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第19話 アンドロイド

 敵の撤収は早かった。


 今まで一度として本陣に攻め入ることがなかった敵は、よりによってサラスとヨーダの不在時を狙って強襲をかけてきた。

 これに応戦し兵士三人が犠牲となった。

 一方こちらは、サティの参戦もあり、敵を二人打ち倒すことができたが、パールとムサシが連れ去られてしまった。


 以上が目を覚ましたカルナが受けた報告だった。


 間違いが一つだけ。

 サラスとヨーダが不在時を狙ったわけではない。


 ――あたしが、連れて来てしまった。


 ムサシはあの敵を「いなくなった」と言っていた。


 それをカルナはムサシが倒したのだと認識していた。

 サラスから聞かされていたムサシの能力ならば、それも可能だと思っていた。


 未だにムサシが能力を隠し続けるのが気に入らなかった。


 謙虚さのつもりか、それとも何か策略があるのか、判断が付かなかった。

 ただそれでもバレていることを隠し続けているのは滑稽だったし、何よりもバカにされているようでならなかった。


 しかし、事ここに至ってそれすらも判断ミスだったと考えざるを得ない。


 ――まさか、本当に気付いていなかった? あれだけの加護を与えられていながら、気付かないで生きてきた?


 生まれたときから戦場で生きてきたカルナとしては、どれだけ平和な環境で生きていれば、そうなるのかわからない。

 サラスとヨーダは何かを知っているようだったけれども、決してカルナには教えてくれなかった。

 カルナが認められていない証拠だ。


 それが悔しくて、カルナは自分で確かめようと思ったのだ。


 ムサシが本当に敵じゃないかどうか――


 ――その結果が、これ!


 パールとムサシが敵の手に渡った。

 とんでもない失敗だった。


 特にムサシが敵の手に渡ったことは絶望的だった。


 敵がムサシの能力のことを知っているとは思えないが、それでもムサシが敵陣にいることこそが既に最悪の状況だった。

 一刻も早く連れ戻さないといけない。


 カルナは牢屋へと向かう。

 そこには今回の防戦の功労者でありながら、密偵の容疑で拘束されたサティがいるという。




「……前々から聞きたかったんだけどさ、あんた達ってなにでできてるの?」


「……………」


「ごめん、少し意地悪な質問だった」


 カルナの言葉にサティは首を振って自分の右腕を見た。

 しかしそこには本来あるべき腕はなく、切断面からはまるで血管のようなケーブル類が飛び出ている。


 カルナにはそれが何なのかわからなかったが、目を背けたくなるほど痛々しい光景なのは、それが人工物でも天然物でも変わりなかった。


 人造人間――彼女は自らをアンドロイドと呼称していた。

 自然に生まれてきたものではなくて、何らかしらの方法で作られた人間。


 細かい経緯はやはり教えられなかったが、敵陣から逃げて来たのだということで一年程前にサラスとヨーダが保護したのだ。


 カルナが知っているサティの情報はそれくらいだった。


 ここに来たばかりのときは当然のように警戒されていたが、一年も経つ頃にはすっかり城に馴染んでいた。

 子連れの逃亡者というのは、それだけで説得力があったのだ。


 サティはそれだけパールのことを大切にしていた。

 そのパールも連れ去られてしまった。


「サティ、お願い、協力して。ムサシを助けたい」


 サティは是非もなく頷いた。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 武蔵が連れて来られたのは、カルナと一緒に見たゾンビが闊歩するホラーハウスだった。


 建物に入るや十体近いゾンビの群れと鉢合わせとなり、武蔵はかつてない恐怖を覚えた。

 ここでしばらく暮らすことになるのだとすれば、精神的に耐えられそうにない。


 そんな武蔵を配慮したわけではないだろうが、共に連れて来られたパールとは早々に別れて、すぐさま牢屋に入れられた。


 そこにゾンビはおろか監視の姿もなかった。


 最期に別れたパールの姿を思い出す。

 サティの名前を呼ぶことも止め、何もかも諦めたような暗い眼をしていたパール。


 ――俺はあの子にあんな顔をさせるために、ウェーブと取引してしまった。


 元の世界に帰るための手掛かりが欲しかった。

 それでもそれは身近な人間を絶望の淵に追いやってまで欲しかった手掛かりだったのだろうか、武蔵は自問してみる。


 後悔で胸が痛む。

 その痛みがそのまま答えだった。


 そして次に思い出されるサティ――その斬り落とされた腕。


 火花散る先に見えたのは、SFの世界だったら馴染み深い機械の腕だった。 


 義手――いいや、それは本当に腕だけだろうか?

