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第199話 ロボク派遣団の騒乱

「……ええっと、ものりさん? 通訳をお願いできる?」


 ロボク村に着くや否や、居ても立ってもいられないとロボットを見に行ってしまった有多子は、スラ、遥人、任の三人に任せて、栄介、リオ、ものりの三人はナクラの家に来ていた。


 快く迎え入れたナクラに、栄介は覚えたてのロボク語で挨拶をするも、返って来た返事は当然全く聞き取れなかった。

 早々に自力で会話することを断念して、ものりに頼ろうとするも、


「……え? あっ……つ、通訳?」


 あれだけ大使役に前のめりだったものりは、珍しく、ガチガチに緊張していた。


「えぇ……うん、そう……通訳……通訳ね……」

「どうしたの?」

「えっ……うっ……そ、その……つ、通訳って、いざ言われると……ものり、どうしたらいいの?」


 まさか、実は言葉が理解できていないのではないかと一瞬疑ってしまったが、


「―――、―――――――――?」

「うぇっ!? ち、ちがう、違います、もの……わたしは、人間、アイアムはヒューマン」

「―――――――――――。

 ――――――――――――――――、――――――――」

「あ、は、はい、ものりは、ものりと言います。よろしく、お願いします」


 ナクラと普通に会話を始めるものり。


「ものりさん、大丈夫?」

「う、うん。

 ねぇ、本当にナクラさん、日本語しゃべってないの? ムングイ王国のときもそうだったけど、ものり、よくわかんなくて……」


 なるほど、どうやら緊張しているわけではなく、戸惑っていたようだ。

 ものりの能力では、きっとナクラも日本語でしゃべってるようにしか聞こえないのだ。

 気持ちはよくわかる。栄介も、無意識に銃を造ってしまった時は驚いた。


「通訳って言うか……ものりさんは、僕の言葉も、ナクラさんの言葉も、どっちも繰り返してくれればいいからさ」

「うーん……なんか、すっごくばかなことしてるようで恥ずかしいんだけど……」


 どこか腑に落ちない様子ながらも納得してくれた様子で、ようやくものりは通訳を始めてくれた。


「えっとね……おほん……よく再びお越し下さいました。お二人は村を救って下さった英雄です。歓迎します」

「え、英雄って……」

「も、ものりじゃないよ、ナクラさんがそう言ったんだからねっ」


 思った以上の反応に、リオは狼狽えている。


 その気持ちは栄介も同じだった。

 ロボットを狙撃したリオならまだしも、正直、栄介は何もしていない。

 確かに戦うための武器は用意した。

 だけど、なまじそんなものを用意したせいで、ウルユは亡くなったと言っても過言ではない。


「……………」

「えーちゃん?」

「あ、はい、すみません。こちらこそ、再びお会いできて光栄です」


 握手を交わして、促されるままに床に座る。


「……足、崩してもいい?」

「――? ―――」

「あっ、ありがとうございます」


 当たり前のように正座する栄介とリオを見て、ものりは一応、そう断ってから横座りをする。

 栄介もリオも道場で慣れているので気にしなかったが、ただナクラは不思議そうな顔をしながら足を組んで座るので、もしかしたらそっちの方がこの世界では一般的なのかもしれない。


