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第202話 告白は突然に

 ロボク村から帰って来たその夜。

 栄介は何度も何度もパールの自室を行ったり来たりしていた。


 陽が落ちる直前にスコールが降ったため、空気はジメジメしている。

 パティから預かった手紙は、湿気を吸ってボロボロになりそうだったので、ハンカチで挟んで大切に扱う。

 もちろん、いっそ崩れてしまえば、パールに会わずに済むのかなという思いもあった。


 そもそもなんで栄介に渡して来たのか――?

 通訳をしてくれたものりに渡したっていいだろうとも思う。

 しかしものりはものりで、ウルユのことがショックだったのか、どこか上の空だった。


 そんなわけで栄介は、ずっと避けてきたパールと会うことになった。


 手紙の内容を、栄介は知らない。

 盗み見るつもりもなかったし、どうせ見ても栄介には読めない。

 ついでに言えば、これを渡してきたパティも読めないらしい。

 この世界、それほど識字率が高くないようで、この手紙を代筆したのもシータだと言う。


 薬師を名乗るだけあり、彼女には学がある。

 ロボク村の人々は、何かとシータに相談を持ち掛けて、それを彼女が吟味検討して、最終的にはナクラが決断する。そういう図式があの村では出来上がっているようだ。


 彼女が、ナクラの家に居た理由もそれだった。


 ニューシティ・ビレッジがロボク村を支援したいという話は、当然、ロボク村としても眉唾だった。

 いくらサラスがいるとは言え、それでも魔王が指揮していたニューシティ・ビレッジに援助を受けるのは如何なものか――この辺りはサティの予想通りだろう。


 ナクラは親バリアン派だ。

 それは栄介がロボク村にいた際の様子でも明らかだったし、村人も当然それは理解していたのだろう。

 だからこそ、シータにその場に同席してもらいたかった。

 ニューシティ・ビレッジのゴーレムに夫を殺された村の参謀役を、交渉の場に据えて、バランスを取ったのだ。


「……はぁ」


 ある程度予期していたとは言え、やはりシータのことを考えると、喉の奥が焼かれるような、そんな罪悪感に苛まれる。

 ある程度、覚悟はしていた。

 だけど、ロボク村は思ったよりも穏やかに栄介たちを迎え入れてくれて――だからこそ、余計に不意打ちだった。

 全然、覚悟なんて足りてなかったのだと思い知らされた。


「栄介様ですか?」

「――っ」


 何度もパールの部屋の前を横切っていたからか、それとも漏れた溜息が部屋まで伝わったのか。

 部屋の中から、サティの声が、栄介へと呼び掛けた。


 向こうから声を掛けてもらえたことで、今後こそ覚悟が決まる。


「入っても、いいですか?」

「はい。どうぞ」


 サティしかいないというわけはないだろうが、それでもパールの声はなかった。


 大きく息を吸ってから、栄介はパールの部屋へと入る。


 相部屋の病室。

 そんな印象を持ったのは、簡素なパイプベッドが二つ並んでいたからだろう。


 奥のベッドには、サラスが横たわっていた。

 眠っているわけではないが、相変わらずの様子で、両腕をゆっくりと天井に向けて差し出していた。


 病室のように見えたが、生活感がないというわけではない。

 適当に積まれた本がいくつか。

 脱ぎ散らかされた洋服は、部屋主のすぼらな面が垣間見える。


「ちゃんと畳むようにと、いつも言っているのですが……」

「あっ……いや、べつに、そんな……」


 サティに視線の先を見透かされて、ばつの悪さから慌てて視線を彼女に向ける。

 しかし、彼女の目は栄介に向けられておらず、慈しむように自分の膝の上へと向けられていた


 背筋を綺麗に伸ばして、もう一つのベッドに腰掛けるサティ。

 その膝の上で、まるて小さい子供が母親に甘えるように抱き締めて眠るパールの姿があった。


「お嬢様に御用なのでしたら、また改めて頂けないでしょうか?

 今、ようやく寝付いたばかりなもので」


 パールの目頭には、涙の痕がはっきりと残っていた。

 泣き疲れて眠ってしまった。そんな様子がありありとわかる。


「……なにが、あったんですか?」


 答えの代わりに、サティは困った様子で苦笑いを浮かべた。

 それは凡そ、察しは付いた。


「……武蔵、ですか?」

「私はお嬢様に伝えたのです。浮気は男の甲斐性だと。それに最後は自分の元に帰ってくれば、それでいいではないですか、と」

「……………」


 それは他人が言うことではない。

 そんな言葉さえ出ないくらい、自分がショックを受けていることにびっくりした。


 パールの片思い。

 重すぎると表現できる愛の発露は、その程度と捉えるには無理があった。

 だけど、それでもものりの言う「ガチ」がどの程度のものか、ある意味でそれはもう答えのようなものだった。


 それでも栄介は、あえて問う。


「……武蔵と、パールは……どういった関係なんですか?」

「夫婦です」

「――――――――――え」


 そしてそれでもなお斜め上の回答に、続く言葉さえ失った。


 ――夫婦。


 お互いに惹かれ合う何かがあったとか、運命的な何かかあったとか、そのくらいは考えていた。

 仮に明確な関係性を表す言葉があっても、もしかしたら恋人なのかもくらいの考慮はあった。


 だけど、それでも、だって、武蔵も栄介たちと同じ十四歳なのだ。

 まさか夫婦なんて言葉が、出るとは思わなかった。


 その点でも、栄介は全く覚悟が足りていなかった。


「――は、はは……そんな、馬鹿な……」


 だからこそ、長く続いた沈黙の続きは、そんな歯牙にもかけないような返事しかできなかった。


「そうですね。確かに、戸籍制度も曖昧なこの国で、夫婦と言っても馬鹿げているでしょう。ですが、曖昧ながらもこの国のルールの上では、ご主人様とお嬢様は夫婦関係にあって、それは自他共に認めていることです」

