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第188話 再会は隔絶と共に

 硬い地面に無理やり転がされ、踏みつけにされた。

 その衝撃で、クリシュナは目を覚ました。

 何が起きているのか――首筋に押し当てられた刃物の感覚に、否が応にも理解させられる。


「……久しぶりの再会だってのに、感動も何もないんだな」


 この三年間で一番耳にした声が聞こえた。

 それでクリシュナは、ここがムングイ王国の玉座であると知る。

 玉座と言っても、それられしい椅子はない。

 顔を上げれば、一段高くなった石段にヨーダは胡坐座でどっしりと構えていた。


「……サラスを追い出してまで、手に入れた場所の座り心地はどうだ?」


 続く声はクリシュナの頭の上から聞こえて来た。

 首を動かせる範囲にその姿を見ることはできないが、位置関係からそれがクリシュナの首に刀を押し当てている人物であり――つまりはムサシであると知れた。


「はっきりいやぁ、最悪だよ。座り心地は悪りぃし、何より硬ぇ。

 ありとあらゆるところがガチガチで、全身が凝り固まって仕方がねぇよ」


 辺りを見渡せば、城詰の騎士団が自分を取り囲んでいた。

 いや、正確にはムサシを、か。


「―――――」


 思わず、笑みが零れる。

 いずれにしても、この状況はクリシュナが想定していた最終局面に等しい。


「……オイ、オマエらは下がってろ」

「は? ……いや、でも……」

「いいから、下がってろ。オマエらがいても邪魔で仕方がねぇよ」

「……………」


 賊に国の要職者を人質に取られて、下がれと言われている。

 我が王の要望に訝しいものを感じながら、ムサシを取り囲んでいる騎士団はヨーダの命令に従い、この場から退去する。


 クリシュナにおいても、できれば第三者の言質は欲しいところだったが、しかしそれも必要条件でしかない。


 ヨーダの気持ちを考えれば、この場にムサシとクリシュナの二人だけにしたい気持ちもわからなくない。

 なぜなら、ここからは断罪の刻であるのだから。

 ヨーダも、例え公になろう事柄であったとしても、身内の恥を醜聞に曝すことはしたくないのだろう。


「待たせて悪りぃな。

 聞きたいことが山ほどあるってツラしてんなぁ。

 いいぜ、オマエの疑問に答えてやるよ。なんでも聞いてみろ」

「……師匠」


 親しみの籠った声音に、ムサシの声音も思わず緩んだのを感じた。

 しかしそれも一瞬のこと。

 首筋に当てがわれた刃が首の薄皮を裂き、それで再びムサシは気持ちを持ち直したのだと知る。


「――なんで、師匠が国王になってんだ!? なんでサラスを追い出した!? なんで――サラスを傷付けるようなことをしたんだ!!」


 今度はクリシュナ自ら、首を裂いた。

 思わず顔を上げて、睨み付けてやりたいと思ったのだ。

 恥知らずが、どの面を下げてそれを言うのか。


 その視界の端で、ヨーダは一瞬だけ遠い目をしているのが映る。

 それはヨーダ自身も誰かに問い詰めたいことに他ならなかった。

 なんで――。どうして――。

 それは、痛恨でもあり、どうしようもないことだった。

 だから、それにあえて答えを出すのなら――


「――みんなが幸せでいるためだよ」

「……はぁ?」


 ヨーダはそう答えた。

 当然、ムサシにはわからない。

 それがクリシュナには、悔しく、恨めしかった。


「この状況が――みんな、幸せだって言うのかよ!?」

「……そうだよ」

「サラスが傷付いて……壊れて……それで幸せだって言うのかよ!?」

「……そうだよ」

「違うだろ!

