第154話 チートⅥ 鍛屋の加護
「――エイスケ?」
悲鳴のような想いがパールを貫いた。
同時に、先ほどまでとは違う方角から銃声が鳴る。
それでエイスケに何か危険があったと知る。
同時に、彼らを置き去りにしてしまったことが、どれほどの失態だったか気付いた。
誰がどこにいるのか、凡そ把握できる。
幼い頃から備わった、人の心を盗み見る忌まわしい力。
アンドロイドたちと暮らすようになって抑える必要がなくなったからか、それともレヤックの力が強くなっているのか。
小さい頃と同じように、強く意識していないと勝手に人の意識が入り込んで来ていることに、最近ようやく気が付いた。
ムサシと一緒にいた頃は、もう少し遮断できていたはずなのに。
今はそれでもいいと思えた。
エイスケの言葉を聞き取るのに、言葉ではなく心で理解することができた。
何よりも今みたいな状況で、戦況を把握する上では便利だったからだ。
それが裏目に出た。
はっきり言って油断していたのだ。
お互いが目に入れば、嫌でもその気持ちはパールに届く。
でも、お互いが不意打ちのように出会ってしまっては、パールが気付いたところで手遅れになる。
「――はやく、戻らなきゃ!」
そう思った矢先、その想いはパールに届いた。
「―――――」
「――パール?」
声を掛けられるより先に振り返っていた。
そこに懐かしい顔があった。
「……シュルタ」
実に三年ぶりの再会。
ずいぶんと男らしくなっていたシュルタは、それでも十分に彼だとわかる程度には面影を残して、そこにいた。
ただ、そこにあったのは懐かしさだけではなかった。
戸惑い。怯え。疑問。
それらがパールの心を襲う。
それはパールの気持ちだったのか、シュルタの気持ちだったのか、わからない。
「えーと……ひさしぶり。ど、どうして、ここに?」
それでも、パールはどうにか取り繕うとする。
久しぶりの友人の再会なのだ。
それらしくしたいとパールは願った。
しかし返って来た感情は、さらなる戸惑いと疑問、そして――恐怖?
「パール……アンタは……本当に、レヤックなのか?」
「えーと……」
戸惑い、疑問、疑問、恐怖、怒り?、疑問、恐れ、怯え。
「なあ……教えてくれよ。本当にレヤックなのか?」
「わたしは……」
恐怖、怒り、失意、悲しみ、疑惑、怯え、戸惑い。
「なあ、パールは……アンタは……オレとパティのことも、操っていたのか!?」
「ち、ちが……」
怒り、悲しみ、切望、絶望、恐怖、悲しみ、悲しみ――悲しみ?
「なあ、オレの気持ちは、本物なのか!?」
「――違うっ!!」
その悲しみが自分のものだと気付いて、パールは悲鳴のような声を上げた。
「お嬢様!」
「ぐっ――」
そんな悲鳴を聞き付けたのか、サティが飛び出してくる。
サティはパールの目の前に居る少年が誰かも確認せず、問答無用ですりこぎ棒で首筋を一撃。
それでシュルタはその場に倒れ伏してしまった。
「あっ、彼はお嬢様のご友人の――? 大変失礼致しました」
「う、うん……」
気を失ってしまったシュルタを見て、パールは逡巡する。
シュルタがパールを見て、感じ取った怒りや戸惑いは何だったのか?
それは友人に向ける感情なのか?
それともレヤックの魔女に向ける感情なのか?
こんな状況ではなく、もっと落ち着いてシュルタとは再会して話をしたかった。
だけど、今は――
「――ううん、それよりも、騎士団の人たちは?」
「ほとんど戦闘不能にさせましたが、一人取り逃がしました。
今から捜索致します」
そう、その一人が重要だった。
ただ、先ほど聞こえた銃声と、心の叫びから、もう手遅れであることは容易に知れた。
「……ううん。最後の一人もどこにいるかわかってる。
サラスたちのところに戻ろう」
「わかりました。
彼は連れて行きますか?」
シュルタのことを言っているのだとすぐにわかる。
正直、連れて行きたい気持ちもある。
ゆっくり話し合って、昔みたいに楽しくおしゃべりしたい。
パティが今どうしているのかだって、すごく気になる。
だけど、それ以上にパールは怖かった。
シュルタが先ほどパールに向けてきた、戸惑いや怒り、疑惑や失意と言った感情に曝されるのが、とても悲しく、怖かったのだ。
「……ううん。それよりも、サラスたちのところに、はやく戻ろう」
「承知しました」
後ろ髪引かれる思いで、シュルタに背を向ける。
胸が苦しく、今にも泣きだしそうだった。
パールは久しぶりに、自分がレヤックであることを思い出していた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
栄介は、今何が起きたのか、全く理解することができず、その場に膝を抱えて蹲っていた。
ガチガチと二つの耳障りな音が響く。
一つは栄介の歯がぶつかり合う音。
そしてもう一つは、強く握られた拳銃が、身体の震えに合わせて、自分の膝骨に当たる音。
目の前で何が起きているのか、理解したくなかった。
だけど、栄介はあまりの恐怖で、それから目が離せなかった。
もしかしたら起き上がるかもしれない。
起き上がって、また自分を襲うかもしれない。
だけど、頭から血を流した男は、当然のように、もう二度と動くことない。
見開かれた男の目は、もうどこも見てはいない。
だけど、それは自分を睨み付けているようで、怖くて、怖くて、目が離せない。
男が持っていたピストルは、今も男の手にある。
それが自分に向けられて、すぐにでも引き金を引かれそうで、怖くて、怖くて、目が離せない。
――理解できない。
男のピストルはまだ彼の手にあると言うのに、では、誰が彼の頭に弾丸を撃ち込んだのか?
