第147話 チートⅢ 舌人の加護
「いて――っ」
思わず間の抜けた声が出てしまったが、それは地面に叩き付けられたと思い反射的に出た言葉であった、実のところ全く痛みなんてなかった。
馬に蹴り上げられたにも関わらずだ。
実はもう死んでしまって、痛みも何も感じていないのかと思えば、そうでもない。
ぬかるんだ大地の気持ち悪さを手のひらで感じながら身体を起こし、目視確認しながら動かせる部位は全て動かしてみるが、違和感は何もない。全て正常だった。
「タモさんっ!!」
「うわぁっ!?」
そんなことをしていると、ものりに抱き着かれた。
「よ、よかったーっ!! だいじょうぶっ!? どこか痛くない!? 頭打ってない!? 九九言える!?」
「!?!?!?!?」
ものりの腕が、肌が、胸が、任と密着していた。
任の心臓はオーバーヒートで壊れないほど脈打っていた。
緊急事態に任は今まさに死ぬのではないかと思った。
「え? ホントに大丈夫なのか? 凄い音したんだぞ? 骨くらいは確実に折れてるだろ」
「え……う……えぇ?」
いつの間にか近くにいた遥人にもそう聞かれるが、どこも異常はなかった。
それよりも今は、ものりが押し付けてくる二丘に腰砕けにさせられていることの方がよっぽど重大だった。
「マジか。タモさん、見た目通り丈夫なんだな」
あぅあぅ狼狽える任を見て、遥人は問題ないと判断したようだ。
どちらかと言えば見た目に反して病弱なのだが。
それよりも任としては、そろそろものりに解放してもらいたかった。
欲望に忠実に従うのであれば離して欲しくはなかったが、そろそろ下半身の方が限界だったのだ。
「――――!? ―――――!?」
「!?」
そこへありえないことに、さらに任の下腹部を責める存在が現れる。
任を蹴り上げた馬に乗っていた女性が、何かを叫びながら駆け寄ってきたのだ。
「――ぉぅ」
その姿に、さすがの遥人もそんな声を漏らしていた。
それもそのはず、その女性はゲームなんかでしか見かけないような露出の高いビキニアーマーを着ていたのだ。
それもかなりスタイルがいい。今まさに任に押し当てられているものもなかなかのボリュームだが、それよりもスケールが違うことを視覚の暴力で訴えていた。
そもそも日本人ではないのだろう。
目鼻立ちはしっかりしていて、何よりも長いブロンドの髪は染めたようなくすみがなく、天然のものであることは明らかだった。
「ちょっと! 危ないでしょ!? 怪我してたらどうするの!?」
そんな異様な人物に対して、ものりはさも危険運転のドライバーを怒るような口調で詰め寄る。
ものりからようやく解放されたことを、任は安心したような、残念なような気持ちになる。
そして同時に、ものりの行動にハラハラともさせられる。
自分のために怒ってくれているのはわかるが、明らかに頭のおかしい恰好をした人物に詰問するのは止めて欲しい。それも、
「―――、―――――――――……」
やっぱり日本人ではないのだろう。
返答が明らかに日本の言葉ではない。
しかしそれにも関わらず、ものりは果敢に攻めていく。
「悪かったと思うならちゃんと謝りなさいって、両親に言われなかったっ?」
「……――――――。――、―――――――、―――――――――――――――?」
「そんなの、ものりたちだってわかんないよ! そもそもここはどこなのっ? 熱いし、ジメジメしてるし、ドロドロしてるしっ」
「――――……? ―――――、―――――――?」
「夢の国の隣接地よ。これから夢の国に行く予定だったのに、いきなりジャングルクルーズさせられて――」
「待て!! ストップ!! いろいろ突っ込みたいから、とにかく待てだ、ものり!!」
いよいよ何かがおかしいと感じ始めたところ、遥人も同じ気持ちだったのだろう。
遥人は一方的に進む会話らしきものに待ったをかけた。
そう――任たちには会話らしきものにしか聞こえなかった。
ものりが言っていることはまだわかる。多少何を言ってるかわからない部分も含めて、なんとかわかる。
しかしブロンドの女性の言葉は一切わからないのだ。
それなのに、
「ものり、おまえはこの人が何言ってるかわかんのか?」
「んー? そんなの当たり前じゃない」
ものりはさもそれが当然とばかりに返す。
「いやいや。おまえ、親父さんがしょっちゅう海外行くって自慢してる割に、英語の成績からっきしだったじゃんか。なに急に覚醒してんの?」
「うっ。確かに、英語は難しいけど、でも、国語だったら、まだはる君よりマシな方だよ」
「いやいやいやいや。国語だってオレとどっこいだろ!」
「そんなことないよ! この前の期末ではものりの方が上だったもんっ」
「ありゃセンセーが字が汚いって合ってんのにバツしたところがあったからだ! それを入れたらオレの方が上だった!」
「ス、スス、ストップ! い、今は、そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
普段なら永延と無駄話を続ける二人を嫉妬の目で見つめるだけだったが、さすがの任は今ばかりは勇気を出して二人を止める。
こちらを見つめるブロンドの女性の冷めた目も何となく怖かったのもあった。
「……タモさんの言う通りだ。この人、明らかに日本語でなんて話してねぇ」
「ええ。これが日本語じゃないって言うなら、なんなの?」
「知らね。英語だろ」
英語でもなかったと思う、という言葉を任は飲み込む。
「……ニホン」
「ほらほら、ニホンって言ったよ?」
「今のはオレたちの言葉を繰り返しただけだろ」
「……―――――、ニホン―――――?」
「そだよっ! よかったー、外国の人みたいだけど、言葉は通じるみたいで!」
「……………」
遥人と顔を見合わせる。
彼も全く同じことを思ったようで、視線が合うと肩を竦めた。
どうやら、ものりには、ブロンドの女性の言葉がわかるようだ。
それだけではなく、
「ものりはね、守ものりって言うの。あなたのお名前は?」
「……カルナ」
「そう、カルナさんって言うのね。よろしくねっ」
どうやらちゃんと会話が成立しているようだった。




