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第181話 助けてと彼は叫んだ

『何があっても、必ず狙い撃ってね』


 そう兄から言い付けられた弾丸を外してしまった。

 兄の静止の声が聞こえて、一瞬、動揺してしまった。

 『何があっても』と言われていたのに――。

 そのせいでロボットに気付かれ、外してしまったのだ。


「……そんなっ」


 兄が何を考えているのか、なんとなく理解できた。

 誰よりも長く一緒にいたのだ。兄の性格など熟知している。

 どうせ自分が囮になればいいとか思っていたのだろう。


 ――わたしの代わりに、道場を継ごうとしたように……。


 兄は存外に頑固だ。

 引き留めたところできっと聞かなかっただろうし、そもそも引き留めるような時間もなかった。

 だったら自分は兄に言い付けられたことをしっかりやるしかなかった。


「それなのに……」


 兄とパールに向けて、ロボットが拳を振り下ろしたとき、生きた心地がしなかった。

 それで兄が死んだら、どう詫びたらいいかわからない。

 幸いにして、兄はパールと一緒に森の奥へと逃げて行った。


 安堵するのも束の間、そのあとロボットがリオの居る建屋を睨み付けていた。

 当然、ロボットなので表情に変化などない。しかしリオにははっきりそう感じた。


 ――こっちに来るっ!?


 しかしそれも勘違いだったのか、ロボットはそのまま踵を返すと、兄とパールが消えた森の方へと向かって行った。


 ――わたしも、追いかけた方がいい?


 そう考えた矢先、ふと兄の残した巨大な銃を見て――止めた。

 その銃はとても人が持ち運びできるような大きさではなかった。


 兄曰く、一発撃つ毎に数分のインターバルが必要らしい。

 そもそも兄によるリロードがなければ、二発目が撃てるがどうかわからないぐらい、電力が必要とのことだった。


 それでもリオは、その銃を置いていくことが躊躇われた。


『いいよ、リオのために、その銃を作る』


 初めてだった。


『だから、何があっても、必ず狙い撃ってね』


 兄が、リオに何かを頼むなど、今までなかった。


 ――だから。


「――次は、絶対に、狙い撃つ」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 木々の木陰に隠れて、どうかにロボットの視線から逃れる。

 しかし一息付くと言えるほど、落ち着いてはいられない。


 ロボットに索敵センサーがあるのかさえよくわからない。

 何より、遥人は広範囲に亘って根こそぎ木々を薙ぎ倒していて、なんの拍子にそれらが飛んでくるかわからない状況なのだ。

 かと言って、下手に移動したところで、見つかってしまうリスクがある。


「くそっ、どうしたら……」


 ものりと任の問題もある。

 リオに指示は届いていただろうか?

 仮に届いていなかったとしても、森の中で遥人が暴れている限りは、到底狙い撃つことなんてできないだろうが……。

 しかし、リオに限らず、ロボットに何かあれば、ものりと任がどうなってしまうかわからない。

 そもそも二人はどこにいるのか?

 クリシュナと一緒にいるのなら、サティがどうにかしてくれるだろうが、そうじゃなければ――?

 そもそもサティは『それほど長い時間、無理強いはさせません』と言っていたが、では一体いつまで時間稼ぎをすればいいのか?


「本当、どうしたらいいんだよ……」


 あまりにわからないことだらけで、つい、弱音が漏れてしまう。

 誰彼構わず、泣き叫んで助けを請いたいくらいだった。

 

 誰でもいいから――せめて、どうしたらいいかだけでも、教えて欲しい。


「あっ――」


 弱気になっていた栄介にとって、隣で漏れた可愛らしい声は、救いの声だった。

 パールは、栄介から離れて歩き出すと、何かを探すように辺りを見回して――そして何かに気付いた。


「―――――」

「……パール?」


 声なき声を聞いた。

 それは言葉ではない、なにか――心に直接訴え掛けて来るような、そんな気持ちそのものの声だった。


 ――……ありがとう、シュルタ?


