第185話 おかえりなさい
ゴーレムを倒したことで、そのゴーレムを囲ってちょっとした騒ぎになってしまった。
集まった人数が人数だけに、収集がつかない。
無事にゴーレムを倒せたことに安堵する人、未だに家族と合流できずに大声を張り上げる人、謎のメイド服集団に警戒する人、感極まって若い騎士団員に抱き着いて別の村娘に張った押されて怒られている人――って、それはパールだった。
「パ、パール、その人は……?」
いきなり抱き着くくらいの仲である。
只ならぬ関係ではないのかと、栄介は気が気ではなかったが、
「あー、エイスケ。
これ、シュルタ。シュルタ、パティの……えへへ……けっこん、おとこ。シュルタ、がんばるをした。えらい。すごい、えらい」
相変わらずたどたどしい日本語で、サティがいないと十全に意味はわからない。
よくよく見れば、パールを張った押した村娘はパティだった。シュルタと呼ばれた少年を抱えて、パールに対して警戒感を露わにしていた。
三人の関係性がよくわからなかったが、たぶんパティとシュルタが良い仲で、それを割って入ろうとする間女がパールなのだろう……パールって意外と肉食系?
シュルタと呼ばれた少年はどうやら人気者のようで、村の人たちや騎士団の人たちに揉みくちゃにされ、さらにはなぜか胴上げまで始まった。
まるで彼がロボットを倒したみたいである。本人は顔を真っ赤にして嫌がっているしで、何が起きているのかさっぱりわからない。
「お、お兄ちゃんっ!!」
真にロボットに倒した張本人は、ようやく到着である。
こちらもこちらで、感極まった様子で栄介に飛びついて来た。
「こっ、こわっ、こわっ――」
「……壊しまくれてすっきりした?」
「こわかったよぉぉぉぉぉっ」
――とてもそうは見えなかったのだが。
正直、巨大ロボットに向き合って平然と銃を構えていたリオの姿は、あまりにも様に成り過ぎていて、リオの方が怖かったくらいだった。
「あー、はいはい、よーしよーし、よしよしー」
えぐえぐと泣くリオの頭を撫でてやる。
こうやって甘えてくるリオは何年振りだろうか。
最近は栄介の前で気を張ってばかりいるので、ちょっと懐かしく思う。
――思うのだが、なんだか妙に視線を集めているのに気が付く。
冷ややかというか、微笑ましいというか、ああ、こっちもかーとか、そんな物慣れない雰囲気に、落ち着かない。
「……パール、なんか、みんなに見られてる気がするんだけど」
ぽーっとした表情で、こちらを見ているパールに聞いて見るものの、
「ひやーっ。
あ、あに、いもうとは、きけん、あるよ。
で、でもっ、でもっ……わたし、は、おうえん、を、する。
……で、でも……うー……はずい」
目を覆って、フラフラと栄介たちから離れて行ってしまった。
「……はずい?」
何かあらぬ誤解を招いてしまった予感だけは拭えない。
あとでサティを通じて、ちゃんと話をしようと心に決める。
しかし、まだサティも戻って来ていない。
クリシュナという人を連れて来れば勝ちだから、それまでロボットの足止めをしろと言われていたが、足止めどころか足ごと吹き飛ばしてしまった。
これはもう色々とやらかしてしまった気がしてならなかったが――悔やんでも、どうしようもない。
今は先にやることがあった。
リオが落ち着くのを待って、栄介は倒れたまま動かないロボットに近付く。
「おーいっ! 遥人っ! そろそろ出てきなよっ! ちゃんと、話をしよう!」
これで何度目かの呼び掛けを行う。
反応は今のところなかった。
ものりと任がどうなったかも聞かなくてはいけない。
クリシュナが連れ去ったのだとすれば、サティの帰りを待つ必要があるが、そうでなければ助けに行かなくてはいけない。
なにより遥人自身に怪我がないか、それも心配だった。
「ねえっ! 遥人っ! ものりさんと、任くんはどうしたの!? 助けに行かなくてもいいの!? ――ん?」
その言葉に、ロボットが少しだけ反応したように見えた。
気のせいかもしれない。
音なんかもしなかった。だけど、少しだけ、なにか電気のようなものが走ったような、そんな空気の変化を感じた。
「――エイスケっ!!」
パールが駆け寄って来た。
すごく緊迫した表情に、一瞬、呆気に取られ、
『――おまえが』
「えっ――」
地の底より響くような声に、一瞬、誰の声かわからなかった。
『――おまえが、それを言うのかぁっ!?』
「――っ!?」
気付いたときには、もう手遅れで――ロボットの腕が栄介に伸びていた。
――握り潰されるっ!?
それだけは理解できたのに、咄嗟に身体が動かない。
完全に、終わったものだと思っていた。
下半身はバラバラに吹っ飛び、片腕だってもぎ取れていた。
傍目に見れば、それはもう死んでいる。
だけど、これはロボットなのだ。
足がなくなっても、どれだけバラバラにされても――腕の一本でも残っていれば、動いてしまえるのだ。
「――エイスケにげて!!」
ロボットの腕が届く寸前、そんな声と共に栄介は押し退けられた。
これもまた突然のことで受け身なんて取れなかった。
――だけど、巨大な腕に掴まれるのに比べれば、そのくらいどうってことはなかった。
しかし、栄介の代わりに、その苦痛に苛まれたのは――
「うっ、ぐっぅぅぅぅ――」
「――っ!? ――パールっ!!」
パールが、ロボットの腕で握られ、持ち上げられていた。
軽くつまむようなもんじゃない。
全力で握り潰そうとしていた。
『魔女ぉぉぉっ!! おまえさえっ! おまえさえいなきゃなぁぁぁ!!』
「がっ――はっ――」
機械の力が、どの程度のものか知らない。
だけど、そのロボットは、その腕で、大木だって軽々持ち上げて、投げ付けていたのだ。
人間なんて、簡単に潰されてしまう。
「や、やめろっ!! 遥人っ!!」
『やめろぉっ!? なんでだ!? なんで!? なんで、止める!?
