第175話 勝利条件、提示
遥人が撤退したことにより、僅かばかりの時間ができた。
と言っても、ロボットがいつ戻ってくるともわからない状況。込み入った話をしてる場合でもないだろう。
どうしても目に付くのは、サティの腹部である。
人間のそれでは考え難いものが飛び出し、それでもぴんぴんしている彼女に、栄介はちょっとどころではなく顔を引き攣らせた。
「お嬢様のこと、黙っていて申し訳ありませんでした。
お嬢様もご自身の力のことを良く思っておりませんので、つい秘密にしてしまったのです。申し訳ありません」
「じゃあ、遥人の言っていたことは……。
……い、いえ……それもそうだけど……それよりも、その……」
「……?」
いまいち栄介が言いたいことを察してくれないサティに、栄介は恐る恐る彼女の腹部を指差す。
それでもサティは合点がいかない様子で、首を傾げながら、
「――もしかして、私がアンドロイドだと、お伝えしておりませんでしたか?」
「聞いてない! 聞いてないよ!」
「おかしいですね、確かにダッチワイフと名乗った覚えがあるのですが……」
「それでロボットだって気付くのは、無理がありますよね!?」
そうでしょうかと、暗に目で訴えかけてくるサティに、どうも本気で伝え忘れていただけなのだと栄介は知る。
彼女たちからすれば、自分が人間なのか機械なのかは、大した問題と考えていないのかもしれない。
となれば、あと気になる点は――。
「お兄ちゃん!」
その一つが、対物ライフルを抱えて近付いてきた。
十キロ以上ある銃器には、さすがに重そうにしているが、今の今までそれをぶっ放していたのである。
お兄ちゃん的には、ちょっと、眩暈がしそうだった。
「リオ……君、いつの間にそんな危険物の扱いを覚えたの……?」
ボルトアクション五連式の対物ライフルである。
一発一発の装填は手動で行わなければならず、まぐれで連発できるようなものではない。
誰かから学ばなければ、そう易々と撃てるものではないのだが――
「へ? お兄ちゃん、わたしにも、よく銃撃つ動画見せてたじゃん?」
「ボクかぁ……」
今更ながらに、とてもとても悪いことをしていたのではないかという気になってくる。
だけど、リオの射撃能力はそれだけの問題に留まらない。
「――リオ様。
撃ち落としたロボットの腕に関してですが、私にはジョイント部分を正確に射抜いてらっしゃるように見えたのですが、狙って行ったのですか?」
「う、うん……。できそうだなって思ったので……。ま、不味かったですか?」
自分が何をしたのか、いまいち理解できていない。
それは栄介が何の気もなしに散弾銃を生み出したように、リオにとっても何てことないような感覚で行われたのだ。
思わずサティと顔を見合わせる。
頷き返すサティを見て、確信する。
彼女は以前、リオの能力を望遠鏡のようなものと評していた。
それは全くもって正しかったのだ。
狙いを付けるという行為まで含めて、それがリオの”ギフト”だったのだ。
「いいえ。全く持って素晴らしかったです。
お嬢様に対しての評価も含めて、誠に感謝致します」
「きょ、恐縮です……」
もじもじと俯くリオ。さっきまでの威勢はなんだったのか。
「それで……サティさん、その……お腹は大丈夫なんですか?」
「ええ。地上三十七メートルから飛び降りたときを思えば、このくらい軽微です。補助記憶装置も健在です。
疑似外腹斜筋がズタズタですので運動能力が三十パーセントほど低下してますが、他でフォロー致します。なにせ私はアンドロイドの中でも優秀ですから」
「そ、そうですか……」
見た目は凄く痛そうなのだが、先ほどからのサティの態度から、問題ないことはわかっていた。
本題はここからである。
「サティさんが無事なら……ウルユさんも、無事……でしょうか……?」
言葉尻でサティが沈痛な面持ちに変わったことで、その答えは明白だった。
「……残念ですが、彼は人間です。
せめて、後で彼の遺体を集めて彼の家族へ帰してあげましょう」
「―――――」
ウルユは死んだ。
四人の子供に囲まれて、猪を仕留めたことに大喜びしていた彼は死んだのだ。
それも他ならぬ、遥人の手によって――。
何とも言えない気持ちに、栄介は歯噛みする。
何よりも許せなかったのが、それを遥人自信がわかっていないことだ。
あんな巨大ロボットに乗って動き回った結果、人一人殺してしまったということさえ気付けてもいないのだ。
「――遥人を、止めないと」
「はい。しかし、それだけでは駄目です。
ゴーレムに栄介様のご学友が乗っているとわかった以上、その裏で手引きしている人物を引きずり出す必要があります」
「裏で手引きをしている人物?」
遥人に「魔女を殺せば元の世界に帰れる」と吹き込んだ人物のことだろう。
妙に事情に精通している点からも、栄介とリオがパールたちに助けられたように、遥人も誰かに助けられて、話を聞かされたのは明らかだ。
「それって、前にパールが話していた、カルナって騎士団長のこと?」
「いいえ。カルナは愚直にも自ら前線に飛び込んで行くタイプです。こんな大胆な作戦を実行する度胸もなければ、人を御する策を弄する頭もありません。
こういう奇策に打って出るのは、ムングイ王国でもただ一人――副団長のクリシュナでしょう」
その言葉だけで、カルナという人物が、遥人と同タイプの人物なのはわかった。きっと憎めないタイプの人物なのだろう。
「クリシュナはきっと安全地帯からこちら様子を伺っています。
しかし、それはまだ、それほど離れた場所ではないのでしょう。
彼女をこの村に連れて来ることが、私たちにとっての勝利条件になります」
「連れて来ること? それでクリシュナという人が降参するの?」
「はい。それで間違いなく、クリシュナは白旗を上げます」
そんなことで勝ってしまえるほど、クリシュナという人物は臆病者なのだろうか?
