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第20話 ゾンビ鬼ごっこ

 武蔵はあまりゲームが得意な方ではない。

 コントローラーを動かす腕は上下に動き、ゲームのなかの主人公が右に左に動くけば身体も右に左に傾く。

 それを友人達にえらくからかわれたのが、未だに記憶に残っている。


 ただ得意ではなかったが、人が遊んでいるのを見るのは不思議と嫌いではなかった。

 それもまた「変わっている」とからかわれたりしたのだが、別に嫌な気はしなかった。


 人がワイワイ騒いでいるのを見ているのが好きだった。

 一番後ろから付いていき眺めているのが好きだった。


 そんな武蔵だったが、見ていて楽しめないゲームが一つだけあった。


 それがホラーゲームである。


 武蔵はホラーの類が超がつくほど苦手である。

 遊園地のお化け屋敷だって入ったことがない。


 ゾンビがウロウロする洋館から脱出するという古いゲームを、嫌がる武蔵を隣に置いて真姫が遊んでいた時のことだ。

 窓ガラスを割って飛び出してきたゾンビの犬に武蔵が悲鳴を上げ、それに驚いて真姫が気を失うという二次被害を出したことがある。


 そんな武蔵は今まさにホラーな世界にいた。


 病院か学校かと思うような建物。

 とても十分な光源を満たしているとは言えないまばらな蛍光灯。

 時折聞こえてくるうめき声に嫌でも昨日見たゾンビの姿を思い出してしまう。

 恐怖で膝が震える。


 せめて日の出を待ってから行動を開始してもよかったかもしれないと後悔する。

 もっとも窓がないこの場所で日の出がわかるわけがなかった。

 そもそも夜だと思っているのも、武蔵が連れて来られたのが日が暮れた直後だったところからの時間感覚的な判断だった。すでに夜が明けている可能性もある。


 武蔵が現在いるのは建物の地下二階だった。

 ゾンビがウロウロしている建物に連れて来られて半ばパニックになってはいたけれども、それでも建物に入ってから階段を三つ下ったのは覚えていた。

 地下三階部分はほとんど牢屋しかない区画だったので、あっという間に地下二階までは上がって来れたが、そこからが問題だった。


 二つ目の階段を上がろうとしたところ、ちょうど踊り場の部分でゾンビさんと運命的なエンカウント。

 寸でのところで悲鳴を飲み込み、抜き足差し足でUターン。

 どうにか見つからずに済んだようだったようで後を追われることもなかったが、その階段から上階へ目指すのは断念するしかなかった。


 本当はそのまま牢屋まで戻ったほうが安全なんじゃないかとも思ったが、わざわざ同郷の女神がくれた逃亡のチャンスを無碍にするわけにもいかない。


 ――どうせなら一緒に連れて行って欲しかった。


 恐らくサキは難なくここを突破したのだと思う。

 逃亡の手助けはするのに置いていかれたことは疑問に思うが、それでも武蔵は彼女の後を追う必要がある。


 この世界で初めて出会った日本人。

 彼女ならもしかしたら帰る方法も知っているかもしれない。


 だと言うのに――


 ――怖くて、全然進めない。


 窓もないこんな場所で身を屈めて歩いていた。

 いくつかの扉は開ける勇気を持てず通り過ぎ、曲がり角に立つ度に、先を覗き込んではゾンビがいないか確認している。数秒の深呼吸の後に覚悟を決め、さらには後ろまで確認してからという念の入りようだった。


 しかし、そんなことをしていても何の意味もなかったと、武蔵はすぐに思い知らされた。


 相手が歩いてくることを全く想定していなかった。


 次の曲がり角までもう数メートルというところまで来て、その角から先にゾンビがこんにちわした。


「ひぃっ!!」


 なんとも情けない悲鳴だと思う余裕もなかった。


 完全に目が合ったと思った。

 実際そんなわけはなかった。そのゾンビもまた眼球が腐り落ちてなくなっていた。


 視覚や聴覚がどうなっているか全くわからない。

 わからなかったが、そのゾンビは間違いなく武蔵のほうへ向かってゆっくり歩いてきていた。


「うわぁああああああああ!! くるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 真姫も気絶させた絶叫を上げて、武蔵は来た道へ引き返して逃げた。


 慎重に慎重を重ねて曲がってきた角も全て全力で走り切り、最初の階段まで戻ってきてしまい、


「いやぁああああああああ!! 出たあぁぁぁぁぁああああああ!!」


 階下に降りて来ていた踊り場ゾンビに再遭遇。


 慌てて足を止め、まともな思考回路をなくした武蔵は再びUターン。


 しかし当然、その先には先ほどの曲がり角ゾンビが近付いてきていて、完全に挟み撃ちのような状況に追い込まれてしまう。


 咄嗟に近くの扉を開けて逃げ込もうとするも、しかし鍵がかかっているのかビクともしない。


 さらに隣の扉に飛びつくも、そちらも全く同じで開けることができない。


 そうこうしていると二匹のゾンビはゆっくり武蔵のところに近付いて来ている。


「お願い!! 開けてぇぇぇぇぇぇ!!」


 中に誰がいるかもわからないのに、必死に扉を叩き懇願する。


 ゾンビが近付けば近付くだけ、武蔵は半狂乱で扉を叩く力を強くしていく。


 そしてゾンビが武蔵の身体に触れられそうなほどの距離に近付き、とうとう武蔵が扉に向かって体当たりをし始めたその時、


 扉が突然、内側に向かって開いた。


「うわっ!?」


 当然、扉に身体を打ち付けていた武蔵は、そのまま勢い余って部屋の中に倒れ込んでしまう。


「あなたたちはここから離れなさい」


 武蔵が部屋に転がり込むや否や、部屋の主はゾンビたちにそう告げて、扉を閉めた。

 ゾンビ達はそれだけで諦めたのか、それとも扉を開けようとする知能すらなくなっているのか、特に扉を叩いたりもせずに静かになった。


「あ、ありがとう、パール」


 未だアドレナリンを分泌し続ける脳はなにが起きているか理解を拒むが、それでも武蔵は、とても冷めた目で見下ろしている見知った幼女に対して、床に転がったまま礼を言った。


 この子が武蔵の情けない叫びをずっと聞いていたことに気付いて赤面するにはもう少し時間がかかるのだった。

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