第178話 止心
一発目は最初から当てるつもりのない弾丸だった。
遥人の出方を見たかったというのもあったし、何よりもそれで遥人が逃げてくれればいいという威嚇射撃的な意味合いが強かった。
しかし見越したように、遥人はそれを避ける素振りさえ見せなかった。
「……お兄ちゃん……」
「……うん、次は当てていい。胸部付近にコックピットがあったはずだから、その辺りは避けて。狙えるなら、足を止めたい」
「うん……」
栄介の目には、木々に隠れてロボットの足なんか見えない。
しかしリオは違うようだ。
木々の隙間を縫うように、正確なロボットの足を狙ったようだった。しかし――
「――避けた!?」
栄介に避けたかどうかさえ分からない。
しかし銃声と同時に、ロボットは確かに回避行動を取っていた。
サティが機関銃を撃ったときもそうだが、遥人は銃撃に応じて的確にロボットを動かしていた。
音速より早く撃ち出される銃弾である。目で見て避けている他考えられない。
着弾まで二、三秒程度あるとは言え、驚くべき反射速度である。
自分の肉体と全く同じ感覚でロボットを操ることができる。
遥人が授かった”ギフト”とは、そういう類のものなのだろうと想像できた。
「これ、連射できた方がいい?」
「……ううん。これはまだ一発ずつ狙えるからいいけど、連射しちゃうとどこに当たるかわかりません。それで、もし岸先輩に当たったら……」
「……うん、わかった」
機関銃でさえ回避していたのだ。そう易々と当たるとは思えなかった。
しかしそれでも遥人に向かって銃を撃っているというリオの精神的負担は計り知れない。
今はリオの判断に任せようと思った。
あくまで必要なのは時間稼ぎである。
遥人はあまり急ぐつもりはないのか、今のところは、銃弾の回避時以外にロボットは走らせたりすることはない。
また、栄介たちに配慮してのことだろう。先ほどのように投擲による遠距離攻撃をする素振りも見せない。
このまま威嚇射撃だけで、済むに越したことはないのだが――。
「せめて片足だけでも、破壊したいんですが」
「無理しなくてもいいよ。今はとにかく、正確な射撃で、遥人に少しでもプレッシャーを与え続けた方が――えっ」
そこでロボットに明確な動きが出た。
一瞬止まったかと思えば、何かに八つ当たりするかのごとく、辺りの木々を薙ぎ倒したかと思えば、次の瞬間、ロボットが跳んだ。
リオは慌てて引き金を引くが、咄嗟のことに全く狙いは定められない。
ロボットの着地とほぼ同時に大地が揺れ、リオは対物ライフルと一緒に倒れ込んでしまう。
「リ、リオ!?」
「だ、大丈夫! そ、それよりも、お兄ちゃん、あれ!」
ロボットの動きが、急にせわしなくなる。
無駄にジグザグに走り回っているのだ。
跳躍したとは言え、村まではまだ距離がある。
急いでいるように見えるが、無駄に反復運動をしているようにも見える。
「――もしかして、遥人も時間を稼いでる?」
そう見えなくもなかったが、連絡が取れるわけでもない。
仮にそうだとしても、一つ厄介な状況に陥る。
「ね、狙い付けられない……!?」
それこそが遥人の思惑だったのかもしれない。
不規則な動きが、リオの狙撃を阻害する。
「お兄ちゃん! 次の銃!」
「あっ――う、うん」
無駄撃ちが続く中、リオは懸命にロボットを狙い撃とうとするが、ジタバタと動く様に翻弄されている。
「当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれ! 当たれってば!!」
「リオ! 少し落ち着いて!」
「で、でも、お兄ちゃん!!」
「いいから、一回、銃から手を離してっ」
ちょうど銃弾も尽きたところで、栄介は一度、リオを銃から引き剥がした。
「リオ、よく見て。ロボットはさっきから銃弾のことなんて気にしてない。
どうしてかわからないけど、ずっと無茶苦茶に動き回ってる」
「でも、お兄ちゃん! それでも近付いて来てる!」
確かに。
俄然、村への進行速度が落ちてはいるが、それでも少しずつ近付いているのも事実である。
跳躍による短縮もあって、このままではものの数分で辿り着いてしまうだろう。
「それでも、落ち着いて。
今のリオの目は、誰よりもよく見えているんだ。
そんな気ばかり急いてたら、当たるものも当たらないよ」
「……うん」
とは言え、リオは一昨日まで遠近感さえ掴めていなかったのだ。
動かないものに対してはどれだけ離れても狙いを定めることはできても、動き回る標的を正確に撃つなんて、土台、訓練を受けていない人間には無理なことなのだ。そう、動き回る標的に対しては――。
「リオ……もし、ロボットの足を少しでも止められたら、今度こそ、あれの足を破壊できるかな?」
「……わからないですけど……あと、もっと早く撃てる銃があれば、たぶん……」
「もっと早く撃てる銃、ね」
それなら、心当たりがある。
サティからも一度だけ話が上がった銃。
電磁力によって秒速七千メートルで撃ち出される、最速の銃。
栄介が最も好きな銃。
「いいよ、リオのために、その銃を作る。
だから、何があっても、必ず狙い撃ってね」
「何があっても?」
ロボットを足止めする方法なんて一つしかない。
栄介がロボットの前に立てば、遥人だって無視することなんてできない。
さっきだってそれで止まったのだから。
ただ、遥人が全く気付かないということも考えられる。
ウルユはそれで犠牲になったのだ。
あのロボットにどこまで近付いて、どれだけ足止めできるのか、それが栄介にできる唯一の勝ち筋だ。
リオに疑問を差し挟む隙を与えず、さっそく準備する。
実在しない銃である。
しかし、自然とその銃を作り出すことに、不安はなかった。
もうロボットは村の入口に入り込んでいる。
木々に隠れた下半身は、今では栄介にもはっきり見えている。
あとは、リオが狙い撃つ時間さえ稼げばいい。
その役目を負えるのは、自分しかいない。そう思っていた。
しかし――
「お兄ちゃん! あれ!!」
「え――」
ロボットが村に入る込むと同時に、彼女がロボットと対峙するように現れた。
何の躊躇も迷いもない。
パールはただ一人、ゆっくりとロボットに向かって歩いて行った。