どうして自分の手に、拳銃が握られているのか?
この拳銃は、一体どこから現れたのか?
――理解できない。
男が死んだということを、理解できない。
だから、栄介は、男が起き上がるんじゃないかと、震えたまま、ずっと見ていた。
ずっと、頼むから起き上がってくれと、願うように見つめ続けていた。
「……エイスケ?」
「――ひぃっ!?」
突然、名前を呼ばれたことで、栄介は拳銃を取りこぼして、両手で自分を庇う。
指の隙間から見える顔が、パールのものだと気付くのには時間がかかった。
「――ち、ちがう! ボ、ボクは……ただ、この人が……だって、こ、殺さなきゃ、ころ、殺されるところで……急に、手の中に、銃、銃が……銃は? 銃? ……あ、え? ……銃……銃が――!!」
自分でも何が言いたいかわからなかった。
一生懸命、説明しようとして、言い訳のような話をする。
手元から拳銃が無くなったことに今更気付いて慌てていると、
「――っ」
パールにそっと抱き締められた。
「うん。だいじょぶ。わかる。わかる。こきゅう、こきゅう、すー、はー、すー、はー」
まるで子供をなだめるように、パールは栄介の背中をポンポンと叩く。
そして、そうするのが正しいのだと示すように、深く息を吸って、吐いてを繰り返す。
「……すー、はー、すー、はー」
栄介もそれを真似するように、深呼吸を繰り返す。
そうすることで、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
そうすることで、少しずつ自分が何をしてしまったのか、理解してきた。
「……ボ、ボク、人、人を、ころ、殺して……」
「……うん。……うん。……わかる。……わかる」
「ボ、ボクは……ボク、ど、どうしよう……どうしたら……」
「だいじょぶ。だいじょうぶ」
初めて会ったときのように、そう繰り返すパール。
だけど――ー
「――大丈夫じゃない!!」
パールを引き剥がして叫ぶ。
大丈夫なんて、気休めでしかないことは、栄介が一番理解していた。
「この人は、死んだんだ!! ボクが殺した!! 大丈夫なもんか!! ボクが!! ボクが殺したんだよ!!」
一番、取り返しのつかないことをしてしまった。
人は生き返ったりしない。
失った命は二度と戻らない。
そんなことはよく理解していた。
だから、決して大丈夫なわけがない。
大丈夫であっていいはずがないのだ。
「――でも、だいじょうぶ」
「……な、なんでぇ……」
それでもパールはそう繰り返して、栄介を抱き締める。
「……だいじょうぶ」
「う……うぅ……ううぅぅぅぅぅぅぅ……」
パールのもたれ掛かり、栄介は堪え切れずに涙を流す。
心臓が張り裂けそうだった。
むしろ張り裂ければいいとさえ思った。
「だいじょうぶ。だいじょうぶ」
「うああああああぁぁぁぁぁぁ」
だけど、それでも――今は、パールの「だいじょうぶ」という言葉が、何よりも救いだった。
◇
名前も知らない男の死体は、サティが片付けた。
せめては他の騎士団員に発見されやすい場所に運んだと聞かされた。
それが家族の元に帰れるようの配慮なんだと気付いて、栄介は余計に胸が痛んだ。
「繰り返しになりますが、では栄介様は最初から銃をお持ちだったわけではないのですね?」
サティの質問に素直に頷く。
尋問されているわけではないのだが、そんな気分だった。
「であれば、恐らく、この銃は栄介様の”ギフト”である可能性が高いと思われます。
銃の構造も、ムングイ王国で生産されているものとも、ニューシティ・ビレッジで見つけたものとも違うように思います」
銃マニアである栄介にはわかる。
栄介が持っていた銃は『ワルサーP38』である。
かの赤シャツの怪盗が愛用する拳銃として有名で、栄介もハンドガンの中では一番好きなモデルだったが、
「……捨てて下さい。もう、見たくもない」
「そうですか。
栄介様の能力が、武器を呼び出すものか、作り出すものだと考えれば、捨てたところで意味はないように思いますが、貴方がそう言うのならそうしましょう。
人を傷付ける武器を携帯することは、お嬢様の方針とも相反します」
無造作に捨てられるワルサーP38に睨み付けながら、栄介は自分に与えられた”ギフト”について考える。
本当に武器を呼び出すにしても、作り出すにしても、それはあまりにも荒唐無稽である。
リオのよく見える目だとか、武蔵の勝負に絶対勝ってしまうは、まだわからなくはない。
ただ栄介のそれはほとんど魔法のようなもので、現実味がない。
「そうでもありませんよ。
ご主人様だって、時速六十キロで走れる私に駆けっこで勝ち、腕力二百五十キロある私に腕相撲で勝ってました」
「……なにそれ、そんなのもう人間じゃないよ」
「”ギフト”とは、そのような力です」
今の言葉は武蔵に対してだけでなく、サティに対しても含まれるのだが。
いずれにしても、栄介は二度とこの力は使わないと決めた。
銃は人を殺す武器であることはわかっていた。
撃ってみたいとさえ思っていた。
だけど、実際に撃って、人を殺してしまって、それがなんて幼稚な憧れだったのだと、はっきりわかった。
もっと早く気付いていれば、こんなことにはならなかったのかもと思えば、悔やんでも悔やみきれない。




