第200話 仇なす機械
「……いや、もうこれ、なにが起きたの?」
ナクラとの話し合いはつつがなく終わった。
シータの存在は、栄介とリオの二人をとても動揺させたが、ものりの持ち前の人懐っこさでもって、あっという間に話し合いは終了した。
ものりが先の騒動で、ロボク村で人死にが出たことを知らなかったのもあるが――それにしても、やっぱり最初からものりに任せておけばよかったのではないだろうか?
話し合いの内容はさて置くにして、他のメンバーの様子を確認しつつ一度ニューシティ・ビレッジに戻ろうと言う算段になり、そして目にしたのがその光景であった。
先に向かったものりは珍しく怒りを露わにして、任を変態と罵っていた。
任は任で項垂れながら、二人の子供たちに髪を引っ張られるわ、蹴られるわ、傍から見ても散々な目にあっていた。
もっとよくわからないのが遥人である。
なぜかパンツ一丁で、これまた村の子供二人を小脇に抱えて、ブンブンと振り回していた。
「悪い子はこうしてやるーっ!!」
と叫んでいるが、子供たちはわーわーっきゃっきゃっと、笑い声を上げていて、実に楽しそうである。
そんな突っ込みどころ満載な光景を無視して、有多子とスラは黙々とロボットをバラしているし――
「あっ、エイスケ」
誰から話を聞くべきか悩んでいると、どうにも聞き慣れないイントネーションで呼ばれる。
振り返れば、そこにはパールの友達と名乗った女の子がいた。名前は確か――
「ええっと……パティ?」
「ハイ。―――――――。――――――?」
辛うじて名前は間違えてなかったことだけはわかったが、その後は全く聞き取れない。
「……ええっと……ものりさんっ、ちょっといい!?」
ムングイ語を覚える必要性をいよいよ感じつつ、躊躇いながらものりを呼ぶ。
子供たちに馬乗りにされている任に、まだまだ言い足りない感を出しながら、ものりがやってくる。
「……先輩、大丈夫ですか?」
「……ごめん、今、優しくされると、本当に、泣いちゃうから」
「はあ……泣いちゃダメなんですか?」
「うっ……うう……」
「よしよし、先輩は泣き虫ですねー」
任とリオのやり取りを、親の敵でも見つけたような顔で睨むものり。
呼んでおいてなんだけど、そんな顔をされたら、話なんてできるはずもない。
「……でっ、なにっ?」
「や……また、通訳をお願いしたく……」
「……どーせ、ものりはほんやくコンニャクな女ですよー」
「いや、そんなことないからね?」
「ぷいっ」
「エイスケ、―――、――――――――?」
「なんで怒ってるって――怒ってまーせーんー、これが素でーすー」
もの凄くやり難さを感じるが、それでも通訳はしてくれるようなので、どうにかものりの機嫌は無視してパティと向き合う。
「ええっと……それで、これは、何があったのか、パティはわかる?」
ものりの凄みもあって、怒られたていると感じたのか、パティは困った顔で視線を逸らす。
「……―――、――……―――、―――――――――――――……」
「――子守だってっ」
「子守?」
ぶっきら棒に訳すものり。
状況から推察するに、パティがここにいる四人の子守を任されていたが、さすがに一対四では手に余り、好き勝手動き回る子供たちが、とうとうロボットの修復作業をしている遥人たちに興味を持って、この騒ぎと言ったところだろうか。
それにしても、栄介には子供たちに見覚えがあった。
どこで見かけたか思い出せないが、たまたま村で目にしたと言うレベルではない。
特に遥人に振り回されている子供たちには、強烈なデジャヴを感じて――
「あっ――」
思い出す。
「ウッタっ、ハヌタっ、ビスタっ、クンタっ」
栄介が子供たちのことを思い出すと同時に、女性の声が響く。
恐らく子供たちの名前を呼んだのだろう。
子供たちも声に気付くと、一斉に女性の下に駆け寄った。
そこにいたのは、村長の家で出会ったシータだった。
シータは栄介たちに気付いて軽く頭を下げると、子供たちに語気を強めて何かを話している。
たぶん、叱っているのだろう。
ただ子供たちもあまり納得していないのか、何かしら反論しているようだった。
「おい、あんたが母親か?」
そんなシータたちに、遥人がスボンを履きなおしながら近付く。
妙にお節介な部分が出たのだろう。
言葉が分かるはずもないのに、一言言わなきゃ気が済まないとばかりにシータににじり寄る。
「こんなところで子供を遊ばせんなっ。あぶねーだろうがっ。
