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第161話 三年と十年の絆

 ロボク村が再建を始めたらしいとは、少し前に聞いていた。

 以前村が存在した場所は魔法の杖の毒が怖いと、そこでの再建は諦めたとのことだった。

 しかし避難していた人々が集まって、別の場所で復興に向けて動き出したとのことだった。

 その中にパティとシュルタもいるのではないかと、パールは考えていた。


 当時、それは喜ばしく思った。

 ロボク村の人々は、サラスが魔王の杖の爆発を食い止めたことを覚えていた。

 そのためほとんどの村人が親バリアン派だった。

 親バリアン派と反バリアン派が入り乱れるムングイ王国へ行くことは難しくても、新生したロボク村になら行くことができる。

 そうすれば、パティとシュルタともまた会えるのではないかと期待していた。


 しかし期待に反してシュルタはロボク村ではなく騎士団にいた。

 サラスとパールと敵対する騎士団に、だ。


 そして昨日再会を果たしたシュルタは、明らかにパールのことを恐怖していた。

 たった二人の友達の一人に、魔女として恐れられた。

 それはパールを臆病にさせるには十分過ぎる出来事だった。


 昨晩再会した村長のナクラには表向きは歓迎された。

 しかし彼からも、微かにパールに向けた恐怖というのは確かに存在した。


 レヤックは人の心を操る魔女。人の魂を食らう魔女。

 未だにバリアンを信仰する人はいる。

 しかしレヤックはどこまでも畏怖すべき存在というのが、この国の人々の共通認識だった。


 そんなことすっかり忘れていた。

 確かに、ムングイ王国で暮らしていた頃、そんな感情を向ける人々は少なからずいた。


 しかしパールは気にしなかった。

 それが身近な人ではなかったからだ。


 しかし初めて身近な人――シュルタに恐怖されて、パールもまた他人が怖くなったのだ。


 ナクラから「ここにパティもいる」と聞かされたとき、嬉しい気持ちはあった。

 しかしそれ以上に思った。


 パティにも怖がられたらどうしよう、と。

 初めての友達に嫌われたらどうしよう、と。


 ニューシティ・ビレッジにいた頃は、そんなこと気にもしなかった。

 そもそも周りがアンドロイドしかいない。

 自分がレヤックであることさえ、忘れかけていた。


 パティに会いたい。

 だけど怖い。

 そんな矛盾する気持ちから、パールは自分がどうしたいのかわからなくなった。


 昨晩、エイスケに相談しようとも思った。

 しかし彼は彼で別のことに悩んでいたし、そもそもうまく話せそうになかった。

 何よりエイスケに自分がレヤックだと伝えるのには、抵抗があった。

 ムサシの友達に怖がられるのは嫌だ。


 一晩中、悩み、夜が明け、村人が起き出して――人の感情がうろつき出したの感じて、パールは逃げ出した。


 しかしサラスたちを置いて村から出るわけにもいかない。

 なので今は村外れで息の忍ばせていた。

 感情が近付いて来るのに気付くと、また別の場所に移動した。

 そうしてパールは、人間から逃げていた。


 ――しかし、パールがそうやって逃げられるのは、人間だけだ。


「ああ、お嬢様。ここに居ましたか」

「うっ――」


 サティが近付いて来ていることに、全く気付かなかった。


 アンドロイドの彼女に、感情などない。

 パールは未だにそれが信じられないことだったし、自分がレヤックであったことを忘れてしまうきっかけでもあったが、とにかくパールはサティからは逃げられない。


「パティ様が探しておりましたよ」

「――本当っ?」

「会いに来てくれないなんて、友達甲斐がないと怒ってもいました」

「……………」


 その怒るというのが何によるものか、パールには判断できない。

 レヤックであることを隠していたことに怒っているのかもしれない。


「お嬢様、シュルタ様とお会いして、何かありましたね?」

「……あはは、別に、なにもなかったよ」

「笑って誤魔化そうとしても駄目です」

「どうして誤魔化してるなんてわかるの? サティはレヤックじゃないでしょ?」

「統計です。呼吸、心拍、発汗、発熱の過去統計が、お嬢様が嘘を言っていると判断しています」

「レヤックじゃなくても、そんなので嘘ってわかる?」

「わかります。お嬢様とはもう四年も一緒にいますから」

「……本当は十年くらい一緒にいるんだけどね」

「申し訳ありません。四年以上前のデータは破損しております」


 サティの表情に変化はない。

 しかし今のは意地悪だったとパールは反省する。

 どの道、その事実に一番傷付くのは自分なのだ。

 サティが四年以上前の記憶がないのだって、パールがレヤックだったせいである。


「……わたし、どうしてレヤックなの?」

「それはお母さまもレヤックだったからです」

「そういう話じゃないっ。

 レヤックって何なのって話っ」


 レヤックであることに悩んだことなどほとんどなかっただけに、深く考えてこなかった問題。


「一つの推測としては、ご主人様たちが女神ラトゥ・アディルに授かった”ギフト”と同一のものではないかと思われます。これはバリアンも同様ではないかと推測されます」

「だから、そういう話じゃないって……」

「では、どういうお話ですか?」


 悩みを理解されない苦しみに、パールは頭を抱えて、思わず叫ぶ。


「わたしは、レヤックなんかになりたくなかった!」

「それは考えるだけ無駄です。

 お嬢様はレヤックとして生まれ、レヤックとしてでなければお嬢様は生まれてこなかったのですから」

「うーっ! うーっ!」


 サティのそれは屁理屈のようにも聞こえる。

 なにを言ってもサティに言葉では勝てない。

 パールはもうただただ、獣のように唸るしかなかった。


「そして、レヤックとして生まれてこなければ、お嬢様はきっと、私とも、サラス様とも、もちろんご主人様にも出会うことがなかったかと思います」

