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第165話 素直な心に祝福を

「こういうのなんて言うのかしら? 酒宴? 集会?

 ここにはお酒も食事もないけど、肴になる話はまだまだ尽きることはないわ」


 すっかり日が暮れたが、パティの興奮は未だ冷めやらない。

 パールに宛がわれた寝床まで来ているからには、きっと日の出まで語らう意気込みなのだろう。


「もう、そんなに話すことなんてないよ……」


 申し訳ないが、パールは眠くて仕方がなかった。

 不安から、昨晩はほとんど眠れなかったのだ。

 多少なりともその不安も解消された今晩ならぐっすり眠れそうだった。


「ふふ、パールはまだまだ子供なのね」


 夜更かしをすることが大人の証なのだろうか?

 ムングイ王国で暮らしていたときでも、夜中に起きている人など、警備の騎士団くらいしかいなかった気がするのだが。


「でもね、まだまだ寝かせてあげないわ。

 だって、パティは一番大切な話を聞いていないもの」

「大切な話?」

「パールの夫のことに決まってるじゃない。

 あれほど相思相愛だったのに、一度も話に出ないのには深い理由があるのでしょ?

 ……もしね、死別しているのなら、一緒に泣いてあげるから、話しちゃいなさいよ」

「あー……うーん……」


 ムサシのことをパティに話さなかったのは、パールにもわからないことが多いからだ。

 何かしらの理由から――恐らく、魔王アルクを倒したことによって――ムサシはニッポンに帰ってしまったのだ。

 それはムサシの意志か、そうじゃないかわからないが、少なくともパールはムサシが帰りたくて帰ったとは思わなかった。

 自分は置いて行かれたと思いたくなかったのもあるが、ムサシが自分に黙っていなくなるとも思えなかった。


 それでも不安や淋しさから、何度泣き腫らしたかわからない。

 一昨日までのパールであれば、パティに再会できた嬉しさも相まって、ムサシがいなくなった悲しみを真っ先に吐露していたことだろう。


 ――今は違う。

 エイスケという手掛かりができた。


 エイスケには悪いが、レヤックの能力を駆使して、エイスケが持っているムサシの記憶は全て探らせてもらった。

 ムサシがいなくなってから初めての手掛かりだ。

 悩む前に、無意識に実行していた――それが余計にレヤックであることを思い出させるきっかけにはなったが。


「ムサシくんね……死んではいないよ」


 エイスケの記憶では、やっぱりムサシはニッポンにいた。

 ムサシを見つけたような気がして嬉しかった。

 それと同時に、三年間も帰って来ないなんてどういうつもりなんだという怒りもあった。


 しかしエイスケの記憶を探るうちに気付いた。

 エイスケの記憶にある三年前のムサシの姿と、パールの知るムサシの姿が全く一致しない。

 それどころかエイスケとムサシが幼い頃に出会ってから、ムサシが長いこと異世界転移していたような記憶はなかった。

 せいぜい一か月くらい行方不明になっていた程度である。

 これはどういうことだろう?


