第173話 わたしが元凶なのだから
「……なんで、平気でいられるの?」
「……あ?」
「なんで人を殺して平気でいられるのって聞いたんだよ!!」
冷静でいられない。
漏れ出た声は、次の瞬間には怒鳴り声に変わり、遥人はその様子を訝しむように眉をひそめていた。
「……誰か、死んだのか?」
「はぁっ!?」
まさか気付いていなかったのか?
蟻を踏み潰したところで、気にもしないように。
遥人はその巨大なロボットで暴れた結果が、わかっていなかったというのか。
その事実に栄介は驚きと共に、ますます怒りが沸き上がる。
無責任で、無神経で、無遠慮で――自分の友人はこんな奴だったのかと、歯を食いしばり、そして自分がやらかした事実を突きつけるように、倒れ伏したサティを指差す。
「君は!! あの人が見えないの!!
君が殴り飛ばしたんだ!! あの巨大な斧で!!
虫を叩くように!! 彼女を殺したんだ!!」
「……………」
ロボットが立ち上がる。
高いところから見下ろせば、さぞよく見えるだろう。
無残にもボロボロに打ち捨てられたサティの姿が。
自分がやらかしてしまった取り返しの付かない罪の証が。
「……なあ、栄介。おまえ、騙されてんだって」
「――はっ?」
しかしそれを直視しても、遥人の態度は変わらない。
むしろ憐れむような表情で、栄介を見下ろしていた。
どうして自分が殺してしまった人を見て、なおそんな態度でいられるのか?
理解できない。
「なあ、栄介。よく見てみろ。あれは、人間か?」
「――え」
理解できない。
それはもっと理解できない事実だった。
真っ黒い血を垂れ流して地に伏せるサティ。
咄嗟に両腕で防御したのか、両腕ともに拉げてあらぬ方向に折れ曲がっていた。
それでもなお防ぎ切れなかったのだろう。腰から腹部にかけての三分の一程度が抉れて、中身が剥き出しになっていた。
はみ出ているのは赤青緑と色取り取りのケーブル。
筋肉の代わりに見えるのは無骨の銀の鉄板。
血に一切の赤身はなく、完全な黒。
「―――――」
冷静に見ればわかる。人間ではない。
そこに横たわっていたのは、ロボットの肉体だった。
「もう一回言うぞ、栄介。おまえは、騙されてたんだよ、人を操る魔女に! いい加減、目を覚ませ!」
「……まじょ?」
そんな雰囲気はどこにもない。
だけど、魔女と言われて、不思議とパールの姿が脳裏に過った。
「そうだ! そいつが全ての元凶だ!
そいつを倒せば、おれたちは元の世界に帰れるんだ!」
「……パールを、倒す?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――……ここまで、だよね。
村の集会場にて。
戦えない村人と避難していたパールは、戦況を正しく把握した上で、ここが潮時だと感じていた。
村人の一人が亡くなった。
サティも負けてしまった。
エイスケは死んだと勘違いしているが、たぶん、例えゴーレムが相手だとしても、サティが一撃で殺されるとは考えられない。
それでもそれは時間の問題だろう。
ここからは時間と共に、犠牲が増えていく。
そうなる前に、サラスと共に投降しようと考えた。
それはロボク村の人たちがゴーレムと戦うと言ったときに決めていたことだ。
彼らの気持ちを落ち着かせて、一緒に逃げることもできた。
だけど、機械人形であるサティの気持ちだけは動かせない。
彼女は最期まで時間稼ぎの戦いに身を投じるつもりだった。
ロボク村の人たちと一緒に逃げなかったのは、結局、パールの我がままだ。
少しでもサティが生き延びる可能性を上げたかった。
そのためにパールは助けられる村人たちを見捨てた。
エイスケが巻き込まれるのも構わなかった。あれだけ人を殺すことに怯えていた優しい人でさえ、パールはサティを生き残らせるためだけに利用した。
所詮、どこまで行っても自分はレヤックなのだと自覚する。
せめて、誰も死なないうちに行動すべきだった。
だけど、それでも、どうしても期待してしまった。
もしかしたら、きっと――
「……ごめんなさい」
「……パール? え、ちょっと、どこ行くのよ?」
サラスを肩に抱えて立ち上がる。
不思議そうな顔で見上げてくるパティを無視して、そのまま集会場を出る。
そこまで彼が来ていることも気付いていた。
「――パールっ」
握り拳を作り、何かに耐えるようにして佇むシュルタがそこにいた。
「オマエは……なんで……どうして……」
「……………」
シュルタにクリシュナのところまで連れて行ってもらおうとも思った。
だけど、どうも彼女がどこにいるのか知らない。
ゴーレムが暴れている理由も、村の人たちが戦っている理由もわからない。
ただシュルタから感じ取れるのは、パールに対して疑念と、怒りと、悲しみだけ。
――オマエのせいで、争いが起きたんだ。
「うん、そう……。わたしのせい。間違いじゃない」
「――っ!?」
心を読まれたと知るや否や、シュルタは拳銃を向けた。
それでも撃つつもりがないことだけはわかってしまい、パールはどうしても泣き出したくなってしまう。
それで簡単に撃ててしまえる人だったら、パールだってもっと割り切れたのに。
「――シュルタっ!? あんた、なにやってるのよ!?」
背後から、パティの声が聞こえた。パールを追いかけて来たのだろう。
「パティっ! ソイツから離れろ!!
ソイツは魔女なんだ!! みんなを操って、争わせてる元凶だ!!
ソイツがいるから、争いが起きるんだ!!」
パティの怒りを感じる。
顔を見なくてもわかる。
わかってしまう。
だから、シュルタの言ってることは間違っていない。
「……シュルタ、あんたねぇ……」
「その通り。だって、わたしは――レヤックなんだから」
「……パール?」
いつだって、レヤックは争いの種で、憎むべき悪魔で、忌むべき存在。
止められる戦いも止めずに、ただ自分の我がままだけで争わせているのだから。




