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第156話 失敗だらけの人々

 騎士団の一人が殺されたと報告があったのは、カルナがムングイ王国へ帰還した翌朝のことだった。


 ――まさか、パールが、人を殺した?


 その報告を受けた際にカルナが感じたのは、裏切られたという気持ちだった。


 ――なにに?


 裏切りならとうの昔に受けている。

 それなのに、今更、裏切られたと感じた自分に驚いていた。

 パールが人を殺すわけがない。

 未だにそう信じていた自分に驚いていた。


 しかし、報告に来た騎士が嘘を付くはずもない。

 魔女討伐において、とうとう人死にが出たのだ。




      ◇




「遅かったっすね。もしかして、愛しのムサシくんが見つかるかもって、一人盛ってたっすか?」


 急いでムングイ城の最奥の正堂に辿り着くや、クリシュナのそんな下品な言葉が待っていた。

 カルナは頬を引き攣られせながら、無視を決め込む。

 どうせクリシュナと言い合っても、彼女に口で勝った試しがない。


「――陛下、騎士団に犠牲が出たと――」

「もう聞いた。独断で攻め込んだ、オマエの責任だ。どうすんだ、オイ?」


 胡坐をかいたまま、カルナを見据えるのは現ムングイ王国国王代理であり、カルナの父親でもあるヨーダだった。

 珍しく厳しい口調の父に、カルナは委縮する。 


「……も、申し訳ありません」

「そいつは、オレに向けて言う言葉じゃねぇな」

「……………」


 ヨーダが、珍しく怒っている。

 当然だろう。

 魔女討伐はカルナが独断で決めて実行した。

 サラスを打ち取りさえすれば、後は自分自身の処遇など知ったことかと、突っ走った。

 怒りを買うのは承知の上だ。


 ただ、その怒りの質は、カルナが考えていたものと根本的に違う。


「この国は盤石じゃねぇ。人が死にゃ、不審を買う。

 そうなりゃ、今度はオレたちが追われる。

 オマエは、そこんとこ、わかってんのか?」

「……はい、申し訳ありません」


 他に言える言葉がない。

 まるで叱られた子供のようだ。

 自分でも情けなくなる。


「はぁ……もう、いい」

「……………」


 呆れたような溜息が、カルナには一番堪えた。

 見限られたようで、怖くなる。

 もう、カルナにはここしか居場所がないのに。


「回収された遺体は、もう見たか?」

「……いいえ」

「んじゃ、オマエの真っ先に向かうべき場所はここじゃねぇよな?」

「……はい」

「家族への弔問はオマエがしろ。それが団長としての務めだ。

 それが済み次第、騎士団の指揮は一時的に副団長のクリシュナに移行。

 オマエは昨日連れ帰った連中の面倒でも見てろ。以上だ」

「……はい」


 ほら、早く行けと言わんばかりの仕草に、カルナはただ従う他ない。

 ヨーダの言っていることは、全くもって正しい。

 自分が全て間違っていることはわかっている。


 だからこそ、思う。


 ――だったら、あたしなんて処刑すればいい。


 そうすればいっそ、何もかもすっきりする。


 しかしヨーダは決してそんなことはしないだろう。

 それこそサラスを殺しでもしない限り、ヨーダはカルナを許し続けるだろう。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「さすが陛下。ご息女にも厳しいっすね」


