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第144話 そして彼らは帰らなかった

 ちょっとはぐれただけ。

 だけど、ある日、突然いなくなって、そのまま一か月も行方不明になった武蔵のことだ。

 その原因も未だにはっきりしていない。


 もしかしたら――万が一――。

 真姫に限らず、誰の胸にもそんな不安はあった。


 しかし、そんな不安とは裏腹に、思いのほか武蔵はすぐに見つかった。




 ものりからの連絡で展示場近くの広場へ向かう。

 遥人が到着すると、他のメンバーもちょうど集まったばかりだったようで、半べそで武蔵に駆け寄る真姫の姿が見えた。


「武蔵っ!! よかったっ……本当に、よかった……」

「……………」


 ボロボロと涙を流して喜ぶ真姫を、武蔵はまるで無視するかのように、ベンチに俯き加減で座ったまま微動だにしない。


「……どこにいたのさ?」


 栄介が尋ねたのは、武蔵にではなく、その隣に並んで座るものりに対してだった。

 武蔵を探しに出て間もなく、「みやむーならここにいるよ?」と一斉メールを送ってきたのが、ものりだったのだ。


 ものりは答えずらそうに頬を掻きながら、


「うーん、どこにって言うか……関係者以外立ち入り禁止のとこに入っちゃったみたいで、警備の人に追い出されそうになってて……」

「……はぁっ?」


 それは誰の口から発せられたものか。

 そのくらい、その場に居た皆が皆、全く同じ気持ちだった。


「なんでそんなところに居たの?」

「……………」


 栄介の疑問にも無視。


「み、道にでも、迷ったのかな……」


 普段口数の少ない任が気を遣う様に言うので、何となく呆れ果てたような気持ちになる。

 先ほどまでの苛立ちも、どこかへ消えてしまったような気分で溜息を付くが――


「……ねえ、なにか言ったらどうなの?」


 一人だけ。それも普段、怒るようなキャラじゃない栄介が、静かに、ただそれでも明確な怒りを湛えた声音でそう口にした。


「……栄介?」

「みんなが、真姫さんが、どれだけ心配したか、わかってる?」

「え、えーちゃん?」

「……………」

「なんで黙ってるの? 一言謝ったらどうなの?」

「江野……」

「……………」

「――いい加減にしなよっ!?」


 遥人は、栄介がキレた瞬間を初めて目撃した。

 何を言っても無視する武蔵の胸倉を掴みかかったのだ。


「お、お兄ちゃんっ! ちょっ、ちょっと、やめてよ……!」

「やめない! だって、おかしいでしょ!?

 武蔵、帰って来てからずっと変だよ!?

 剣道もやめて! みんなのこと無視して! 真姫さんも泣かして!!

 どこかで辛い目にあったんだろうって、みんな気を遣ってきたけど――だけどさ、甘えるのもいい加減にしたらどうなの!?

 真姫さんが、可哀想だろ!? 真姫さんに謝れよ!!」

「えーちゃん! だ、だめだよ! けんか、よくない! ぴーす、ぴーす!」


 慌てて割って入るリオとものりを呆然と眺めながら、遥人はちょっと場違いなことを考えていた。


 ――ああ、栄介も真姫のこと好きだったんだな。


 すーっとその事実が胸の奥に落ちてきたのは、遥人も栄介の言葉には同意だったからだ。

 きっと栄介もまた、遥人と同じように、真姫のことを気に掛けながら、どこかでそれは武蔵の領分だからと一歩引いていたのだろう。

 だからこそ遥人は、止めにも入らずに静観してしまった。

 遥人に先を越されたような気持ちがあって、動けなかったのだ。


「……どうでも、いい」

「……はぁ?」


 ただこの後に及んで出てきた武蔵の言葉に、頭の中が沸騰しそうになる。


「――もう、どうだっていいんだよ、そんなことっ。

 俺が、帰って来てっ? 帰って来たってっ!?

 違う! 俺の帰るべき場所は、あそこに……! パールが居て……! サラスが居て……! ――なのに、もう時間だって!!」


 何か大切なものを掴むように、胸元を強く握り締めて叫ぶ武蔵。

 言っている意味がわからなかったし、そもそも理解したいとも思わなかった。


 ――よし、ぶん殴ろう。


 先ほど霧散したはずのその気持ちだけが、沸々と沸き上がり、あっという間に実行に移していた。


「――っ」


 本気で殴りかかった。

 だと言うのに、武蔵は易々と躱していた。


「はる君! だめだって!」

「や、やめなよ!」


 一発ぶん殴ってやんなきゃ気が済まないと思っていたのに、それは叶わず、そのままものりと任によって取り押さえられてしまった。


「……やるってんなら二人まとめて相手にするよ。どうせ二人とも敵いっこないけどな」

「――っ!」


 何としてでもぶっ飛ばしてやる。

 そんな想いとは裏腹に、ものりと任に押さえつけられて動けない。

 二人とも振り払うことはできただろうけど、寸でのところで思い留まる。この二人は何も悪くない。


 それは栄介も同じようで、あちらは妹が立ち塞がっていた。


「……宮本、やっぱり、変」

「別に……変じゃない。

 ただ……俺の居場所は、ここじゃない」

「……宮本」


 拒絶の言葉に、倉知が悲しそうな顔をする。

 あまり感情を表に出さない奴だけに、一層悲壮感が漂っていた。


 その倉知と武蔵の間に割って入る陰があった。


「――えっ」


 ペチンと、頬を叩く甲高い音が響く。

 さっきまで俊敏に動いていた武蔵でさえ、予想していなかったかのようで、驚いた顔をして、叩かれた頬に手を添えていた。


「……真姫」


 真姫は、目に一杯の涙を溜めながらも、毅然と武蔵を睨み付けていた。

 遥人はそんな真姫の姿を見て、どこか懐かしさのようなものを感じた。


「武蔵が――。

 ……武蔵が、どこかへ行きたいのなら、止めたりしないわ」


 一拍、怒りを、悲しみを耐えるように、歯を噛み締めるような間があった。


「だけど!