「あ、ど、どうも」


 先ほどまでナクラの後ろを控えていた女性から、お茶を出されたので、軽く会釈する。

 お茶出しを終えると、再びナクラの後ろに控えた。

 ナクラの妻――にしては、前回、そのような人にお会いした記憶がない。

 ナクラから紹介がないから、もしかしたら秘書か給仕なのかもとも思ったが、やはりそんな人が居たような覚えはない。

 健康的に日に焼けた肌に反して、どこか陰のある女性だった。

 ミステリアスな美人という雰囲気で、見かけたら覚えていそうなものだが――


「……お兄ちゃん?」

「う、ううん……ごほん……」


 リオの冷たい視線に咳払いで誤魔化そうとする。

 ナクラにはそれが別の意味に見えたのだろう。


「ああ、申し訳ありません。てっきり面識があるものと……シータ」


 シータと呼ばれた女性は、恭しく前へ出てお辞儀をした。


「この村で唯一の……薬剤師?……をしています。

 ……ウルユ? の妻、シータです。

 ――ねぇねぇ、ウルユって誰?」

「えっ……」


 ものりの疑問に、栄介とリオの二人は答えることができなかった。


 二週間ぶりに訪れたロボク村は、以前訪れたよりも活気に溢れているように見えた。

 どこかお祭りの後のような雰囲気で、ウルユの死を悼む空気がどこにもなかった。

 そこに栄介は複雑な気分を感じながらも、どこかホッとしていた。


 しかし――シータに陰を感じたのは、きっとそれなのだ。

 この村で唯一、悲しみに暮れる気配が彼女にはあった。


 この場に遥人が居なくてよかったと、本当に思う。

 遥人のことだ、きっとすぐにでも謝罪していただろう。

 その場合、もう話し合いなんてできなかったはずだ。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「津久井、もうちょっと右。

 ……違う、行き過ぎ。ほんのちょっと、左」

「ひゃ……く、倉知さん!? や、やっぱり、一回降りた方がいいって!

 危ないし……それに、足、足の裏が、くすぐったいって言うか、もぞもぞするというか……」

「……津久井は、女の子に踏まれて興奮するドM?」

「ちがっ、違う!! 本当に、落ちたら危ないって!」

「……でも、踏み台になるって言ったのは、津久井。やっぱり、私に踏まれたかった?」

「なるほどなー。タモさんはマニアックだなー。そして節操なしだなー」

「肩車よりはマシって言っただけだよ!? そう言うなら、遥人君が変わってよ!?」

「オレは女に踏まれて喜ぶ性癖はねぇよ」

「ぼ、僕だってないよ!?」

「岸は駄目。チビだから」

「はぁ!? ちびじゃねーし! タモさんがでかすぎるだけだし!」

「僕だって、大きくなりたくて大きくなったわけじゃな……っ」


 抗議の意思を込めて顔を上げれば、プリーツが視界の隅に見え、慌てて視線を逸らす。

 有多子が任の肩を踏み台のしているので、当然、顔を上げれば見えてしまうものがある。


「……このむっつりすけべ」

「私は見られても構わない。減るものでもない」


 一番気にしなくてはいけない有多子がそう言うのでこんなことになっているのだが、任としては勘弁して欲しいところである。こんなところをものりに見られたら、なんと思われるか気が気ではない。



 有多子が任を踏み台にしてまで何をしているかと言えば、当然、ロボットの修理である。

 ……たぶん。

 任から見れば、有多子の行為は修理なのか、それとも捕食なのかも区別付かない。

 まるで家に巣食うシロアリのごとく、あっちをバラしては中を剥き出しにして、スカートの中が丸見えになるのも構わず頭を突っ込み、食い破るようにパーツを次々に取り外していく。


 そんな中で任は持ち前の体格の良さを見出されて、今や立派な脚立代わりである。


 ちなみにスラはペンチかドライバー代わりなのか、「スラ、そこの装甲外して」「はい、はぁい」バキバキバキバキと豪快な破壊音を立て、その度に遥人は「オ、オレのエイブル・ギアが……」と悲痛な声を上げている。


 そんな遥人は、ほとんどがコックピットで待機である。

 暇そうに任の様子を眺めては「すけべ」だの「むっつり」だの茶々を入れてくる。


 そんなに羨ましいなら、ぜひ代わって欲しい。

 痛みは相変わらずないけれども、持続力もないのだ。人ひとりを乗せて同じ体勢を維持するというのは、かなり疲れるのである。この状態なら、きっと小さな子供に蹴られたって崩れ落ちてしまう自信がある。


