第164話 全ては彼女の望む通りに
眠れなくて屋上に出た。
蒸し暑い空気を風が掻き回していた。
汗で背中に張り付いたブロンドの髪がたなびき、ようやく慣れてきた鬱陶しさを思い出させる。
人の死はやはり堪えると、久しく忘れていた感覚に、カルナは大きく息を吐いた。
きっとこの三年間は平和だったのだ。
さざめく心は、一昨日までに比べれば、生きていると実感できて――苦しかった。
相変わらず自分は弱いままなのだと実感する。
やることなすこと裏目に出ている。
そのくせそれを認めて欲しいと望んでしまう。
認めてくれる人は、自分から切り捨ててしまったくせに。
誰でもいいから、認めて欲しい、自分を!
「おや、カルナ、こんなとこで会うなんて、好都合、好都合」
「……はぁー。あんたじゃない」
「むっ、唯一の友人に対して辛辣っすね。大切にしないとほんとに誰もいなくなるっすよ」
「あー、はいはい。そうね、大切にしてやらないと、そのうち魂まで持ってかれるわね」
「うちは悪魔っすか。まっ、でも大切にしてくれたら表面上の願いくらいは叶えてあげるっすよ」
にしし、と信用し難い笑みを浮かべながら、クリシュナが近付いて来る。
「なに? 話なら明日にしてくれない? どうせもう段取りなんて終わってんでしょ?」
団長と呼ばれるようになってから、常にそうだった。
大方の作戦立案や準備は副団長のクリシュナが行う。
カルナはほとんど決まってしまったことを、大袈裟に宣言するだけだ。
裏でお飾り団長と呼ばれているのだって知っているのだ。
「えー? せっかく眠れない夜にちょうどいい相談事を持ってきたんすから、聞いてくれたっていいじゃないっすか?」
「……はぁ」
拒否権なんかない。拒んだら拒んだだけ、クリシュナは面白がって話し出すだろう。
溜息は返事代わりと取られえたか、クリシュナは話を始める。
「例の三人が授かった”ギフト”っすけど、カルナの予想通りっすね。
女の子は”弁人の加護”、でかい男が”堅牢の加護”、小さいのが”操舵の加護”ってところっすね」
「そう。
……初めて会ったときのムサシみたいに会話にすらならないよりはマシよね。
でも、ムサシみたいに戦いの役に立つわけじゃなきゃ、どうしようもないわね。
ムサシの居場所くらいは知ってるのかしら……?」
「……スリームサシ」
「なに?」
「なんでもないっすよ。
あと、別に戦いの役に立たないわけじゃないっすよ。さすがは”ギフト”持ち、あり得ないことを可能にしてくれるっすね」
「どういう意味よ?」
「いやぁ、”操舵”の子がっすね、どこまで操舵できるんかなって思って、連れてってみたっすよ。そしたら、なんの問題もなく動かしたんすよ」
勿体付けたような言い方に、カルナは嫌な予感を覚えた。
クリシュナは何か悪いことを企んでいる顔をしている。
こういう顔をしているときは、ロクなことを仕出かさないことを、この三年間で嫌というほど思い知らされている。
「クリシュナ、いったいなにを動かしたって言うの?」
「ゴーレム」
「……はぁ!?」
「アレなら、きっと魔法の杖も起動できるんじゃないっすかね?」
「まっ――!?」
想像を遥かに超えていた。思わずクリシュナに掴みかかる。
魔法の杖が搭載されたゴーレムは完全に壊れて動かなくなっていたはずである。
クリシュナが嘘を言っている可能性も考慮して、ゴーレムの操縦に使われていた機械は、その建物ごと完全に破壊した。
さすがにその本体まで壊すのは難しかったが、それでも万が一にも魔法の杖が爆発しても大丈夫なように、街の外れも外れ、さらに森の奥地へと破棄した。
それをわざわざ回収して、動かしたのか。
「――あんた、なにを考えてるわけ!?」
ただでさえゴーレムをムングイ王国へ持ち込んだのはクリシュナなのだ。
その罰を魔王に全て押し付けることで、どうにかクリシュナの処罰を免れたわけだが、それを再び動かしたとなれば、次は言い逃れできない。
「なにって――そんなの魔女を確実に殺すことに決まってるじゃないっすか」
