第194話 帰る手段あれこれ
「まずは、みんなに謝りたい。
ごめん。みんなが、この世界に来てしまったのは、俺のせいだ」
ようやく落ち着いて話し合いができるという雰囲気になり、武蔵の第一声がそれだった。
みんな、この謝罪に対して疑問に思ったことは同じだっただろう。
遥人が代表して尋ねる。
「オレたちをこの世界に召喚したのは、サラスって聞いたぞ?」
「私がそうご説明しました」
部屋の入口で控えているサティが補足した。
「……そうだ。確かに、直接、この世界に俺たちを連れて来たのは、サラス以外に考えられない。
だけど……それでも、やっぱり俺のせいだと思う。本当にごめん」
立ち上がって頭を下げる武蔵に、栄介たちは顔を見合わせる。
誰も、武蔵からそんな謝罪の言葉が欲しかったわけではない。
だけど、それを話をしたところで、武蔵の気が収まるわけでもないだろう。
だからここは、その話は一旦、横に置くとして、何よりも確認しなくてはいけない話から始めることにした。
「武蔵は、元の世界に帰る方法は知ってるの?」
「……………」
武蔵は一瞬とても不思議な顔をした。
まるでそんなこと考えもしなかったと言いたげだった。
そして少しだけ考える素振りを見せた後に、
「いくつか……可能性があるってレベルの話なら、わかるけど……」
なんとも歯切れの悪い言い方だった。
当然、これに対しても、みんな思うところはある。
「みやむーって、一度、この世界から帰って来たんでしょ?
なら、帰り方だって、わかるんじゃないの?」
ものりの言う通りだった。
武蔵がまさに生き証人である。
そのときの状況を繰り返せば、自ずと答えは出るはずだった。
「……たぶん、無理、だと思う」
だけど、思い返すように、武蔵はそう答える。
「む、無理って……なんでっ?」
「……俺が元の世界に帰れたのは、ロースムが――魔王が死んだからだ」
それは、栄介がパールたちに出会ってすぐに、サティから聞かされた話だった。
サラスは、魔王アルクを倒すために、武蔵を召喚して――実際にそれを倒した。つまり、
「武蔵は、この世界から帰って来れたのは、召喚された目的を果たしたから?」
「実際、この世界から帰るときに、自称女神とかいうやつが現れて、言ったんだ。俺の役割は終わったんだって……」
確かに、目的があって呼び出している以上、その目的が達成できれば用済みである。
実にシンプルでわかりやすい理由であり――武蔵が無理だって言うのも納得がいく。
「……つまり、武蔵が無理だって言うのは、ボクたちが、この世界に召喚された理由が、わからないからってこと?」
「そうだよ。前は、サラスが俺に魔王を倒して欲しいって願ったんだ。
でも、今のサラスは……。
生きててくれて、よかった……けど……サラスは、まだ、あのままなんだな……」
――……まだ?
その一言に、栄介は違和感を覚えた。
「ほ、ほかの方法は……?
あ……ご、ごめん、なにか、言おうとしてた?」
「ううん、大丈夫。それも大切なことだから」
任の発言に釘を刺されてしまったが、確かにそれも確認しなくてはいけないことだった。
武蔵は「いくつか」と口にしていた。他の方法も知っているはずだった。
「……タイムマシン」
「……は?」
「タイムマシンがあれば、帰れる」
「……えっ……えぇ……」
しかして、武蔵から返ってきた答えは、突拍子もないものだった。
みんなが一斉に絶句する。
だってそれは、この異世界が何なのかという答えでもあったからだ。
「ここって……未来の地球なの?」
「正確には違う。ここは時間の壁に囲まれた島なんだって聞いた。
説明が難しいからはしょるけど、この島は地球の上に浮いてて、通常の十五倍の早さで進んでるんだと。
だから、タイムマシンでその時間の差を縮めてやれば、元の世界に帰れる……らしい」
「……なんじゃ、そりゃ……」
遥人の嘆きのような呟きは、全員の心境そのままだった。
唯一、有多子だけが目を輝かせていた。
パールやサティが異世界転移と呼んでいたから、てっきり魔法的な何かで連れて来られたと思っていた。
――魔法的な何かなら、まだよかった。だって魔法なら、わからないなりに受け入れられる。
だけど、それがタイムマシンで連れて来られたなんて、中途半端に理解できる手段であるからこそ、余計に事の深刻さがわかってしまう。
「みんなの気持ちはわかるさ。俺も最初、そうだったから。
