第150話 彼女たちの事情
「でも、その”ギフト”だっけ? ボクには特に何もなさそうだけど……」
「気付いていないだけと思われます。ご主人様も、ご自身の能力に気付くまで時間がかかりました」
「そうなの?」
試しに立ち上がって、跳ねたりしゃがんだりしてみる。
しかし特に身体的な変化というものは感じられなかった。
「サラス様がまともな状態でしたら、鑑定することもできたのですが」
「サラス様?」
サティが黒髪ロングの少女を見つめて言うので、それで初めて彼女がサラスという名の少女なのだとわかった。
「えーと、彼女は?」
「彼女はサラス様。ムングイ王国の元国王です」
「王様?」
「はい。今は国に追われる身ですが」
女王の間違いではないのかという意味で聞いたのだが、サティは違う意味で捉えたようだ。
まあ、大した違いはないので、それはいいのだが、
「追われてるって……じゃあ、さっき襲ってきた人は?」
「ムングイ王国の騎士です」
「それは……革命か、なにか起きたの?」
「栄介様はとても優秀なのですね。実にその通りです」
褒められたところで嬉しくはなかった。
このまま話を聞いてしまうと、ズルズルと巻き込まれてしまいそうな悪い予感がした。
しかし、武蔵のことを含めて、何かと事情に精通していそうな彼女たちから話を聞かないという選択肢は、栄介になかった。
何よりサラスを抱き締めて不安そうに見つめるパールと目が合うと、話を聞かないわけにいかない。
「革命が起きたから、逃げている最中だったってこと?」
「いいえ。事態はもう少し複雑です」
サティはパールに目配せをすると、パールは頷き返していた。
話す許可を頂いたという様子だ。
その様子だけを見るとパールが王様のように見えた。
「サラス様は亡き父君の跡を継ぎ国を治めると同時に、国家の象徴でも在らせられるバリアン――日本の言葉で言いますと、巫女のようなものでもありました。
しかし先の魔王との戦争の際に、魔王に与していると疑いをかけられました」
「……魔王?」
「ああ、ご安心下さい。その魔王は、ご主人様が既に倒しております」
「……………」
武蔵が行方不明の一か月で、どこぞの漫画の主人公のようなことをしていたことを知って思わず絶句する。
「問題は魔王が倒された後に起こりました。
国家の転覆を謀った裏切りの魔女としてサラス様の処刑を望む反バリアン派と、国家の象徴として再び祀り上げようとする親バリアン派とで、国が二分してしまいました。
特に現ムングイ王国騎士団は、サラス様を亡き者にしようとする向きが強く、今回のような襲撃が度々起きているのです」
「カルナ、いま、ちがうひと。むかし、ちがう」
パールが今にも泣きそうな顔で俯いた。
「その、カルナって人は?」
「彼女は現在の騎士団長です。
元々はサラス様の護衛役を務めておりまして、姉代わりのような人物でもありました。
今ではサラス様の命を狙う急先鋒です」
段々と彼女たちの事情が把握できてきた。
つまり彼女たちはサラスの付き人のような立場なのだろう。
そしてその元護衛役であるカルナという人物とも仲が良かったが、彼女が急に人が変わったようになり、心を痛めているということか――。
「でも、その、サラス様は、あんまり容態が良くないように見えるけど……」
虚ろな目は焦点が定まっておらず、パールに介護されている姿に王様としての威厳はまるでない。
はっきり言ってしまえば――
「はい。今のサラス様ははっきり言って廃人です」
「う、うん……」
あえてぼかした表現をしたのに、むしろサティの方から明言されてしまった。
先ほどのダッチワイフ発言といい、もしかしたらこのメイドさんは婉曲な表現ができないのかもしれない。
「先の魔王との戦いで、サラス様はバリアンとしての力を使い果たしたのだと思われます。
私が発見した際には腹部に大きな刺し傷もあり、忌憚なく申し上げて、助かったのが奇跡のような状態でした」
バリアンとしての力、と言うのは魔法のようなものだろうか?
今更、ファンタジーのような話に一々突っ込んだりはするつもりもないが、栄介としては別の部分で気になった。
「つまり、サラス様は武蔵と一緒に魔王と戦ってたわけでしょ?
