれば、さらにいけ好かない態度で返された。
さすがに遥人もイライラして、喧嘩腰にもなる。
「ま、まあまあ、二人ともっ。けんか、いくないよっ。
それに二人とも、とてもいいこと言ったっ」
一触即発の二人の間を、ものりが割って入る。
両手を打ち鳴らし、これで妙案とばかりに、ずばり言う。
「治水工事! これだよ! この村に、今、一番必要なこと!!
ものりたちが、この村のためにできること!!」
「いや、だから、それには労働力が……」
「なに言ってんの、えーちゃん! あるじゃない、ものりたちには、労働力が!」
「それってアンドロイドのことを言ってるの? でも、あの人たちだって、力持ちって程度で、大規模な工事には……まさか」
「そうっ! はいっ、はかせちゃん!」
「話は聞かせてもらった」
ものりの呼び声に、有多子がキャンピングカーに入ってくる。
「……え、事前に打ち合わせでもしてたのかよ?」
「いや、ボクは何も知らないよ」
図ったようなタイミングに、まるで共犯のようにされた栄介も完全に毒気を抜かれてしまっていた。
それはそれでよかったのだが、問題はこの話の流れで有多子が入って来た理由である。
「オレは乗らないからなっ!」
「まだなにも言ってない」
「いやいや、きっと、前振りっしょ」
「ちげーよ! マジなやつだよ!」
治水工事にエイブル・ギアを使うという話しになるのは目に見えていた。
大型のロボットは確かに、大規模工事に打ってつけだろう。
だけど――
「ものり、てめえ、何考えてやがる!?」
「え……いや、ものりは、ただ……」
思わずものりを怒鳴りつけた。
有多子はまだいい。あの場所にいなかったから、どこか実感が湧かないのも無理ないことだ。
でも、ものりはあの場に居たのだ。
半ば八つ当たりに近い感情だともわかっている。
だけど、それでも、ものりには遥人の後悔は理解してると思っていた。
「アレのせいでっ! オレはっ――! オレは……」
エイブル・ギアに乗ったせいで、遥人は人を殺してしまった。
あの子たちの父親を、遥人が殺したのだ。
それなのに、また、乗れと言うのか? そんなこと、できるわけがない。できるわけがない。
「……違うよ、遥人君。
遥人君をエイブル・ギアに乗せるように提案したのは、僕だよ」
「――はぁっ?」
ベッドから身体を起こしながら言う任を遥人が睨み付ける。
「おまえ、ものりの前だからってカッコつけようとしたって、ロクなことになんねぇぞ?」
「べ、べつに、かっこつようなんて、そんな、思ってない、し……。
ほ、本当に、僕がっ、守さんと倉知さんに提案したんだ」
動揺しながらも、任は真剣な眼差しで遥人を見つめ返す。
そんな風に相手を真っすぐに向き合おうとするときが、任の真価が発揮されるときだと、遥人も理解できている。
それだけに、納得がいかない。
「なんでっ、おまえがっ、そんなこと――」
「あの人のこと、遥人君は悪くないよ」
「なっ――、は?」
「少なくとも、僕はそう思ってる。
守さんも、倉知さんも――そこは同意してくれた」
「な、なに……言ってんだよ……? オ、オレが、あ、あの人――あの子たちの父親を、殺したんだっ――うっ」
自分から口にしておいて、その事実に耐え切れず、嗚咽が込み上げてくる。
人を殺してしまったという事実。
取り返しがつかないことをしてしまったという事実。
口にすれば吐き気が催すほどに、遥人の心にどうしようもない傷痕を残している。
「そう、だね……遥人君は、たぶん、そう、思うよね。
だからこそ……遥人君自身のために、きっと、償いが必要なんだと思う」
「……オレ、自身のため?」
「あ、あのね、ものりも、一生懸命考えたよ。
で、でもね、一生懸命考えても、できること、あの村のために、がんばることしか思い浮かばなくて……」
「今日、子供たちを見ていて確信したよ。遥人君も、きっとあの子たちのために、何かしてあげたいって思ってるんだって。
そのために、どうしても、あのロボットが必要になるんだ」
「……………」
言いたいことはわかる。
治水工事に限らない。土木に、道の整備――あの村に必要なことを考えれば、その作業は大掛かりになる。
その手段としてエイブル・ギアがあれば、その作業は大幅にはかどるのだ。
