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第179話 僕が守るからⅠ

 目が覚めて、ものりに抱き着かれていることに気付いて「あ、これは夢だな」と任は判断した。

 どうせ夢ならものりの感触をもう少し味わいたかったのだが、ふと見上げれば銃をちらつかせる野蛮な男の姿が目に入り、一気に現実に引き戻された。


 そうだ――魔女の人と話に行くということになった途端、騎士の一人が荷馬車に入り込み、問答無用で銃弾を浴びせられたのだ。


 例によって、全く痛くなく、傷一つ付いていない。

 それでも撃たれたという事実だけで、思わず気絶してしまったようだ。

 自分の情けなさに、本当に嫌気が差す。


「タモさん……タモさぁん……」


 すすり泣きながらしがみ付くものりは、任が目を覚ましたことに全く気付いていない。

 銃を持った騎士も、どうやら気付いていない様子だった。

 ならば、もう少し気絶している振りをしていたかったけど、そうもいかないことは、スピーカーから聞こえる声でわかる。


『ハルクン、あと10secondsで100ft go! I'll kill モノリサン。

 10、9、8、7……』

『ふっざけんなよ!! くそが!!』


 その直後、遠くで地響きがした。


『あははははははっ。Hurry up、ハルクン! モノリサン、死んじゃうっすよ?』

『て、てめぇっ!!』


 その言葉に激情を覚えたのは遥人だけじゃない。

 クリシュナが近くにいれば、きっと任は殴りかかっていた。


 ――ううん、そうしたいと思うだけで、きっと直前で怖気づくんだろうな。


 任は自分がどういう人間なのかわかっている。

 臆病で、弱虫で、何事からもすぐに逃げ出そうとする。


 そういう激情に任せて動くのは、遥人がやってくれる。

 現に今、遥人はどうにかしようと動き回っているのがわかる。

 ものりが人質に取られているから、どうにかしようと必死になっている。


 ――遥人君は、守さんが好きなんだ。


 ずっとそうなんじゃないかと思っていた。

 二人はいつだって一緒にいたし、息だってぴったしで。

 真姫に武蔵がいるように、ものりには遥人が付いていた。

 当たり前のように隣り合う二人の間に居て、任は居心地の悪さを感じていた。


 そう、ずっとずっと逃げ出したかったのは、ものりと遥人が一緒にいるのを見ていて苦しかったからだ。

 だけど――


『タモさん、おっきーからすぐに見つかるよ』

『あー、タモさん、こんなとこにいたー』


 彼女は決して、そこから逃げ出させてはくれなかった。

 どこまで行っても、ものりは任を呼び止める。


 泣きたくなるほど切なかった。

 だけど、頼られているようで嬉しかった。


『はる君ってば、もうロボット乗れることに夢中で、全く聞いてくれないんだよ』


 ――そりゃそうだよ。感情のままに動くのが、遥人君なんだから。

 そういう激情に任せて動くのは、遥人がやってくれる。


『タモさんが、そんなに一生懸命しゃべるんだもん。きっと必要なことなんだもんね』


 だから、任の役割は、頼ってくれたものりを守ること――。


「――守さん!!」

「え――えぇっ!?」


 銃を構える騎士の隙を突いて、ものりの身体を抱えて走り出す。

 騎士以上に完全にものりの隙を突くような形になってしまったが、驚きのあまり固まってしまったものりは抱え易かったので結果オーライ。今度は口が裂けても「重いっ」なんて言わない。