「―――――」


 そんな現実逃避さえサティは許してはくれない。

 失恋と言うには生々しい現実に、栄介は立っていることさえ苦しくて、ついつい壁に背中をもたれ掛けた。


「……気分を害されましたか?」

「――そりゃ! だってっ、武蔵には、真姫が――」


 それがどれだけ空しくて意味のない回答であるか――栄介は最後まで言葉にできなかった。

 そうじゃない。

 自分が好きになった相手を、またしても武蔵に奪われた。

 栄介はそれがただただショックだったのだ。


「……そうですね。あなた方がそう思う様に、私も最近のご主人様は理解しかねます。

 あれほど大切にされていたお嬢様を、どうして無視できるのでしょうか?

 お嬢様はそれを真姫のせいとお考えのようですが……機械人形でしかない私には、やはりその感覚もよくわかりません」

「……………」


 パールの涙の痕に、この世界に来る前に、武蔵と喧嘩をしたことを思い出す。

 一人勝手なことをして、真姫やみんなに心配をかけて、それを武蔵は「どうでもいい」と言った。


 そのときのことを、未だに栄介は許していない。

 そして今も――同じことを繰り返している。


 友人が――ここまで理解できないと思う日が来るなんて思わなかった。


「――栄介様は、お嬢様を好いていらっしゃるのですね」


 サティは、栄介を見て、言った。


「……ボクは、パールに救ってもらったんです」


 だから好きだと――そう簡単に言い切ってしまうのを躊躇するぐらいに、パールに感謝している。

 人を殺めてしまったあの日、罪の意識に潰されそうになっている栄介を、パールが救ってくれたのだ。


「……お嬢様も、同じです。ご主人様に、救われたのです」

「……同じ?」

「はい。だから、何があっても、ご主人様をお慕い続けるのです」

「……なら――」


 それもまた意味のない考えだった。

 だけど、どうしても意味のない”もしも”を思わずにいられない。


 もしも、武蔵じゃなくて、自分が先に異世界転移していたら――。

 もしも、自分が宮本武蔵だったなら――。


「……人の感情とは、思い通りにはならないものなのですね。

 もっとも、お嬢様は、思い通りにしてはいけないと考えているようですけれども」


 パールの能力のことを言っているのだろう。

 栄介が銃を生み出し、ものりが誰とでも会話ができるように、パールは言葉を交わさずに意思を介している節があった。


「……パールは、ボクの気持ちにも……気付いてる、のかな……」

「どうでしょう? 私は存じません」


 だったら――もう、諦めるしかないのではないか?

 相手に見透かされているのに、見向きもされていない恋心に、一体どんな意味があると言うのだろうか。


「……………」


 ――だけど。


 涙で汚れたパールの顔に、栄介はどうしたって胸が引き裂かれる思いだった。

 自分なら、こんな風に泣かせたりしない。

 パールをこんな風に泣かせた武蔵に、負けたくなかった。


「……ん……」


 そんな思いで見つめていると、パールの瞼がぴくぴくと動いた。

 ゆっくりと目を開いて、寝惚け眼で辺りを見回していた。


「……――……―――……」

「おや、起こしてしまったようですね」

「……サティ……――、うぅ……エイスケ……? ―――、―――……―――?」


 パールはどうにか頭を起こしはしたが、まだ状況が理解できないのだろう。

 栄介にはわからない言葉で、何かを聞いてきた。『どうしてここにいるの?』たぶん、そんなことを聞いてきたのだろう。


「パール……これ、パティから預かってきた」

「……パ、ティ?」


 当初の予定通り、パールに手紙を差し出す。

 ハンカチに乗せたそれを、パールは訳がわからないとばかりに小首を傾げたまま受け取った。


 そんなちょっとした仕草でさえも、どうしようもなく可愛らしく見えて――


「それから……パール。君に、伝えたいことがある」

「うー、うーん……?」


 どうせ見透かされているのなら――そんな破れかぶれな気持ちどこかにあって、


「ボクは、君が好きだ」

「まぁ」

「……す……き……?」


 先に反応したのは、サティの方だ。

 肝心のパールには、言葉の壁か、寝起きの頭で入ってこないのか――それとも暗にはぐらかされただけか、いまいち理解していないような反応だった。


 ――構うもんか。

 栄介は、続けた。


「ボクは、君のことを、あ……愛してる」


 あまりにも恥ずかしく、途中で喉を詰まらせながら、それでも栄介は、人生で初めて心からの「愛してる」を口にした。


「あ、い……してる……? あ、あい……え……え、え、え」


 ――愛、してる? え、愛? 愛、え、あ、え、え――


「あ……パ、パール……?」


 パールの心が、駄々洩れている。

 そのお陰で、伝わったことだけはよくわかった。

 そのお陰で、今まで全く伝わっていないこともよくわかった。


 これは、もしかしたら、早まったことをしたかもしれない。


「ええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

 ――ええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?


 声と伝心のハーモニーを、栄介は真正面から叩き付けられた。

 それは耳も心も壊れるかと思うほどの衝撃だった。

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