第186話 仲間っていいもんだ
「……なんで……今更……」
それは遥人にとっても、失望感から漏れた言葉だった。
今更――それだけではない。
宮本武蔵は上手くみんなを巻き込んで実行していく――みんなの中心的な人物だった。
それが、彼までも、魔女の味方をしていた。
魔女を抱き留めて、遥人から救い出していた。
――愛してる。
その心の声は、遥人にも届いた。
意味がわからない。
だって、それは魔女の声だった。
他ならぬ武蔵へと向けられた、寵愛の想いだった。
意味がわからない。
だって、
――真姫はどうなる?
その事実一つとっても、遥人には武蔵が裏切り者に見えてならない。
だって、武蔵と真姫は――例えば、箸が二本で一膳のように――例えば、靴が二つで一足のように――二人で一つのようなものだった。
「――おまえ、まで――おまえまで、魔女にたぶらかされてんのかよ!! 武蔵っ!!」
遥人には、それが受け入れられなかった。
誰よりも仲間意識の強い遥人だからこそ、少しでも和が乱されることが我慢ならなかった。
エイブル・ギアの手足はもうない。
歩くことも、這いずることもできない。
それでも遥人は、エイブル・ギアを動かした。
動かせる部位を総動員させ、一撃を――体当たりでものしかかりでもいい――武蔵に食らわさなきゃ気が済まなかった。
『……遥人こそ、何に乗ってるのか、わかってるのか?』
その腕から魔女を降ろして、武蔵は刀を構えた。
何に乗っているのか?
そんなもの、決まっている。
「これは、オレの力だ!! オレだけの!! 仲間を守るための、エイブル・ギアだ!!」
『……そうか、知らないんだな。
だったら、俺が止めてやる。そんなもの、仲間を守る力でもなんでもないって、俺がわからせてやる』
「―――――」
それは明らかな否定の言葉だった。
この世界に来る直前、真姫を疎外していたのは武蔵だ。
勝手なことをして、栄介と仲違いしていたのは武蔵だ。
みんなに迷惑をかけていたのは武蔵だ。
そんな仲間との絆を壊そうとして人間に――
「おまえに――おまえに、なにがわかるっ!!」
否定されたくなんてなかった。
エイブル・ギアの関節を――動力を――動かせるもの全てを動かして、武蔵へとぶつける。
――仲間を守れるのは、もう自分しかいないのだから。
何者にもなれなくてもいい。
自分は死んでも構わない。
だけど、仲間との絆を壊そうとするのだけは――それだけは――
――死んでも、ごめんだっ!!
そんな遥人の想いは――
『――わかるさ。俺も、カミ様見つけ隊の一人なんだから――』
「―――――ああ」
――一閃。
モニターに映し出されたのは、惚れ惚れするほど美しい武蔵の残心だった。
直後、モニターが割れる。
武蔵の放った一刀は、コックピットを切り裂き――エイブル・ギアの本体から削ぎ落された。
――ああ、思い出した。
地面に落ちていく浮遊感のなか、遥人は、宮本武蔵がそういう人間だったと思い出していた。
◇
「ここに、オレたちカミ様見つけ隊の結成を宣言する!」
「嫌よ」
「カミ様ってなに?」
「ものりのことだろ。もう見つけたしね」
「は、恥ずかしい……」
「えー!」
馬鹿にされることは、馴れていた。
「なんでだよ! いいじゃんか、せっかく仲良くなったんだし!」
「あんたといると先生に怒られてばっかりなのよ」
「んなことねーだろ」
「先月、教室の水槽割って、めだか全滅させかけたの、まさかもう忘れた?」
それでみんなが笑顔でいられるなら、馬鹿にされるのも悪くないと思っていた。
だから、例え一人でも、遥人は馬鹿をやろうと思っていた。だけど、
「あれは武蔵が悪い」
「なんでだよ。武蔵敗れたりーって襲い掛かったきたの、遥人だろ」
「まあ、確かに武蔵も悪いけど」
「宮本も、悪い」
「えー!」
武蔵は、最初から一緒に馬鹿をしてくれた。
例え一人でも馬鹿をやろうと思っていた遥人だが、きっと一人ではただ空回っていた。
武蔵がそこをフォローしてくれたから、遥人は気にせず馬鹿をできたのだ。
「だけどロボットに乗る必要性がわからない」
「男の子なら乗ってみたいだろ、ロボット! なあ?」
「うん、私、女の子だけど、乗ってみたい」
「そこ同意するの!?」
「え、女の子がロボット乗りたいって言うの、いけない?」
「いや、別にいけないことじゃないけど……」
それに武蔵は、遥人の馬鹿を否定しなかった。
「……倉知もさ、馬鹿げてるからってあんまり否定してあげるなよ。人がやりたいことなんてそれぞれなんだから」
馬鹿を馬鹿だと言いながら、決して否定することはなかった。
だって、武蔵は「カミ様見つけ隊」を否定しなかったのだから――。