「――っ」
「魔女がロボク村にいる、今が勝機っす。
さすがにニューシティ・ビレッジへ攻め込んだら、機械人形だって手加減はしないっすからね」
「……あんた、まさか、ロボク村の人たちも巻き添えにするつもり!?」
「あの村、本当なら、三年前に滅んでたはずっすからね。
うちとしては、その失敗を取り戻すいい機会っすよ」
「―――――」
事も無げに告げるクリシュナに、カルナは絶句する。
そんな理由で、村一つ滅ぼす。到底、許していいことではない。
剣を抜き、クリシュナに向ける。
「そんなこと! あたしも、お父さんも、許すわけないじゃない!」
「……そんなに、姫さんと二人で救った、あの村が大切っすか?」
「――っ、そんなの関係ない!!」
切っ先をクリシュナの首筋に当てる。
薄皮を裂き、一筋の血が流れる。
しかしクリシュナは眉一つ動かさない。
「……カルナに人は殺せないっすよ。
アンタにそんな覚悟があるはずないっす」
「あたしは――」
握る剣に力を込める。
だけどクリシュナの言う通りだった。
カルナにクリシュナは殺せない。
それは覚悟の問題とかではなく、ただ単純に彼女を殺したくなかった。
それは、未だにサラスに対しても、きっと同じで――。
「……ほんと、めんどくさい親子っすね」
「クリシュナ……――っ!?」
彼女が呆れたように微笑むと同時に、大木を薙ぎ倒すかのような轟音が響き、剣を握る手に激痛が走る。
思わず、剣を手放す。
「――っ!?」
怯んだ隙に、クリシュナは小柄な体格を生かして、カルナの背後に回り込む。そして、
「――かはっ!!」
またしてもバリバリと言う音と共に、全身を痛みが駆け抜ける。
何をされたかわからない。
カルナは立っていられなくなり、その場で倒れ伏した。
「どうせ、カルナには姫さんだって殺せないっすよ。
だから、任せたらいいっすよ。汚れ役は、うちが引き受けるっす」
「クリ……シュナ……」
薄れゆく意識のなか、辛うじてクリシュナのその言葉だけは聞き取れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――なるほど、これは二回で限界っすね。こりゃ使い物にならない」
スタンガンのスイッチをカチカチ押して、完全に使い物にならなくなってしまったことを確認する。
ヨーダの望むエレクトリカルパワーを分かりやすく形にしようと、ニューシティ・ビレッジでくすねた機械で作ったものだったが、やっぱり上手くいかない。
エレクトリカルパワーで攻撃する武器は、ニューシティ・ビレッジでサキに見せてもらったことはあったが、見よう見まねにも限界がある。
暴発のリスクがあるとは言え、それでもまだ火薬の方が制御は楽だと感じる。
クリシュナ自身、試作品を製造している際に、感電して意識を失った。
死ぬかと思ってドキドキしたが、お陰で大した怪我をさせずに意識を失う方法があると知れた。
「さて……」
綺麗な金髪を広げて眠るカルナを見下ろす。
その姿は、サラスなんかよりも、よっぽどお姫様っぽかった。
この三年間で髪を伸ばしたのは、ムサシを意識してのこと。
長髪だったサラスとパールに対抗したのだ。
そう指摘するとカルナは烈火のごとく怒り出し、全力で否定していたが、クリシュナは「絶対にそうだ」と確信していた。
なんともいじらしいことで。ムサシが気付いてくれたらいいが、分は悪そうである。ヨーダより可能性はありそうだが、果たして――。
「そんなカルナにもchanceをあげるっす。
なに、これもうちなりの友情の証っすよ、囚われのお姫様?」
友情なんて、本人が起きていたら絶対に口にしない。
それをあえて口にしたのは、もしかしたらこれが最期になるかもしれないと思ったからだ。
全てはムサシとヨーダ次第である。
大嫌いな人と大好きな人に全てを委ねるのは、なんとも自分らしいとクリシュナは心躍らせた。
だいじょうぶ。問題ない。
どう転んでも、クリシュナの望み通りだ。