 サティが吹き飛ばされたときの音は生々しい音とは呼べず、それはまんま金属音だった。


 ――ロボット? サティが? まさか、そんなことあるわけがない。


 ここに来てから武蔵は電球一つ見ていない。

 未だに松明が夜の闇を払う唯一の手段であるこの世界で、人間と見間違えるロボットが存在するわけがないと武蔵は思う。


 だったらあの腕はなんだ?


 サティの腕をまじまじと見たことなんてなかったが、それでも義手だなんて感じたことはなかった。


 飛び出たコードが、飛び散るオイルが、火花散らす断面が、しかしそれが偽物だったんだと訴えるように武蔵の脳裏を過る。


 ――偽物。


 そう言えばウェーブがサティのことを「偽物の母親」と言っていた。


 偽物の母親。それはつまりロボットの母親。


 そう捉えればサティとウェーブとパールが似ていることに納得がいく。

 しかし武蔵の常識がそれを納得させてくれない。


 そんな答えの出ないことを考えていて、武蔵は近付いてくる足音に気付くのに遅れた。

 気付いて顔を上げたときには既に足音の人物が牢屋の前に立っていた。


「こんにちわ。初めまして」


「……日本人?」


 落ち着いた紺色の和服を着た女性だった。

 上品な印象を持ちながら、それでもショートボブに切り揃えられた黒髪はどこか活発さを感じさせる、不思議な印象を武蔵に与えた。


 昨日から色々なことが起こり過ぎていて、もはや思考回路は限界寸前、驚くべきことにも驚けないような状態だった。


「特徴を聞いてまさかと思ったのですけれども、やっぱり貴方も日本人なのですね」


「―――――っ!?」


 それでもその言葉には、驚愕を禁じ得なかった。


「本当に、本当に、日本人なのか?」


「はい、わたくしはサキと申します。貴方のお名前も伺ってよろしいでしょうか?」


「あ、はい……宮本武蔵と言います」


「武蔵君。いい名前ですね。

 ――どうしました? 大丈夫ですか? どこか痛むのですか?」


「あ、いや……」


 気付いたら武蔵はボロボロと大粒の涙を零していた。


 これで日本語が喋れる人が二人目。それも今度は本当に日本人だと名乗っている。


 こんな異常な状況だったが、武蔵はようやく同胞に巡り合えたのだ。

 安堵なのか、それとも感謝なのか、武蔵も自分のこの涙の正体がわからないでいた。


「改めましょうか?」


「あ!! いや!! 待ってください!! お願いですから!!」


 引き返そうとするサキに対して、武蔵は思わず鉄格子から手の伸ばして懇願する。


「では、落ち着くまで待ちます。一回深呼吸しましょう」


 言われた通り、深く息を吸って吐く。

 それこそどんなことでも従いそうな勢いで、武蔵はただただ落ち着くまで深呼吸を繰り返した。


「だ、大丈夫です」


「そうですか。それはよかったです」


 心底喜ばしいことのように両手を合わせて微笑むサキ。

 その姿は武蔵からしたら女神のように見えた。


「では、武蔵君。武蔵君にお願いがあります」


 女神の頼みならなんでも聞く気構えで、武蔵はコクコクと頷く。

 その首肯は彼女が取り出した刀を見て凍り付く。


「ここから逃げて下さい」


 サキの刀が閃く。

 武蔵は尻餅をついて倒れ込み、今度こそ死んだかと思った。


 しかし数秒待っても痛みは訪れず、ただ腰が抜けて動けなくなっているだけだった。


「ご武運をお祈りしております」


 サキはそれだけ告げると、もう用は済んだとばかりに足早に立ち去ってしまった。


「えっ、ちょっと待って!!」


 腰砕けとなった身体を引きずってどうにか鉄格子に手をかける。


 すると手にした鉄格子はなんの抵抗もなく、ゆっくりと倒れてしまった。


「……どういうこと?」


 事の成り行きが全く理解できず、牢屋として意味をなさなくなってその部屋から武蔵は一歩も動くことができなかった。

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