第193話 修羅場へご案内
集められたのは町の中心からかなり離れた施設だった。
徒歩で一時間もかかった。
内装は病院のような印象だったが、その外観だけ見れば栄介たちが暮らしていた街で一番大きい病院よりも巨大だった。
何かの研究施設だろうか。
何より目に付くのが、メイド服に身を包んだ女性たちの姿だった。
一夜を明かした家々が乱立する区画と比べても、明らかに大勢いた。
町では暮らさずに、まるで生活の基盤がこちらにあるかのようだった。
――生活か……。どっちかと言うと、基地のようなものなのかな……?
胸中で言い換えても、なお、違和感が残る。
サティの|中身〈・・〉を見てしまった栄介だったが、それでも彼女がロボットだったことに未だ信じられないでいた。
ここまでの案内をしてくれる彼女の姿が、すっかり元通りだったので、余計に昨日見た機械の姿が夢だったように感じてしまう。
「栄介様。そんなにエッチな目で見つめられると困ってしまいます。私にはもう、ご主人様がおりますので」
「おっ、お兄ちゃん!? 一体どこ見てたのっ!?」
「えっ、やっ――誤解だって!! 別にエッチな目でなんて見てないよ!!」
リオだけでなく他二人の女性陣から冷やかな目で見られて、背筋に嫌な汗をかきながら、それでも栄介はどうしても別のことが気になってしまった。
――ご主人様がおりますので、か。武蔵とサティさんって、どんな関係なんだろう……。
昨日、みんなの中で交わされた情報交換の中で、一番、時間を割いた話でもあった。
◇
曰く、武蔵は一体この世界で何をしていたのか――もとい武蔵は一体どれだけの女の子に手を出したのか。
他に話すべきことはあっただろうが、下世話な話が一番盛り上がるのは、どんな状況でも変わらないようだった。
サティは武蔵を「ご主人様」と慕っている。
後からやってきたスラというメイドも同じく「ご主人様」と呼んでいた。
この「ご主人様」がどういう意味なのか、とても長い議論を繰り広げた上で、結論は保留になった。
しかし栄介は、サティのダッチワイフ発言を聞いている。
一応、そのことは友人の面目のためにも、黙っておいたが――結論は出ているように思う。
何があったのかわからないが、クリシュナという人は激怒していた。
「あの怒り方、ゼッタイに過去にナニかあった怒り方だよ」とは、ものり談である。
普段、信憑性を疑われることの多いものりの発言だったが、そのときは、なぜかみんな納得した。
武蔵がクリシュナを殴って連れ去るという、全員が度肝を抜く展開があったことも、強い要因だろう。
さすがの武蔵も、そんなことはしない――ナニかがなければ。
「カルナさんもあやしいよ」これもものり談である。
武蔵のことを知っている素振りだったのに、頑なに、武蔵のことを教えてくれなかったらしい。
「あの態度は、ゼッタイに過去にナニかあった態度だよ」
普段、発言のほとんどを冗談と取られるものりの発言だったが、そのときは、なぜかみんな信じた。
「サラスさん……だっけ? そもそも、みやむーをこの世界に呼んだのって、その人だよね? あーやーしーいー」
最早、誰もものりの言葉に、異議を唱えるものはいなかった。
「パールさんは、ガチだね」
「……………」
それこそ異議を唱えることができない、誰の心にも等しく確証が叩き付けられたことだった。
「ものり、キュン死するかと思った」
「キュン死ってなんだよ……まあ、オレも聞こえたっつーか、届いたっつーか……不思議な感覚だったのは、確かだけど……」
「う、うん……ちょっと、真っすぐ過ぎて……なんか、ム、ムズムズするというか、は、恥ずかしいというか……」
誰に憚られることもなく、どんな肉声よりも大きな声で届けられた愛の囁きは、あの場にいた全員が聞いている。
「……………」
その囁きを思い返すたびに、栄介は心が苦しくなった。
なにがそんなに苦しいのか――栄介だって、もうよくわかっている。
だって、この苦い想いは、二度目だったから――。
◇
「……お兄ちゃん、大丈夫?」
「うん? 全然、大丈夫だよ」
「……………」
リオはすでに栄介の気持ちを知っている。リオの主語のない「大丈夫?」が何を指しているかわかる。
だけど――だから、余計に、強がってみせた。
気持ちの全てを吐き出してしまいたくて仕方がなかったけど、それでも、妹の前でだけは、そんなみっともない真似はしたくなかった。
「――ご足労お掛けして大変申し訳ありませんでした。
ご主人様は、こちらでお待ちです。どうぞ」
サティに案内されたのは、恐らく視聴覚室のような部屋だろう。
もしかしたら会議室として利用されていたのかもしれない。
武蔵に聞きたいことは山ほどある。
だから、決して「パールとはどんな関係なの?」なんて、個人的な質問を優先しまいと心に決めてから室内に入ろうとして――室内のあまりの重苦しい空気に、全員が全員、入室を躊躇した。
案内された部屋には、すでに武蔵と真姫が並んで座っていた。
二人とも神妙な雰囲気で座っていた。
空気を重くしていたのは、その対面に座るパールの存在だった。
広い広い部屋に、四角く囲った机の、端と端。あえてそんなに離れて座るものだから、部屋中の空気が戦慄している。
この一週間ほどで、パールとはそこそこ親しい間柄になったと思っていた。
しかし、そのパールが、見たこともない冷たい目で、二人を睨んでいた。
いきなり修羅場に放り込まれた。
恐らく、その場にいた全員が、同じ気持ちだっただろう。
「……あの、サティさん?」
「どうぞ」
「……サティさん?」
「どうぞ」
「……えーと……」
「どうぞ」
――あ、駄目だ、この人も修羅場を作ってるひとりだ。
「いい、サティ。みんなが、こまった、ある。わたしは、でる、いく」
「――ですが、お嬢様……」
「いい。いまは、じかんが、ちがう。わたしは、サラスと、いっしょ、まつ」
いつもの片言の日本語にも、どこか迫力を感じた。
しかしいずれにしても、パールには悪いが、この重たい雰囲気が少しは払拭されるのなら、今はその方がいいだろう。
ただパールもまた、このままでは引き下がらなかった。
「さよなら、マヒメ。いまは、わたしが、でる、いく。でも、つぎは、あなた、だから」
「ええ、さようなら、パール。早く負けを認めて、永遠に立ち去ることね」
――怖い怖い怖い怖い怖い!!
女の子二人、これでもかという火花を散らし、導火線に火が着く寸前にして、ようやくパールは立ち去るのだった。
これはまた違う意味で、パールとの関係なんて聞けやしない。そう思った矢先――
「……宮本。パールとは、どういう関係?」
――倉知さんがいったぁぁぁっ!?
決して、その質問だけは優先すまいと考えていた栄介の気持ちも知らないで――有多子は相変わらずのマイペースさで一人堂々と地雷原に突っ込んでいった。
これには、普段から空気を読まないものりでも引いていた。しかし、さりげなく親指を立てたことを、栄介は見逃さなかった。
「…………………………」
長い長い沈黙があった。
その間、武蔵は、なにを考えていたのか――一切、動かない表情からは、伺い知ることはできない。
そして、最後にふと、虚空を見上げてから、ようやく口を開いたと思えば、
「……俺にも、わからないんだ」
「なんじゃ、そりゃっ!」
逃げるような武蔵の答えに、遥人の突っ込みが飛び、この話をお開きとなった。
栄介には、とても腑に落ちない終わり方ではあったが、それ以上、詮索する訳にもいかなかった。




