第196話 この場所があるから大丈夫
ロボク村では若い夫婦の誕生を祝う、ささやかな宴が開催されていた。
二人は生まれたときから知っていたし、幼い頃には姉貴風を吹かしていた身としては当然お祝いしないわけにはいかなかった。
しかし、それでも、どうしても素直な気持ちで祝う気になれず、四人の子供達を連れて、村から程遠い洞窟まで来てしまった。
洞穴と呼ぶにはずいぶんと広い空間だった。
魔王が昔、何かを掘り起こしていた場所らしく、村人はおろか、島の人間は誰も近付かない。
だからだろう、誰もその奥に、綺麗な花畑が広がっているなど、知らなかった。
ここは、彼女たちにとって思い出の場所だった。
シータ、ウルユ、ウッタ、ハヌタ、ビスタ、クンタ。
村で育った、仲の良い六人組だった。
冒険と称して遊びに出掛け、三日も帰れなくなった。
放浪している最中に見つけた場所が、この場所だった。
もう二度と村に戻れないと不安に思う中で見つけたこの場所は、六人にとっては宝物になった。
ムングイ王国からも旧ロボク村からも遠かったため、滅多に来れる場所ではなかった。
それでも六人は、その都度大人たちに怒られ、心配されながら、度々この場所を訪れていた。
新設されたロボク村からであれば、昔ほど遠くはなくなった。
しかし今となってはここに訪れるものはシータ一人だけになってしまった。
ウッタは魔王とムングイ王国との戦争に出て亡くなった。
ハヌタはその戦時下で魔法の杖の毒にかかって亡くなった。
ビスタは旧ロボク村付近で使われた魔法の杖の爆風に巻き込まれて亡くなった。
クンタはその後を追う様に、やはり魔法の杖の毒によって亡くなった。
そして――シータの夫でもあったウルユは、二週間前にゴーレムとの戦闘に巻き込まれて亡くなった。
みんなみんな死んでしまった。
シータだけを残して、死んでしまった。
流す涙はとっくに枯れたと思ったが、それでも友人たちが亡くなるたびに泣き、残った者たちで慰め合った。
しかし、ウルユが亡くなった今、もう慰め合う仲間はいない。
昔は、夫を亡くし未亡人になった者は、共に火あぶりにして海へ還していたそうだ。
魔法の杖の影響から亡くなる人が急激に増え、そのような習慣は次第に廃れていったが、こんなにも苦しい想いを抱えて生きていくのなら、いっそ一緒に海へ還してくれた方がよかったと思ってしまう。
「母ちゃん……大丈夫?」
「……ええ、大丈夫よ。大丈夫だから、ウッタもみんなと遊んでらっしゃい」
ウッタは、母に遠慮する素振りを見せながらも、三人の弟たちも気になるのか、ゆっくりと姉弟たちの輪に加わっていた。
優しい子である。亡くなったウッタはもう少し粗暴だった。
海に還した人たちは、いつか還って来ると言われているが、あの子はきっとウッタではなかったのだろう。
ウッタ、ハヌタ、ビスタ、クンタ。
四人の子供達には、亡くなった友人たちから名前をもらった。
昔、この場所で遊んだ六人は、もういない。
だけど、今では子供達四人の遊び場になっていた。
その姿を見ていれば、幼い頃に戻ったような気がしてくる。
思い出の場所で、思い出のような光景が、現実に忘れさせてくれる。
――だけど、そこにウルユがいない。
空いた穴が目立つように、一人だけいない光景に、最後まで現実を忘れさせてはくれない。
だからこそ、シータは思うのだ。
――自分が、しっかりしなくちゃ。
もう頼れる夫はいない。
嘆きたい。悲しみたい。崩れ落ちたい。
だけど、自分がそんなんで、子供達はどうなる?
目を瞑れば、そこに五人がいた思いでが蘇る。
目を開けば、四人の子供達がいる。
思い出は少しだけ勇気を与え、現実は強く生きる決意をくれる。
この光景があれば、頑張って生きていけると、シータは改めて強く思う。
そう――この場所は、みんなにとっての宝物であり、シータにとっては心の支えでもあった。
この場所があるから、シータは明日も頑張って生きていけると思うのだ。
「……明日」
――明日、ニューシティ・ビレッジから、サラスの使者がやってくるという。
村の人たちはサラスを支持する者が大半だった。
シータも、それは同じ気持ちだった。
この村を救ったのはサラスだ。
しかし夫が亡くなる原因を作ったのも、またサラスだった。
わかっている。夫を殺したゴーレムを操っていたのは、ムングイ王国の誰か――。
サラスに直接的な罪はない。
でもサラスがゴーレムを作った魔王と手を組んでいたのも、また事実である。
――サラス様とお会いして……大丈夫、かな?
自分に問いかける。
目を瞑れば、思い出の中にみんながいる。
目を開けば、現実の中に子供達がいる。
「大丈夫……アタシは大丈夫……」
そう。この場所があるから、大丈夫。