でも、バリアンの――サラスの力がそれなんだ。時間を操る能力」
「そんな……無茶苦茶な……」
「でも、全員もう持ってるだろ、”ギフト”を」
「……………」
心当たりは、嫌と言うほどある。
「え、ものり、そのギフトっての、わかんないけど……」
「いや、おまえのは、絶対に誰とでも話ができるやつだからな」
「えーっ、なんか、それっ、じみーっ」
「……………」
……まあ、とにかく、一人を除いて、心当たりは、嫌と言うほどあった。
だって、そのせいで、栄介たちは争うことになったのだから。
確かに、無から有を生み出せる栄介としては、そこに時間を操る能力があったとしても、なんら疑問はなかった。
「じゃあ……やっぱり、サラス様じゃなきゃ、ボクたちを元の世界を帰すことができないってこと?」
「……まあ、そうなんだろうなぁ」
「……?」
武蔵の態度が気になる。
話し方をとってもそうだった。
どこか他人事のような素振りも見受けられて、真剣みに欠ける。
「……ねえ、武蔵。他の方法は知らないの? 何か、隠しているようにも見えるけど……」
「別に、何も隠してなんかいないよ……だけど、俺は、ただ、もう帰―――――なんでもない」
「……?」
「――んだよっ? 言いかけてやめんなよ、なんかあるみてぇじゃんか!」
遥人の言う通りだったが、それ以上に変な止め方だった。
まるで誰かに口を塞がれたかのようだった。
「ねぇ、武蔵。さっき、サラスさんのこと、まだ、あのままなんだって言ったわよね?
それって、治る方法があるってことかしら?」
ここに来て、今まで黙っていた真姫が口を開いた。
唐突な切り出しではあったが、栄介もそれは気になったことだった。
「サラスさんが治れば、わたしたちを元の世界に帰してくれるわよね?」
「……………」
「武蔵。わたしは、元の世界に、帰りたいわ」
「――わかったよ」
どこか懐かしいやり取りだった。
真姫が押し切って、渋る武蔵が折れる。
小学生だった頃は、よくこんな光景が繰り広げられていた。
ただどうしてだろう、それで武蔵に対する違和感は増すばかりだった。
「俺も詳しくは知らないけど、サラスがあんな状態になったのは、二度目らしい。
それが良くなったのは、カルナのお陰なんだって聞いた」
「カルナって、遥人たちをムングイ王国に連れてった人? 騎士団長で、サラス様の姉代わりだったって」
「え、カルナって、騎士団長になったの? 牢屋に閉じ込められてたのに?」
「オレに聞くなよ。つーか、あの人が騎士団長っての、オレも今初めて聞いたぞ」
「カルナさん、どこ行ったんだろうって思ったら、なんで牢屋に閉じ込められてたの?」
「いや、それ、俺が聞きたいんだけど……」
うーん? と武蔵と遥人とものりの三人で首を傾げた。
このやり取りだけで、カルナという人物の人柄は知れる。
「樹先輩? 大丈夫ですか? なんだか、顔色が悪そうですけど……」
「ええ……ありがとう、リオちゃん。二匹目の泥棒猫が、意外と重要人物で驚いただけよ。
ええ……連れて来ればよかったなんて、微塵も思わないわ」
「……ど、泥棒猫?」
リオと真姫のやり取りも気になったが、ここ一番大事なことなので、改めて確認する。
「じゃ、じゃあ、そのカルナって人なら、サラス様を元に戻すことができるの?」
「それはわかんないよ。さっきも言ったけど、その話、詳しく聞いてないんだ。
そもそもサラスがああなったのは、バリアンとしての力を使い果たしたからだって言われてるし。
サラスがどういう状態で、ああなってるかも、よくわからないんだ。
サティは何か聞いてる?」
「申し訳ありません、ご主人様。私も詳しいことは伺っておりません。
ヘレナの診断では、極めて低い反応ですが、生命活動に異常は見られないとのことでした」
「それは……俺も、向こうに帰る前に聞いたな……はぁ……」
サティの回答に、武蔵は妙に苛立ちのこもった溜息を付いた。
「どうしたの?」
「……いや、気にしなくていいよ。ちょっと、気分が悪くなることを思い出しただけ」
「?」
話の流れから、きっとサラスがあの状態になったときのことだろう。
気にはなったが、わざわざ「気分が悪くなる」と明言したことを聞くことはないだろう。
それは真姫も同じ考えだったようだ。
「ねえ、武蔵。
わたしたちがこの世界に召喚された理由がわからないって話だったけど、サラスさんが何を望んでいるか、心当たりはないのかしら?」
