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第171話 銃弾の嵐

「――外した!?」

「慌てないで下さい。回り込まれても厄介なので、威嚇射撃です。

 この距離で当てるなんて正気の沙汰ではありません」


 ブローニングM2重機関銃の射程は凡そ二キロ。

 ロボットとの距離は凡そ三キロらしいので、確かにサティの言う通りなのだが、栄介としてはこの状況がそもそも正気の沙汰とは思えなかった。

 ロボットの存在もそうなのだが、それにあえて威嚇射撃を行うサティもどうかしている。


 櫓の上で寝そべり、重機関銃を構えるメイドさんは、極めて落ち着き払っている。

 しかも初弾からセミオート打ちである。

 このメイドさん、本当に何者?


「ゴーレム、こちらに向かってきます。

 二キロを切ったところでフルオートで連射します。

 栄介様は弾切れの際に、次の武器の準備をお願いします」

「う、うん……」


 スコープで見るゴーレムはゆっくりと近付いて来ていた。

 他に比較する大きさのものがないためか、異様なほど巨大に見えて――怖い。


 今の栄介はあくまでも武器庫扱い。

 そう言い聞かせるが、それでも震えが止まらない。


「申し訳ございません」

「え……」

「貴方が好戦的な性格でないことは、十分に理解しています。

 栄介様を巻き込むつもりもありませんでした。

 それでも、私たちは貴方に助けを求めるしかありませんでした。

 申し訳ございません」


 救って欲しいと頼まれた後も、サティには謝られた。

 しかし、謝る必要なんて、どこにもない。


「いいんです。

 ボクだって、この村にはお世話になったし、パールにだって――助けてもらったんだから」


 今でも人を殺してしまったときのことは鮮明に思い出せる。

 もう二度と、あんなことはしないと誓った。


 でも、それとこれは違う。


 あのロボットにだって、人は乗っているのだろう。

 だけどあのロボットは、武器だってロクにないこの村を襲おうとしている。

 そんなことは許せるわけがない。


 銃とは、どこまで行っても生き物を傷付けるための道具だ。

 でも使い方が違えば、その意味は変わってくることを栄介は知っている。


 簡単に人を殺してしまうと同時に、人が生きるための手段にもなる。

 簡単に人を傷付けてしまうと同時に、誰かを守るための手段にもなる。


 それに何よりも、


「パールがあんな風に泣いてるのに、無視して自分だけ膝を抱えるなんて、そんなことできないよ」

「――……本当に、ごめんなさい」


 それでもサティが謝るのが、栄介にはわからなかった。

 しかし、それを改めて質すような時間も、もうない。


「――ゴーレム、射程距離に入りました。

 これより迎撃を開始します」


 サティの報告と同時に、重機関銃が火を噴いた。

 毎分六百発以上の掃射を可能にする重機関銃。五十口径の銃弾を次々と発射するそれは、銃と呼ぶよりもはや砲である。


 軍用トラックや航空機にも搭載されるそれは、その重量で反動を抑えるようにできているが、その足は今、木造の軟そうな櫓の上にある。打つたびに櫓は軋み、今にも崩落しそうで怖い。

 櫓の上から狙撃するには、これが限界だろうとの選択だったのだが、サティの射撃能力を考えれば対戦車ライフルでも十分だったのではないだろうか――?


 ――しかし、実際はこれでも足りない。


「――っ、マニュアルスペックよりも速い!?」


 ブローニングM2はライフルの中では初速の早い銃とは言えない。

 しかし、それでもライフル弾である。


「あ、あれを避けてるの……!?」


 図体の割に気持ち悪いほど機敏な動きで左右に動き回るロボット。

 その動きは確かに、回避しているようにも見える。


「いいえっ、何発かは当たっていますっ。ですが! 装甲が硬すぎます!」

「徹甲焼夷弾ですよ、それ!?」


 コンクリートの壁だって障子紙のごとくぶち抜く12.7x99㎜ NATO弾である。

 嘘ではない。栄介はその眼で確かに見た。インターネット上の動画でだけど。


「動力部に当たらぬよう立ち回っているのでしょう!

 ご主人様もレールガン相手に似たようなことをされてましたが、アレを操縦で実践するなんて――化け物です!」

「レ――レールガン!?」

「栄介様!! 次!!」


 いつの間にか打ち尽くした重機関銃を、サティは躊躇なく櫓から放り投げた。

 約四十キロを軽々と――サティもサティで化け物に思えたが、指摘している余裕もない。

 栄介は言われるがまま、次の機関銃を生み出す。

 オーバーヒートの問題から、次弾装填するよりも、この方が良いと事前に打ち合わせしていたことだ。


 ――いや、この能力も十分、化け物染みてるけど。


 銃に限定すれば、一瞬で生み出せてしまう能力。

 何かを代償にしているわけでもない。完全に無から有を生み出す能力。


 これが本当に銃限定で、剣や弓なんかは一切生み出せなかった。

 定義がよくわからない部分もあり、サティからは核弾頭の要求もあったが――栄介がビビったこともあり――さすがに無理だった。

 他にもロケットランチャーは可能で、ジャベリンは不可能だったことから、誘導装置の有無がポイントなのかもしれない。もしかしたらデイビー・クロケットなら生成可能かもしれないが、試したくはない。


