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第18話 誘拐の誘拐と誘拐

 それから丸一日かけて、ようやく寺院に帰ってきた。


 真っ先にサティと会って話をしたかった武蔵だったが、結局、それが叶うことはなかった。




 寺院に帰ってきてすぐのこと、カルナと別れてすぐに向かったのはサティとパールが自室として使っていた部屋だった。

 しかし、その部屋に辿り着くだけの時間も与えてはくれず、寺院のあちこちで悲鳴と剣戟が聞こえ始めた。


 一瞬でなにが起きたか理解して、武蔵は自分のしでかした失敗に気付いた。


 ――後を付けられていた!?


 もう少し考えていれば思いつきそうなその事実に責め立てられるように、武蔵は駆け出した。


 途中、メイド服姿の女性が屈強な寺院の戦士を切り伏せるのに遭遇して、武蔵は悲鳴を押し殺して隠れる。



 人が殺される瞬間を初めて見た。



 血飛沫が石壁を染めるのがその眼球に鮮烈な残像となって残る。


 剣を構える暇も与えられずに不意打ちのように斬りつけられた戦士を、武蔵は恐らく知っている。

 ここで戦士をしている人とは、大概訓練場で顔を合わせている。


 その誰かが、たった今、斬り殺された。


 武蔵がほんの少し考えが足りなかったせいで――


 叫びたくなるのを、泣きたくなるのを、吐き出したくなるのを、それらをすべて喉の奥に押し込んで、それでも足の震えだけは押し込むことができずに、武蔵はその場で崩れ落ちてしまう。


 サティとパールを探さなくてはいけないと思った。

 探してどうするのかさえわからなかったけれども、探さないといけないと思っていた。


 なのに一度崩れた足を立て直すことができず、嗚咽が漏れる口を塞ぐことしかできない。


 それは何のために塞いでいるのか、武蔵は自覚して、さらに強い吐き気が込み上げてくる。


 ――これは自分が見つからないようにするためだけに塞いでいる。


 ――自分が招いた惨劇を、自分だけが巻き込まれないようにしている!!



 なんて浅ましいのだろう。


 なんて浅ましいのだろう!


 なんて浅ましいのだろう!!



 かつて最強の剣豪に憧れた。


 気のある幼馴染に唆されたのがきっかけだったけれども、それでも同じ名前に生まれた運命を信じて強く生きようと願った。



 ――それが、なんて、弱いんだ。



 勝負に勝ちたいと、ずっと願っていた。


 武蔵は一度たりとも誰にも勝てたことはない。


 それでも――


 ――それでも、強くありたいって思っていたはずなのに、なんで全く動けないんだ!!


 また遠くで悲鳴が聞こえた。


 それよりも、近い背後で重い足音が聞こえたことに、武蔵は背筋を凍らせた。


 ――身勝手すぎる。


 振り返る。


 そこには刀を構えたメイドがいた。


 ――こんな弱い自分はいっそ殺して欲しい。


 今まさに殺されそうになっている自分に対して、まるで第三者であるかのように、武蔵は願う。


 殺して欲しい。


「――ムサシっ!!」


 しかし、またしてもそれは助けられてしまう。


 刀を剣で受け止めるカルナ。

 まるで昨日のやり直し。


 しかし今回は反撃を食らうことなく、完全に武蔵とメイドの間に割って入っていた。


「ムサシっ! ごめん!!」


「――――?」


「油断した! あんたが倒したと思ってた! あんたの言うことを信じられなかった! あたしが失敗した!! ごめん!!」


 そう言って、カルナはまた泣いていた。


 なにを言っているんだと、武蔵は思った。


 これはどう考えても武蔵自身の失敗だった。

 ノコノコと相手の思惑に乗っかって敵を招き入れてしまったのは武蔵だ。


 武蔵の弱さが招いたのだ。


 そして何よりも――


 ――どうして俺が倒せたと思った?


 宮本武蔵。


 その名前だけで大勢の人から期待されて、同じだけ落胆されてきた。


 待望されて、失望されて、絶望してきた。


 ――こんなところに来ても、俺はまた、同じなのか!!


 カルナがメイドと刃を交える。


 本気を出したカルナは武蔵なんかよりも圧倒的に強い。


 その戦いはあっという間に武蔵の踏み込む余地を無くす。


 もっとも、武蔵の戦意など初めから消失していた。


「あら、こんなところにいた」


 再び後ろから声をかけられる。


 恨みすら覚える聞き覚えのある声。


「ウェーブ!」


「案内、ご苦労様」


 振り返りながら彼女の名前を呼ぶ。


 そこには見知ったメイド服の人物が、己が娘と呼ぶ人物を抱えて立っていた。


「パール!?」


 パールはウェーブの腕の中でぐったりとしていた。

 娘と呼ぶ以上はまさか殺してはいないのだろうけれども、でも意識がないことは間違いない。


「貴方のお陰でようやく会えたわ。

 まさかこんな敵陣のど真ん中に連れて来ていたなんて予想外だったわ。

 貴方に案内してもらわなかったから、きっと一生見つけられなかったわ」


 ――敵陣。つまり、やっぱり彼女たちはサラスたちの敵。


「……取引はどうした?」


「ええ、ちゃんと守るわ。私はこれでも義理堅いのよ」


 ――義理堅い人間が騙し討ちなんてするかよ。


 最初からこのつもりだったのだろう。


 武蔵達の後を付けてきて、サティとパールの居場所を探す。

 武蔵に連れて来てもらうよりも確実な方法だ。


 取引だと言いながら、自分は全く対価を支払うつもりがない、卑怯な手段だ。


「本当に疑り深いわね。本当に守るわよ」


 そんな武蔵の胸中を推し量ってか、ウェーブは念を押す。


「そのために貴方も連れて行くわ。もしものときの彼との交渉材料になるかもしれないし」


 彼とは誰のことを指すのかわからなかったが、その言葉がなにを意味しているのかならわかる。


 ――つまり俺を人質にするつもりか!?