サティがそこまで強い言葉で肯定しているのだから、きっとそうなのだろう。
「私はこれから、クリシュナを探しに行きます。
ですから、貴方たちはあのゴーレムの足止めをお願いします」
「……はい?」
「はいっ。わかりましたっ」
元気に、物分かりよく、返事をするリオの隣で、思わず気の抜けた返事をしてしまう。
何をお願いされたのか――何か悪い冗談じゃないかと疑ってしまう。
「いやいや! あんなでっかいの、ボクたちだけで止めろって言うんですか!?」
「貴方たち二人の力ならできます。
先ほどのリオ様の能力を見て確信しました。貴方たち二人の能力は、相性抜群です」
「――はい! わたしもそう思います!」
なぜ、リオはそんなにも自信満々なのか。
我が妹ながら、このテンションの緩急は理解し難かった。
「サティさんも見てたじゃないんですか!?
あの巨体で、ちょっとでも暴れられたら全て吹き飛ぶんですよ!? ウルユさんだって!!」
「貴方のご学友は、貴方がそばにいるとわかっていても、暴れたりするのですか?」
「それはっ――」
正直、しないとは言い難い。
遥人とものりは何を仕出かすかわからないツートップである。
「私は初め、ゴーレムのパイロットを殺害して、ゴーレムを奪取する予定でいました」
「――っ」
「私もできればご主人様のご学友を傷付けたくありません。
ですが、それ以上に、お嬢様に危害を加えようとする者を許せません」
それは脅しだった。
暗に協力しなければ、遥人を殺すかもしれないと。
「……一つだけ、聞いてもいいですか?」
「なんでしょうか?」
「遥人が、魔女を殺せば元の世界に帰れるって言ってた。
それは事実ですか?」
意趣返しというわけではない。
だけど、これだけはどうしても聞いておくべきだと思った。
以前、栄介がそれを聞いたときに、パールは「ごめんなさい」と答えた。
それを栄介は「知らない」と受け取った。しかし――
「はい。その可能性もあると思われます」
「…………」
サティは悪びれもせずに答えた。
拳を握る手に思わず力が入る。
「……どうして?」
「貴方がたを呼び出したのはサラス様です。
他にそのようなことができる人間がいません。ご主人様を呼び出したのもサラス様でした。
ですから、これに関しては間違いないと思われます。
栄介様とリオ様に私たちが出会ったのも、偶然ではなく、サラス様に呼び出されたからこそ、あの場にいたのです。
そしてサラス様が重症を負った際に、ご主人様は元の世界に帰られた。
ならば、サラス様を殺せば、貴方がたが元の世界に帰れる可能性は十分にあると思われます」
「……………」
そういう話を聞きたかったわけではなかった。
だけど、栄介の中では結論なんてもうとっくに出ていた。
今の話を聞いたところで、やっぱり栄介には殺せない。
それはパールやサラスだからというだけじゃない。
誰だって、傷付けていいはずがない。
それは遥人にだって言えることだ。
遥人とものりは、確かに何を仕出かすかわからないツートップである。
――でも、二人とも、仲間想いで、仲間が傷付くことを何よりも嫌っていた。
「……ごめん。変なこと聞いた。
ボクたちで遥人を止めるよ」
「はい。
どうか、よろしくお願い致します」
サティは深々と頭を下げていた。
「――でも、ボクたちで時間を稼ぐにしても、そのクリシュナって人がどこにいるのか、心当たりはあるの?」
せめてどれくらいの時間を要するのか、知りたいところだった。
「いいえ、全く」
しかしサティは、それこそなぜそんな当たり前なことを聞くのだと言わんばかりに、はっきりとそう口にした。
頭が痛くなる。この人は、実は自分たちを殺したいのではないかと、思わず疑ってしまう。
「しかし、勝算はあります。
それほど長い時間、無理強いはさせません」
「……そ、その勝算って言うのは?」
「私から、あの方への、信頼によるものです。
ええ。勝利条件まで提示したのです。ならば、そろそろ、私たちに”勝利の加護”は現れてもいい頃かと」
サティはちょっと怖いくらいに目を輝かせて断言する。
出会ってからの今までで一番感情らしいものを見せつけるサティに気圧され、栄介はそれ以上、何も言えなくなってしまった。