「栄介様っ、次……――いいえ、待って下さい、あれはっ?」

「――え?」


 ロボットには遠距離武器がないとのことだった。

 それ故に村に近付かれる前に先制攻撃を仕掛け、サティたちに釘付けにするのが狙いだった。


 しかし武器があるなしなんて、些細な問題であったことを、ここに来て栄介たちは初めて認識する。


 ロボットは、銃撃が止んだその一瞬の隙に、大木を根元から引っこ抜き、持ち上げていた。


「――っ!?」


 それは惚れ惚れするほど綺麗な投擲だった。

 ロボットは自分と同じサイズの大木を投げ付けていた。


「――栄介様っ、失礼致します!!」


 砲丸投げの選手だって、こうも正確には投げられまい。

 一体どれだけ繊細な操作をすれば、こうも狙い通りにいくものか。


 唸るような轟音を立てながら、櫓は投げ付けられた大木によって倒壊した。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「うっしゃあっ、命中!」


 先ほどまで鬱陶しいほど銃弾の雨を降らしていた櫓が崩壊していく。

 そこに誰かいたのかさえ、遥人にはわからなかった。

 何せエイブル・ギアのモニターは、地デジ化もとっくに終わった現代では珍しいブラウン管である。

 計器類もどこか古臭く、最新鋭の技術の粋を集めたとは言い難いのは一目でわかるが、それでも遥人には自分の手足を使うがごとく思い通りに動かせた。

 なんとなくできそうだという思いだけで投げた大木も、見事に目標に命中していた。


 なぜそんなことができるのか?

 遥人は深く考えずに、こう結論付けた。


「やっぱ天才だな、オレ!」


 意気揚々と再び進軍を開始する。


 マシンガンの掃射を受けた際はさすがに焦った。

 エイブル・ギアにはスラスターがないので動くにも己の足で走らなければならず、そのうえ片足だけ反応が鈍い。どうも故障しているようだ。

 物凄い音を立てて爆発する弾丸には、さすがの遥人も恐怖を覚えた。

 しかしそこはやっぱりロボットである。見事耐え切ってみせた。

 雑魚ロボットではきっとこうはいかなっただろう。


 ――や、でも、本当はロボット同士の戦いがしたいんだけどさ。やっぱ歩兵じゃ爽快感がないっつーか、華がねぇつーか。


 せっかくのロボットである。

 ビームライフルとビームサーベルを使った手に汗握る戦いというものを繰り広げてみたい。

 最も、ビームライフルもビームサーベルもエイブル・ギアにはなく、唯一の武器はバカでっかい斧だけなのだが。


「今のが前座で、こっから本番でもいいんだぜ、別に」

『はる君、それ、すっごくかませ犬っぽいよ?』

「うっ……うるせーよ」


 興奮していて、ものりたちに全て聞かれていることも忘れていた。

 指定事項もまさにその通りに、気持ちが急な現実に引き戻される。


「だ、だってよ、これで終わりじゃ、拍子抜けっつーか、呆気ねーっつーか」

『終わりなら終わりでもういいよー。ほら、もう満足したんなら、戻っておいでー』

「まだ魔女だって見つけてねーだろ。

 ほら、向こうから攻撃してきたんだから、お前らだってもう魔女と話したいなんて言わねーだろ?」

『で、でも、遥人君……やっぱり、こう……もうちょっと、慎重に……また、いきなり襲われるかもだし……さっきの、負けフラグだったし……』


 珍しく任も食い付く。

 しかし遥人としては、ここで魔女を倒してみんなでとっとと帰りたい。

 きっと二人ともエイブル・ギアが戦っているところを直接見たわけじゃないから心配するのだ。


「もう村に着くから。話は帰ってからな」

『遥人君! せめてこれ以上フラグは立てないで!』


 任の言うフラグとはなんなのか、遥人にはわからなかった。

 わからなかったが、森を抜けた瞬間「こういうことか」と一発で理解する。


「――っ」


 目に見える範囲で四台。

 映りの悪いブラウン管越しでも、その凶悪な黒光りは目に映える。


 その一台一台に連なる流線形の数は、太陽光を反射して正確な数はわからない。

 しかしその全て発射されるのかと思えば、かつてないほどに震え上がる。

 

 本来、戦艦や戦闘機に着いているであろうそれら全てが、今、森から出て来たばかりのエイブル・ギアに向けられていた。


「――一斉砲火、お願いします!」


 清んだ綺麗な声が響いたのは一瞬のこと。

 その後、一台辺り毎分六千発にもなる銃弾の発射音によって、一切の音が掻き消されていた。

 遥人は、自分の悲鳴さえ、もう聞こえなかった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「――一斉砲火、お願いします!」