「なにより、あのロボットであの村の手助けをすること自体が、遥人君の償いになるんだ」
「……………」
「もちろん、僕たちも一緒に償うから。
あのとき、遥人君のこと止められなかった責任もあるし……なにより……ぼ、僕たち、友達……だから」
「……とも、だち?」
「あっ……いや……は、遥人君が、と、友達だと、思ってないなら、そ、それは、その……えーと……それでも、その……」
そこに来て任は急激に自信を失い、挙動不審に陥る。
別に任と友達であることに疑問を思ったことはない。
ただ、今更ながらに気付いただけだ。
「――なんだよ、それ、はっきり言えよ。
オレは、タモさんのこと、友達だと、思ってるぞ」
「あ……うん……」
「なら、頼ればいい。
岸は、意外と抱え込むところ、ある」
「う、うっさい、言われなくても、今まさに思い知らされたところだよ」
有多子に言われるまでもない。
いや――できればもっと早く言って欲しかった。
エイブル・ギアに乗って、散々やらかしたときにも思い知らされたのに、遥人はまた忘れていた。
だけど、きっとこの面子がいれば、何度だって思い知れしてくれるのだろう。
「ああ、わかったよ。オレ、エイブル・ギアに乗るよ。
その代わり、おまえらも、手伝ってくれよな?」
もちろんという力強い返事に、遥人は何度だって勇気付けられる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一時の険悪な雰囲気はどこへやら、気付いたらいつも通りの眩しい光景が繰り広げられていた。
その光景に安堵感と、ちょっとばかりの羨ましさを感じながら、リオはその場から一人欠けてしまっていることに気付いた。
「……お兄ちゃん?」
車内を見回しても、どこにもいない。
いつの間にか、車外へと抜け出したようだ。
取り戻した安堵感は一瞬で消え去り、リオは弾かれるように車外へと飛び出した。
「――うっうぅっ」
外に出て、リオの耳にすぐその物音は届いた。
苦しみに耐えるような、そんなくぐもった呻き声。
キャンピングカーの裏に回り込めば、すぐにその声の主は見つかった。
「お――」
お兄ちゃんと声を掛けようとして、思い留まる。
兄は、声を押し殺して泣いていた。
誰にも見られないように、ひっそりとみんなの声から抜け出して、薄暗いところで隠れるようにして泣いていた。
兄に何があって泣いているのか、リオにはわからなかった。
それはパールのことかもしれないし、遥人のことかもしれないし、その他の何かかもしれない。
だけど、兄は泣いているところを見られたくないから、そんな薄暗いところで一人で泣いているのだと気付いてしまって、リオは声を掛けることができなくなった。
有多子は、遥人のことを抱え込む人だと評していた。
だけど、たぶんそれは兄も一緒だと、リオは知っていた。
いや――恐らく遥人なんかよりも、兄の方が余程抱え込む人であり――それは遥人なんかよりもずっとずっと巧妙に隠してしまうことも知っていた。
兄は、昔から天才だと評されていることは知っていたし、リオ自身もそう思っていた。
だけど、リオは知っている。
兄は人一倍負けず嫌いであり人知れずに努力する人であることも、そして甘え下手で水面下で絶えず水を掻き続ける人であることも。
兄が剣道を嫌いだと、リオは最近まで知らなかった。
兄はそんな素振りを見せないまま、それでも道場を継ぐために努力していた。
なんのために努力していたのか、リオにはわからなかった。
リオのためなのかもしれないし、父のためなのかもしれない。
兄がどうしてこんなところで隠れて泣いているのか、リオにはわからなかった。
遥人のように、みんなに頼ればいいと思う。
だけど、そういうものを全て押し隠してしまうのが、兄なのだ。
パールは、きっとそういう隠しているもの全て、見抜いてしまった。
だから、兄はパールが好きになったのだ。
――ここに、パールさんがいてくれたらよかったのに。
きっと隠れて泣いている兄を見つけてくれたはずだ。
――どうして、誰も、お兄ちゃんを見つけてくれないんだろう? お兄ちゃんだって、友達でしょ?
そう思いながらリオは、兄が泣き止むのを隠れながらずっと待っていた。