いつアレだって、倒れて来るかもわかんねぇんだからよっ――って、ちょ、まっ!?」
そんな遥人に、四人の子供たちは二手に別れて、まるで正反対の反応を見せた。
比較的小さい男の子と女の子一人ずつ――さっきまで遥人がブンブン振り回してた二人だ――が、また遊んでもらえると思ったのか、嬉しそうに遥人の肩によじ登る。
かと思えば、比較的大きな男の子二人が――さっきまで任を殴る蹴るしていた二人だ――が、遥人が動けなくなったことをいいことに、両足に取り付いて殴る蹴るを繰り返していた。
「あっ――こらっ、待てっ――遊んでるわけじゃっ――って、痛い痛いっ、やめろっ、このっ」
そんな子供たちをシータは急いで引き剥がそうとしている。
恐らく謝りながらだ。こればかりは通訳なしでもシータの言葉がわかる。
「……ねえ、お父さんの仇って、どういう意味?」
「えっ……」
だから、たぶん、そう口にしているのは、子供たちの方だろう。
ものりがパティにそう聞いた。
「あ、ちょっと、待って――」
慌てて栄介がパティを止めようとしたときにもう遅く、ものりは酷くショックを受けた様子で栄介に問う。
「……えーちゃん、あのロボットが、人を殺したって……本当?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
エイブル・ギアは思いのほか早く修理が終わった。
有多子の言葉をそのまま引用するならば「これ、まだ動くはずがない」らしいが、動くものは直ったと言っていいだろう。
「ありがとう……これで、少し、嫌なことを思い出さずに済みます……だって」
「……………」
それはエイブル・ギアを村から運び出す際に、シータから言われた言葉だった。
もし、直接言われた言葉だったら、遥人は泣いて謝っただろう。
ものりを通じて、後から伝わった言葉なだけに、遥人はそれをただただ受け止めるしかできなかった。
「……なんで、言わなかったんだよ……オレが、あんたの旦那さんを殺した張本人だって」
「そんなことっ――……言えるわけ、ないじゃん……」
シータは、遥人がエイブル・ギアに乗っていたことを知らなかった。
たぶん村人の誰も気付いていない。
それどころか、エイブル・ギアは人が操縦して動くものだということさえ、知らない様子だった。
四人の子供たちも、毎日、エイブル・ギアのところに出向いては、父親の仇討ちとばかりに傷を負わせようとしていたらしい。
それがあまりにも危なく――また居た堪れないということもあったのだろう――エイブル・ギアの撤去をいち早く望んでいたのだ。
子供たちは、どうやら遥人たちのことを、エイブル・ギアの仲間だと思ったようだ。
それで遥人たちにまで危害を加えようとした。本当に申し訳ありません。シータはそう謝ったそうだ。
謝る必要なんてどこにもない。
だって、まさに遥人が彼らの父親を殺した仇なのだから。
そして、そのことはものりや任も気に病んでいた。
「……わりぃ……そりゃ、そう……だよな」
「……………」
二人が気に病む必要はない。
だって、二人はあの時、最後まで話し合うべきだと言っていたのだから。
それを無視したのは、他ならぬ遥人なのだから。
「……?」
先行していたキャンピングカーが路上で立ち往生したので、そのあとを追随していた遥人のエイブル・ギアもそこで止まらざるを得なくなる。
「おい、どうした? このままニューシティ・ビレッジに帰るんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけど……」
「無理。ここから先、その巨体じゃ進めない」
キャンピングカーから降りてくる栄介と有多子に文句を言えば、二人も困った顔でそう返した。
確かに、先に目を向ければ木々が鬱蒼とし始めていた。
往路では全く気に掛けなかったが、確かにエイブル・ギアでは木々を薙ぎ倒して進むことになりそうだった。
「悪路に対応するための二足歩行。よく、ここまで匍匐前進で進んで来れたと思う」
有多子に言われて振り返れば、確かに、無理に身体をくねらせて進んだ結果、エイブル・ギアが進んだ道は、まるで耕した畑のような有様だった。
「うーん……ここを無理に突破したとしても、そろそろ限界だよね」
ここから先は切り立った崖のような道もあった。
確かに、手足のもげたエイブル・ギアでは、これ以上の進行は困難だろう。
「しょうがねぇな。ここで、こいつともおさらば、か」
口で言うほど、名残惜しさはなかった。
