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第198話 ロボク大使の受難

 武蔵の返事も、案の定、みんなと同じものであった。

 むしろ、みんな以上に感心した様子で「ものりって実は頭良かったのか?」と真面目に聞いて来たもんだから、みんな微妙な表情を返してものりを怒らせていた。


「ご主人様が賛成されたということでしたら、私たちも全面的に協力致します。

 しかし、一番大切な方たちの協力がまだかと思うのですが?」

「一番大切な人?」

「ロボク村の人たち、でしょ? 現地の人たちの同意を得られない支援なんて、それこそ侵略と変わらないからね」

「……わかってたー。わかってましたよー」


 栄介の回答に、絶対にわかってなかったであろう表情でうんうんと頷くものり。

 みんなが微妙な表情を浮かべたのは、そういうところなのだが。


「差し当って、ロボク村の合意が必要です。

 ロボク村はバリアン派が多数を占めるとは言え、先の紛争で私たちアンドロイドに対して反感を抱いた人も少なくはありません。サラス様のご偉功が勝つか、ニューシティ・ビレッジへの恨みが勝つか、五分五分と言ったところではないでしょうか?」

「……………」


 遥人が暗い顔を浮かべていた。

 その反感を抱かせる直接的な要因を作ったのは、他ならぬ遥人であった。

 サティの意は、それを直接的に責めるものではなかったが、感じ入るところはあったのだろう。


「これが外交と呼ぶのでしたら、ロボク村に対して大使のような存在が不可欠と思われます」

「たーいーしーっ」


 ものりが目を輝かせている。

 誰を差し置いてもやらせて欲しいというのが誰から見ても明らかだった。

 外交官の娘を口上しているくらいである。父親の仕事に憧れを抱いているのだ。


 だけど、ものりで大丈夫だろうか?

 人一倍トラブルメーカー気質のものりである。

 むしろ、ここはロボク村の村長と交流のあるサティに任せてしまう方がいいだろうと、栄介が考えていると、


「はい。ですから、ここはそのロボク村への大使の役割を、栄介様とリオ様にお願いしたいと考えます」

「「「えー!?」」」


 まさか自分が指名されるなんて思っていなかった。

 それはリオも同じだったようだ。

 驚きの声が、計らずともものりとかぶる。


「え、な、なんで、わたしとお兄ちゃん?」

「はいはいはい!! ものりやりたい!! ものり立候補しまーす!!」

「ものりさんもこう言ってることだし、やる気がある人にやってもらった方がいいんじゃ……」

「栄介様は本当にそう思われますか?」

「うっ……」


 本心では、ものりでは不安だと思っていたため、どうにも声が詰まる。


「栄介様とリオ様は、先の紛争時において、ロボットへ果敢に立ち向かい、村を救ったという功績がございます。

 そんなお二人からの申し出に、ロボク村が耳を傾けないということはないでしょう。

 その一方で、ものり様は、ロボク村を危機に陥れた一端を担っております。

 村人の誰もその事実は知らないでしょうが、後々になってそれはムングイ王国の付け入る隙にならないとも限りません」

「あっ、なるほど……そういう意味で……」


 ものりの能力的な部分を指摘されたとばかり思っていたが、そういうわけではないようだ。

 ものりが「どういう意味だと思ったの?」と突っ込みを入れたそうな顔をしていたが、


「もちろん、ものり様にも、ものり様にしかできないことがございます。

 栄介様もリオ様も、ムングイ語に関しては、まだ未習熟です。

 ですから、ものり様には通訳として参加して頂きたい」

「ふ、ふーん、そっかぁ、通訳かぁ……ものりにしかできないなら、しょうがないね……」


 サティにそうおだてられて、まんざらでもなさそうに納得していた。

 ――って、通訳?


「え、サティさんは、付いて来ないの?」


 そもそも栄介やリオではなく、サティが大使の役をやればいいと思っていたのだ。

 それが今の発言では、まるでロボク村に同行するつもりさえない様子だった。


「はい。私は参加しません」


 さも当然のような口振りだった。


「な、なんでですか? さっき、全面的に協力するって……」

「私はご主人様のモノです。ご主人様がお戻りになられた以上、そのお側を離れるなどありえません」


 ああ、そうだった。サティは常にそうだった。

 武蔵第一。それ以外に理由なんてない。


「ん? だったら、俺がロボク村には俺が行けばいいんじゃないのか?