 だけど、ここが居場所じゃないなんて言わないで!

 武蔵がどこに行くんだとしても、|わたしたち〈・・・・・〉は着いて行くわ」

「あ……」


 呆気に取られるように武蔵は、睨む真姫を見つめ返していた。


 それはこの場にいる全員が同じ気持ちだった。

 そして同時に思った。


 ――ああ、これでこそ、真姫だ。


 この傍若無人っぷり。

 一蓮托生とばかりに、自分の意見をさも全員のものとして断言する姿。

 我儘でいて、それなのにその意見がスッと違和感もなく胸に入ってきてしまう点も含めて――。


 ――これこそ、真姫だ。


 震災で母親を失う以前の真姫の姿がそこにはあった。


「……ごめん」


 そして母親に叱られた子供のように、罰の悪そうな顔で、武蔵は謝罪を口にするのだった。




「……一件落着で、結局、元さや?」


 しばらく全員が呆然としていたのだが、未だに両腕を掴んでいるものりがそんなことを呟き、遥人は我に返った。

 それはそれで遥人にとっては面白くない事実ではあったが、ただ武蔵にいつまでもつんけんした態度を取られるより何倍もマシである。


 ただし――


「いーや! まだオレたちに謝ってもらってねぇ! 一言謝ってもらわなきゃ、収まらねぇよ!」

「えー。でもでも、最初に殴りかかったのは、はる君の方だよ?」

「う、うん……心臓、止まるかと思った」

「そういう問題じゃねぇだろ。武蔵の態度が悪すぎるのがいけねぇんだよ」


 未だに両腕を拘束するものりと任を振り払う。


「大体、居場所だの、帰るべき場所だの、意味わかんねぇっての。

 この際、行方不明の間、なにがあったか、きっちり説明してもらわねぇと。

 なぁ、栄介――?」


 そこで気付く。

 いつの間にか、栄介とリオの姿がなくなっていた。


「あれ、みやむーたちは……?」


 それどころか、武蔵、真姫、倉知の三人の姿もなかったし、そもそも――


「こ、ここ……どこ……?」


 突然、見覚えのない場所だった。

 見覚えがないどころではない、なにせ何もない。

 辺り一面真っ白になっていた。

 唯一見えるのは、自分の身体と、ものりと任の姿だけだ。


「えっ。えっ? ええっ!? な、なに、ここ!? えっ、ええ!? どうなってるの!?」

「う、動かない方がいいって! 霧かなんかだよ!! 動くと危ないよ!!」

「バカ言え!! いきりなりこんなんなるかよ!!」


 あり得ない出来事に心臓がバクバクと脈打っている。

 とにかく白すぎる景色に目が痛い。

 辛うじてものりと任の姿が見えているからマシだったが、二人の姿が見えなかったら、きっと気持ちの悪さに吐いてしまう。


「ものり!!」


 不安感からすぐ隣にいるものりに手を伸ばす。

 ものりはその手を引っ手繰るように掴むと、反対側の手を伸ばす。


「タモさん!!」


 任はこんな状態にも関わらず、伸びてきたものりの手に躊躇しながらも、恐る恐るという風に握り返した。

 その任の反対の強引に引っ張るように掴む。


 数珠繋ぎに円を描く三人。

 なぜそうしたのか三人ともわからなかった。

 ただ、そうでもしないと三人ともどこかへ飛ばされてしまいそうな気がしたのだ。


 斯くしてその予感は現実のものになった。


「――っ!?」


 地面がなくなったような、浮遊感。

 三人で輪になっていたので、誰ともなしに三人して地面に倒れ込む。


「うげぇっ。

 な――べっ! べっ! 口に土が入った!」


 顔面から地面に落ちた遥人は、突然の土の味に顔を顰めた。


「うえぇー。泥が気持ちわるい!」


 隣でものりも悲鳴を上げた。

 その柔らかい地面だったため、それほど痛さはなかったが――はてと気付く。

 さっきまで、自分が立っていた場所は、舗装された路上だったはず。


「……どこだここ!?」


 顔を上げれば、背の高い木々が生い茂った中にいた。


「も、森ぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 ものりの甲高い悲鳴のような実況。

 確かに彼女が言う通りだが、どちらかと言えばジャングルのようにも感じた。

 さらにもう一つの悲鳴が遥人の耳に響く。


「う、馬ぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ――馬?


 声の主である任の方へ視線を向ける。すると、


「――っはぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 その任の先――数十メートルの位置に、一頭の馬が猛スビートが三人目掛けて走ってくるのが目に映った。

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