そもそも遥人としも、もう乗りたくないとさえ思っていた。
これで人を殺しているのだ。
忌避してしまう気持ちも、当然だった。
「それはダメ。重工業用ロボットは、その一体。ロボク村の開発には、そのロボットが絶対必要」
「……はぁ?」
思わず苛立ちが声に漏れた。だって、それは、
「じゃあ、なにか!? オレは、まだまだ、こいつに乗らなきゃならねぇのか!?」
「岸以外、そのロボットを操縦できないなら、そうなる」
冗談ではなかった。
せめてニューシティ・ビレッジへの運搬まで。それが最後だと思っていた。
我慢して乗った――とは少しばかり違うが、それでも乗る度に、どうしても人を殺したという事実を思い出させられた。
それも、今日、その家族と会ってばかりである。
仇討ちしようとする子供たちが、エイブル・ギアを見るのも嫌だと言った奥さんの言葉が、どうしても遥人の心を刺激する。
「オレは、もう、こいつには乗らねぇっ!」
「でも、そのロボットがないと、資材運搬に時間がかかる。
その運搬用の道もいるから、やっぱり重機は必要」
「うるせぇっ、乗らねぇったら乗らねぇ!」
「ま、まあまあ……どっちにしても、今はまだまともに動かせないんだから。
今はとにかく、ロボットをどこかに隠しておくことの方が先決でしょ。
いくらこれ以上進めないとしても、こんなところに放置してるのを村の人たちに見つかったら、村の人たちだっていい気はしないしさ」
エイブル・ギアから飛び降りようとする遥人を、栄介が宥めるように言う。
シータに「ありがとう」と言われてしまった手前、確かに、人目の付くような場所に廃棄するのは本望ではない。
「スラさん、この辺りに、ロボットを隠しておくのにちょうどいい場所はありませんか?」
「広さも欲しい。持って帰れないなら、パーツを持ってきて修理する」
スラは運転席の窓から顔だけ出して、エンジンを空吹かししながら、
「そぉんな都合のいぃい場所はぁ……」と言い淀んでから、「あぁっ」と栄介たちを置き去りにして、すぐにキャンピングカーを走らせ始めた。
◇
「ここならぁ、条件にぃぴったりですぅ」
「わぁ、きれい……」
リオが感嘆の声を漏らした通り、スラが案内したのは神秘的な場所だった。
仮にエイブル・ギアを歩かせたとしても問題ない洞窟で、その一番奥には体育館程度の広さを持つ空洞があった。
天井にはところどころ穴が開いていて、陽の光が差していた。そのお陰なのだろうか、大きく育った花が一面に広がっていて、ちょっとした花畑を作っていた。
「確かに、ここならロボットを隠すにはちょうどいいけど……自然にできた洞窟にしては、不自然な場所だよね?」
栄介が尋ねる。
「はぁいぃ。ここはぁ、むかぁし、アルク様がぁ、燃料を掘り起こしていた鉱山ですぅ」
「燃料?」
「はぁい、燃料ですぅ」
炭鉱のような場所なのだろう。
確かに辺りの岩盤もうっすらと茶色っぽく、何かの鉱石が含まれているのだろうと見て取れた。
「うーん……崩落の心配はないのかな?」
「もぅ結構、崩れちゃってますからぁ、だいじょぉぶじゃないですかぁ?」
「えぇ……」
栄介は心配そうに天井を見上げていた。
不安なのもわかる。
陽の光が差しているのは、きっと崩落の跡なのだろう。
遥人はエイブル・ギアを岩壁にぶつけないように注意しながら進める。
しかし這いずってる以上、全く問題ないとは言えない。
花畑も荒らしてしまっている。
「……なんかよ……こんだけきれいだと、気が引けんだが……」
「はる君って、結構、可愛いもの好きだよね」
「うっせぇよ、きれいなもんを、きれいと思っちゃ悪いかよ?」
「え? ものりはすごくいいと思うよ」
ある程度、広いところまで進めてから、エイブル・ギアを降りる。
「ここなら、修理も、問題ない」
「直しても乗らねぇからなっ。絶対に乗らねぇからな!」
「……ネタ振り?」
「ちげーよっ!!」
「意地っ張り」
有多子は口を尖らせる。
遥人も内心では、お前にだけは言われたくないと思う。
「じゃあ、早くニューシティ・ビレッジに戻ろう。早くしないと、日が暮れちゃう」
「了解でぇす。ぶぅっ飛ばして帰りますぅ」
「あ、いや……安全運転で、お願いします」
しかし栄介のお願いを無視して、スラは帰り道もアクセル全開の不安全運転を繰り返し、途中で遥人が運転を交代する羽目になった。
当然、それに対して反対する人は誰もおらず、むしろ遥人の”ギフト”の凄さを改めて思い知る結果となったのだった。