「……パール、もしかして……あなた、あのエイスケって男に気移りした?」

「――っ!? そ、そんなんじゃないよ!! そんなわけないよ!!」

「えー、でもでも、ムサシより、エイスケの方が、いい男でなくて? 目の見えない妹のために一生懸命なのも、優しさと頼り甲斐を感じるわ」


 パティはまさに、パールの尻尾を踏んだ。

 自分でもわかりやすくほど、頭に血が上るのがわかった。


「わたしの夫を悪く言わないで!! ムサシくんのほうがぜっっっっったいにいい男だよ!!」


 村中に響き渡るほどの大声で、パールは怒鳴る。

 だけどパティは驚きもしない。

 逆にその様子が嬉しいと言うように、ころころと笑っていた。


「そうそうっ。それでこそパールだわ。

 あなたってば口を開けば、ムサシ、ムサシって、そればっかりだったもの。

 一度も名前が出ないと、それこそ本当にパールなのか疑ってしまうわ」


 そんなにムサシのことばかり――と思い返せば、確かに話していたような気がした。

 変ではないと思う。

 ただ、そのことを指摘されると、当時は感じたこともなかった、恥じらいのようなものを感じた。


「そういうパティだって、シュルタと――」


 思わず言い返そうとして、思い出す。

 昨日、森で出会ったシュルタの様子。

 パールに問うシュルタの言葉が脳裏に過り、思わず唇を噛む。


 そんなパールの様子に、パティも気付いたのだろう。


「……そっか。先にシュルタに会ったのね。

 だから、パティになかなか会いに来てくれなかったのね……」

「……………」


 シュルタが抱いた、パールに対する恐怖や疑問。

 パールに投げ掛けた言葉は、先にパティにも投げ掛けられたのだろう。

 強張るパティの表情。

 そのときのパティの答えはなんだったのか――考えると怖くなった。


 しかし――


「あいつ、そんなことでパティとパールの再会を邪魔したのね。

 つくづく、情けない男だわ」

「……え?」


 苛立ち言葉は、ここにいない人へと向けられていた。

 パールに向けられた恐怖や疑問なんて一切ない。

 そにはあるのは、シュルタに対する純粋な怒りだけだった。


「……そうだわ。確かに人の夫を悪く言うもんじゃないわ。

 シュルタに比べれば、ムサシのほうがずっといい男だものね」

「えっ? ……ええ? それって、どういう……こと?」

「あら、パールってレヤックなんでしょ? てっきりお見通しなのだと思ってたけど」


 心外である。人の心は極力覗かないように努力している。

 それでも感情は漏れ聞こえてしまうが、深く潜ることなんて滅多にしない。


 しかし今はそんなことは言い返せなかった。


「シュルタってば、パティが頭を差し出したのに、求婚しないで逃げ出したのよ。これほどに情けない話があるのかしら?」

「え――えええええええええええっ!?」


 人の告白に、これほど驚いたことはない。

 レヤックであるパールが、人生で初めて人に出し抜かれた瞬間であった。


「それほど驚くことでもないじゃない。パティだって、エイスケみたいないい男が他にいれば、そっちを選んだわ。

 でも、村で同年代の男なんて、シュルタしかいないんだもの。なら、パティがシュルタと結婚するのは当然だと思うわ。

 パティは、小さい頃から、きっとこいつの子供を産むんだわって思ってたわ。

 シュルタだって、パティのこと結婚したいと思うくらい、好きなのよ。言われたことないけど、それくらいはお見通しよ。ずっと一緒にいたのだもの。パールだって、それくらい気付いていたのでしょ?」


 ――全然、気付かなかった。


 シュルタが誰よりもパティを好きなのはわかった。

 でも、それは結婚したいに結び付く気持ちだったのか――?


「本当にシュルタはパティと結婚したいと思ってるの?」

「間違いないわ」

「でも、パティが頭を差し出しても、逃げたんでしょ?」

「でも、結婚したいと思ってるわ」

「――レヤックでもないのに、どうしてわかるの?」

「わかるものは、わかるのよ」


 ここまで断定できるものなのだろうか。

 人の気持ちが読み取れる、パールでさえも、それでもわからないことはある。


 例えば、カルナなんかがその代表だ。

 怯えているのに強がって、好きなのに嫌いと言って、大切にしながら壊そうとして。

 感情と行動が滅茶苦茶で、気持ちはわかるのに、でもよくわからない。


「パールはレヤックなのに、そんなこともわからなかったの?

 やっぱりパティの言う通りだったじゃない。

 レヤックなんて、みんなが怯えるほど大したものじゃないのに。

 シュルタまであんなに怯えて、本当に情けないわ」

「―――――」


 レヤックなんて大したものじゃない。

 それは木槌で殴られるぐらいの衝撃をパールに与えた。

 今までそんな風に思われたことは一度もない。

 ムサシにだって、そんな風に思われたことなかった。


 みんながみんな、パールのことを特別扱いしていた。

 ムサシやサラスのように、それが心地よいと感じるものもあった。

 でも、大概が、不愉快なものだった。


「……大したものじゃ、ない?」


 唯一、パティだけがそう話す。

 他の人と変わらない。

 他の人と同じだと言う。


 パールの独り言のような呟きに、パティは真面目に考えた。


「パールは、パティと初めて会ったときのこと、覚えてる?」

「うん……」


 魔法の杖によって、パティの母親が亡くなった。

 その悲しみを、パティはサラスへぶつけた。

 それに対して、パールは怒ったのだ。

 母親の死に甘えるな、と。


「パールに怒られて、一緒に泣いて、あのときパティは決めたの。

 もう自分の心を誤魔化すことはしないって。自分の心に素直に生きようって。

 だってね、そんなことしても、すぐに気付いちゃう人がそばにいるんだもの」

「……………」

「そうしたらね、パティは気付いちゃったの。

 自分の心に素直に生きてたら、毎日が楽しいって」

「毎日が、楽しい?」

「うん。パールと一緒にいるのは、楽しいわ。

 きっと、あなたの前では、嘘を吐いても仕方がないって開き直れるからだと思う」


 ――開き直れるって……。

 それこそ嘘偽りなく、本人を前にして大体なことをパティは言う。

 心の奥底がうずうずと落ち着かなくなる。恥ずかしいような、それでいて嬉しいような気分だった。


「レヤックが怖いのは、きっと心に素直に生きてないからよ。

 だって素直に生きてたら、レヤックも他の人も一緒だもの。

 シュルタだって、パティのことが好きなのに、素直じゃないの。

 しかもあいつ、自分に自信がないから、パティのことが好きなのを、レヤックに操られたからなんだって思ってんの。本当にばかよねー」


 頬を膨らませて怒りを表すパティ。


『なあ、オレの気持ちは、本物なのか!?』


 シュルタが叫んでいたことを思い出す。

 パティの言葉が本当なら、あのときの恐怖や疑問は確かに馬鹿げていると笑い飛ばしていいものだった。


 人の気持ちがわかっても、やっぱりパールにはわからないことはある。

 人の気持ちは複雑で、見えててもよくわからない。

 それはもしかしたら、レヤックだろうと、普通の人だろうと、違いはないのかもしれない。


「――パティは、すごい」

「そんなことないわ。パティよりも、パールのほうがすごいわよ。

 だって、最初にパティの心に飛び込んできたのは、パールだもの。

 レヤックは大したことないけれども、パールは大したことあるわ」


 ――ああ、そっか。


 それを言うと、本当の本当に、最初にパールの心に飛び込んできたのはムサシだった。

 ムサシこそが、パールにとっての全てのきっかけで――だからこそ、やっぱり思うのだ。


 ――ムサシくんが、好き。


「……ねえ、パティ。パティは自分の心に素直に生きるって言ったけど、全然、素直じゃない」

「む、どうしてそう思うのかしら?」

「パティは、他に相手がいないからシュルタと結婚するって言ったけど、本当はシュルタのことどう思ってるの?」

「……………」


 黙ってそっぽを向くパティだったが、やがて観念したのだろう。

 パールに向いた耳が真っ赤になっていたところから、その答えは聞くまでもなかった。

 しかし、パティは秘密を打ち明けるように、こっそりとパールに耳打ちをした。


 この唯一の親友には、絶対に幸せになって欲しい。

 パールは心からそう願った。

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