表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

197/239

第192話 恋愛スクランブル

「ね、話して」

「……………」

「各部の関節はどう操作した? 歩く、走る、跳ねる、それぞれでも万通りはある動作をどう操作した? 物を投げたって聞いたけど、掴んだ物の最大サイズと最小サイズは? 握力の調整はどう? 外部カメラは? カメラ位置は頭部? 視界は三百六十度確保できた? 外部センサーは何が付いてた? 待って。大事なこと聞き忘れた。地表データはどのように判断してた? 足裏にセンサーがあるタイプ? ね、教えて。ね、ね、ね、お願い」

「――だぁぁぁぁぁぁぁっ、うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 与えられた部屋でシーツに包まっていた岸遥人だったが、倉知有多子の「ね、ね、ね」攻撃の前に耐え切れなくなった。


「ね、教えて」

「まだ言うか!? しつけぇよ。そんなに気になるなら、自分で見て来いよ!」

「無理。だって岸がもう動かないって村に置いてきた」


 有多子が執拗に聞いているのは、もちろんエイブル・ギアのことだった。


「岸、ずるい。私も、ロボット乗りたかった」

「……………」


 最初は遥人もそうだった。

 憧れのロボットに乗れると、調子に乗っていた。

 初めて乗ったときには、間違いなく「倉知に自慢してやろう」なんて気持ちもあった。

 だから有多子のその感想は、当初の遥人の思惑通りではあったが、今となっては腹立たしい言葉だった。


 苛立ったまま、再びシーツで身を包む。


『――全部、クリシュナに騙されてやったことだって、わかってる。

 遥人も、優しいから……全部、みんなのことを考えて、やったことだって、わかってる。

 ……だけど、それでも君は……ウルユさんを……人を、殺したんだ。それはたぶん覚えておかないといけないことなんだ』


 栄介に指摘されるまで、遥人は全く気付かなかった。


 魔女を倒す。

 それはつまり人を殺すかもしれないということで――遥人はそれがどういうことなのか、一切考えていなかった。

 バルカンやロケランをバンバン撃ってくる連中に、ただただ恐怖して、それを倒すことにしか頭になかった。


 はっきり覚えているのは、ロボットが一体、倒れていたことだけだ。

 悪い魔女らしく、引き連れているのも、邪悪なロボットなんだと――少し安心したのを覚えている。


 その安心感がなんだったのか――?

 攻撃する敵を倒せてよかった、か?

 違う。今ならわかる。

 それは「人じゃなくて、よかった」だった。


 栄介に指摘されるまで、遥人は本当に人を殺してしまったなんて自覚は、一切なかったのだ。


 ――いや。今だって、そんな自覚は……。


『……僕も、遥人と同じで……人を、殺した。

 僕は、そのことを、一生、悩み続けるんだと思う。だから、遥人も、一緒に考えて欲しい』


 遥人の罪を教えた栄介は、そう向き合うのだと遥人に告げた。

 だけど遥人は、正直、よくわからない。

 殺してしまったという人の顔さえ知らない。

 そもそも先に攻撃して来たのは向こうだ、と考えてしまう自分もいる。


 遥人を公に責める人間もいない。

 そもそもその事実は、他の友達たちには知らされてもいない。あくまでも栄介が、こっそりと遥人に告げたことだった。


 誰も遥人の罪を責めず、誰も遥人に罰を与えない。


 だからだろう。モヤモヤした気持ちを抱えて、妙にむしゃくしゃする。


「ね……岸は、ロボット、怖くなった?」

「……どうして、そう思うんだよ?」

「だって、ロボット、置いてきたから。手足はなくなったけど、あのロボット、まだ動く」

「……………」


 見抜かれていた。

 確かに、有多子の言う通りだった。

 ニューシティ・ビレッジに来るに、持って帰ると駄々を捏ねる有多子に、遥人は嘘を吐いたのだ。


 エイブル・ギアはたぶん動かせた。

 試そうともしなかったので確証があるわけではなかったが、それでも遥人は確信していた。

 自分が動かそうと思えば、エイブル・ギアはどんな状態であっても、遥人の思いのまま動く。

 それが遥人の”ギフト”だった。


「ロボットは、怖くない。

 ロボットは、道具だから。

 それが怖いか、どうかは、使う人の問題」

「――っ!?

 じゃあっ、オレが怖いやつだって言うのかよ!? オレが――っ」


 有多子が言いたかったことは、そうじゃない。

 だけど、今の遥人には、そんな些細な言葉ですら、まるで責めるように聞こえて、つい声を張り上げてしまう。


 自分勝手な話だ。

 誰も責めないとモヤモヤしておきながら、神経質にそう感じたら怒鳴る。

 自己嫌悪に泣きそうだった。


「……わりぃ」

「いいよ。私も、ロボット乗れたら、つい興奮する、と思う」

「……なんだ、そりゃ」


 有多子は昔からマイペースで、どこかズレているところがあった。

 今の遥人には、そのマイペースさが、救いだった。

 うるさいだ、なんだ言いながら、決して「一人にしてくれ」とは言えないのは、結局、遥人がいつだって友達を求めていることの証明だった。


「はるくーんっ!! ちょっと聞いて!! ねえ、あの、タモさんがねっ!! タモさんがっ!! めっっっっっちゃ、りっちゃんと仲良さそうにしてたの!! あの、タモさんがっ!! どう思う!? ねえ、どう思う!?」

