第192話 恋愛スクランブル
「ね、話して」
「……………」
「各部の関節はどう操作した? 歩く、走る、跳ねる、それぞれでも万通りはある動作をどう操作した? 物を投げたって聞いたけど、掴んだ物の最大サイズと最小サイズは? 握力の調整はどう? 外部カメラは? カメラ位置は頭部? 視界は三百六十度確保できた? 外部センサーは何が付いてた? 待って。大事なこと聞き忘れた。地表データはどのように判断してた? 足裏にセンサーがあるタイプ? ね、教えて。ね、ね、ね、お願い」
「――だぁぁぁぁぁぁぁっ、うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!」
与えられた部屋でシーツに包まっていた岸遥人だったが、倉知有多子の「ね、ね、ね」攻撃の前に耐え切れなくなった。
「ね、教えて」
「まだ言うか!? しつけぇよ。そんなに気になるなら、自分で見て来いよ!」
「無理。だって岸がもう動かないって村に置いてきた」
有多子が執拗に聞いているのは、もちろんエイブル・ギアのことだった。
「岸、ずるい。私も、ロボット乗りたかった」
「……………」
最初は遥人もそうだった。
憧れのロボットに乗れると、調子に乗っていた。
初めて乗ったときには、間違いなく「倉知に自慢してやろう」なんて気持ちもあった。
だから有多子のその感想は、当初の遥人の思惑通りではあったが、今となっては腹立たしい言葉だった。
苛立ったまま、再びシーツで身を包む。
『――全部、クリシュナに騙されてやったことだって、わかってる。
遥人も、優しいから……全部、みんなのことを考えて、やったことだって、わかってる。
……だけど、それでも君は……ウルユさんを……人を、殺したんだ。それはたぶん覚えておかないといけないことなんだ』
栄介に指摘されるまで、遥人は全く気付かなかった。
魔女を倒す。
それはつまり人を殺すかもしれないということで――遥人はそれがどういうことなのか、一切考えていなかった。
バルカンやロケランをバンバン撃ってくる連中に、ただただ恐怖して、それを倒すことにしか頭になかった。
はっきり覚えているのは、ロボットが一体、倒れていたことだけだ。
悪い魔女らしく、引き連れているのも、邪悪なロボットなんだと――少し安心したのを覚えている。
その安心感がなんだったのか――?
攻撃する敵を倒せてよかった、か?
違う。今ならわかる。
それは「人じゃなくて、よかった」だった。
栄介に指摘されるまで、遥人は本当に人を殺してしまったなんて自覚は、一切なかったのだ。
――いや。今だって、そんな自覚は……。
『……僕も、遥人と同じで……人を、殺した。
僕は、そのことを、一生、悩み続けるんだと思う。だから、遥人も、一緒に考えて欲しい』
遥人の罪を教えた栄介は、そう向き合うのだと遥人に告げた。
だけど遥人は、正直、よくわからない。
殺してしまったという人の顔さえ知らない。
そもそも先に攻撃して来たのは向こうだ、と考えてしまう自分もいる。
遥人を公に責める人間もいない。
そもそもその事実は、他の友達たちには知らされてもいない。あくまでも栄介が、こっそりと遥人に告げたことだった。
誰も遥人の罪を責めず、誰も遥人に罰を与えない。
だからだろう。モヤモヤした気持ちを抱えて、妙にむしゃくしゃする。
「ね……岸は、ロボット、怖くなった?」
「……どうして、そう思うんだよ?」
「だって、ロボット、置いてきたから。手足はなくなったけど、あのロボット、まだ動く」
「……………」
見抜かれていた。
確かに、有多子の言う通りだった。
ニューシティ・ビレッジに来るに、持って帰ると駄々を捏ねる有多子に、遥人は嘘を吐いたのだ。
エイブル・ギアはたぶん動かせた。
試そうともしなかったので確証があるわけではなかったが、それでも遥人は確信していた。
自分が動かそうと思えば、エイブル・ギアはどんな状態であっても、遥人の思いのまま動く。
それが遥人の”ギフト”だった。
「ロボットは、怖くない。
ロボットは、道具だから。
それが怖いか、どうかは、使う人の問題」
「――っ!?