 ロボク村の人だったら多少面識があるし、ムングイ語だって喋れるから、ものりに付き合ってもらう必要もないし」

「えぇっ!?」


 どこか他人事のような態度だった武蔵が、ようやくまともに口を挟む。

 そもそも武蔵はこの世界で二年近く生活していたのだ。

 複雑な気持ちもあるが、栄介としても素直に頼もしいと感じるし、役割を剥奪されそうになったものり以外からは反対などなさそうである。


「武蔵が行くのなら、わたしも行くわ」

「はい。真姫様が行かれることには賛成です。

 ですが、ご主人様に行かれるのは困ります」

「―――――」


 先ほどの一触即発の雰囲気がまたぶり返したように、サティと真姫が睨み合う。

 雰囲気が急激に悪くなるので、できればそのまま三人で出発して欲しいとさえ思うのだが、その場合はにきっと交渉は失敗するだろう。


「ええっと……武蔵が行くと、なにか問題があるんですか?」

「はい。現状、このニューシティ・ビレッジの全権は、ご主人様にございます」

「えっ……なんで、そんなことになってんの!?」


 衝撃の事実であったが、当の本人である武蔵が一番驚いていた。

 武蔵自身も知らなかったということだろう。


「理由はわかりませんが、魔王アルクがご主人様とサラス様に自分と同等の命令権を与えています。

 アルクが死亡して、サラス様が廃人となった今、ご主人様以外にアンドロイドたちを御せる者はおりません」

「あ、あー……あれか……」


 心当たりがあったのだろう。武蔵は呆れ果てた様子で、それでも納得を示した。


「え、じゃあ、今までどうしてたの?」

「ほとんどのアンドロイドが、基本原則を第一として、あとはニューシティ・ビレッジで人間の日常生活が維持できるように動いております」

「基本原則……ロボット三原則?」

「違います。バリアンの安全を守るというものです」

「え。なにそれ。そんな原則を用いたら、ロボット全員、バリアンの周りに大集結する」

「有多子様のおっしゃることが、私にはわかりません」

「……フレーム問題が解決されてる? でも、それじゃ基本原則が無意味……。

 ……うん、サティ、やっぱり、一度バラバラにさせて」

「……有多子様のおっしゃることが、私には、よく、わかりません」


 そう動く口の端は引き攣っていた。

 あのサティが、有多子に圧倒されている。

 彼女にも苦手なものがあるのだと知って、ちょっと驚く。


「でも、アンドロイドたちが勝手に動いてるなら、やっぱり俺が残る必要はなくないか?」

「いいえ。それはあくまでも、ニューシティ・ビレッジを維持するためです。

 今回、ロボク村の開発支援を進めるということは、則ち、その範囲をロボク村まで広げるということです。

 それ相応の準備が必要になります」

「つまり、その指示は俺にしかできないってこと?」

「その通りです」


 うーん、と納得したのかしないのか、武蔵は曖昧な返事を返した。


「どっちにしても、私は武蔵の側にいるわ。私は武蔵の恋人だもの」

「……………」


 サティを牽制するように、真姫は改めてそう言い放つ。

 そんな真姫に、負けじと睨み返しながら、サティはぼそりと呟いた。


「……それに、ご主人様が行かれると、お嬢様とサラス様もお連れしないといけなくなります……それは、あまりにも危険です」

「なんだって?」

「いいえ、なんでもありません」

「……………」


 サティの最後の呟きが一番の理由だろう。

 少しだけ、彼女たちの力関係を理解した。

 サティは、武蔵のことをご主人様と慕いながら、本心はパールの味方なのだろう。


 栄介としては、このまま武蔵にロボク村への大使をやってもらいたかった。

 その方が、パールとの関係性にも、何かしらの発展がありそうだという打算もあった。

 ――しかし、そんなことを考える自分が嫌になりそうになった。


「いいよ、わかった。ボクがロボク村に行くよ」


