第172話 向こう見ずの戦い
「……え?」
信じられないものを見た。
何を見ているのかもわからず、ただ茫然と立ち尽くしてしまった。
そのため、栄介より、この場にいた四人の村人の方が早く動き出していた。
三人は咄嗟に逃げ出していた。
ガトリング砲を放棄して、一目散にそれから離れようにしていた。
結果的には、それが正解だった。
三基のガトリング砲もまたサティと同様に宙を舞った。
もし逃げ出していなければ、きっと彼らも空を飛んでいた。
しかし、一人だけは――
「――ウルユさん!!」
栄介が数少ない、この村で名前の知る人物。
栄介の生み出した散弾銃で猪を仕留め、四人の子供たちと大はしゃぎしていた人物。
彼は勇敢にも、ガトリング砲を構えていた。
しかし――
「逃げ――」
ウルユが構えたガトリング砲もまた、それの餌食になった。
逃げなきゃ空を飛ぶ?
そんなことはなかった。
宙を舞ったのは丈夫な鉄くずだけだ。
「―――――」
白煙の中から飛び出してきたのは、ガトリング砲なんかよりもさらに巨大な鉄の塊だった。
「あ――」
巨大な斧であるそれを人間がまともに受けて、まともな状態で空を飛ぶなんてありえない。
「ああ――」
そんなものにぶつかった人間の身体なんてものは、簡単に粉砕されてしまう。
「ああああ――」
宙を待ったのは、ウルユが構えたガトリング砲だけ。
ウルユだったものは、その衝撃に耐えられず、小間切れになって辺りに散乱していた。
「ああああ――っ!?」
機関銃、ガトリング砲、ロケットランチャーと続き、それでも動く標的に、今更そんなものがどれほど有効であるものか。
そんなことはわかっていても、栄介は咄嗟に銃を構えた。
手元に生み出されたのは、バレットM90。
何か考えがあったわけでもない。
それでも栄介がギリギリもギリギリで立射できる対物ライフルであった。
しかし、ただ本当に、それは撃てるという程度でしかない。
「――っ!?」
衝撃に身体はひっくり返る。対物ライフルはどこかへ転がっていった。
銃床を当てた肩はヒビが入ったと思うほどに痛い。
腰を痛めなかっただけ幸いである。
しかし、恐らく銃弾はあらぬ方向に飛んで行った。
屁の突っ張りにもならなかった一撃。
栄介自身もどうしてそんなことをしたのかわからない。
ただ許せなかったのだ。
サティを、ウルユを――人を簡単に殺してしまった、あの巨大ロボットに、一矢報いたかったのだ。
煙が晴れれば、きっと栄介も虫のように踏み潰されてしまうだろう。
起き上がって逃げなくてはと思う。
だけど――
――ボクだって、人を殺した。
このまま虫のように踏み潰されてしまうのが、罰なのではないかと思った。
パールは言った。
『エイスケ、いのちが、たいせつが、わかる』
だけど本当にそうなのか?
――だったらどうして、また銃なんか生み出したの?
栄介が生み出した銃は、もうすでに三人も殺した。
名も知らない騎士は、栄介自らの手によって。
そしてきっとサティもウルユも、銃がなければ戦おうなんて思わなかっただろう。そのせいで死んだと言っても過言ではなかった。
――どうして、ボクは、また銃なんか、撃ったんだ?
地面に接した背中から地響きが伝わる。
ロボットが近付いてきているのがわかる。
逃げろと、心の奥底で自分が叫んでいる。
だけど、三人の死に様が脳裏に浮かび、どうしても身体が動かない。
あれこそが自分の辿るべき姿だと言わんばかりに。
もうあと数回。
足音と呼ぶにはあまりにも巨大なそれが響けば、きっと自分は潰れて死ぬ。
そうはっきりと意識できるほどに、ロボットの気配が感じられた、そのとき――
『――栄介!? おまえ、栄介だよな!?』
芯の強そうでどこか間の抜けた、懐かしい声が辺りに響いた。
「……遥、人?」
これまであまりにも現実離れした場所にいたからだろう。
あまりにも唐突に聞こえ始めた友人の声に、ここまで夢だったのではないかと錯覚する。
しかし鼻を突くような火薬の臭いは、決して消えてくれない。
理由もわからないまま、なぜか動悸だけは激しくなる。
死を意識したときよりも、背筋が寒くなっていく。
『やっぱり、栄介だよな!? おまえ、なんでこんなところにいるんだ!?』
なんで、こんなところにいるんだ?