◇
――ああ、あんときと、同じだ。
コックピットごと落下した遥人は、全身を強く打ち付けて動けなくなってしまった。
モニターは全てブラックアウトして、密閉された空間は真っ暗だった。
空調が切れた空間は蒸し暑いはずなのに、どうしてか震えが止まれなかった。
この状況に既視感を感じて――すぐに思い出す。
ものりを探して、山に入った。
一人でどうにかなると思って突っ走って、斜面から滑り落ちた。
――オレは、相変わらず、なにもできねぇ。
どこまでも落ちていく。
真っ暗で、寒い、空間の中。
一人では何もできないことを、つくづく思い知らされた。
ヒーローになんてなれないんだって、つくづく思い知らされた。
何もかも同じだった。
――やっぱり、オレは、なにものにもなれねぇんだな。
このまま動けないまま、死ぬかもしれない。
それでもいいと思った。
――自分一人だけが死ぬなら、それでもいいと思った。
だけど――
「……武蔵……栄介……頼むよ……ものりと、タモさんだけは……助けてくれよ……」
自分が失敗して、自分だけが死ぬなら、それは仕方ないと思えた。
なにもできなくてもいい。
なにものになれなくてもいい。
だけど、このままでは、ものりと任が死んでしまう。
それだけは絶対に嫌なんだと、泣いて懇願した。
「頼むから……あいつらだけは……助けてやってくれよ……」
自分は馬鹿だから、誰とも話なんてせず、ただ魔女さえ倒せばいいと突っ走った。
だけど、あの二人は違う。
『……でも、ものりは、魔女の人たちとも話をしたいよ』
『それなら、ボクが、守さんの代わりに、話し合いに行くよ』
二人とも、魔女と話し合いをしたいと言っていた。
そうすれば、また違った結果が待っていたかもしれない。
もしかしたら、魔女と仲良くなれば、武蔵や栄介と協力できる未来だってあったかもしれない。
そう――仲間との絆を壊したのは、他ならぬ遥人の方だったかもしれない。
正義は魔女の側にあり、遥人はただの悪役に手を貸していただけなのかもしれない。
悪いのは全て遥人の馬鹿さ加減だ。
「なぁ……お願い、だから……あの二人は、間違えなかったんだから……」
暗闇に手を伸ばす。
何かに縋ろうと、必死に手を伸ばす。
助かりたいからじゃない、助けたいから、必死に手を伸ばす。
「なぁ……頼むよ……誰でも……誰でもいいから……」
自分以外に誰もいない空間で、自分以外に誰かに願う。
助けてあげて。助けてあげて。
「――あ」
――その想いを受け取ったかように、遥人に光が差した。
手を伸ばした先。
少しずつ光が、遥人を包んでいく。
誰かが、コックピットを開けたのだ。
「あ、見つけた」
光から、凛と鈴が鳴ったような声が振ってきた。
ひどく懐かしく、恋しい声だった。
遥人がその声に救われたのは、二度目だった。
◇
「あ、見つけた」
その声に、死ぬほど驚いたのを覚えている。
ものりを探して、飛び込んだ森の中。
一人、なにもできない、なにものにもなれないと泣いている中。
まさか誰かに声を掛けられるなんて、思ってなかった。
足の痛みも忘れて飛び起きると、ちょうど遥人が滑り落ちた斜面の上に、真姫の姿があった。
「あんた、馬鹿でしょ。
一人で飛び出して、それでこんなところで泣き喚いて、何してるの?」
「なっ――泣いてなんかねぇよ!」
驚きのあまり、つい強がりを言ってしまった。
本当は心細くて堪らなかったのに、それを指摘されると慌てて目頭を拭っていた。
もちろん、そんな姿は真姫にばっちり見られていた。
「泣いてたじゃない。
なに、あんた男はそう簡単に泣かないんだって言うタイプ? そのおかげで見つかったんだから、別にいいじゃない」
「だから、泣いてねぇ――いってぇ!」
強がりは長く続かなかった。
今更のように思い出した足の痛みに、思わず苦痛を漏らした。
「あんた、その足、怪我したの? ちょっと待ってて」
真姫は斜面を華麗に滑り降りてきた。
自分はそこから転げ落ちた事実を思い出して、妙に情けなく思えた。
遥人の足を見ようとする真姫に、後退りしてしまった。
「ちょっと、動かないの」
「オ……オレはいいんだよ! それよりも、ものりを探せよっ。ものりをっ」
「ものりなら、もうみんなが見つけたわよ」
「――はぁ!?」
衝撃の事実に、怒りが湧いた。
人の気も知らず、先に助けられていたとは、どういうことか。
「みんなって誰だよっ?」
「みんなは、みんなよ。あんたは、もうちょっと仲間のこと頼りなさい」
「仲間……って、誰のことだよ?」
それはまだカミツケ隊が結成される前のこと。
どこか擦れた態度を取っていた遥人は、真姫にそう聞いたのだ。