 サティは言ったのだ、「あまりにも危険」と。

 それは、ロボク村でパールとサラスが襲われたことを思い出せば、当然の判断だった。

 栄介としても、二人を危険な目に遭わせたくはなかった。




      ◇




「いって――っ!?」


 車体が大きく撥ねたので、弾みで戸棚に頭をぶつける。


 じわじわと広がる痛みと共に、後悔も広がる。

 今では自分の愚かさを呪うばかりである。


 しかし、今のは自分の声ではない。


「は、遥人君、大丈夫?」

「ばっ、おまえ、静かしろよっ。見つかったらどうすんだっ?」

「えぇ……ぼ、僕は遥人君が痛いって言うから……」

「こんだけガンガン揺れたら、そりゃ全身痛くなるだろ。なんでおまえは平気そうなんだよ」

「そ、それは、僕の”ギフト”がそういうもんだから……」

「クソ……オレも肉体強化系の能力が欲しかったぜ……」

「……………」


 戸棚がしゃべっている。

 そこそこの広さがありそうな戸棚だったから、人位は確かに余裕で収まりそうではあるのだけど――


「……なにやってるの、二人とも?」

「――うっわ、バレた!? って、今、開けられたら――!?」

「は、遥人君!? 引っ張らないで、えぇぇ!?」

「え、え、ちょっと、まっ――」


 栄介が戸棚を開けると同時に、車は急カーブを入った。

 結果、戸棚の中に隠れていた遥人と任が雪崩落ちてきて、その戸棚を開けた張本人である栄介を下敷きにした。


「いててて……クソ、やっぱりタモさんのせいでバレたじゃんか」

「え、えぇ……い、今の、僕のせいなの? そ、それよりも、あんなところに隠れる方が無茶だったんだよ……」

「しょうがねぇだろ。時間もなかったんだからよ」

「ど、どうでもいいけど……早く、どいて……」


 派手に揺れる車内で、くんずほぐれつしながらも、どうに体勢を整えた頃には、ものりも青い顔でトイレから這い出して来て、リオと並んで二人が現れたことに驚いていた。

 ちなみに有多子は、一瞬、顔を上げたものの、興味がないと言わんばかりに、再び書類に目を落としていた。


「それで、二人とも、なんでここにいるの?」


 今回、ロボク村への訪問は、様々な理由から遥人と任の二人は留守番をするという話しになっていた。

 それなのにわざわざ隠れてまで付いて来た理由を問い質す。


「い、いや、ぼ、僕は反対したんだよっ。こ、今回は大人しく待ってようって」

「何言ってんだよっ? タモさんだって、リオちゃんたちが心配じゃないのかって聞いたら、そうだって言ってただろ」

「や、ま、まあ、確かに、心配とは言ったけど……」

「……ふーん、タモさん、りっちゃんが心配で付いて来たんだー……」

「え……や、ぼ、僕は別に、リオちゃんだけが心配ってわけじゃなくて……」

「おう。タモさんもやっぱ男だよな。何かあったら、僕が守らなきゃ、なんて言ってよ」

「は、あ、はい……恐縮、です……」

「……ふーん……そっかそっかー……」

「か、守さん? も、もしかして、怒ってる?」


 任の性格を考えれば、主体的に動いたとは考え難かった。

 どちらかと言えば、遥人に付き合わされて、付いて来たと考えていいだろう。


「それで遥人は、なんで付いて来たの?」


 改めて遥人に問うが、彼は栄介から目を逸らした。

 不貞腐れたような態度ではあったが、それでいてどこか真剣みを帯びた表情ではあった。


「特に今回、遥人が一番付いて来たら不味いって話、みんなでしたよね?」


 それはものりを大使に出来ないのと、全く同じ――いいや、それ以上に不味い理由であった。


 ロボク村にロボットで攻め入ったのは、他ならぬ遥人である。

 あの混乱渦で、遥人がロボットから出て来るのを見た村人がいたとも思えないが、それでも万が一はある。

 開発支援の話がこじれるどころか、最悪の場合、遥人の処刑を言い出さないとも限らない。

 だから遥人には、武蔵たちに付いて開発支援の準備に専念してもらう話になっていた。