だったら、どうして魔王に与してたなんて疑われたの?」
「それは、その疑いもまた間違いではないからです」
「んん?」
「その一端として、ここにいらっしゃるお嬢様は、魔王の娘でございます」
「わたしは、まおうのこ」
「……………」
段々と彼女たちの事情が把握できてきたと思ったが、そんなことはなかった。
奇妙なことに巻き込まれてしまったと、栄介は目頭を解してから改めてサティと向き合う。
「とりあえず、もう一度、最初から、詳しい話を聞かせてもらえるかな?」
◇
サティの話を整理する。
この世界には魔王アルクと呼ばれる人物がいた。
これと対抗していたのがムングイ王国であり、その当時の国王がサラスである。
しかし魔王アルクがあまりに圧倒的な力を有していて、ムングイ王国は到底太刀打ちできなかった。
そのためサラスは密かに魔王側に通じて、情報提供を受けていた。
それが国民にバレてしまい、国を追われることになった。
しかし、その後、武蔵と協力して魔王アルクを打倒した――らしい。
らしいと言うのは、彼女たちもその場に居合わせたわけではないそうだ。
ある日、魔王アルクも武蔵も行方不明となり、そのときサラスが一人重症を負った状態で発見された――と、
「――大体こんな感じかな?」
「はい。大体そのような感じです」
暗に「補足することはある」と言っているようなものだが、まあ、それは追々聞くことにしよう。
「話を聞けば聞くほどだけど、これってサラス様に弁明の余地がいくらでもありそうなんだけど、どうして未だに命を狙われることになったの?」
自国のリーダーが敵に内通していたとなれば、感情論ではなかなか受け入れられるものではないのかもしれないが、それも全て国を思ってのことだと言うのがわかる。
内通していたと言えば聞こえは悪いが、話し合いをしていたと言えば、それはただの外交手段でしかない。
しかも彼女は魔王を倒しているのだ。英雄と崇められてもおかしくない。
「一つはアルクが行方不明であることが要因です。本当に彼が倒されたかどうか、証明する手立てがありません。
彼の死体でも見つかれば話は変わるのですが、それもありません」
「サティさんたちが、魔王が倒されたって話す根拠は?」
「私たちを含む、魔王陣営の目撃証言です」
「なるほど、それは信憑性に欠けるね」
「何よりもサラス様があのような状態なのも大きいです。
彼女自身の口から堂々と魔王討伐を宣言できれば、少しは風向きも変わると思われます」
恐らくはムングイ王国側でも、どうしても彼女を殺したい理由がある人物がいるのだろう。
だからこそムングイ王国側でも、勢力が二分するような結果になったのだ。
「いくつかわからないことがあるんだけど……サラス様が魔王を倒した後、魔王陣営に保護されてたってことだけど、魔王陣営はどうして彼女を助けるようなことをしたの? 自分たちのトップを殺した仇みたいなもんでしょ?」
「元々、アルク自身でさえ、ムングイ王国と敵対するような意図は一切ありませんでした。バリアンにも一切の危害を加えてはならないと命令されていたくらいですから」
「ん? そうなの?」
魔王と呼ばれているからには、てっきり無意味に他国へ侵攻してしまうような困った悪人を想像していたが、そうでもないようだ。
では、どうして魔王なんて呼ばれていたのか疑問は残るが、今、話すようなことでもないだろう。
「あとは、サティさんたちが、こんな森の中にいる理由もわからない。
魔王城で保護されてたなら、こんなところに連れ出す理由はないよね?」
「それは親バリアン派の方より、サラス様を公の場へ連れ出して、一度国民に彼女の姿を見せた方がいいと提案を受けたからです」
手足をだらんと投げ出して、パールに寄り掛かるサラスを見る。
その姿は儚げでもありながら、どこか悲しさを覚える姿だった。
なるほど、確かにこんな状態の元国王を見れば、処刑を望む声も退くだろう。
「サラス様はもう十分にお勤めを果たされました。もう争いの渦中からは解放してあげたいというのが、今回の計画を立案した方の想いです」
「……わたしは、わからない……」
パールがサラスをぎゅっと抱き締めていた。
パールの中では、何か納得できない部分があるようだが、それが何なのか栄介にはわからない。
一点を除いて、悪い計画ではないように思う。
ただ、その一点というのが、
「それで、ムングイ王国へ向かう道中、反バリアン派の襲撃を受けたわけだね」
「はい。その通りです」
この計画自体、危険が多いものだとは、簡単に察せられた。
何せ、敵味方入り乱れる場所に向かうのだから。
反バリアン派からすれば、絶好のチャンスだ。
途中で従者とはぐれてしまったのかもわからないが、王様のお付きが二人しかいない時点でも無謀と言わざるを得なかった。
「今後の方針に関してですが、私たちは反バリアン派の襲撃を受けた以上、このままムングイへ向かうのは危険と判断しました。
近くの村で匿ってもらい、事態が落ち着くのを待ってからニューシティ・ビレッジへ戻ろうと考えています」
「ニューシティ・ビレッジ?」
「魔王が暮らしていた街の名前です」
――なんで英語なんだろう?
