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第170話 エイブル・ギア、発進

 ものりは全ての人類を仲間だと認識している。

 遥人もその考え方には概ね賛同していて、だからこそ二人は喧嘩ばかりしていても、なんだかんだ馬が合った。


 しかし、遥人とものりでは決定的に違った。

 むしろ正反対と言っても過言ではない。


 ものりが人類皆兄弟を地で行く絶対博愛主義者であることに対して、遥人はそれでもこの世界には絶対に相容れない敵が存在すると認識している。


 ものりが全ての出来事が話し合いで解決すると思っているのに対して、遥人は最終的に戦いでしか解決しないこともあるのだと考えている。


 ――二人の魔女を倒す。


 漫画染みたその話を、遥人は割と簡単に受け入れていた。

 だからこそエイブル・ギアに乗る遥人には、興奮こそあれ、人を殺すのだとかそういう不安は一切なかった――いや、考えてすらいなかった。


 しかし――


『――もしかしたら、君たちの友達も、魔女に操られているかもしれないってことっす』


 それはつまり、人質を取られている可能性があるということである。


 漫画でもよくあるシチュエーションである。

 正義の味方が、敵を前に人質を取られて苦悩するシーン。

 あるいは仲間が洗脳されて敵になるシーン。


 果たして、正義の味方はどのようにしてその困難を乗り切っていたか――?


『……はる君』


 遥人の緊張が通信越しで伝わったのか、ものりが珍しく低いトーンで話しかけてくる。

 顔は見えないが、それでもきっと暗い顔しているのだろうと、すぐにわかる。


「ん……どうした?」

『あのね……逃げても、いいと思うよ』

「……………」

『タモさんとももう一回話し合ったんだけどね、ものりたちはまだ魔女の人に何かされたわけでもないし、まだ会ってもいないんだよ。

 それなのに、いきなり戦うのは、やっぱり間違ってると思うんだ』


 臆病風に吹かれたとか、いつものラブアンドピース癖が出たとか、さすがの遥人もそこまで言うつもりはない。

 確かに遥人たちが魔女に何かされたわけではない。だけど、


「けどな、ものり。魔女を倒さなきゃ、オレたち帰れないんだぞ。おまえはそれでもいいのかよ?」

『よくないよっ。よくないけど……でも、ものりは、魔女の人たちとも話をしたいよ』 

「人の心を操る魔女なんだぞ。話をしようとして、操られたらどうすんだ?」

『でもっ、まだ何かされたわけじゃないよっ』

「アホかおまえは」


 何かされてからでは手遅れである。

 遥人は仲間の誰かが危険な目に遭うのだけは嫌だった。

 何かあってから後悔するなんて、そんなこと死んでも御免である。


『は、遥人君っ』


 むくれるものりの気配に、任の上擦った声が重なる。


『あ、あのね、ぼ、僕も、守さんの言う通りって言うか……その……』

「……タモさん、前にも言っただろ。言いたいことがあんならはっきり言えって」

『あ……うん……その……ク、クリシュナさんって、本当に、信用していいの、かな?』

「……どういうことだ?」


 任は、人となるべく距離を置こうとして、あまり会話に参加したりしない。

 だけど、ときどき妙に鋭いことを気付くのを、遥人は知っている。


 自分が頭が良くないことはわかっている。

 当然、ものりだって良くはない。

 成績で言えば任だって良くはないけれども、きっと遥人やものりでは気付けないことに気付くのが任だと、遥人は理解していた。


『……ぼ、僕たち、ク、クリシュナさんからしか、話を聞いてないから……カ、カルナさんにも、王様にだって、あ、あれから会ってない。でも、ア、RPGとかなら、こう言うとき、王様から、依頼されるもの、だよ』


 その根拠はどうかと思ったが、でも、確かにクリシュナ以外からの話を聞いてない。

 遥人もゲームくらいやる。短気な遥人は、その場にいる全員に話しかけてから次のステージに進むようなプレイはしないが、それでも主要人物くらいには話しかけてみようとする。

 その点で言えば、確かに、クリシュナ以外から全く話を聞いていない。

 言葉が通じないから仕方ないと言ってしまえばそれまでではあるが、しかし現状ではクリシュナに嘘を吐かれていないかどうかなんてわからない。


『も、ものりも……クリシュナさん、ちょっと苦手……』

「あ? おまえに苦手な相手がいるのかよ?」

『いるよ! 体育の吉田せんせーとか、ものりすっごく苦手だもん! あのせんせー、ものりが走ってるとき、ものりのことジロジロ見てくるんだよ?』


 吉田に限らず、男子の大半がちらちら見ているのだが、その視線には気付いていないのだろうか?


『クリシュナさん、それと同じ目で見てくるんだもん……』

『……………』

「……………」


 それはクリシュナがものりの大きな胸に惹かれているだけという気もするが。


 ただ、博愛主義のものりをおいて「苦手」と言わせるだけの何かがあるのも事実である。


『……と、とにかく、クリシュナさんを、本当に、信用していいか……せ、せめて、エイブル・ギアのこと、王様に……ちゃんと聞いた方がよかった……かもしれないな、なんて……思ってて……』

「んなこと、今更言われてもな……ここまで来て、引き返すわけにも――」


 ここで逃げてしまったとする。

 それでもしクリシュナの言うことが本当だったら、それはそれで取り返しが付かないことになるのではないだろうか。

 何せ魔女が潜伏しているという村が、もう見えるくらいまで近付いて来ている。


 ――そう思いながら、モニターに視線を向けて、気付いた。


「――っ!?」


 咄嗟にエイブル・ギアを動かす。


 それは派手な音を立てながら、近くの木を薙ぎ倒し、炎上させていた。

 もともと軌道は逸れていたのだろう。

 エイブル・ギアが避けなくても、それは当たることはなかった。

 しかし直撃していれば只では済まなかったことだけは明確に見て取れた。


 何か砲弾のようなもので撃たれたのだと、遥人はようやく理解した。


『――はる君っ!? はる君っ!! どうしたの!?』

「……安心しな、ものり。もう悩む必要はなくなった」


 先ほどまでの議論は、あくまでも「遥人たちが、まだ魔女の人に何かされたわけでもない」からこその議論だった。

 近付いただけで、こうも容易く攻撃されるようであれば、もう考える必要なんてない。


 それは明確な敵意だった。


「――やっぱさ、戦うべき敵ってのは、いるんだよ」

『は、はる君っ?』


 とてもドキドキしている。

 攻撃を受けたという緊張感はもちろんある。

 だけど、遥人は気付いた。

 そのドキドキは興奮だった。


 正直に言えば、心配だったのだ。

 せっかくロボットに乗れたのに、戦うべき敵がいなかったらどうしよう。

 相手が生身の人間では、ロボットに乗る意味がない。

 一方的な虐殺なんて、遥人だってやりたくもなければ望みもしない。


 だけど、今、撃ってきたのは、ちゃんとロボットに乗って戦う必要のある、ちゃんとした敵だった。


 ――二発目が来る。


 そう意識して、遥人は唾を飲む。


 最初に仕掛けて来たのは向こうだ。

 なら、こちらだって遠慮はいらない。


 ものりと任が呼んでいる。

 しかしその声を無視して、遥人はモニターに意識を集中させる。


 緊張と興奮を鎮めるように、一度だけ深呼吸をすると、遥人は一度言ってみたかった台詞を口にする。


「――岸遥人、エイブル・ギア、行くぜ!!」

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