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第180話 究極の選択

 どうしようもできない時間だけが続く。


 クリシュナの気持ちの悪い言葉に振り回される。

 せめてもの反抗心に、エイブル・ギアをノロノロと動かせば「ものりを殺す」と脅される。

 悪態を吐きながらコンソールを蹴りつけるが、足が痛くなるだけだ。


 任がどうなってしまったかもわからない。

 荷馬車からの通信は、ものりのすすり泣く声を最後に切られてしまっている。

 無事であって欲しいと祈る。


「くそが!! くそ!! くそ!! くそ!! くそ!! くそっ!!」


 暴れるように、無茶苦茶に動き回る。

 エイブル・ギアへの銃撃は容赦なかったが、それを躱す意思などなかった。

 むしろ撃ち抜いて欲しい。

 それで止まるのなら、こんな木偶の坊はとっととスクラップにして欲しかった。


『ハルクーン、Self-destruction はノンノンっすよ。その場合も、もちろんわかってるっすよね?』

「―――――」


 Self-destructionの意味はわからなかったが、この卑劣な女の考えることなんて予想は付く。

 

 結局、遥人にできることは、無駄な抵抗をしながらも、クリシュナに従うことだけだった。

 ものりと任を置いて、一人でエイブル・ギアに乗り込んだ時点で、遥人たちの負けは決定的だった。

 もう、魔女の二人を倒すしかない。

 例え、そこに江野兄妹が立ち塞がろうとも。


 ――どうしてこうなった?


 ものりや任の警告を聞かず、突っ走った自分が悪いのか?


 ――なんでこうなった?


 ロボットに乗れて、浮かれていた自分が悪いのか?


 ――オレが……悪いのか?


 どこかに、そりゃそうだと呟く自分がいた。

 森の中で怪我をして動けなくなったときから、何も変わらない。


 いつだって、勝手に突っ走って、失敗して、その繰り返しだ。

 いつか取り返しの付かないことになるって気付いていた。

 ついに、そのときが来たのだ。


「――全部、オレのせいだ!! くそ!!」


 自責の念に、思わず声を張り上げる。

 当然、答えてくれる人なんていない――はずだった。


 ――ちがう。


「――っ!?」


 クリシュナの声とも違う。

 聞いたことがない声だった。


 ――あなたは、なにも悪くない。

   自分を責めないで。


 思わずコックピット内を見回してしまう。

 当然、エイブル・ギアには遥人しか乗っていない。

 でも、確かに聞こえた。それは遥人を許そうとする声だった。


 ――苦しまないで。

   悲しまないで。

   傷付かないで。

   戦う必要なんてないから。


「――ああ」


 甘やかに、ささくれ立つ遥人の心に入り込むような声。

 それは頭の中に直接入り込んでくる声だった。


「――見つけた」


 ブラウン管の中に、彼女を見つけた。

 村の開けた一画に、栗色の髪の少女の姿があった。


 遥人はその姿を一目見て、理解した。


「――見つけたぁ! 魔女!!」


 曰く、彼女は人を操る。

 なるほど。今、一番掛けてもらいたい言葉を囁かれて、心を奪われないわけがない。

 だけど――


『――ハルクン!!』

「黙ってろ!! てめぇの言うことなんか、聞きたかねぇがよ!!」


 だけど、彼女を倒せば、ものりも任も助かる。

 みんなで元の世界に帰れる。


「操られてなんて!! いられっかよ!!」


 エイブル・ギアを全速で走らせる。

 木々を薙ぎ倒し、魔女に迫る。


 武器も、知恵も、いらない。

 クリシュナへ向けるべき恨みも憎しみも、全て叩き付けるように、ただ全力でその巨体をぶつけるのみ――。


「――っ!?」


 どこから飛び出して来たのか、突然、その導線上に栄介の姿が現れて、遥人は慌ててエイブル・ギアの操縦桿を切った。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「パールっ!!」


