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第155話 許しと救いの言葉

 重い足取りを進める。

 もしかしたら自分がやらかした事実から遠ざかろうとしているのかもしれない。


 栄介が人を殺してから、一度の休憩も取らず歩き通した。

 結果、日暮れ前にはパールたちが目指していた集落に到着した。


 集落はロボク村という場所らしい。


 日没も近かったこともあり、住人の様子は全くわからなかったが、それでも村長はパールたちを歓迎してくれた。

 会話内容は全くわからなかったが、どうやらパールたちとは面識があるようだ。

 特にサラスの容態をとても気に掛けているようで、村長は終始彼女の容態を気に掛けているようだった。

 それほど裕福とは言えない村だったが、それでも栄介とリオにまで、パールたちとは別の個室を用意してくれたのだ。

 親バリアン派であることは、容易に伺えた。


 電気などは通ってないようで――そもそも電気自体知っているのか不明だが――日も沈むと村の点在する松明くらいしか灯りがないため、すぐに暗くなってしまった。

 日中のほとんどが歩き通しだったのもあり、すぐに休むこととなった。


 当然疲れはしている。

 だけど、栄介はどうしても眠ることができなかった。

 目を瞑ると、自分が殺してしまった男の死に顔が、どうしても浮かんできてしまう。


 そんなわけで栄介はしばらく眠らずに、リオの様子を伺っていた。

 彼女もなかなか目を覚まさない。

 寝息は穏やかで苦しむ様子はない。

 パールからは予め、丸一日は目を覚まさないだろうと言われていた。

 だけど、それでも心配にはなる。


「……はぁ」


 パールは大丈夫だと言った。

 だけど、それすら疑いそうになっていた。

 それはとても良くないことだと思う。


 もう一度だけ、リオがちゃんと呼吸をしているのかだけ確認すると、栄介は外に出た。

 夜風に当たりながら、散歩したい気分になったのだ。




 季節が夏なのか、それとも一年通してこんな気候なのかわからないが、この世界はとにかく暑い。

 風もほとんどなく、夜もはっきり言って熱帯夜だった。


 それでも日中よりもマシで、歩いていると心地よいと感じる程度には、昼の暑さも和らいでいた。


 空に浮かぶ月は三日月ではあったが、それでも月明かりは十分で、それどころか、お陰で星がとても綺麗に見えた。


 穏やかな夜だった――こんな日に自分が人を殺したことが信じられないくらいに。


「ボクは……おかしいのかな?」


 殺した直後は、ひどく取り乱した。

 だけど、それから一日と経っていないのに、もうすでにそれを受け入れてしまいつつある自分がいた。


 現実感に薄い状況に巻き込まれていることもあるからだろう。

 しかし、それでも「あれはしょうがなかった」と考え始めてしまっている自分に、正直呆れていた。


 ――お前は人を殺したんだぞ。

 ――あれは正当防衛だ。殺さなきゃ、殺されてた。

 ――それが言い訳になるか?

 ――じゃあ、殺されていればよかったのか?

 ――でも、殺す必要はなかった。

 ――殺す以外の方法があったのか?


「……そんなの、わからないよ」


 こんな自問自答は無意味だとわかっている。

 だって、もうやってしまったことだ。

 それでも繰り返し考えてしまう。


 ――ボクは、どうすればいいのかな?


「――あ」


 当てもなく歩き回っていると、見知った顔を見かけた。

 そこは木材を保管しておくスペースなのだろう。丸太が一塊にして置かれていた。

 その上に腰掛けて、ぼーっと空を見上げているパールの姿があった。

 

 パールも栄介に気付いたようで、微笑んで手を振る。


「ねむる、できる、ない?」

「……うん」

「わたし、おなじ」


 それが恥ずかしいことのように、苦笑いを浮かべていた。

 そして、自分の隣をポンポンと叩く。

 そこに座ったらということなんだろう。

 栄介はパールに促されるまま、彼女の隣に腰掛ける。


「……………」


 ただ、横に座ってみたわいいが、特に会話があるわけではなかった。

 そもそもパールと会話をするにも、サティに通訳してもらわないと意味がわからない部分が多い。


「――ある」

「うん?」

「わたしは、おなじ。わたしは、ひと、ころすが、ある」

「……それは……」


 パールも、人を殺したことがあると、そう言っているのだ。


「わたしは、いっぱい、ころすが、ある。……わたしは、おかあさん、ころすが、ある」

「……………」


 返す言葉が見つからず、ただただ驚く。

 パールが、何を話そうとしているのかわからない。


「わたしは、むかし、いのちが、たいせつが、わかる、ない。わかる、ない、だから、ころすが、ある。

 わたしは、いのちが、たいせつが、わかるが、おそい。うーん……こーかい? がある」

「……………」


 パールは魔王の娘だと言っていた。

 魔王がどういう存在なのか、未だにわからない。

 だけど、きっと壮絶な人生があったのだろう。

 そして、その娘であるパールも、栄介が想像もできない苦労があったのだろう。


「エイスケ、いのちが、たいせつが、わかる。

 だから、だいじょぶ」

「あ……」


 パールが、なにを言おうとしているのか、ようやくわかった。

 彼女は今、励まそうとしているのだ。


「ひとは、しぬが、ある。だけど、しぬを、おぼえる、ずっと。それは、たいせつ。

 いのちを、たいせつを、するが、たいせつ。……うー?

 しぬが、おぼえる、いきるのひと、たいせつが、できる……?

 ……うー? んー……んー……ニホンゴは、むずかしい……」

「……ううん、大丈夫だよ、なんとなくだけど、わかる気がするから……」

「あーっ! わかる!

 エイスケは、やさしいが、ある。だから、だいじょぶ」

「―――――」


 言いたい言葉が見つかったと、パールは嬉しそうな顔を浮かべる。

 そんなパールの表情を見つめながら、栄介はただただ驚いていた。


「……ボクが、優しい?」

「うん、やさしい。

 いのちを、たいせつが、わかる。それ、やさしい」

「そう……なのかな?」

「そう、です!」

「……………」


 パールの力強い言葉に、自然と涙が流れた。


『大丈夫』『優しい』


 その言葉は、人を殺してしまった栄介を許す言葉だった。

 それだけで栄介は、救われた気分になった。


「うん……ありがとう……本当に……ありがとう」


 心からの感謝を込めて、栄介はパールに頭を下げた。

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