「……うー……」


 それもまた屁理屈のようにも思えた。

 違う存在であれば、違う形で出会うことだってあるのではないか。

 死んだ人間は海へと帰り、また違う形で戻ってくるように。


 だけど――


 初めてムサシに頭を触れられたことを思い出す。

 レヤックとして、魔王の娘として、カルナに殺されそうになったあのとき。

 それはきっとパールが今のパールでなければ、訪れなかった瞬間だった。


「もし、ご主人様が見つかっても、お嬢様はそうやって逃げ回るのですか?」

「……ムサシくんは、違う」


 ムサシは初めからパールのことをレヤックだと知っていた。

 知っていてパールと一緒にいた。

 だから、大丈夫……だと思う、たぶん。


「本当ですか?」

「……………」


 ムサシの心に幾度となく触れた。

 恐らくパールが誰よりも触れ合った魂だ。


 ムサシがいなくなって三年が経った。

 当時、ムサシは色々なことで悩んでいた。

 その中にはパールのことが多く含まれていた。

 見ていてくれる。気に掛けてくれる。一緒に生きようとしてくれる。

 幼いパールには、それが単純に嬉しかった。


 ただ気掛かりもあった。

 ムサシの心を雁字搦めにしている鎖のような気配。

 ムサシはそれを愛おしくも、重荷にも感じていた。


 それはパールの心だったのではないだろうか?


 一緒に生きたい。


 その想いはムサシを縛り付けていたのではないだろうか?


「――お嬢様。私、とても大変なことに気が付きました」


 いつになく深刻そうに、サティはそう切り出した。

 何事においても動揺を見せたりしないサティが、そう言うのだ。

 パールも思わず、身構えて聞く。


「な、なに……?」

「……お嬢様は、すでにロリータではありません」

「……ろりーた?」


 ――ってなに?


「いえ、私やカルナ様と比べれば、まだまだロリータの域です。平均値を見ても、十分にロリータとして通用するでしょう。しかし、お嬢様のそれはすでにサラス様を超えてしまいました。今や、そのロリータ力ではサラス様の方に軍配が上がるでしょう。――あ、そうなるとクリシュナ様が最大の脅威かと」

「え、あ、ろりーたってのは……その……おっ、おっぱいの大きさのこと?」


 パールも薄々は気付いてはいた。

 例えばサラスの身体を拭いてあげているときのこと。

 どうしても目が行く女性的な部分。そして比べてしまう。

 これは、もしや……追い抜いている?


「でも待って、サティっ! ムサシくんは、大きい方が好きって言ってたよ!」


 うん、そう、確かにそんなことを言っていたような気がする。

 ――ん、本心では控えめも好きって言ってた? あれ、どっちだったっけ!?

 当時、そんなこと気にもしてなかったので、どっちが本心だったのか思い出せない。


「いいえ、アレは間違いなくロリコンです。

 ロリコンでなければ幼い少女を捕まえて結婚なんて思いません。

 あ、ロリコンと言うのは、ロリータ力が高い方が好きという意味です」

「ムサシくんは、ろりこん……」


 なんかとても大切な思い出を汚された気分だった。でも不思議と説得力がある。


「わ、わたし……大きくならない方が、よかった?」


 不安と疑問。

 昔、サティからは逆のことを教わったような気がする。

 男の人なんて、どうせ子作りしか興味がありません、そのためには大きくなるしかないのですとか、どうとか。

 しかしそれもまたサティの言うことだ、本当かどうかわからない。


「それはご主人様に直接会って確かめて下さい」

「それが本当だったら、直接会った途端にがっかりされるけど……」

「――安心して下さい。もし本当にそうなったら、私が然るべき処置を行いますので」

「しょ、処置……?」

「はい。矯正とも言います」


 怖いと思う。

 これまたいつになくムっとしているような顔のサティに対してではなく、ムサシに会うことが初めて怖いと感じた。

 それがきっと表情に出たのだろう。


「それでも怖いと思うのなら、ご主人様にはもう会わないですか?」

「……会いたい」


 ムサシに会いたいと、泣き腫らした夜は数え切れない。

 一緒に生きると約束したのに、と怒ったことも数知れず。

 それでもやっぱり会いたいとまた泣いた。


 怖くても、会えるとわかれば、パールはどこへだって行くだろう。


「もう一度言います。パティ様が探しておりましたよ」


 サティはそれもまた同じじゃないかと言う。


 パティとだってずっとまた会いたいと思っていた。

 だけど、どうしてもやっぱり怖いと感じてしまう。

 ――わたしは、それでも、やっぱりパティと会いたいって思ってる?


「もう一言余計なことを言いますと、お嬢様はそれを聞いて、とても嬉しそうな声を上げてました」  


 レヤックは、誰よりも人の心がわかってしまう存在である。

 だけど、自分の心の声は聞こえない。


 パールは思う。

 もしかしたら、サティも実はレヤックなのではないのかと。


「お嬢様とはもう十年も一緒にいますから。お嬢様の気持ちくらいわかりますよ」

「――パティを、探してくる!!」

「はい、いってらっしゃいませ、お嬢様」




      ◇




 その後。

 三年振りの再会は、パティの怒鳴り声から始まった。


 どうしてすぐに会いに来ないのか、どうして三年間も連絡を寄越さないのか。


 面食らうパールを畳み掛けるように、パティはその後、大声を上げて泣き出した。


 よかった。また会えてよかった。


 本心からの、嘘偽りないパティの叫びに、パールもまた大声で泣いた。


 栄介を始め村の人々に散々困惑されながら、パールとパティはその場で泣き腫らした。


 そして、怒涛の会話が始まる。

 それは三年間の空白を埋めるように、日が暮れるまで延々と続いたのだった。

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