「ああ、もう……どいつもこいつも……うるせぇよ、ほんとに」


 そう言えば、もう一人、飛び切りマイペースなのがいるよな、と思い出せばこれである。

 おちおち布団を被って悩ませてもくれなくて、思わず苦笑いが出る。


 遥人は諦めてシーツから顔を出して、今し方、部屋に飛び込んできたものりを睨んだ。


「どう思うも何も、なにか問題かよ?」

「だって、タモさんだよ!? 一人で自己紹介もできなかったんだよ!? 朝の挨拶するのだって深呼吸してからのタモさんだよ!? ものりが手を引いてあげなきゃ、すぐにはぐれるタモさんだよ!?」

「おかんか、おまえは。あと、すぐはぐれるの、ものりが手を引いてるから説もあるからな」

「えー、なんであんなに仲良しさんなの? 昨日までそんな素振りなかったのに、なんで? なんで?」

「タモさんも、リオちゃんも、人見知りなとこあるから、むしろよかっただろ。

 つーか、ものりがなんなんだよ? 昨日から、タモさん、タモさん、うっさいぞ」


 普段からテンションの操作がピーキーなものりだが、それにも輪をかけてひどい。

 まるで小学校に入学し立ての息子を持つ母親のようだった。

 いや、公園デビューさせてたばかりの幼子を持つ母親の方が近いか。


「そ、そんなにタモさんタモさん言ってないもんっ」

「今のも含めて、私の前で、四十七回。岸が十三回で、私が八回だから、統計的に多い」

「……え、なに、それ、全部数えてたの? それはそれで怖ぇんだけど」

「数えてない。でも、覚えてる。私も不思議」


 本当に不思議そうに首を傾げる有多子。

 もしかしたら、それが有多子の”ギフト”なのかもしれない。

 遥人もそうだったが、基本的には”ギフト”と呼ばれる能力に自覚症状がない。

 だからこそ、リオのようにわかりやすい能力は、劇薬のような事態になるわけだが。 


「うそうそ! はかせちゃんのうそ! ものり、そんなにタモさんのこと、タモさんタモさん言ってないもん!!」

「今ので五十回だな」

「ちなみに自分のことを呼んだのが、今ので二十五回」

「マジか、ダブルスコアってすげぇな」

「うー! 知らない! 知らない! ばーか! ばーか!」


 冗談めかしてからかい続けていたら、ものりは顔を真っ赤にして部屋から飛び出して行った。

 そこまでわかりやすい反応をされれば、さすがの遥人だって気付く。


「なあ、倉知、どう思う?」

「守が特定の誰かを好きになるなんて、意外」

「だよなー。ものりって、嫌いがない代わりに、好きもないんだと思ってた」

「津久井って、ところも、意外」

「そうか? オレは、あると思ってたぜ。タモさん、あれで、カッコいいとこあるんだぜ」

「そうなの?

 私は、いつか、守と岸がくっつくと思ってた」

「マジで?」

「クラスの大半が思ってた、と思う」

「えー、マジか……それはナイな」

「ナイの?」

「だって、ものりだぜ? 見た目はいいけど、ものりだぜ? あると思うか?」

「……ナイ」


 ものりもまたモテる。見て目がいいから。アイドルのスカウトを受けたなんて話も聞いたことがある。父親が厳しいので、断られていたけれども。

 だけど、彼女の奇行に散々付き合わされてきた友人からの評価は、全く逆のものになっていた。

 確かに、芸能人として、テレビで見る分には好きになれそう。でも、きっと向いてるのはお笑い芸人か、百歩譲ってもグラビアアイドルのキワモノ枠だろう。いやー、タモさんも大変だなー。


「……でも、一番の意外は、宮本」

「あー……あれなー……あれは、びっくりしたな……うん、あれは、ちょっと、コメントしようがねぇわ」


 遥人が言う「あれ」とは、昨日の武蔵の修羅場のことだ。

 そう――修羅場だ。

 言葉のわからないやり取りだっただけに、クリシュナとサティというメイドロボットとのやり取りは、そう表現する他なかった。


 行方不明になってからの武蔵は、確かに様子が変だった。

 その理由が、こっちで数多の女の子に手を出していたのだとするならば、ある意味で納得がいくことだった。


 なんと羨ま死刑。真姫を泣かせるようなら、ただじゃ置かない。あと、クリシュナはちょっと、ナイ、と思うぞ。


「……そっちじゃない。

 岸には、きっと、わからない」

「あ? なんだよ、それ?」

「……………」


 有多子はまだ何か言いたげだったが、無理やり飲み込んだようだった。

 正直、何が言いたいのかわからなかったし、聞き返そうとも思ったのだが、それは次の来客者によって叶わなかった。


「あ、ねえ、ものりさん見かけなかった?」


 栄介だった。


「ものりなら、さっきまで居たぞ。なんかあったのか?」

「あ、うん、戻ってるならいいんだけど……遥人たちも、来て欲しい。

 武蔵が、帰って来たから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