 サティの掛け声と共に、六つの砲身が一斉に回転を開始する。


 M61バルカン。

 ブローニングM2重機関銃が砲に近い銃と呼称したが、これは完全なる砲である。


 総重量が百キロを超えるため、とてもではないが櫓に設置できなかった。

 また扱えそうな村人が四人しかいなかったため、村を包囲することもできなかった。


 しかし栄介が生み出せる武器の中では総火力としては最強を誇るため、ロボット攻略には欠かせないとサティが判断。

 四台全てロボットが接近してきていた東の森入口付近に設置した。


 重機関銃はあくまでガトリング砲が設置された広場まで誘導するためのおとり。

 重機関銃が大破してからは、回り込まれでもしたらどうしようと気が気ではなかったが、ロボットは愚直にも真っすぐ村に向かって来た。


 ――本当、重機関銃でおびき寄せてからの一斉砲火って正気の沙汰じゃないよ。


 四台全てから打ち出される銃弾は、一分間に凡そ二万四千発。

 それを一身に浴びる結果は、蜂の巣どころの騒ぎではない。

 戦艦だって容易く沈める火力である。


 ――しかし、サティはこれでも足りないと判断した。


「栄介様、ロケランのご用意を!」

「本当に撃つのっ? なんかもう、勝負は決したような気もするんだけどっ」

「完全に沈黙させるまでは安心できません!」


 榴弾の炸裂によって煙の中に消えつつあるロボットは、ガトリング砲の包囲から一歩も抜け出せないように見える。

 サティの作戦を聞いた段階では、ロボットの大きさからその必要性は一切疑わなかったが、今となっては哀れで仕方がない。


 あのロボットに誰か乗っているのではないかと思えば、わざわざ止めを刺すようなことをしなくてもと思う。


「栄介様!」

「ああっ、はいっ、わかりました!」


 サティは一体なにを心配しているのだろうか。

 彼女に促されるまま、栄介が生み出したのはRPG-7。

 ロケットランチャーと言えば、これかバズーカ砲の二択だろうと栄介は思う。


 持つのが大変というほどでもないが、それでも現れると同時にずっしりと確かな存在感が伝わる。

 サティはそれを軽々と栄介から引っ手繰ると、


「これでおしまいですっ」


 狙いを付けるのはほぼ一瞬。

 躊躇なくトリガーを引き絞ると、一瞬のうちに弾丸はロボットに吸い寄せられる。


 バックブラストの余韻さえない。

 ガトリング砲もそうであったが、有効射程を考えれば、もう少し離れた位置から発射してもよかったかもしれない。

 爆風は栄介たちのいる場所にまで届き、衝撃に大地は揺れ、熱波に肌がじりじりと焼ける。

 ガトリング砲を構えていた四人も思わず、銃撃の手を止めていた。


「……これは、やり過ぎたかもしれません」

「だから言ったじゃないですか!」

「いえ、私ももう少しクールに実行するつもりでした。

 ただ無尽蔵に現れる火器というものは、抗いきれない誘惑がありました。

 これが快感っというものなのでしょうか?」


 火薬の臭いは辺りに充満していて、白煙でむせ返りそうなほどだった。

 勝ちは勝ちなのだが、歓声の一つ上がらない。

 その場に残ったのはやっちまった感の強いどよめきだった。


「幸い、ガイガーカウンターの数値に変動がないので、最悪の事態には至りませんでしたが――反省します」

「……ガイガーカウンター?」

「とにかく、パイロットの確認を致しましょう。

 それが済み次第、ナクラ様へ報告に伺います」

「パイロット……生きてるんですか?」

「コックピットは胸部付近です。

 下半身は狙いましたし、ガトリング砲も射角的にはレンジ外です」

「そういう問題だった……?」


 ガトリング砲で蜂の巣にした上に、ロケットランチャーで木っ端みじんである。

 人が乗っていたのだとすれば、生きているようには思えなかった。


 騎士を殺したときに比べて、ロボットが相手だったからか、人を殺したという実感に乏しい。

 煙のせいで、ロボットの残骸さえ目視できていないからかもしれないが。


「……栄介様はそこで待機してて下さい。私一人で確認致しますので」


 その気遣うような言葉が一番、また人を殺してしまったんだと実感させられた。

 以前のような吐き気こそないが、気分はやはり滅入る。


 何かの奇跡でもって、なんとか生きていてくれないものかと――


「――栄介様!! お逃げくだ――」

「え――」


 ごうっ――と。

 起きた出来事に比べれば、それは実に呆気ない音だった。


 ロボットに近付こうとしていたサティが、突然、宙を舞った。


 消えたかと思った。

 それだけ一瞬の出来事だった。


 だけど、確かにサティは空にいて。

 栄介の遥か頭上を飛び越えて。

 そして地面に叩き付けられて、動かなくなった。

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