「……納得がいかねぇ」

「遥人?」

「……あの村を滅茶苦茶にしたのは……オレのせい、なんだろ。

 だったら、オレが頭を下げて……誰よりもあの村のために頑張るのが、筋ってもんだろ……」

「遥人……」


 遥人の気持ちはわかる。

 人を――ウルユを殺してしまった、その贖罪が欲しいのだ。

 でなければ、罪の意識に潰されそうなのだ。


 だけど、それは贖えるものなのだろうか?

 例えば、今、遥人とは普通に会話ができているが、もしあの時、遥人がパールやリオを殺してしまっていたら――きっと栄介は、冷静に向き合うなんてできないだろう。


「私は賛成」

「……倉知さん?」


 今まで我関せずと沈黙を保っていた有多子が口を開く。


「村に残されたロボット。アレを動かせたの、岸だけ。

 村人が、早く、アレを撤去しろと言ってるなら、岸は必要」


 有多子が付いて来た理由がそれである。

 今回の交渉に際して、アンドロイドを先行して向かわせたところ、村人はてっきりロボットを回収しに来たのだと勘違いしたのだ。


 忌々しいあの鉄の塊を、いち早く取り除いて欲しい。

 それがロボク村の人たちの一番の願いだった。


 しかし、四肢をもがれたとは言え、ちょっとしたビルほどある巨体である。簡単には運び出せないことを、容易に想像できる。

 起動できればそれが一番簡単なのだが、アンドロイドたちにあの巨体を修理する知識はない。

 三年前、あのロボットは武蔵によって中破している。

 その段階でもギリギリ直せないこともないレベルだったが、今回、完全に大破してしまい、修復不可能というところまで陥っている。


 村人の信頼を勝ち取る意味でも、いち早くロボットを撤去するのが最善ではあったが、こればっかりはロボク村の開発と同時並行で進める他ない――そう結論を出し掛けたが、それを直すと言い出したのが他ならぬ有多子だった。


 彼女が先ほどまで目を通していた書類は全て巨大ロボットの設計図だった。


「起動させるまでは、できる……たぶん。

 でも、移動させるのに、手足がないのが、致命的。

 転がって移動させるしか、ない。

 ロボットにそんな曲芸させられるの、きっと、岸以外、無理」

「そうなの?」

「ロボット、人間と違う。駆動部だけで、転がるの、神業。

 そしてコックピットは、このキャンピングカーより酷いことになる」

「……………」


 今まさに身をもって体感しているだけに、それがどれだけ困難か、すぐに理解できた。


「あの村の人が助かんなら……オレは、やるぜ」


 有多子のせいで、違う意味で凄みを感じてしまう。


「……ものりは、はる君がそこまで言うなら、いいと思う。

 ううん、むしろ、ぜひ、一緒に来て欲しいよ」

「お兄ちゃん、岸先輩にも、手伝ってもらおうよ」

「ぼ、僕も、あの村に、迷惑を掛けた一人だから……は、遥人君と一緒に、頑張りたいんだ」


 それが一押しになったのか、みんな次々に賛成を表明する。


「栄介、オレに言ったよな、一緒に考えて欲しいって。

 これが、オレの考えた結果なんだ。だから、栄介にも、見ていて欲しい。それじゃあ、だめか?」


 確かにそれは栄介が言ったことだった。


『……僕も、遥人と同じで……人を、殺した。

 僕は、そのことを、一生、悩み続けるんだと思う。だから、遥人も、一緒に考えて欲しい』


 遥人は悩んでいた。

 それは栄介だって、よく理解している。


 これがその答えだと言うのなら――


「……うん。いいよ、わかった。

 遥人がそこまで言うなら、もうボクには止められないよ」


 ――そうだ。

 未だに答えを出せない栄介に、遥人を止める権利なんてない。


 だって、栄介の考えは、ただの逃げなのだと――誰よりも栄介自身が理解しているのだから。

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