それはこっちの台詞であった。
最後の望みを持って、身体を起こす。
辺りを見回して、友人の姿を探す。
しかし、どこを見ても、目の前にあるのは、さきほどサティとウルユを殺したロボットだけだった。
ロボットは栄介の前で跪いて、まるで彼を心配するかのようにのぞき込んでいた。
『おい、栄介っ? おまえ、大丈夫かっ?』
――ダイジョウブなワケがナイ。
異世界に連れて来られて。
今までまともでいられたことの方がどうかしていたのだ。
だけど、今、目の前で起きていることが、一番、栄介の正気を失わせそうだった。
「遥人……君こそ、大丈夫なの?
……君は、どこにいるの?」
『あっ――? ああ、そりゃそうだよな。当然、驚くよな』
目の前のロボットが、遥人の声に合わせて動いているように見えた。
――やめて。
思わず叫びたくなる。
だけど、そんな叫びは全くの無意味で。
ロボットの胸部が開き、中からよく見知った友人が顔を見せた。
「オレが、このエイブル・ギアのパイロットだっ。
どう? すげぇだろ?」
「―――――」
喘ぐ様に、口をパクパクと動かすことしかできなかった。
何を言えばいいのか、何を言いたいのか、自分でもわからない。
殺人ロボットからドヤ顔で出て来た友人に対して、栄介は怒るべきか、悲しむべきか、喜ぶべきか、全くわからなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「な、なんで……!?」
村に辿り着いたシュルタは、ありえない光景に、初めはその光景をただただ見守ってしまった。
騎士団でさえ無視すると決めたゴーレムと、村人たちは立ち向かっていた。
それもシュルタが見たこともない武器を使って。
その武器がどれほどのものか、シュルタにはわからなかったが、それでも無謀と言わざるを得なかった。
そしてその認識は正しく証明されてしまうところまで、シュルタはその眼でしかと見届けてしまった。
「あっ――!?」
エプロンドレスのアンドロイドが宙を舞う。
遠目にもそれがサティであることは認識できた。
村の家々よりもなお高く飛んだサティは、そのまま地面に叩き付けられて動かなくなってしまった。
そして次のゴーレムは包囲していた謎の武器を次々に吹き飛ばしていった。
そのうちの一つは誰かを巻き込んで吹っ飛んだ。
顔は見えなかったが、シュルタも知る人物であることは間違いない。
ロボク村で暮らしている人のことは全員知っている。
「――うっ」
知り合いの誰かが確実に死んだ。
その事実にシュルタはお腹の中から込み上げてくる気持ち悪さを抑えられなかった。
「……パティっ!」
その知り合いの誰かが最愛の人であるかもしれない事実に、シュルタは居ても立ってもいられずに走り出した。
村人全員でゴーレムと戦っていたわけではなかった。
他の村人はまた別のどこかにいるはずだ。
せめてその人たちだけでも逃がさないといけない。
――でも、どうして?
シュルタはどうしても理解できなかった。
「なんで……なんで、みんな……戦ってるんだよ!?」
騎士団でさえ、ゴーレムと対峙することを諦めたのだ。
それなのに、村のみんなはどうして戦うと決めたのか?
シュルタには一つだけ、納得のできる答えがあった。
――パール……レヤック。
サティもゴーレムと戦っていた。
彼女たちがゴーレムと戦う理由がなんなのか、シュルタにはわからない。
だけど、村の人たちが命を捨てるような真似をする理由は、
――レヤックに操られている。
それしか考えられなかった。




