第151話 共通の知り合い
――こりゃイベントなんかじゃねぇな。
本当に、本当の本当に、今更ではあるのだが。
遥人がそう感じ始めたのは、馬車に乗せてくれると言われたので、大はしゃぎで乗り込むものりに続いて、「リアルな夢だなー」なんてわけのわからない呟きを漏らす任を馬車へ放り込み、「どうせならこっちに乗りたい」と我儘を言って御車席に飛び乗り、おもむろに手綱を握ると馬が走り出してしまい、置き去りにしてしまったカルナにしこたま叱られたが、難なく馬車を操縦してみせたところそのまま馬を任されることになり、荒地の揺れに青い顔をしていた任がようやく街道へと出たところで限界を迎えてリバースしてしまい、「タモさんは船とか乗れないねー」と介抱していたものりが、海沿いの道へ出ると「ヤシの木すごい! ココナッツジュース飲みたい!」と騒ぎ始めた辺りのことだった。
「なぁ……街はどこだ?」
「ん? カルナさんはあと三時間くらいって言ってるよ?」
「ちげーよ!
つーか、まだそんなにかかんのかよ!?」
移動を始めて一時間は経っている。
とても座り心地がいいとは言い難い運転席に、遥人のケツは凝り固まり始めていた。思わず悲鳴にも似た非難の声を上げてしまったが、今はそんなことよりも言わなくてはいけないことを思い出す。
「どこだここは!?」
「え、今更!?」
「え、千葉でしょ?」
任とものりが同時に突っ込んでくる。
任の言い分は最も過ぎて言い返すこともできないので、こちらは無視する。
「千葉なわけあるか!?」
「あー、はる君ってば、勘違いしてる。ランドもシーも、東京って言ってるけど、東京にはないんだよ」
「知ってるわ、んなこと!」
話の通じなさに遥人は思わず頭を掻き毟る。
ただ、現状ではものりしかカルナと話ができない。
ものりにも状況を理解してもらわないとならないと、話が進まないのだ。
「いいか、ものり。ここは千葉じゃねぇ。
千葉にあんなヤシの木があるか!?」
「あるよ。ものり、昔見たもん」
「ねぇよ! 日本にヤシの木なんてねぇよ!!」
「あるよ! 海に行くと、結構いっぱい見かけるよ!」
「そりゃ、おまえの妄想だ!」
「ひど! ねぇ、タモさんだって、見たことあるよね?」
「え、ぼ、僕? は、あの、見たことはある、けど、い、今はそういう話じゃ……」
「ほらっ! タモさんだって見たって言ってるよっ!」
「タモさん、おまえ、空気読めよ」
「えぇ、ぼ、僕が悪いの……? ごめん」
本当に話が進まない。
遥人は何だか怒りなんだか焦りなんだか不安なんだかわからない気持ちが沸々と溜まっていく中で、突然、「ふふっ」と笑い声が聞こえて、意識がそちらに傾いた。
「おい、何が面白いんだよ?」
思わずイライラをぶつけてしまうように問う。
しかしそれを全く気にした様子もなく、荷馬車の隅に座るカルナは長いブロンドの髪を揺らして笑っていた。
「あ、ごめんなさい。うるさかった?」
馬車に乗り込む前にも剣を持った少年に怒られたことを思い出したのだろう。
ものりがそう謝っていたが、カルナは気にしないとばかりに手をひらひらと振っていた。
「――――――――、―――――――――、―――――」
「うん、楽しいっ」
ものりの返事に、辛うじてカルナが何を言ったのか読み取れる。
たぶん「あんたたちは楽しそうでいいわよね」だ。
「いや、楽しくねぇし……」
遥人がそう呟く頃には、ものりはもうカルナの隣に移動してしまい、なにやら話し込んでいた。
あれはものりの長所だ。
誰の懐にも飛び込んで行く。そしてあっという間に仲良くなってしまうのだ。
そのうちの一人である任が、女同士の話し合いに気まずくなったのか、遥人の近くまで逃げてきた。