「――そうだよ! サラスが元に戻んなくても、それがわかりゃいいんだろう?」
「た、例えば、今度は、今のムングイ王国の王様を、倒して欲しい、とか――あっ、あっ、ご、ごめん! 今のなしで!」
遥人の意見に便乗した任が急に謝ったのは、武蔵が怖い顔で睨んだからだ。
遥人まで驚いた顔をしていた。
「――サラスが、そんなことを望むなんて、あり得ない」
「でも、武蔵。サラス様って、ムングイ王国の騎士団に、命を狙われてるって話だよ。
カルナって人も、その筆頭だって話だし」
「……それでも、サラスは絶対にそんなこと望んだりしない。絶対に、だ」
「ええ、ご主人様のおっしゃる通りです。
サラス様がムングイ王国に敵意を向けるなんて、あり得ません」
強い口調で話す武蔵に、サティも同意する。
表情こそ変わらないが、サティの様子は、どこか嬉しそうな――誇らしそうな――そんな雰囲気だった。
「……わりぃ。嬉しそうに反応しといてなんだけど、オレも、もう誰かと争うのはごめんだ……」
「遥人……」
遥人はきっと、ウルユのことを思い出したのだろう。
栄介だって、誰かを殺すことになるなんて、そんなのはもう嫌だった。
「ねえねえ。さっきから倒すとか、争うとか、物騒なことばっかり。
男の子ってすぐに勝つとか負けるとか、戦争とか侵略だとか、言うよね。
ものりはそういうの嫌いだなー。びーあんびしゃす、これが大切」
「……いや、そこまで物騒なことは言ってねぇから。あと、ビーアンビシャスは、大志を抱け、だからな」
「みやむーの話じゃ、サラスさんは、平和を愛する人だったんだよねっ? ねっ?」
「ん……? いや、そういうのとは、ちょっと違った気が……」
「なら、サラスさんの望みは、きっと和平だよ! わ、へ、い!」
遥人の突っ込みも、武蔵の意見も無視して、ものりは一人で盛り上がる。
平和主義のものりの悪い癖が出たと、普段だったら頭を抱えていただろう。
「あら。その考え、あながち間違ってないかもしれないわよ?」
しかし、その意見に真姫が同調した。
「魔王を倒せば平和になるって思ってたから、武蔵に魔王を倒してもらいたかったのよね?」
「そうだけど……」
「でも、肝心の魔王を倒しても、今度はサラスさん自身を巡って国が二分してしまったのよね?」
反バリアン派と親バリアンと派で国が二分してしまったとは、以前、サティから聞いた通りだった。
現状で栄介が知る範囲では、ロボク村の人たちは親バリアン派、ムングイ王国騎士団が反バリアン派ということになっている。
もっとも先日のロボク村での騒動から、騎士団も全員が全員、反バリアン派というわけではないとわかった。
恐らくムングイ王国内では、もっと複雑に分断してしまっているのだろう。
「だったら、今の望みは、和平って可能性はあるんじゃないかしら?
それにわたしも、好きよ、ラブアンドピース」
「そうっ! それ! ラブアンドピース! さすが姫ちゃん! よくわかってる!!」
真姫が同調したことで、風向きが変わった。
「……まっ、確かに、平和的に解決できんのが一番だけどさ」
「ボ、ボクも、本当にムングイ王国の王様を倒した方がいいなんて、そんな、本気で考えてないからっ。
だ、誰だって、痛いのは、嫌だよ。か、守さんの意見に、全面的に賛成っ!」
「~~~~~っ。
ま、任せなさい! 外交官の娘として、ものりが、きっちり和平締結してみせます!
ものりに清き一票を!」
これもまた栄介たちにとっては日常的な光景だった。
真姫が、良しと言えば、大概はポジティブな意見として捉えるのだ。
ものりが真姫という強い味方も付けたことにより、なし崩し的に、和平を目指すという方向に話が進んでいく。
本当にそれがサラスが望んだことかはわからなかったが、それは今の時点では確かめようがなかった。
そもそも他に具体的な方策と言うのが浮かばなかったのも大きい。
――これは本当に予想外ではあったが、ものりからは、なんと、和平に向けての具体案が提示されたのだった。
しかし、その話に移る前に、
「……宮本、ちょっと、いい?」
今までずっと黙っていた有多子が、武蔵と一緒に出て行ってしまった。
栄介はそれが少しだけ気になりながらも、後を付けるのも無粋だと思い、無視してしまった。
結果的にそれが、大切な情報の一つを聞き洩らす結果となってしまったのだと、このときの栄介には気付き様がなかった。




