第174話 引き金を引くものⅠ
遥人の言葉には、腑に落ちる部分もあった。
――人を操る魔女。
正体のわからない力でリオを気絶させたパール。
日本語がたどたどしく、名前すら聞き間違えるのに、彼女はそれでも栄介たちの事業を正確に捉えていた。
奥底まで見透かされるかのように、栄介の心の傷を満たし埋めていった。
それが人を操る力だと言われれば、納得がいってしまう。
――全部、パールのせい?
彼女は、自分を魔王の娘と名乗った。
そんな雰囲気が一切なく、気付けば栄介はパールに全幅の信頼を寄せていた。
だけど、それは操られたものだったとしたら?
彼女たちがこの現状を打破するために、利用されていたのだとしたら?
――ボクが銃を撃ったのは、パールに利用されたからだとしたら?
もし、そうだとすれば、栄介が犯した罪は一体誰のせいなのか。
「栄介っ! こっちにはものりとタモさんもいるんだ!
みんなで、魔女を倒して、帰るぞ!」
「……帰る? 遥人は、元の世界に帰る方法がわかるの?」
「武蔵が昔ここにいたんだ!
あいつは、ここで魔王を倒して元の世界に帰ってきたんだ!
なら、オレたちだっておんなじように、魔女を倒せば帰れるだろ!」
「……………」
パールたちから聞かされた話でも、武蔵は魔王アルクを倒したであろう直後に行方不明になったと言っていた。
なら、その解釈は的を得ている。
武蔵が魔王を倒すために、この世界に呼ばれたように。
栄介たちも魔女を倒すために、この世界に呼ばれた。
そのために”ギフト”なんて力まで授かった。
栄介は、その力を、倒される側の魔女に利用されてしまった。
本来、栄介が生み出す銃は――パールに向けられるためにあった。
――彼女を殺すための銃だった。
「――ボクは……」
想像する。
パールに銃口を向ける。
あのひまわりのような笑顔を曇らせて、それでも困ったように笑うパールの顔は、簡単にイメージできる。
きっと彼女は抵抗なんてしない。
両手を広げて。
それを受け入れるように。
そんなパールに、栄介は――
「なあ、栄介! 一緒に魔女を倒そう! そんで、みんなで元の世界に帰るんだ!
栄介――!!」
「――できない」
「……は?」
「ボクは……彼女を撃つなんて、できない」
引き金なんて引けないと、栄介は確信した。
思い出されるのは栄介が殺してしまった騎士の空虚な眼差しだった。
どこも見てない眼差しが、栄介を捉えて離さない。
例え利用された結果なのだとしても、栄介はきっとあの眼差しから逃れられない。
そして思うのだ。
パールに、あんな眼差しを向けられたくない。
彼女の「大丈夫」と「優しい」に救われたのだ。
あの優しい眼差しと、明るい笑顔を、曇らせたくない。
「……そうかよ。おまえ、やっぱ操られてんだな」
「違うっ!!」
それは栄介の本心だ。
心が操られた結果だなんて思いたくもない。
「まっ、どっちでもいいけどよ、どうせ魔女はオレが倒すんだから。
だからせめて、オレの邪魔だけはすんなよな」
「――っ!?」
遥人がロボットに乗り込むと、再びロボットは動き出す。
栄介も踏み潰されないように、慌てて距離を取る。
止めなくてはいけない。
だけど、栄介が持つ銃器だけでは、巨大ロボットには対抗できない。
何より、ロボットを止めたいだけで、中に乗っている遥人を傷付けたくない。
走りながら、どうしたらいいか考えていると、
「――っ!?」
一発の銃声。
そしてロボットに劇的な変化が訪れる。
『な、なんだっ――!?』
突然、ロボットの腕が外れたのだ。
ちょうど斧を持った方の腕だった。
特別に何か無理がかかって折れ曲がったわけでもない。
ポロリと。
ちょっとした落とし物をしたかのような簡単さで、腕が落ちたのだ。
「パールさんは、誰かを操ったりなんてしません!」
「――っ!?」
「だって――だって、パールさんは、すごく人の気持ちを考えてて、すごい優しくて――すごい人だから!!」
驚くべき光景を見た。
栄介が取り落としてしまった対物ライフルを地面に固定して、惚れ惚れするくらい綺麗なフォームでロボットに向けて構えるシルエット。
普段の引っ込み思案な雰囲気からは想像もできないくらい、勇ましい姿。
「パールさんと話をしたこともない岸先輩に、なにがわかるんですか!!」
『リ、リオちゃん!?』
かつて見たことがない妹の姿がそこにあった。
さらにもう一発。
対物ライフルから弾丸が射出される。
激しい反動でリオの表情が歪むが、栄介が撃ったときと違い、弾丸は巨大ロボットの膝を貫いた。
こちらはさすがに簡単に外れるようなことはなかったが、それでもバランスを崩してよろめいていた。
『リオちゃんも、操られて――!?』
「だから、わたしもお兄ちゃんも、操られてなんかいないです!」
『はっ――肩入れしてる時点で、怪しいだろうが!』
ロボットはどうにか倒れ込むのだけは防いでいたが、突然襲い掛かってきたリオに対して、どうしていいかわからないようだった。
遥人もリオに対して好戦的に出れないのだ。
そこに――
「いいえ、リオ様のおっしゃる通りです。
お嬢様は誰よりも人の心を大切にする方です。
ですから、もう無暗に人の尊厳を踏みにじるような真似は致しません!」
「――サティさん!!」
ロボットとリオの間を遮ったのはサティだった。
腹部の三分の一ほどを欠損していても、その動きに何ら衰えのようなものは見られない。
『くそっ――化け物が!!』
「その言葉は、そのままそっくりお返し致します」
サティは先ほどロボットから零れ落ちた斧を掴み、振り被ると、ロボット目掛けて放り投げた。
バランスを立て直したばかりのロボットである。突然、飛んできた斧に対応する術もなく、下腹部付近に直撃させていた。
「――遥人っ!」
「ご安心下さい。あの程度でコックピットがどうこうなるほど軟な設計はされていません。ご友人は無事です」
「――っ」
思わず駆け寄ろうとする栄介を、サティがやってきて制止する。
彼女の言う通りであった。再び態勢を整えたロボットは、一瞬戦う姿勢を見せた。
しかし――
『――くそっ!!』
ロボットの視線なんてわかりようがない。
しかし、なんとなくそれは栄介とリオを捉えたように思えた。
それを証拠に、ロボットはすぐに向きを変えると、再び森の奥へと走り去ってしまった。
明らかに栄介たちと対峙することから逃げたような素振りだった。
「……遥人」
彼と戦わなくて済んだことに安堵するが、しかし状況はなにも変わっていない。
「――きっとすぐに戻ってきます。それまでに態勢を整えましょう」
「そう、ですね……いろいろと確認しないといけないこともありますから」
明らかに人間の物ではない体液を流しながら、目の前に佇むサティ。
少し離れたところでは、リオが未だにロボットの立ち去った方角へ対物ライフルを構えていた。
本当に、どうしてこんなことになってしまったのか。
やり切れない想いに、栄介は強く奥歯を噛み締めた。