 巨大な質量が通り過ぎる風圧に吹き飛ばされながら、腕の中にある温かさを感じ、それがまだ最悪の事態ではなかったことに安堵する。


 間一髪だった。


 栄介の全身は擦り傷だらけで、あっちこっち打ち付けてしまったが、お陰でパールには目立った外傷はなかった――いや、何かに打たれたように、頬が少し腫れていた。


「……エイスケ?」

「なにやってんの! こんな、危ないことして!!」

「んー……だいじょぶ。しんぱい、ない」

「あるよ!! 今だって、ボクが飛び出してなかったら、死んでたじゃないか!!」

「あー……びっくり、ある」


 まるでちょっとした失敗だったとでも言わんばかりに、パールはえへへと笑った。

 びっくり程度で済むものか。栄介は未だに心臓が脈打っている。

 走り出したときは無我夢中だったが、今までの人生で一番死に近い行為だったと自覚して、今更、身体が震えだす。


『栄介ぇぇぇぇぇぇぇっ!!』


 その震えすら上書きするかのように、遥人の怒声が栄介の身体にビリビリと響いた。


『邪魔、するなぁぁぁぁぁっ!!』

「―――――」


 何が遥人をそこまで駆り立てているのか、栄介にはまるで理解できない。

 この世界に栄介たちを連れて来たのが本当にパールたちだったとしても、そこまで悪意を向けるものなのか。

 そんなに必死にパールを殺そうとしてまで、帰りたいものなのか。


「やめなよ、遥人!! 彼女は悪い人じゃない!! せめて、話し合うべきだよ!!」


 パールを庇うように、立ち上がってロボットの前に出る。

 見れば見るほど、自分の小ささを自覚してしまうほどの巨体で、ちょっとでも動かれてはどうなってしまうのか――どうしたってウルユの最期の姿が脳裏に浮かぶ。


『――んなことは!!』

「――っ!」


 そんな中で、ロボットが足を振り上げた。

 あまりの恐怖に、息をすることさえ忘れる。

 正直に言えば、遥人が自分に危害を加えるわけがないと、そう信じていた。

 それだけに、その光景は、死にそうなほど驚愕だった。


『――言われなくても、わかってんだよ!!』


 しかして、その足は地面を踏みつけていた。

 地団駄のようなそれは大地揺さぶり、栄介は立っていることができず、尻餅をついてしまう。


『わかってても、どうしようもできねぇんだよ!!』

「……遥人?」


 悲鳴のような絶叫は、大地の揺れよりも激しかった。


 一度目の襲撃とは明らかに違う。

 ロボットに乗れて浮かれ切った様子だった遥人からは一変して、今では何か追い詰められている雰囲気を感じた。


「……たすけて」

「え?」

「ともだち、そう、いう。

 ともだちのともだち、いのち、あぶない」

「……それって」


 パールの能力で、遥人の心を読み取ったのだろう。

 それが意味するところは――


「……ものりさんと任くんが、人質に取られてる?」


 栄介の言葉に、パールが頷き返した。

 それでようやく腑に落ちる。

 遥人が今、どんな状況にいるのか――遥人も戦いたくはないということを――


「――リオ!! 待って!!」


 状況が理解できたと同時に、何が駄目な選択なのかを理解する。


 絶対的に、大切なことは、誰も死なないことだ。

 それはパールだけに限らない。

 サラスも、サティも、栄介や、リオ、ロボク村の人々だってもちろん、遥人やものり、任だってそうだ。


 ――今、遥人を止めることで、ものりや任が死ぬことになるのなら、それもまたやってはいけないことだ。


 栄介の叫びは、リオに届いたのか、届かなかったのか――。


 いずれにしても、それは発射された。

 避ける余地を与えず、一度発射されれば瞬時に獲物を撃ち抜く。

 秒速七メートルで撃ち出される、最速の弾丸――レールガン。

 

『――っ!?』


 それを遥人が躱せたのは、単に栄介が直前に叫んだからだ。

 そうでなければ最速の弾丸から逃れられる道理がない。


 ロボットを捉えられなかった弾丸は、遥か森の奥へと消えた。

 破壊音はずいぶんと遠い場所から聞こえた。

 森の奥、栄介には見えない場所から届いたそれを、しかし遥人の視線からは見えるのだろう。

 ロボットはただその方向を静かに見つめている。まるで惚けているようにも見えた。


『――そうか……選べってんだな……。

 オレに……ものりとタモさんを取るか……栄介を取るのか……』

「……遥人?」

『わかってたさ……オレは、武蔵や栄介のようにはなれねぇって……。

 だけど……だから……――だったらっ!』

「――パールっ!!」


 不穏な空気を感じ取って、咄嗟にパールの手を取って走り出す。

 その直後、二人がいた空間を、ロボットの拳が叩き付けられる。


 ロボットは片腕で無理やり大地へ振り下ろしたからか、バランスを崩していた。


「――パールっ! 逃げるよ!!」


 ロボットが体勢を整える前に、全力でその場から離れる。


 先ほどの攻撃、遥人は本気だった。

 本気で、パールを殺そうとしていた――それも、栄介諸共。


「遥人――っ!」


 人を殺すことがどれだけ恐ろしいことか、栄介が誰よりもわかっている。

 そんなことを決断しなくていけなくなってしまった友人の気持ちを推し量り、胸が苦しくなる。


 それでも栄介は遥人を置いていくしかない。

 今はただ、パールの手を引いて、森の中へと走るしかなかった。

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