 あんた、サラスの父親に頼まれたんだろ! サラスに、普通の幸せを与えて欲しいって! あれが、普通の幸せなのかよ!?」

「――だけど、オレは先代にこうも頼まれた。この国のために尽くせってな」

「――っ。……………」


 クリシュナはその会話を知らない。

 だけど、ムサシは虚を突かれたように、押し黙ってしまった。


「サラスはな――この国のことを想えば、どうしようもないくらい失敗しちまったんだよ。

 アイツ自身が言ってただろ。王様失格だってな。自信を失った王に民は着き従いはしねぇよ。

 事実、ゴーレムに襲われたこの国には、サラス国王代理に対する不満は高まってた。

 そりゃそうだ。親しみだけで居座ってたお飾りの王様さ。いざ本当の危機に瀕してみりゃ、頼りなかったことが露呈したんだ。

 そのうえで裏切りまで発覚すりゃ、この国にアイツの居場所なんてなくなるに決まってるわな」

「――師匠が……師匠に、サラスを裏切り者だって責められるのかよ!?」

「ああ、ごもっともだ。けどな、他に誰もいなかったんだよ。

 それもアイツがオレみたいな裏切り者や、オマエみたいな余所者しか信用できなかった結果だ」

「……………」


 今度こそ返す言葉がないのだろう。


 もちろんヨーダからだって言いたいことがあっただろう。

 彼の視線は、ムサシだけを捉えてはいない。何度となく、疑惑の眼差しをその背後にまで向けていた。

 クリシュナの位置からは見えない。だけど、きっとそこにいるのだろう。


 イツキマヒメ。


 その女は誰なんだ? オマエこそ、この三年間どこで、なにをしていた? オマエが、サラスを支えられていたら、こんなことにはならなかった。

 ヨーダがそんな言葉をぐっと飲み込んだのが、クリシュナにはわかった。

 大人なのだ。図体の割に器用貧乏で、だからこそ、クリシュナは彼に報われて欲しかった。


「――言いたいことはそんなもんか。なら、オマエはもうサラスたちのところへ帰れ」

「……いいや。もう一つだけ、ある」


 それに比べて、ムサシは幼稚だった。

 しかし、その幼稚さに、クリシュナは賭けたのだ。

 ヨーダが報われるための、唯一の方法をそこに用意したのだ。


 ムサシは改めて、クリシュナの首に刀をあてがう。


「――俺の友達が、クリシュナに唆されて、ゴーレムに乗せられていた。

 魔法の杖を積んだアレに乗せられて、サラス……や、他の俺の友達たちもいる、ロボク村に突撃させられてたんだ」


 返答次第で、この首を斬ると、暗に示している。

 ムサシは、その決定的な疑問を、ヨーダにぶつけた。


「――これは、クリシュナの独断か? それとも師匠の指示か?」


 答えは聞くまでもなく、わかり切っている。

 ムサシはその答えを待っていた。

 その答えを持って、友人たちを危険に曝したクリシュナを処刑しようとしていた。

 ムサシからして、これは二度目のことだ。ムングイ王国での一軒もあり、もう許すつもりなんてないはずだ。


 ――クリシュナはこのときを待っていた。


 十分条件は真実だけ。

 そして、それが真実である以上、絶対に覆ることのない。


 かくしてヨーダは、


「ああ、オレが指示した」


 しかし、嘘を吐いたのだった。


「……は?」


 それはムサシのものだったのか、クリシュナ自身のものだったのか。

 ここにきて、初めてお互いの気持ちが一致した。


 ヨーダがそんなことはしない。

 それはムサシ自身はヨーダに対する信頼の上で、クリシュナにおいては絶対的な真実として認識していた。


「……なんで?」


 先に口火を切ったのはムサシだった。

 しかしその疑問はクリシュナこそ発したいものだった。


「そりゃもちろん、オマエらが邪魔だったからだ」

「……邪魔?」

「ああ。オマエらが、いつ、魔王アルクのようになるとも限らねぇ。だったら、そうなる前に、その可能性は摘んどくのは当然だろう」

「……違う」

「違わねぇ。オレたちが、どれだけアイツに手を焼いてたか、オマエだってよく知ってるだろ」

「……嘘だ」

「嘘じゃねぇよ。どうせオマエらも全員”ギフト”を授かってんだろ。それがオレたちには堪らなくこえぇんだ。わかんだろ?」

「……………」


 見え透いた嘘だった。

 分かるはずがない。

 なぜそんな嘘を吐くのかなんて、クリシュナには理解できなかった。


 しかしムサシは、クリシュナにあてがった刀を振るわせながら、長い時間考えて、考えて考えて――


「――ああ、わかったよ」


 クリシュナからその刃を外したのだった。そして、


「――ヨーダ(・・・)っ!!」


 師匠とはもう呼ばず、ヨーダの頬に拳を叩き付けた。


「陛下――っ!?」


 駆け寄ろうとするクリシュナを、ヨーダは手で制した。

 きっとヨーダなら避けようと思えば避けれたはずである。

 しかし、この一撃を甘んじて受け入れたのだ。


「――もし……次、また、俺の友達に危害を加えてみろ。そのときは……そのときは、俺が、お前を――殺すっ」


 肩で息をしながら、ゆっくりとそれだけ宣言すると、ムサシは部屋から飛び出していった。

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