 あえて言葉にするのであれば、それはそのような感情だった。


「ごひゃく!!」

「……へ?」

「ううん、さんびゃく! さんびゃく、かず、いう! が、かつる!」


 そして、栄介に対して真剣な眼差しで、パールは何かを訴えかけてくる。

 一生懸命に何かを伝えようとしてくれているのだが、栄介も落ち着いて汲み取るのには、いささか切迫し過ぎてた。


「パール、ごめん、ちょっと、なに言いたいのかわからないんだけど……せめて、もう少し静かにしてくれないと――」


『見つけたっ!!』


 懸念されることほど、すぐに起きる。


 遥人の声が響いたと思えば、栄介とパールのそばを丸太が降ってきた。

 木々がぶつかり合い、木片が撥ね散る。

 そのいくらかが栄介とパールの身体に降りかかり、その肌に細かい擦り傷を付ける。

 ――その程度で済んだのは、ある意味で幸運である。


「――パールっ!!」


 再び、彼女の手を取って走り出す。

 しかし、遥人だってそう何度も見逃してくれるわけがない。


『逃がすかよっ!!』


 障害になる森林など物ともせず、巧みに躱し、時にはその剛腕で殴り倒して、距離を詰めてくる。

 追い付かれるのは時間の問題だった。


「――ああ、もうっ!!」


 本日、何度目かの命の危機に、冷静さを欠きそうになる。

 そこに、


「エイスケっ!! あと、にひゃくななじゅう!!」


 再び、パールの謎の掛け声。

 それで栄介もようやく気付く。


 ――二百七十?


 それは何かのカウントダウンだった。

 何のカウントダウンなのか――考えるまでもない。


「もしかして、あと何秒、時間稼ぎすればいいかってこと!?」


 苦しそうに走りながら、パールはコクコクと頭を上下させた。


 誰でもいいから――せめて、どうしたらいいかだけでも、教えて欲しい。

 栄介の心の叫びを、パールは汲み取ったのだ。


 あと二百七十秒逃げろ。

 それがパールの出した、回答だった。


 パールの不思議な力で、一体、何を導き出したのか――二百七十秒後に何が起こるのか――栄介には分からない。


『おまえは、騙されてたんだよ、人を操る魔女に! いい加減、目を覚ませ!』


 遥人の叫びが、一瞬、脳裏を過る。だけど――


「――わかった!! あと、二百七十秒だね!!」

「にひゃくろんじゅう!!」


 律儀に訂正するパールに、思わず苦笑しながら、栄介は後ろを振り返る。


 もう、ロボットの全身が視認できないくらい、目の前まで迫っていた。

 ロボットが大地を蹴る振動は、その一つ一つが地震のように響き、ともすれば大地を裂いて栄介たちを飲み込みそうなほどだった。


 時間稼ぎなんて、どうすればいいか――幸い、栄介にはその力があった。


「――っ」


 その手に銃を生み出すのに、必要な時間はほぼゼロ秒。

 それは無限に装弾できる弾帯。

 止まぬ攻撃を繰り出すことのできる、栄介のチート能力。


『――おまえは』


 栄介の手に生まれた銃は、全長十二センチしかない、小さな小さな拳銃だった。


 一発。

 躊躇なく、ロボットに向けてトリガーを引く。


『おまえは、まだ、オレに、そんなものを向けんのかよっ!!』


 機関銃、ガトリング砲、対物ライフル――今まで散々、向けられてきた銃火器同様、遥人はきっと避けようとしたのだろう。


 しかし、栄介は最初から当てるつもりなんてなかった。


『なっ――これはっ!』


 発射された弾丸は、ロボットの真横で点火。

 すぐさま、周囲に黄色い煙幕が広がる。


 ――まだ足りない。


 二発目、三発目と、続けて装弾数一発の拳銃から弾丸が発射される。

 黒、再び黄色と虎柄に煙幕が広がり、それでようやくロボットの全身を覆い隠す。


 それは人を殺すための銃などではない。

 本来は救難信号を出すための銃――「助けて」と叫ぶための信号拳銃だった。


「行こう!!」


 ロボットが煙に包まれているうちに、少しでもそこから離れるために走り出す。


 当然、煙幕なんて長く続かない。

 栄介が打ち出した発煙弾の持続力はせいぜい三十秒程度。

 それに――


『栄介ぇぇぇぇぇぇ――っ!!』


 ロボットが無茶苦茶に飛び跳ね、煙幕の中から抜け出る。

 偶然ではあるだろうが、それは栄介たちが走り出した方角であった。

 すぐにまた距離は縮まる。


 ――構うもんかと、栄介は思う。


 四発、五発、六発、七発――


 単発式の拳銃では本来あり得ない連射を続け、煙幕はロボットの周辺に留まらず、栄介たちも飲み込み、辺り一帯全てを包み込んだ。


 ――あと残り二百四十秒。

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