「……………」
「なんだよ?」
「あっ、いや、あの、べつに、その……」
何か言いたそうな顔をしていた任だったが、遥人がそう促すと押し黙ってしまった。
「んだよ、言いたいことがあんなら言えよ」
「あ、いや、ね、ここって、本当、ど、どこなんだろうって……」
「さあな、オレが知るかよ」
「そ、そうだよね、ははは……」
誤魔化すように引き攣り笑いをする任。
そんな怯えたような態度をされるのは、遥人としてはムカつく。
遥人は任のことを友達になりたいと思っているが、まるで任はそう思ってないように見えるからだ。
「だからよぉ……はぁ、もういいや」
「ははは……」
任が人と話をするのが苦手なのだ。そんなことはわかっている。
転校してくる前は、長いこと入院していて学校に通ってなかったというのも、ものり伝手に聞いた。
ちなみにそのものりは先生に聞いていたらしい。
ものりの性格を考えれば、そんなことを聞いて放っておけないことは容易に想像できる。
そうなれば遥人だって放っておくことはできるない。
ものりがやるって言えば、遥人だってやるのだ。
いや、ものりに限らず、それが真姫だって、武蔵だって、栄介だって、倉知だって、リオだって――カケツケ隊の誰かがやると言えばやる。
カケツケ隊と命名したのは武蔵で、今では誰もその名前を出したりはしていないが、それでも遥人は誰よりもこのカケツケ隊にこだわりを持っていた。
基本的に遥人は仲間意識が強いのだ。
だから、仲間の誰かが困っていれば、何とかしたいと思うのだ。
「……………」
任のことは、まだ正直よくわからない。
会話らしい会話というのも、ものりを介することがほとんどだった。
だけど、何となくだけど、面白い奴なんだろうなとは感じていた。
――たまーにだけど、ボソッと鋭い突っ込みすんだよな、こいつ。
そんな些細な理由ではあるが、遥人はもっと仲良くなりたいと思っていたのだ。
「……なぁ、タモさんはここ、どこだと思う?」
「えっ、えぇ? それは、あの、僕も……わ、わかんないけど」
「んだよ、聞いてきたんだから、なんか考えてたんだろ?」
「うーん……」
困った顔を見せるのは、本当にわからないからではない。
言っていいか悩んでいるのだ。
その証拠に、任の口は開いたり閉じたりしていた。
「だーかーらー、気にせず言やぁいいって」
「ああ、うん……ほ、本当に、ここはどこかわかんないんだけどね……」
「結局、わかんねぇのかよっ?」
「ごっ、ごめんっ!
……で、でもね……武蔵君が」
「……武蔵?」
「う、うん……武蔵君が、ひと月、行方不明になったときに、もしかしたら、こ、ここに、いたのかなー……なんて……」
「―――――」
「あ、こ、これは、本当に、か、勘みたいなもので、根拠なんて、な、何もなくて、当てずっぽうも当てずっぽうで、ほ、本当、全然、全然、信じないで欲しいって言うか……」
遥人が黙ってしまったから、不安になったのだろう。
任は言い訳するようにあわあわ口を動かしていた。
「いや――当たりだろ、それ!
――ものり!」
手綱を引っ張り馬を急停車させ、ものりへと振り返り、
「カルナさんに、武蔵のこと知らないか聞いてくれ!」
「……え、みやむー?」
ものりに聞くまでもなかった。
「――ムサシっ!? え、わ、わわわっ!?」
武蔵のことに口にした瞬間、カルナは驚いたように立ち上がり、タイミングが悪いことに、その瞬間に馬が戦慄いたため、そのままバランスを崩して馬車の外へと転げ落ちてしまった。
そのあまりにも情けない年上のお姉さんの姿が、それが肯定であったことを示していた。