 そう思った矢先、後ろから何者かに羽交い絞めにされる。

 物凄い力で振り上げられたかと思うと、世界がぐるりと一回転。


 気付いたときには、武蔵は先ほどまでカルナが戦っていたメイドに抱え上げられていた。


 見た目華奢な細腕では信じられない芸当だった。


 そしてそれ以上に、そのメイドが武蔵を抱え上げたということは――


「カルナっ!」


 武蔵は自由の利かない身体を無理やり捻って、先ほどまで甲高い音を響かせていた戦場に首を向ける。


 そこには倒れて動かなくなってしまったカルナの姿が見えた。


「カルナっ!!」


 再度叫ぶが反応がない。


 目立った外傷は見えなかったが、それでも生きているのか死んでいるのか確認できない。


「では、お暇させて頂きましょう」


 そう言って歩き出そうとするウェーブ。



 そのとき、まるでノイズの酷い電子音のような音が響いた。



 その音がきっかけになったのかわからないが、パールが目を覚ましていた。


 パールの視線の先を武蔵も追う。

 

 そこにもう一人、別のメイド服姿の女性が立っていた。


 片手に刀を握りしめ、トレードマークのメイド服はあちらこちら破れていて、ここまでの激戦を物語っていた。


「……サティ」


 弱々しいパールの声が微かに聞こえた。

 と、同時にサティがウェーブに向かって駆ける。


「忌々しい人さらい!!」


 ウェーブはそれに刀を構えて応戦。


 刀と刀がぶつかり耳を割くような金切り音が響く。


「きゃあああああぁぁぁっ!!」


「―――――!!」

「―――――!!」


 その音にパールが悲鳴を上げた。


 パールの反応にサティの行動は早かった。

 サティは刀を放り投げたかと思えば、手刀をウェーブの顔面に向けて振う。

 パールのことを配慮して肉弾戦にシフトしたのだろう。


 ウェーブはパールを抱えたまま、背中から地面に倒れて手刀を躱す。

 背中を打ち付けるような音がしたかと思えば、その体勢のままサティに足払いを放つ。

 しかしサティもそれを後ろに飛んで避ける。

 

「――貴女、先ほどの声はどうしましたの?」


 一拍の睨み合いの中、ウェーブが問う。

 しかしサティはなにも答えない。答えることができない。


「そう、壊れてしまったの。

 お陰で私は彼と取引することができたというわけね」


 ウェーブはちらりと武蔵を見る。

 なにが取引だと思いながら、武蔵はなんとかメイドの腕から脱出しようと試みる。


 しかし、まるでフォークリフトに摘ままれているようにメイドの腕はびくともしない。


「パール。ちょっとだけごめんなさいね」


 ウェーブは娘に優しく囁いた。

 それこそ母親が子供を寝かしつけるように甘く。


 しかしそのあとの行動は全くその逆だった。


 ウェーブはパールを天井に向けて放り投げたのだ。 


「きゃああああああっ」


 急な浮遊感に再び悲鳴を上げるパール。


 そして咄嗟にサティはパールを受け止めようと右腕を伸ばした。


 ダメだと武蔵が思ったときにはもう遅かった。

 そして恐らくサティもそれに気付いた。


 伸ばした腕をウェーブの刀が撫でた。


 パックリとサティの腕が身体から離れ落ちるのが見えた。

 血飛沫が、壁を塗りたくられる光景が、武蔵の頭にフラッシュバックされる。


 しかし、実際はそんなことにはならずに――


「……………なんだ、あれ?」


 サティの腕は火花が散った。

 断面からはコード類が飛び出した。

 それが血だと思えば見えなくもなかったが、サティの腕から滴り落ちたのはどす黒いと言うにはあまりにも黒い、オイルのような体液。



 それはどう見ても機械だった。



 サティの腕は機械で出来ていた。



「サティっ!!」


 叫ぶパールはいつの間にか再びウェーブに抱えられていた。


「では、今度こそお暇させて頂きます。ごきげんよう」


 ウェーブの蹴りで、サティの身体は軽々と壁に叩きつけられる。


 ガシャンッと響いた音は、とても生物が壁に叩きつけられたような音ではなく――そう、まるで金属がぶつかるような音だった。


 武蔵はなにが起きているのか考えられなくなっていた。

 目の前で起きている出来事が理解の範囲を超えていた。


 気付けばメイドから逃げ出すことも辞めて、ただ茫然と運ばれるに任せる。


「サティっ!! サティっ!! サティっ!!」


 ただパールの悲痛な叫びだけが、しっかりと耳に木霊していた。

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