 カルナが正堂を出るや否や、クリシュナはヨーダをそう評する。

 よく知るニヤけ顔に、先ほどまで胃がキリキリしていたことも相まって、ヨーダはうんざりした声を上げる。


「バカ言え、どこまでがオマエの計画だ? 場合によっちゃ、今度こそオマエは打ち首だぞ」

「どうぞ、お好きに。

 でも、うちがいなくなって、この国が成り立つっすか?」


 クリシュナの言う通りである。

 ムングイ王国の内政は今、逼迫している。

 それを絶妙なバランスで舵取りしているのがクリシュナだ。


 騎士団だって、あそこまでの練度を保てているのはクリシュナの頭脳あってこそだ。

 はっきり言ってしまえば、カルナなんてお飾り団長もいいところである。


 しかし、それでも許してはいけない部分もある。


「人死にを許容しなきゃ成り立たない国なんざ、滅んじまった方がマシだ」

「かっこいいっすね。陛下のそういう部分、好きっすよ、うちは」

「あー、はいはい。オレはもうちっとふくよかな女が好きだよ。オマエはもっと肉を食え、肉を」

「うわ、ひどっ。これでも本気っすよ?」


 嘘だ。そのニヤニヤした顔で、どれだけ小馬鹿されてきたか。

 もう騙されないと、ヨーダは半眼で睨む。


「疑り深いっすねー。

 じゃあ、今度こそ本当のこと言うっすけど――」


 ――ならやっぱり嘘だったんだろ。


「騎士団に人死にが出たのは、うちの計画外っすよ。

 だって死んだって、うちらにいいことなんてありゃしないっすもん」

「……………」


 損得勘定だけで人の命を語るのは、ヨーダの心情に反したが、今更クリシュナにそれを言ったところで仕方がないと割り切る。


「――けど、パールだって、人を殺すとは思えねぇんだがな?」

「機械人形に殺人を禁じたのは魔王の娘っす。

 うちもあの子がやったんじゃないとは考えてるっすよ。

 殺された騎士の近くで、こんなもんが見つかってるっす」


 そう言ってクリシュナが何かを放り投げた。

 宙を舞うそれが、形状から銃であることがわかり、ヨーダはそれを慌てて掴んだ。


「オマエっ、あぶねーな! 落として暴発したらどうすんだ!?」

「そんなやわな作りしてないっすよ、それ。

 うちらが作ってるもんと比べ物にならないくらい、精密っす。

 たぶん、それで殺されたんじゃないっすかね?」

「確かに見たことない形だが……。ニューシティ・ビレッジで新しく作られたか?」

「あちらさんに、そんなもん作る理由があるっすか?」

「……ねーわな」

「なら、話は簡単っすよ。誰かが持ってきたっすよ」

「誰かって……あいつらか?」


 すぐ頭に浮かんだのが、昨日、カルナが連れ帰った騒がしい三人組の姿だった。

 三人ともくたくたに疲れていたためロクに話もできていないが、カルナの報告からムサシの知り合いだとはわかった。


「時間的にあの三人じゃないっすね。

 でも、あの三人がいるってことは……」

「ムサシ……」


 三年前、突如、魔王と共に行方不明になった少年の姿を思い浮かべ、ヨーダは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 サラス、ムサシ、魔王の三人に何があったのか、今となっては誰も知る術はない。

 しかし彼が居なくなったりしなければ、全てうまくいったのではないかと思えてならなかった。


「他の異世界転移者って可能性もあると思うっすよ。

 銃を置いてったってことは、それに(ちな)んだ”ギフト”ってことも考えられるっす」


 相変わらず、頭はいいなとヨーダは唸る。

 ただ、もしその推測が正しいとするなら、


「だったら、騎士団の連中をすぐに引き返させろ。”ギフト”持ちに敵うわきゃねぇ」

「嫌っす! 姫さんが単独でニューシティ・ビレッジを出るなんてこと、もう一生ないっす!

 姫さんを殺す機会なんて、もう二度とないっすもん!」

「サラスはもうほっとけ! アイツはバリアンの勤めも果たした! もう静かにさせておけよ!」

「だったら、陛下はどうして姫さんをムングイに連れ戻そうとしたっすか!?」

「――っ」


 親バリアン派として、サティと連絡を取り、今の状態のサラスを国民の前に曝け出そうとしたのは、ヨーダだ。

 クリシュナにもカルナにもバレないように、念入りに進めたはずだった。

 バレたらサラスを殺そうとすることくらい、判り切っていたことだった。


「うちにバレないようにしたかったら、もっと慎重に事を進めて欲しかったっすね」

「うるせーよ。オマエは察しが良すぎんだよ」

「最初にサラスを国から追い出したのも、陛下っすよ」

「オレは、カルナとサラスとムサシが幸せになってくれれば、それでよかったんだよ」

「結果的に、全員バラバラっすね」

「うるせーよ! オマエこそ、なにがしたいんだよ!?」

「うちは、陛下を正式に王にするっす」

「王様がしたいんなら、オマエがやれよ」

「嫌っすよ、そんな疲れそうなこと」

「オマエは……」

「陛下がうちに頼んだっすよ? 王様になる手助けをして欲しいって」

「……………」

「うちは、その契約を守るだけっす」


 不適な笑みを浮かべ、クリシュナはその場を離れようとする。


「オイ、待て。どうするつもりだよ?」

「Eye for eye,tooth for tooth,hand for hand, foot for foot」

「あ、あい……ハァ?」


 それは魔王たちが使っていた言葉だ。

 ただイントネーションでそう判断はできるが、ヨーダにはその意味まではわからない。


「陛下の言う通りですよ。”ギフト”持ちに敵うわけないっす。うちもムサシに負けたっすから。

 でも、やり方はいくらでもあるっすよ」


 クリシュナは正堂の入口で立ち止まると、振り返り、とびっきりの笑顔を見せる。


「まあ、任せるっすよ。

 うちが姫さん殺して、陛下を正式な王様にしてみせるっすから」


 そしてそのまま楽しそうに出て行ってしまった。

 なにが楽しいのか、全く理解できず、ヨーダは自分の失敗を嘆くように天を仰ぐ。


「……けどな、クリシュナ。どんだけ準備して、どんだけ考えたって、うまくいかないときは、ホントうまくいかないもんなんだぜ」


 そして自分の長年の教訓として、聞く相手もいない独り言を、ただ呟くのだった。

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