 とにかくこの場から逃げ出そうと思った。

 ものりが人質になっている間は、遥人が迂闊に動けない。

 二人が逃げたと分かれば、きっと後は遥人がなんとかするだろう。


 ――大丈夫、逃げるのは得意だから、どうにか遥人君が戻ってくるだけの時間さえ稼げれば……。


「――え」


 それがどれだけ甘い考えで、迂闊な行動だったか――。

 荷馬車から飛び出してすぐさまに気付く。

 屈強な騎士が、もう一人、荷馬車の外で待機していた。


「―――――っ!! ―――!!」


 なぜ、敵は一人だと思い込んでしまったのか――。

 すぐさま剣を振り上げる騎士の姿に、そんな後悔をする時間さえ与えてくれないのだと気付く。


 咄嗟にものりを必死に抱え込み、その剣閃から身を挺して守ったことだけは、自分でも褒めてあげたかった。

 しかし、そこまでである。


「――ぐっ」

「きゃあぁっ!」


 痛みはない。傷も付かない。

 だけどその勢いを殺せるわけではない。

 任はものりを抱えたまま、その場で盛大に吹き飛ばされてしまう。


「――、――っ! ―――、―――――――!?」


 剣を構えた騎士が何かを怒鳴り付けながら、にじり寄ってくる。

 任には何を言っているかわからない。

 わからないが、剣を構えてにじり寄る人間が、友好的な言葉を投げ掛けている訳がない。


 案の定、剣を振り上げる騎士の姿が見え、任はものりを地面に押し倒すようにして、その全身で彼女を庇う。


「――タモさん!?」


 自分はどれだけ斬り付けられても構わない。どうせ痛くも痒くもないことはわかっている。

 だけど、ものりにだけは絶対に傷一つ負わせてはならない。


 ――だって、それが僕がここにいる理由なんだから!


 一撃、二撃、三撃と、何度も何度も斬り付けられる。

 さすがに任の身体の異常さに、騎士も気付いただろう。聞こえる声は戸惑いっているようにも聞こえる。

 

 しかし、ものりだけが、任の身体の異常さに気付いていなかった。


「タモさん!! タモさん!! もういい!! もういいから!! お願い!! お願いします!! もう、やめて!! やめて下さい!!」


 泣き叫びながら、任の身体を引き剥がそうとする。


「だ、だい、じょうぶ……だいじょうぶ、だから……僕のことは、気にしなくて、いいから……」

「で、でも、タモさん……タモさんが……死んじゃう!! 死んじゃうよ!!」


 騎士の剣戟から守ろうとしているのに。

 ものりの抵抗は、はっきり言ってしまえば、邪魔だった。


 ものりは残念なんだと、遥人はよく口にする。

 任はその意味をようやくわかったような気がして、思わず苦笑する。


「タ……タモ、さん?」

「だいじょうぶ……だいじょうぶ、だよ……ものり、さんは……僕が、守るから」

「タモ、さん……」


 無線連絡が途絶えれば、こちらで何かが起きたことが遥人にも伝わるはずである。

 あとは遥人が戻ってくるまで、時間を稼げれば、いくら銃と剣を持つ騎士の二人でも、あの巨大なロボットでは相手にならない。だからそれまでは――


「あ――」


 ――その考えさえ甘かったことを、任はすぐに気付かされた。


 任をいくら攻撃したところで、どうにもならないと気付いた騎士の二人が、任をものりから引き剥がそうとしていた。

 ターゲットをものりに変更したのだ。


「――っ」


 任は確かに身体が丈夫になった。

 ダイヤモンドもかくや、何物も傷付けることができない程だ。

 だけど、所詮それまでである。

 筋肉が付いたわけでもない。


「――や、やめ……」


 日々訓練されている騎士二人と、病弱だった少年とで、真っ向から力比べをして勝てるわけがない。


「や、めて……」


 あっという間に、ものりから引き剥がされてしまう。


「あ……」


 くっ付いていた身体が離れ離れになり、ものりが不安そうに手を伸ばす。

 その姿はどこまでも残酷で、どこまでも絶望的な光景だった。


「やめろ……」


 地面に仰向けに寝そべるものりに、騎士は銃を向けていた。

 任は身を捩るが、もう一人の騎士に羽交い絞めにされた肉体は、まるで岩のようなものに固定されたように動かない。


 丈夫さが何だ。

 せめて、この身体が、スライムのように柔らかければ、彼女を包んで守れただろうに――。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 叫び声は森の中で木霊した。

 その声はすぐさま銃声に掻き消された。

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