第184話 全ては不自由な視界の中で
――ありがとう、シュルタ。
騎士団と機械人形の争いは止まったことを、パールはその能力で気付いた。
元より機械人形たちには「戦うな」ということを徹底付けていた。
唯一、自衛のために殺さない程度の争いは許可していたが、それが仇となったのだろう。
きっとスラのいつもの早とちりだ。
シュルタには彼女たちへ「パールが怒っていた」という伝言を言づけた。
それで少なくとも機械人形から騎士団への攻撃は止む。
問題は騎士団の方だったが、これもシュルタがどうにかしてくれると信じていた。
そこにどんなやり取りがあったか、仔細までパールが感知することはできなかった。
しかし結果的に、パールが思っている以上に早く、騎士団は機械人形と連携を取り、ロボク村へ駆け付けて来た。
「ごひゃく!!」
「……へ?」
「ううん、さんびゃく! さんびゃく、かず、いう! が、かつる!」
あとは時間との勝負だった。
騎士団と機械人形たちがなんとかしてくれるとは思っていない。
だけどそれだけの人数で立ち向かえば、否が応でもゴーレムの足は止まる。
そうすれば、あとは彼女が狙い撃つと、パールは信じていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なに……これ……」
村に集まりつつある人たちに、リオは少しばかり物怖じしていた。
レザーアーマーを着た人たちは、増援だろうか?
メイド服を着た女性たちも、一人一人はとても可愛らしいのだが、それも集団ともなると少し怖さを感じる。サティも同じメイド服を着ていたことから、恐らく仲間なのだとはわかるのだけど――。
『栄介ぇっ……!! おまえも……リオちゃんか……魔女か……選びやがれっ!!』
「――っ!?」
そのとき煙に包まれた森の中からロボットが飛び出した。
先ほどとは違い、明確な殺意を持って、真っすぐにリオに向かってきた。
咄嗟にレールガンを構えることはできたが、圧倒的な質量を前に身が竦む。
何よりも――
――狙いが、定まらないっ?
相手は真っすぐに向かってきているとは言っても、やはり動く標的に狙いを付けるなど容易ではなかった。
――このままじゃっ……お兄ちゃんっ。
諦めそうになり、兄に祈った、そのとき――
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「――!?」
鬨の声が聞こえた。
折れそうになる心を鼓舞するような、恐怖を上書きするような、そんな雄々しい叫びが聞こえた。
それはレザーアーマーの集団が上げた声だった。
彼らはロボットの姿を見つけると、各々の得物を手に、一斉に走り出した。メイド服姿の女性たちも一緒だ。
その先頭を走るのは、誰よりも小柄な少年だった。きっとまだリオたちと年齢も変わらない。
あんな巨体にぶつかったらひとたまりもないのに。簡単に命だって落とすのに。
だというのに、そんな恐怖は一切感じさせず、全員が一丸となってロボットに向かって行った。
怖くないのだろうか?
いいや、怖いはずだ。
怖くない人なんているはずがない。
それなのに――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
それなのに、彼らは勇敢にも立ち向かっていった。
一見、その姿は無謀にしか見えない。
しかし、それ以上の進撃は許さないと進む姿は、その背に守りたいものがあるのだと伝えていた。
――わたしも、守りたい。
兄と、兄が好きになった相手を。
馬鹿なことをしていると、自分でも思う。
全く報われない。
だけど兄は、自分の代わりを果たそうとしたのだ。
――なら、今度は、わたしが、お兄ちゃんの、代わりにっ。
多くの軍勢を前に、遥人はたじろいでいた。
「……まだ」
メイド服姿の女性が何人か、ロボットの足に取りついた。
「……まだ」
遥人はそれを引き剥がそうと、足を振った。
「……まだ」
レザーアーマーの集団が、その足にロープを引っ掛け、引っ張る。
「……まだ」
ロボットは足を大きく動かし、レザーアーマーの集団がロープごと吹っ飛ばされていた。
「……まだ」
メイド服姿の女性は、取り付いた足の関節に、日本刀を突き立てていた。
「……まだ」
ロボットは強く大地を踏みつけ、衝撃でメイド服姿の女性は落下する。
「……まだ――っ!?」
「はぁぁぁるぅぅぅとぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
兄が、森の奥から飛び出してきた。
その手には小さな拳銃が握られていた。
「とまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ロボットは思わず、振り返っていた。
「えぃぃぃぃぃぃすけぇぇぇぇぇっ!?」
銃声は、リオの下にまで届いた。
それは人を傷付けることのない武器だった。
だけど、強烈な光を放ち、辺りにいた全員の目を眩ました。
――閃光弾。
辺りを光が包む。
レザーアーマーの集団も、メイド服姿の女性たちも、遥人や栄介、リオの目だって、その強烈な閃光に焼かれていた。
だけど、
「―――――」
リオの目は生まれたときから不自由で。
分厚い牛乳瓶の底のような眼鏡がなければ、何も見えなかった。
この世界に来てからも、暗闇に中で。
見えたとしても、何もかもが拡大されたミクロの世界で。