「……ん?」


 なぜ小さな子供を引き合いに出したかと言えば、実際に任の足元に居るのだ。

 まるで睨み付けるかのごとく、こちらをじっと見つめる三歳くらいの男の子。


「ねえ、こんなところにいたら、危ないよ?」


 任の影にいるとは言え、いつ有多子が取り外したロボットのパーツが落ちてくるかもわからない。

 しかし、言葉が通じないのもあるのか、男の子は任の忠告を無視するばかりか、


「――えいっ」

「……え?」


 任の脛を思いっきりキックして来た。


「えい、えいっ、えいっ!」

「え、え、ちょ、ちょっと!?」


 小さな子供に蹴られたら崩れ落ちてしまうと思ったが、さすがにそんなことはなく、どうにか耐える。

 ただ有多子が上に乗っている以上、動くこともできず、為す術もなく蹴られ続ける。


「ま、待って……な、なに? なんなのっ? や、やめて……」


 所詮は子供がすること。そもそも言葉が通じないので、止めてと言ったところで止めるわけがなく、


「――っ!?」


 それどころか、さらに反対の足にも衝撃。

 気付けば、男の子よりももうちょっと年上の女の子も加勢して、二人掛かりで任に攻撃を繰り返す。


「……え、津久井……動かないで……」

「あ? おい、なにしてるっ?」


 ようやく有多子と遥人も、子供達の存在に気付く。

 しかし、それが決定打となった。


「――っ!」


 女の子が、遥人の声に反応して、身を屈めたかと思えば、


 ――あ、それは、まずい。


 気付いたときには、すでに遅い。

 女の子が、任の大切な部分に目掛けて、勢いよく頭突きをかましたのだった。


「――っ」


 痛みはない。

 痛みはないのだが、痛みではない下腹部から突き上がる嫌悪感のようなものが、任の全身を駆け巡り、ついにその場に崩れ落ちてしまう。


「わ、わ、わ、つ、津久井っ?」


 それもまた当然の帰結だった。

 バランスを崩した任の顔面に、有多子が落ちてくる。

 スカートが捲れ上がり、一瞬だけ「あ、白」とだけ考えられる余裕もあったが、


「――ぶふっ」


 そのまま有多子のお尻が顔面にヒットする。

 自分が今、どのような体勢になっているのか、考えたくもない。


「おい、こら、ガキども! なにしやがる!?」

「――っ!! ―――!!」

「こら、待て、逃げんなっ――あーっ!?」


 盛大に何かが転がる音が聞こえる。

 任の目の前は真っ白いものに覆われていて、何も見ることができないが、それでも子供達を追いかけようとした遥人が返り討ちにあっている姿だけはありありと浮かんだ。


「あー……津久井、大丈夫?」


 気に掛ける余裕があるのなら、早く退いて欲しい。

 こんなところをものりにでも見られたら、どんな烙印を押されるか――


「……なに、してるのかな?」

「――っ!?」


 こういうのを、お約束と言うのだろう。

 漫画やアニメでよく見たことがある。

 なるほど、当事者になってみるとわかるが、全く嬉しくもなんともない。


「あー……」


 ようやく有多子が任の顔面から退く。

 それと同時に見えたのは、初めて見る、青筋を浮かべて引き攣るものりの表情だった。


「……うん。津久井、減るものでもないけど、触られるの、好きな人以外は嫌」


 まるで全て任が悪いかのような言い分に、ものりの中の何かがプッツンと切れたのがわかった。


「ちょ――ちが、ちがう!! ぼ、僕は、べつに、なにも――」

「――タモさんのっ……へんったいっ!!」


 起き上がって釈明しようとする任の頬に、ものりのビンタが炸裂する。

 これまた例によって痛みはない。

 痛みはないのだが、任にとって人生で一番の激痛であった。


 倒れ伏す直前、ズボンを脱がされた状態でヘッドスライディングをした遥人が目に映る。

 ――なにやってんの、遥人君?

 その光景だけが、任にとっては多少の慰めにはなった。

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