この世界を異世界だと言うには、そのネーミングにはあまりも違和感があった。
「一度、仕切り直す必要があると考えます。
事と次第によっては、今回の立案者に事の経緯を問い質すことも厭いません」
サティの発言には、今回の立案者が裏切り者である可能性も示唆していた。
なるほど。状況だけ見れば、その立案者がサラスをおびき寄せて暗殺しようとしたとも考えられる。
「私たちの話は以上になりますが――栄介様たちはどうされますか?」
「……んん?」
――どうされますか、と言いますと?
「エイスケ、ともだちを、さがす、をねがう。かえる、をねがう」
「それは……そうだけど……」
ここまでいくつかの疑問には答えてもらってはいたが、一方的にパールたちの話を聞いてばかりだった。
そもそも彼女たちから、栄介に向けた質問というのを何一つしてこなかった。
リオの目のことにしても、異世界の話にしても、武蔵の話にしても。
こちらから何かを尋ねたわけでもないのに、まるで聞かなくても全てわかっているような態度だった。
「あ……ごめんなさい」
「あ、こっちこそ、ごめん」
値踏みしたような目をしていたのかもしれない。
急に怯えたような身を縮めて謝るパールに、申し訳ない気持ちになる。
「栄介様がご友人を探すと言うのであれば、私たちもそのお手伝いをさせて頂きます」
「どうして、そこまでしてくれるの?」
話を聞く限り、パールたちも大変な状況であるに違いない。
だと言うのに、栄介を助ける理由はないように思えた。
「その中の一人に、ご主人様がいるからです」
「なんで、そこまでして武蔵を……あ、ううん、なんでもないよ」
サティからは先ほどダッチワイフ発言が出たばかりだ。
真姫がいながら武蔵は何をしていたのか。
その後の真姫への態度を思い出せば、一度、矛を収めたはずの怒りがまた沸々と沸き上がるのは明白だ。
これ以上、友人の痴態を聞きたくはなかった。
どうしたものかと考える前に、一つだけどうしても確認しておきたいことがあった。
「元の世界へ帰る方法は、知らないんだよね?」
確信があったわけではない。
ただ、もし知っていたら、すでに教えてくれていそうな雰囲気があったのだ。
「……ごめんなさい」
「あ、いや、全然、いいんだけどね」
パールは身を縮めたまま悲しそうな顔をするので、なんだか虐めているような気分になる。
本当は全くもって良くはないのだけど、思わずそう返してしまった。
改めて腕を組んで考える。
何を考えるのかと言えば、それは彼女たちに着いて行くかどうかである。
はっきり言って、彼女たちと同行することはデメリットしかない。
いつまた銃器を持った相手に襲撃されるかもわからないのに、一緒にいるなんてどうかしている。
ましてお互いに歩くことのできない人物を一人ずつ抱えている。
それでは何かあったときに、逃げることもままならない。
メリットと言える点があるとすれば、この状況下で共通の知人がいたという安心感と、この世界のガイドを頼めそうだという点だ。
それも彼女たちを取り巻く危険性を差し引くと、リスクの方が勝ってしまう。
下手をすれば、先ほどの騎士が目覚めるのを待って、保護してもらった方がいい可能性だってある。
「……わたしは、あぶない、おんな」
「――んんっ!?」
「ムングイは、しんせつが、ある。エイスケを、たすける。
わたしは、たすける、わかる、ない。ふあん。
いま、さよならが、いい」
パールの突然の魔性の女発言に驚いてしまったが、よくよく聞くとそれは栄介の不安を汲み取ったものだった。
困った様子で、それでも笑顔を向けるパール。
「だいじょぶ、ともだちは、あえる。
エイスケは、かえる」
「……………」
パールだって不安だろうに、栄介のことを気遣っている。
それに比べて自分はどうだろうと、栄介は自問する。
リオのことを助けてくれたパールに対して、メリットだデメリットだだけで考えていた。
それは何だか悲しいことのように思えた。
「僕が貴方たちの助けになれることなんて、何一つないけど……それでも一緒に着いて行ってもいいかな?」
「――いい!」
「はい。お嬢様がそうおっしゃるのなら」
「よろしくを、おねがいする!」
ひまわりのような笑顔に、栄介はまた目が眩むような不思議な感覚に襲われながら、
「よ、よろしく」
辛うじて、パールへそう返したのだった。