じゃあっ、オレが怖いやつだって言うのかよ!? オレが――っ」
有多子が言いたかったことは、そうじゃない。
だけど、今の遥人には、そんな些細な言葉ですら、まるで責めるように聞こえて、つい声を張り上げてしまう。
自分勝手な話だ。
誰も責めないとモヤモヤしておきながら、神経質にそう感じたら怒鳴る。
自己嫌悪に泣きそうだった。
「……わりぃ」
「いいよ。私も、ロボット乗れたら、つい興奮する、と思う」
「……なんだ、そりゃ」
有多子は昔からマイペースで、どこかズレているところがあった。
今の遥人には、そのマイペースさが、救いだった。
うるさいだ、なんだ言いながら、決して「一人にしてくれ」とは言えないのは、結局、遥人がいつだって友達を求めていることの証明だった。
「はるくーんっ!! ちょっと聞いて!! ねえ、あの、タモさんがねっ!! タモさんがっ!! めっっっっっちゃ、りっちゃんと仲良さそうにしてたの!! あの、タモさんがっ!! どう思う!? ねえ、どう思う!?」
「ああ、もう……どいつもこいつも……うるせぇよ、ほんとに」
そう言えば、もう一人、飛び切りマイペースなのがいるよな、と思い出せばこれである。
おちおち布団を被って悩ませてもくれなくて、思わず苦笑いが出る。
遥人は諦めてシーツから顔を出して、今し方、部屋に飛び込んできたものりを睨んだ。
「どう思うも何も、なにか問題かよ?」
「だって、タモさんだよ!? 一人で自己紹介もできなかったんだよ!? 朝の挨拶するのだって深呼吸してからのタモさんだよ!? ものりが手を引いてあげなきゃ、すぐにはぐれるタモさんだよ!?」
「おかんか、おまえは。あと、すぐはぐれるの、ものりが手を引いてるから説もあるからな」
「えー、なんであんなに仲良しさんなの? 昨日までそんな素振りなかったのに、なんで? なんで?」
「タモさんも、リオちゃんも、人見知りなとこあるから、むしろよかっただろ。
つーか、ものりがなんなんだよ? 昨日から、タモさん、タモさん、うっさいぞ」
普段からテンションの操作がピーキーなものりだが、それにも輪をかけてひどい。
まるで小学校に入学し立ての息子を持つ母親のようだった。
いや、公園デビューさせてたばかりの幼子を持つ母親の方が近いか。
「そ、そんなにタモさんタモさん言ってないもんっ」
「今のも含めて、私の前で、四十七回。岸が十三回で、私が八回だから、統計的に多い」
「……え、なに、それ、全部数えてたの? それはそれで怖ぇんだけど」
「数えてない。でも、覚えてる。私も不思議」
本当に不思議そうに首を傾げる有多子。
もしかしたら、それが有多子の”ギフト”なのかもしれない。
遥人もそうだったが、基本的には”ギフト”と呼ばれる能力に自覚症状がない。
だからこそ、リオのようにわかりやすい能力は、劇薬のような事態になるわけだが。
「うそうそ! はかせちゃんのうそ! ものり、そんなにタモさんのこと、タモさんタモさん言ってないもん!!」
「今ので五十回だな」
「ちなみに自分のことを呼んだのが、今ので二十五回」
「マジか、ダブルスコアってすげぇな」
「うー! 知らない! 知らない! ばーか! ばーか!」
冗談めかしてからかい続けていたら、ものりは顔を真っ赤にして部屋から飛び出して行った。
そこまでわかりやすい反応をされれば、さすがの遥人だって気付く。
「なあ、倉知、どう思う?」
「守が特定の誰かを好きになるなんて、意外」
「だよなー。ものりって、嫌いがない代わりに、好きもないんだと思ってた」
「津久井って、ところも、意外」
「そうか? オレは、あると思ってたぜ。タモさん、あれで、カッコいいとこあるんだぜ」
「そうなの?
私は、いつか、守と岸がくっつくと思ってた」
「マジで?」
「クラスの大半が思ってた、と思う」
「えー、マジか……それはナイな」
「ナイの?」
「だって、ものりだぜ? 見た目はいいけど、ものりだぜ? あると思うか?」
「……ナイ」
ものりもまたモテる。見て目がいいから。アイドルのスカウトを受けたなんて話も聞いたことがある。父親が厳しいので、断られていたけれども。
だけど、彼女の奇行に散々付き合わされてきた友人からの評価は、全く逆のものになっていた。
確かに、芸能人として、テレビで見る分には好きになれそう。でも、きっと向いてるのはお笑い芸人か、百歩譲ってもグラビアアイドルのキワモノ枠だろう。いやー、タモさんも大変だなー。
「……でも、一番の意外は、宮本」
「あー……あれなー……あれは、びっくりしたな……うん、あれは、ちょっと、コメントしようがねぇわ」
遥人が言う「あれ」とは、昨日の武蔵の修羅場のことだ。
そう――修羅場だ。
言葉のわからないやり取りだっただけに、クリシュナとサティというメイドロボットとのやり取りは、そう表現する他なかった。
行方不明になってからの武蔵は、確かに様子が変だった。
その理由が、こっちで数多の女の子に手を出していたのだとするならば、ある意味で納得がいくことだった。
なんと羨ま死刑。真姫を泣かせるようなら、ただじゃ置かない。あと、クリシュナはちょっと、ナイ、と思うぞ。
「……そっちじゃない。
岸には、きっと、わからない」
「あ? なんだよ、それ?」
「……………」
有多子はまだ何か言いたげだったが、無理やり飲み込んだようだった。
正直、何が言いたいのかわからなかったし、聞き返そうとも思ったのだが、それは次の来客者によって叶わなかった。
「あ、ねえ、ものりさん見かけなかった?」
栄介だった。
「ものりなら、さっきまで居たぞ。なんかあったのか?」
「あ、うん、戻ってるならいいんだけど……遥人たちも、来て欲しい。
武蔵が、帰って来たから」