今までずっと不自由な中にいて――。
その誰もが不自由になった視界の中で、リオだけが、唯一、はっきりと――
「――見える」
ロボットの足が完全に止まった。
兄が作った、完全なる隙。
それを兄が造った銃で――
「――今っ」
――撃った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――あー、これは完全に終わったっぽいっすね」
ロボク村から離れること、十数キロ。
この島、唯一の山の中腹。
離れた場所でも戦況を把握できるこの場所で、クリシュナはずっと双眼鏡を使って眺めていた。
幸いにして、この距離であれば閃光が目を焼くこともなく、一部始終観察できた。
光に包まれたゴーレムは、次の瞬間、下半身が吹っ飛んでいた。
見ていても何が起きたのかわからない。
全く異世界人とは恐ろしい存在だと、改めて思い知らされた。
「あれはムサシ……ではないっぽいっすね。ハルクンたちの友人かな?」
ムサシの登場に期待したのだが、肩透かしである。
しかし――いずれにしても、クリシュナの本番はここからである。
「さてと、うちも準備をっと――」
「そこまでです」
声を掛けられるとは思わなかった。
まさかムサシもここには来るまいと踏んでいただけに、余計に驚いた。
「――よく、ここがわかったっすね」
「貴女のことですから。きっとどこかで見ていると思っていました。
魔法の杖からも十分な距離を取り、それでいて戦況を把握できる場所など、そう多くはありません」
サティはどうということのないように話すが、そんなわけがない。
この山も広い。
仮にそこまで特定できても、探して回るのは相当な時間を必要としたはず。
パールを連れて来ているわけでもないのに――。
「ふーん……これも”勝利の加護”の力っすかね?」
「大人しく、起爆装置をこちらにお渡し下さい。でなければ、私も強硬手段に出ます」
「どうぞ、できるもんなら好きにすればいいっすよ――できるもんなら。
どうせ侍女さんも、パールに命令されてるんすよね? 人間を傷付けては駄目だって――」
「――必要であれば、集積回路を焼き切る覚悟くらいございますよ」
「……はぁ」
溜息が出る。
カルナではないが、パールがずるいという気持ちがよくわかる。
どうしてパールの周りには、こう自分のために命を懸けてくれる存在がゴロゴロいるのか。
どうして自分には、そんな存在が現れなかったのか――人望がないからだ、知っている。
「ないっすよ」
「……はい?」
「だから、持ってないっすよ、そんなもの」
「そんなはずはありません」
「そんなはずありまーっす。どーせ負けるってわかってる戦いに、そんな超ド級の自爆装置持って挑んだりするもんすか」
両手を上げてひらひらと、何も持っていないことを強調する。
「……貴女はサラス様ごと、あの村を焼き払うつもりだったのではないのですか?」
「そしたら、うちの王様が泣くわ怒るわで大変っすよ」
「貴女は……一体、なにを考えて……」
「そりゃ、負けることっすよ。当然っしょ。相手は”勝利の加護”持ちなんすから。
最初から勝てるなんて思ってないっすよ」
「……貴女の考えが、まるで理解できません」
「そりゃ、機械人形なんかに理解できないっすよ――うちの淡い恋心なんて。
あ、いや――侍女さん、もしかして期待してたんじゃないっすか? ここに来ればムサシに会えるって。
残念っすね。本当の勝利条件は、うちではなくゴーレムを止めること。
ムサシが現れるとしたら、あっちっすよ、あっち」
「……………」
珍しくサティが困惑した顔を浮かべている。
ねちっこく問い詰められてイライラしたが、そんな顔を拝めただけで少しは溜飲が下がるというものだった。
「あー、しっかし、最後までムサシは現れなかったっすね。そこだけは完全に誤算っすよ、ホントに。
あの光、なんだったんすか?」
閃光はすっかり収まり、上半身だけで横たわるゴーレムの姿が露わになっていた。
片腕もなくなってしまっているので見るも無惨である。
「あれは……江野兄妹の力です」
「――兄妹? え、うち、兄妹に負けたんすか?」
「――そういうことになります」
「ふーん、へー、あ、そー」
それは少しばかり、癪に障った。
兄妹など、この世で一番下らない関係だと言うのに――。
ここに至って、それが一番の敗北感だった。
「……まっ、いいっすけど、べつに」
兄妹に負けたのだと思うと、ボロホロのゴーレムもなんとも哀れに見えて、目を逸らした。
「……ささ、神妙に捕まってやるっすから、さっさと縛り上げるでもなんでもすればいいっすよ」
そのまま縛れと言わんばかりに、両手を差し出す。
――しかし、いくら待っても、サティはその手を縛るでも掴むでもしなかった。
「……?」
サティを見れば、その眼はクリシュナになどなく、どこか遠くを見ていた。
「――あぁっ」
その眼を追う。ちょうど先ほどまで眺めていた、残骸となったゴーレムが転がっている方角。
「――え」
――ゴーレムは残骸になどなっていなかった。
上半身だけになりながらも、動いていた。
残った片腕で、何かを掴んで、掲げていた。
それが何なのか、双眼鏡を覗かなければクリシュナにはわからない。
しかし、サティには見えたのだろう――。
「――お嬢様っ!!」
その叫びに、遅らせながらクリシュナも状況を理解した。
望んでもいなかった敗者復活戦が始まったのだ。