こいつがいなきゃ、ものりも、タモさんも、助かんだよ!!』
パールの言う通りだった。
遥人の発言は、ものりと任が人質に取られていることを示唆していた。
それであれば遥人の行動も理解はできる。理解はできる――でも――
『おまえは、友達と! 魔女と! どっちが大切なんだよ!?』
「――っ」
そんなもの選ぶことはできない。
だって、栄介にとっては、パールだってもうかけがえのない存在になっていたのだから。
そう、今なら、リオに問われた質問に、素直に答えられる。
『お兄ちゃん、パールさんのこと、好きですよね?』
――うん。ボクは、パールのことが、好きだ。
『……やっぱり、おまえは、魔女に操られてんだよ。
だから――オレは、もう、おまえらには頼らねぇっ。
仲間は、オレが、守るんだっ!!』
「――っ、やめて、遥人っ!」
銃を――
銃を撃たないとと思った。
遥人を止めないと。
だけど、遥人がパールを握り潰すよりも早く、その手から彼女を解放するような武器を、遥人は思い浮かばなかった。
そこまでの威力があると、パールだって無事では済まない。
――そこが栄介の限界。
「……あっ……あっ……」
――……たすけて……。
パールの声が届いた。
押し潰されそうになり、もう声だって出せるはずがない。
だけど、彼女の心の声ははっきりと聞こえた。
――遥人を――遥人を殺せば、パールだけは助かる。
貫通力に優れた銃で、コックピットを撃ち抜けば、パールだけは助けることができる。
――遥人を、殺せば。
そこまで考えて、栄介は――
――……たすけてっ。
「―――――」
ついぞ、そんな銃を生み出すことはできなかった。
――たすけて、ムサシくんっ!
「――えっ?」
それはどのような感情から発せられた声だったが、栄介は自分でもわからなかった。
驚きか、失望か、嫉妬か、絶望か――。
いずれにしても、次の瞬間――疾風が吹いた。
あまりにも鋭いそれは、音さえも切り裂き、無音のまま事を為した。
何が起きたのか、きっとその場にいた誰もがわからなかっただろう。
だって一番間近で見ていた栄介でさえ、気付かなかったのだから。
気付けばパールが消えていた。
ロボットの腕と共に、消失していた――そうとしか見えなかった。
「――先、輩……どうして……?」
それに最初に気付いたのは、リオだった。
遠巻きながら、パールを助けようと必死に武器を探し、ちょうど騎士団員の一人から拳銃を引っ手繰った直後だった。
ロボットの指関節目掛けて狙いを定めたところだったが故、一番に彼を発見した。
『……なんで……今更……』
そして次に気付いたのは、遥人だった。
到頭、最後に残った片腕までなくなり、呆然とその腕の行方を追って、そして見つけた。
ロボットの視線を追って、栄介もまた、その光景を目にした。
刀を持った剣士だった。
辺りにロボットの腕だった残骸が散乱していて、誰から見てもその剣士が切り裂いたのだと、一目瞭然だった。
剣道家でもある栄介の目から見ればわかる――いや、それは誰が見てもやはり一目瞭然だっただろう。
達人と呼ばれる域を遥かに超えている。気迫のようなものが、辺りに漂っている。
だから、
「……………む、さし?」
友人たちは、それを宮本武蔵だと気付くのに、時間がかかった。
「あ――」
最後に彼の存在に気付いたのは、彼の腕に抱き留められたパールだった。
「ああ――」
パール自身も何が起きたかわからず、しばらく辺りを見回して――彼の顔を見上げ、思わず感嘆を漏らしていた。
「――ムサシ……くん……」
久しぶりに呼ぶ、その名前に、声が――全身の震えが止まらない――
「ムサシ、くん……ムサシくん……」
目に涙を溜め、震える声で、必死に呼ぶ。
「ムサシくんっ……ムサシくんっ……」
どれだけこのときを待ち侘びたのか。
どれだけその名に焦がれたか。
「ムサシくんっ――! ムサシくんっ!!」
全力でその名を叫ぶ。そして、
「――おかえり、なさいっ!!」
そこでようやく武蔵は、パールへ顔を向ける。
驚いて――あるいは別の感情が去来したのか――胸をつかえたように、小さく息を吸い、ただ一言添えて、そして、
「――ただいま、パール」
パールの頭に、ぽんっと手のひらを乗せたのだった。
◇
そのときの気持ちを、栄介は一生涯忘れない。
胸を締め付けられるような、愛おしさに潰されてしまいそうな――
そんな狂おしいほどに――残酷で――絶望的な幸福を、一方的な叩き付けられた。
どこまでも止め処なく溢れてしまっている気持ちを、その場の誰もが共有した。
それはただ一つの、とても単純で、圧倒的な「愛してる」という気持ちだった。
栄介は、そのときの敗北感を、一生涯忘れなかった。