「うーん……わたし、とか?」
「――はっ?」
「うん、そう。わたし含めて、みんなよ、みんな。みんなあんたのこと心配で探してたんだからね」
「……だから、誰だよ、みんなって」
正直に言えば、そのときの遥人にとって、みんなが誰であってもどうでもよかった。
真姫が「仲間」と言ってくれたことだけで、胸がいっぱいだった。
きっと、真姫を好きになったのは、そのときだ。
そんな想いとは裏腹に、次第に「みんな」の声が届き始めた。
「あ、武蔵っ! 遥人ここにいたわよ!」
「なにっ!? ちょっと待ってろ、いま、降りるからっ!」
「ちょっ!? なんで降りてくるのよ、馬鹿! あんたまで降りてきたら、誰が引き上げるのよ!?」
「あー……まあ、どうせすぐに栄介が気付いてくれるだろ?」
「武蔵ーっ! 真姫さーん! なんか声がしたけど、見つかったのっ?」
「……ほらな。
おーい、栄介! ここだ! ここにいるぞ!」
「江野……たぶん、崖の下。私、ロープ持ってくるから、江野はこのライト使って」
「はるくーん! はる君もそこにいるのかなっ?」
「……ものりが探す側に回ってるの、なんか納得がいかないんだけど」
すぐに真姫を好きだという気持ちは、抑え込むことになった。
だけど、それも悪くないと思えた。
心細い気持ちは、いつしかすっかりなくなっていた。
騒がしい仲間がいて――不安になんて思うはずがなかった。
遥人は、そのとき初めて、仲間っていいものだと思ったのだ。
◇
「……なに、あんた、また泣いてたの?」
光の奥から、真姫が見下ろしていた。
どうして彼女がここにいるのか――そんなもの考えるまでもない。
ここに武蔵が現れたのだ。だったら、真姫だって一緒にいて当然だった。
だって、彼らは二人で一つのようなものだから。
「……うるせー、泣いたっていいだろ。それで見つかったんだからよ」
「――そうね」
くすりと笑いながら、真姫はそう返事をした。
「ほら、立てる? 引っ張り上げるから、ちょっとこっちに来なさい」
「……全身が痛くて動けねぇ」
「泣き言言わない。男の子でしょ」
「……昔と全然ちげぇ」
どこか懐かしいやり取りを思い出していただけに、思わず脱力してしまう。
だけど、それでも、ここだけはきっと同じだろう。
不思議な確信を持ちながら、遥人は口を開く。
「オレはいいから。それよりも、ものりと任を助けてくれよ」
「二人なら、もうみんなが助けたわよ」
「―――――」
自分がしてきたことは、なにもかも間違いだった。
それでも、それが聞けて、遥人は心の底から良かったと思えた。
「みんなって――誰だよ?」
「みんなは、みんなよ。
ああ、でも、そうね。今回はちょっと、大勢かしら」
首を巡らせて確認する真姫の様子に、きっとそこに「みんな」がいるのだとわかる。
きっとまたすぐに騒がしくなる。
だから、遥人は、あのとき言えなかった言葉を、騒がしくなる前に伝えてしまおうと思った。
「真姫――好きだ。オレはおまえが好きだ」
さすがに、この告白には驚いたのだろう。
大きな目をぱちくりと二度、三度、瞬きをして、真姫は遥人を凝視した。
自分でも、このタイミングはどうかなと思った。
これもきっと間違いだった。
だけど、今言わなきゃ、二度と言えないと思った。
――それに返事は、よくわかってる。
「そう――悪いけど、わたし、好きな人がいるの」
真姫は、遥人の突然の告白に、茶化すでも、誤魔化すでもなく、まっすぐと返した。
「知ってるよ。オレも、そいつのこと、大好きだ」
そいつだけじゃない。
みんな、みんな、遥人は大好きだった。
誰かだけを、なんて選べない。
みんないなくちゃ、駄目なんだ。
そんな当然のことに遥人は、ようやく気付いた。
「はる君っ!! だいじょうぶ!? 頭打ってない!? 歴代総理大臣、全部言える!?」
「遥人君、ごめん! 僕が、撃たれたばっかりに!!」
「―――――」
真姫を押し退けるように、光の奥からものりと任が顔を出す。
ものりに対しては「そんなの言えるわけねぇ」って返したかったし、任には「逆になんでそれで無事なんだよ」と突っ込みたかった。
だけど言えなかった。
口を開けば、きっと嗚咽が漏れてしまう。
それほどほっとしたのだ。
「……はは」
――いや、気にする必要ねぇか。
だって、
「……んだよ、二人とも……ひでぇ、顔」
ものりと任もすでに涙でぐちゃぐちゃだった。
――きっとオレも、同じ顔してんだろな。
お互いにお互いを心配して泣いて――。
お互いにお互いの無事を喜んで――。
改めて、遥人は気付かされた。
――仲間って、いいもんだ。




